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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
3章 『百獣国の祝祭』編
226/820

第224話 閑話…迷子の子猫

 おぼろげに、抱き留められた感触を未練のように覚えながらリビラは王宮にある自室のベッドで目を覚ました。

 一瞬混乱し、驚きと共に跳ね起きる。

 と――


「ん、起きたか。調子はどうだ?」


 ベッドの隣、椅子に座るシャンセルが言った。

 リビラはしばし茫然としていたが、やがてふんと鼻を鳴らす。


「ニャーよりも、おめーがどうニャ」

「あたしが? ……ああ! あたしは平気だよ。あんまり動き回るなとは言われてるけど……」


 体から血を抜き出して刀を作り、そのまま戦闘を続けるという無茶をやらかしたシャンセルであったが、大事には至らなかったようだ。

 リビラは密かに安堵すると言う。


「ニャーは……、試合はどうなったニャ?」

「伯父貴に突っこんだところは覚えてるか? おまえは突っこんでる途中で力尽きて――」


 シャンセルが語る決勝戦の顛末――。

 せめて一撃喰らわせてやるつもりだったのに、結局はその胸に飛びこんで意識を失ってしまったらしい。


「なさけねーニャー……」

「んなことはないだろ。観客も認めてたぜ?」

「ミーネは打ち合っても意識を失ったりしなかったニャ」

「まあミーネは――、んー、ミーネだし」


 シャンセルは実に簡潔な見解を述べた。


「一発喰らわせたかったニャ。でも仕方ねーニャ。まだニャーはそこまでだったってことニャ」


 言いながら、リビラはもそもそベッドから降りる。


「ひとまず、話くらいしに行くニャ」

「あ……」


 父に会いに行こうとしたところ、シャンセルの表情が変わる。


「どうしたニャ?」

「いやー……、あのな、落ち着いて聞いてほしいんだけどさ……」

「ニャ?」

「おまえと伯父貴の決着がついてすぐ――、スナークの暴争を知らせる鐘が鳴った」

「ニャッ!?」


 リビラは驚いてシャンセルを見る。

 その表情――、たちの悪い冗談を言っているわけではないとはっきりと理解できた。


「どういうことニャ! なんで暴争なんて起きるニャ!」

「そ、そんなこと言われても……」

「ととニャはどうなったニャ!?」

「伯父貴は防衛のために砦へ行ったよ」

「砦に――、行った? 今はいつニャ?! ニャーはどれくらい眠っていたニャ!?」

「決勝戦からほぼ二日だ。伯父貴たちはもう戦ってる」

「なんでそんなことになってんニャ!」

「そ、それは……、ごめん……」


 申し訳なさそうに言うシャンセルがちょっと泣きそうになっていることに気づき、リビラはハッと我に返った。


「す、すまねえニャ、ちょっとカッとなったニャ」

「いや、いいんだ。無理もねえよ」

「ニャーが意識を失ってからのこと、話してほしいニャ」


 それからリビラは意識を失っている間、どう状況が変化したかをシャンセルから聞いた。

 黒騎士たちはすでに『恐怖の谷』にて防衛戦を開始しており、現在は戦闘開始二日目。

 そしてベルガミアへの帰還に同行してくれた主たちはというと、この騒動が終結するまで残ることに決めたようだ。


「ダンナたちもおまえのことを心配してたぜ?」

「とんだベルガミア訪問になってしまったニャ。申し訳ないニャ」

「そのあたりのことは気にしてないようだけど……、会いにいくか?」

「……、ごめんニャ、ちょっと一人になりたいニャ」

「そっか……、わかった。あたしはダンナのところへ行って、おまえが目を覚ましたって伝えるよ」


 そう言い、シャンセルは部屋から出ていった。

 一人になったリビラはベッドに腰掛け、まだ混乱が収まらずまとまらない思考のままぼんやりと視線を彷徨わせる。

 ベルガミアへと戻ってきたとき、懐かしく感じた部屋――。

 戻ってきた意味はあったのか?

 壁際にある、専用の台座に置かれる獣剣――。

 戦った意味はあったのか?


「…………」


 あった、とリビラは思った。

 確かにあった、覚悟は伝わった、と。

 しかしこのような状況になった今それを確かめることは出来ない。

 父は認めてくれただろうか?

 黒騎士になることを許してくれるだろうか?

 自問自答を繰り返すが、すべては父が帰ってきてからだ。

 そこで話があるはず。

 きっと話があるはず。

 しかし――、と思う。

 思って震える。

 父は無事に帰ってくるのだろうか?

 無事に帰ってきたとして、父は父のままだろうか?

 父の意見が変わったのは前回の暴争――バンダースナッチとの戦いを経験してからだ。

 あのとき父に何があったのだろう?

 前回、父は一人では戦わなかった。

 父に並ぶような黒騎士の精鋭三人とパーティを組んで戦った。

 そして自分一人しか帰還できなかったあの戦いで、いったい父に何があったのか?

 もし、次に戦わなければいけないような事態が起きたときは、今度は一人で――、と、父は決めた。

 何故、四人がかりだった任務を、自分一人でと変更してしまったのか。

 何故それが国王に認められているのか。

 わからないことだらけだが、やはり一番気になるのは、父がまた変わってしまうのではないかということ。

 黒騎士になることを絶対に認めない――、そんな風になってはいないだろうか?

 もし認められないままであれば、これまで自分が積み重ねてきたものが一体なんだったのかわからなくなってしまう。

 自分の形がわからなくなる。

 生まれたことに意味はあったのだと、周りに、そして自分に認めさせるために黒騎士に、そして団長になる必要があった。

 母がいた場所に、そして今は父がいる場所に、自分が到達できる存在であること、そして守りたい者を守ることができる存在であること、それを証明したかった。

 父は認めてくれるだろうか?

 どうなのだろう?

 どうなのだろうか?

 答えの出ない問い。

 そして――、それとはまた別に首をもたげる、どうしても無視できない不安。

 五年前はここまで覚えなかった焦燥。父は強い、だから当然、スナークの暴争を収め無事に戻ってくるのだと思っていた。信じていた。

 けれど今は、強い父すらも変えてしまうなにかがあるとわかっている。

 それ故の不安。

 父が戻ってこない?

 そんなことはない。

 ないと信じたい。

 ああけれど、もし、もし……!

 あの決勝戦、あれが最後であるとしたら――、自分はどれだけの時間を無駄にしていたのだろう。

 腹を立てて国を飛びだしてからの時間を、この国に戻ってきてからの時間を、言葉を尽くすことに費やしていたら、父を説得することも可能だったのではないか?

 いや、違う、そうじゃない、そうじゃなく――

 今生の別れとなってしまうとわかっていたら、もっと話を、もっともっと話をしていただろうに!

 まだ「ただいま」すら言っていない!

 国を飛びだすことを決めたあの日、飛ばした罵声が、父に向けた最後の言葉になる可能性に怯える。

 そんな馬鹿な、と愕然とする。


『ととニャなんて大嫌いニャ!』


 なんて――、そんな言葉が最後だなど、認められるわけがない。


    △◆▽


 破裂するように生まれた感情の波に突き動かされ、リビラは『恐怖の谷』へと向かうことを決めた。

 戦闘に参加――、そこまでは考えてない。

 自惚れてもいない。

 バンダースナッチが戦場に姿を現さない――つまりそれはまだ父が戦っているということ、まだ無事であるという証明だ。

 だから『恐怖の谷』へと、ただ父の近く、最も早くその安否を知ることができるその場所に、戻ってきた父にすぐに会える場所にいたかった。

 夜を待ったリビラは、一応と、瘴気から身を守るため主に仕立ててもらったメイド服を身につけ、そして……、悩む。

 獣剣、これをどうするか。

 精霊門から要塞へと運びこまれる物資に潜り込むにしても、こんなでかくて重いものを持っていっては見つかる可能性が高くなるだけ。

 スナークと戦いに行くわけでもないのに――。

 そうリビラが思ったとき、置かれた台座がミシミシと音を立て始め支えが折れて床に獣剣が投げだされた。

 長年の疲労からの崩壊、もしくは試合場から運んで来てくれた者の置き方がまずかった、きっとそれだけのことだろうが……、リビラはふと自分を重ね合わせ置いていくことが出来なくなった。

 ではどうやって持っていくか?

 考えたと言うよりも閃きで、リビラは主の持つ妖精鞄をこっそり持ち出すことにした。

 主は隠しているようだが、ああもちょくちょく使っていれば目にする機会もあるのだ。今ではメイド全員がその存在を知っていたが、気を使って知らない振りをしていた。

 深夜、リビラはそっと主の部屋へと忍び込み、枕元の小さなテーブルにシャーロットの小像と共に置いてある妖精鞄を拝借する。

 もしかしたら、主は相談すれば貸してくれるかもしれない。

 それどころか一緒に行くと言ってくれるかもしれない。

 いや、たぶんそう言うとリビラは思った。

 しかし自分の我が侭に付きあわせ、危険な場所へ連れていくことはできない。


「……どの口で言うニャ……」


 値段のつけられないような宝を盗んでいくくせに、とリビラは自嘲する。

 鞄を盗まれたことに気づいたら追ってくるくらいするだろう。

 だが精霊門をくぐり『恐怖の谷』へに来ることまでは出来ないはずだ。

 果たして自分の行動、この望みは、主を裏切ってまでする意味があるのか。

 ああ、きっと、どのような結果になったとして、もうメイドに戻ることは出来ないだろう。

 そう思うと、ふと、思い起こされたのはメイド学校での日々だ。

 メイド学校に放りこまれてしばらく、あからさまにやる気のない自分に、それでも根気強く指導してくれたティアナ校長のこと。

 そして指導を一緒にうけたメイドのみんなのこと。

 それからミーネと、シアと、そして主――。

 ベルガミアの問題を解決してくれた恩人へのこの無礼。

 これで黒騎士への道が断たれても文句は言えない。

 そう、いま自分は積みあげてきたものを自分で叩き壊そうとしている。過ちを犯そうとしている。なのに止まれない。理性と気持ちの乖離――、これまでカッとなってやらかしたことは何度もあったが、今回は理性がはっきりと止めようとしているのに、気持ちに押されて体が動いてしまう。

 手に握りしめていたものがこぼれ落ちていく。

 リビラはふと泣きたくなった――、いや、すでに泣いていたがそのまま自室に戻り、獣剣を妖精鞄にしまい込んだ。


※文章の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/01/25


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― 新着の感想 ―
[一言] 感動した。
2020/04/07 09:50 退会済み
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