第223話 12歳(夏)…ドラ猫を追え
スナークの暴争が起きた日の翌日――、ベルガミアに残ることを選択したおれたちは暇を持てあましていた。
ベルガミアは危機的状況に陥っているが、だからといっておれたちが出来ることは特になく、またあったとしてもベルガミア側はそれをやらせるわけにはいかないため、ひたすら待機状態なのだ。
この何も出来ず、ただ報告を待ちながらすごす時間は退屈と言うよりも苦痛であり、このストレスにさらされるミーネはおれの部屋にやって来ると、意味もなくベッドでごろんごろん転がり始めた。
「あうー、あーうー」
狭い檻に入れられた猛獣がストレスでノイローゼになり、落ち着き無くうろうろしているようなものだろう。
その点、シアはまだ落ち着いていたが――
「ふーむ……、この壺はこの向きの方が良いですね」
それでもこの無為な時間は堪えるようで、じっと座っていることができず、じっくりと時間をかけて部屋の片付けを始めたりしていた。
そしておれはというと、冒険の書の作成資料、発明品の企画書、衣装デザインのための用紙を並べはしたものの、さっぱり手につかず睨めっこをするハメになっていた。
ぽっかりと空いた時間を有効活用しようとしたのだが、さすがにこの状況で冒険の書の製作などできず、同様に発明の企画も、ミリー姉さんの依頼で作る金銀の衣装のデザインも、とてもではないが取り組むことはできない。
「おいーっす……」
「みなさん、おはようございます……」
ひたすら時間がすぎるのを待っていたところ、浮かない顔をしたシャンセル王女とユーニス王子がやって来た。
さらにそのあと――
「おお? なんだ、皆で集まっていたのか」
リクシー王子もやって来た。
いつもの不敵な表情とは違い、いまいち冴えない顔である。
この防衛戦、どうやら第一王子であっても蚊帳の外に置かれているようだったが、まあ当然と言えば当然の話だ。
この戦いは邪神の誕生により勃発した生存戦争、その呪われた遺児であり、王子に箔をつけるため指揮をさせてみるような、絶対に勝てる、という戦いとは性質が異なるもの。
とは言えそこは次期国王、ある程度の状況は伝えられるようで、リクシーは知り得た情報をおれたちに教えてくれる。
現在、黒騎士たちはベルガミアの瘴気領域境界線にある防衛の砦にて大急ぎで戦闘準備を完了させ、誘き寄せられてくるスナークの群れとの衝突に備えているらしい。
「戦闘開始は昼頃だそうだ」
「昼頃ですか……、なんかそれを知ってしまうと、のんびり昼食とか申し訳ない気分になりますね」
「そうだな」
ふっ、とリクシーが笑う。
「また状況に変化があれば伝えに来よう。卿は……、すまないが二人の相手になってやってくれ」
そう言い残し、リクシーは部屋から立ち去った。
なんか第一王子に情報屋をさせてしまっているのだが、だからといっておれたちが状況を聞いて回るわけにもいかないし、王子も何かしていたいのだろう、ここはありがたくお任せすることにする。
リクシー王子が退出したあと、一旦部屋に沈黙が降りた。
このままみんな揃って黙りこんでいるのも気が滅入るだけなので、おれはユーニスを膝に乗っけて椅子に座るシャンセルにリビラの状態を尋ねてみた。
「あいつか……、まだ眠ったままだな」
「まだ起きないか」
試合で体力を消耗し、砕きはしたがアズアーフの魂狩り、その余波を喰らったとなれば一晩で回復するものではないようだ。
「あうあうー、あうー」
まだベッドでごろんごろんしているあのお嬢さんは一晩ですっきり目を覚ましたが……、まあ例外だっただけだろう。
「ちょっと目を覚ましたときのことを考えるとさー、恐いんだよなー」
気が重そうにシャンセルは言う。
目を覚ましたとき、父親が戦場へ向かった後と知ったリビラはどういう反応をするだろう?
取り乱したりしないといいのだが……。
△◆▽
黒騎士とスナークとの戦闘が開始された日――交戦一日目。
その翌日となる交戦二日目の朝、リビラは目を覚ました。
ほぼ丸二日ほど眠っていたリビラは、そこでようやくベルガミアが置かれた状況を知ることになったが、あまり取り乱すようなこともなく落ち着いて話を聞いてくれたらしい。
それでも目覚めたら父親が戦場へ行ってしまっていたというのはショックだったようで、しばらく一人にして欲しいとシャンセルに伝えたようだ。
そして交戦三日目、まだ日が昇りきらぬ早朝――
「……ダンナ! ダンナ! 起きてくれ! ダンナ!」
揺さぶられて目を覚ますとそこにはシャンセルがおり、まだ部屋は薄暗かったが半泣きになっているのがわかった。
「……どうした?」
「リビラがいねえ!」
「――ッ!?」
まだ寝ぼけていた意識が瞬間的に覚醒し、体を起こす。
「戦場に?」
「そ、それはわかんねえけど……、でも獣剣もなくなってたし、この状況で姿をくらましたとなると、それ以外に考えられねえよ」
「それもそうだ……」
顔に手をあてて思わず唸る。
無茶をしでかすお嬢さんだということ、それを忘れていたわけではないのだが、まさか戦場へ突撃するほどとは予想できなかった。
いや、それぐらいやらかす行動力があることをちゃんとわかっていなかった――、か。
なにしろ家出で国境を跨ぐ根性があることはわかっていたのだ。
あのくらいの年齢でそこまでやれる度胸は相当だ。
旅の途中、自分の行動に嫌気もさしただろう、面倒くさくもなっただろう、にもかかわらず、踏み出した一歩を投げだすことなくクェルアーク家まで行ってしまったその根性――、きっとこれは常識外れお嬢さん筆頭のミーネでも出来ない、いや、やれないことだ。
おれはひとまず動けるよう身支度を調えようとしたのだが、そこで気づいた。
ベッド横にある小さなテーブル、そこにシャロ様の小像と一緒に置いてあった妖精鞄がない。
これは……、獣剣を放りこむためにリビラが持っていったと考えるのが妥当だろう。そしてその行動の意味に考えを廻らせてみると……、相当思い詰めていたことが予想できた。
ってか妖精鞄ってバレてたの?
「どうした、ダンナ」
「リビラがおれの鞄を持っていったようでな」
「ダンナの鞄を? なんでまた?」
「あれな、実はシャーロットの作った特別な鞄なんだ」
「それって……!?」
すぐに妖精鞄と気づいたか、シャンセルが愕然とする。
「あいつ……、ダンナにまで迷惑かけて……! すまねえ、あたしがもっと気に掛けていたらこんなことにはならなかった」
「いや……、まあ鞄は返してもらえればそれでいい」
「それでいいって……、国宝級だろあれ?」
おれがそう腹を立てているわけではないと知り、シャンセルは不思議そうな表情になってしまった。
「頭くらいひっぱたいておこうとは思うけどな」
「でもそれくらいなのか……」
「盗っていく、ってのがリビラらしくなくてな。そこまで思い詰める可能性に気づけなかったのは、主として反省すべきところもある」
それに決勝戦のあのとき、アズアーフにリビラへの伝言を残してくれと頼むこと、それに思い至らなかった後ろめたさもあるのだ。
「あいつ……、黒騎士になってこの国を守るとか言ってたのに何やってんだよ。これが黒騎士になろうって奴がやることかよ」
シャンセルは腹立たしそうだ。
準決勝で戦ったとき、リビラが大声で言いはなったことは立派なものであったが、この狂態はどういうことだとシャンセルは思っているのだろうか?
確かにあのときのリビラと、今のリビラはズレてしまっていると感じるかもしれない。
けれど、おれは思うのだ。
例えそうだとしても、無理もない話なのだと。
「お嬢さん、まあそう言いたくなるのもわかるんだが……、リビラも自分ではどうにも出来なかったんじゃないかと思うんだ」
「……どうにもできねーって?」
「リビラが黒騎士になって国を――シャンセルを守ろうという気持ちは偽りないものだろう。それはここに辿り着くまでの行動でわかるだろ? でもさ、リビラもまだお嬢さんなんだよ」
小学六年生、もしくは中学一年生、そんな年齢。
それはあの宣言のままに生きられるほど強くない――、強くあってはいけない年齢だ。
母の命を奪って生まれた自分は、それだけの価値があったのだと示さなければならない――、自らの生まれに対し、あのような答えを出せるリビラはきっと賢いのだろう、愚かなほどに。
さて、賢い子供は早熟であり、それ故に親の愛情をそこまで必要としないものなのだろうか?
答えは否。
知能が高ければすぐ一人前になれるのではなく、一人前に見えるよう振る舞えるようになるだけだ。そこで放置されてしまえばその子の内面は欠けたまま成長することになる。誰にもわからず、自分でも気づくこともなく。賢い子には親からの愛情が普通よりも多く必要なのだ。
「決勝戦で確かにリビラは負けはしたが……、あのリビラに対して親父さんはこれまで通りただ認めないと言うだけではすまなくなっていたと思う。認めない理由をすべて話すかどうかはわからんが、何かこれまでとは違う対応を取ったはずだと思うんだ」
しかし、その父と娘の関係修復のための作業はリビラが意識を失ってしまったため、そしてスナークの暴争のために中断されてしまう。
「意識を取りもどしてみたら父親は戦場、リビラはそんな状況なんだよ。最悪の場合、あの言葉すら交わさなかった対決が今生の別れになってしまうんだ。もしそうなったとき、リビラが思い出す最後の会話はなんだろう? もちろんそんなのおれにはわからない。でも、きっと穏やかなものではなかったと思うんだ」
反抗期の娘さんというのは父親を嫌ってしまうもの。
年齢的にそのきらいがあってもおかしくないリビラが、認めてもらうためにずっとずっと頑張ってきたことを、認めてもらいたい相手に否定されたら、そりゃあ壮絶な口喧嘩があったのではないだろうか?
「だからさ、目覚めたとき居るはずの人がいなくて、そしてそのままお別れになってしまう、ふとそんな未来を想像したら……、居ても立ってもいられなくなるんじゃないかな」
「……それは……、うん……」
リビラが思い描く未来の自分は、おそらく、親に甘えることを許されるまでに価値があると自ら認めることのできた自分なのだろう。
だが今、父を失う可能性に気づき、結果として自分の中にあったすべての前提が崩壊してしまったのではないだろうか。
ならば今のリビラは……、父親を捜しているただの迷子だ。
「まあ全部おれの想像でしかないんだが……、もしそうであるなら、いまリビラはとても弱くなっている。だからここは、助けてやろう」
思ったことを伝えるとシャンセルはぽかんとしていたが、やがて渋い顔をして唸った。
「ダンナはなんでそんなにあいつのことがわかるんだよ……、やっぱ本戦に出場させなくてよかったぜ」
「いやいや、おれじゃあんな結果になりはしなかったよ」
あの結果、あの結末はリビラにとって他ならぬシャンセルがやや逆ギレ気味に本音でぶちかましを喰らわせたから実現したのだ。
「まあとにかく、まずはリビラを見つけて連れ戻すことを考えよう」
「門まで行って、リビラが通ったかどうか聞いて、行っちまってたらそっちまで行って連れ戻すってことでいいのか?」
「それでうまく行けばいいんだが、それは無理だろうな」
精霊門まで向かうのは問題ないのだが、そこでリビラが通ったかどうか尋ねたところで正確な答えが得られるかどうかがわからない。
「たぶん、いま門は警戒態勢になってるよな?」
「うん、それはまあ、うん」
「ならリビラが押し通ろうとしても、当然妨害されるわけだ。そうなるとリビラは隠れて――例えば運ばれる物資に紛れて通過しようとするだろう。となれば門で話を聞いたところで意味はない」
通過に失敗し、リビラが精霊門で立ち往生していればそれで問題はほぼ解決するのだが、成功してしまっていた場合が問題だ。
「おれやシャンセルがちょっと向こうに行かせてと言ったところでそれが認められるわけはないからな……」
王女と来賓が戦闘の最前線へ向かうことを許可するような門番は居まい。
「すでにリビラが通過した後だった場合、どうやって隠れて門を通過するかだ。急いでリビラを追いたいところだが、ここはしっかり計画しておかないとまずい」
「そ、そうだな。うん、そうだ」
「リビラが居なくなったことを知っているのは他に誰がいる?」
「今んとこはあたしとダンナだけだ」
「そうか……、知れ渡るとおれたちが何かやらかすんじゃないかと予想する者もでてくるかもしないし……、急いだ方がいいな」
出来れば朝の内に王宮を抜けだすくらいやっておきたい。
「相談できる相手も必要だ。おれはシアとミーネを呼んでくる。シャンセルはリクシー殿下を呼んできてくれないか?」
「わかった」
シャンセルを追うようにおれは部屋を出て金銀の所へ向かう。
ミーネを起こすのは苦労しそうだから、まずシアを起こそうか。
「とんだドラ猫だな」
ため息まじりに言う。
だが、だからといってここで見捨てるようなことは出来ない。
城の者、例えば国王に話して誰かに捜しに行かせた方が方法としてはスマートだ。しかし今は、リビラに近くある者が迎えに行くことにこそ意味がある――、ああ、いや、そんなことではない。
ただ、おれたちが迎えに行ってやりたい、それだけだ。
※誤字を修正しました。
ありがとうございます。
2018/12/15
※文章の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/01/25
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/27
※さらにさらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/04/17




