第220話 12歳(夏)…準決勝―第2試合
「ぼく、ねえさまの様子を見てきます!」
従姉妹対決に決着がついたあと、ユーニスはそう言うとシャンセルの具合を確認するためこの場を離れた。
姉を止めないでほしい――、そう言いはしたが、内心は心配で心配で仕方なかったのだろう。
『それでは準決勝、第二試合を開始します!』
やがて第二試合の開始となったが、ユーニスを始め、シャンセルとリビラもこちらに戻ってはこなかった。
「みんな戻ってこないわね」
「たぶんシャンセルは診察を受けているんじゃないか? ユーニス殿下はそれに付き添ってるんだと思うが……」
怪我こそしなかったが、失血という時間経過の回復に頼るしかない状態だ、シャンセルはしばらく安静だろう。
「それにリビラは……、戻れないだろう。いよいよ次だからな」
リビラにとっては次こそがすべて。
シャンセルとの試合で必要以上に上がったと思われるテンションを下げないためにも、ここには戻ってこないだろう。
「竜の人は負けちゃうのね」
「あ、いや、まだ負けるとは決まってないんだけど……、な」
しかし、観客たちが期待するのはやはり父と娘の対決で、となると当然、アロヴは負けることを期待されてしまっている。
それを思うとあの竜さん、ちょっと不憫だ。
やがて試合場に両選手が現れ、距離を置いて対峙する。
観客はアズアーフの名を連呼だ。
やはり望まれるのは親子対決――、リビラの宣言を聞いたからなおのこと期待されている。
そんな状況のなか、アロヴは掲げるように両手を広げ、ゆっくりとした動作でぐるりと試合場を眺め回す。
その表情はまるでアズアーフを讃える声を喜ぶような満足げなもので、なんだろうと観客たちは声を抑え始めた。
と、そこでアロヴが竜化する。
「アズアーフ殿、良いご息女ですな! 観客はすっかり心を打たれたようですぞ! そして――この俺も!」
竜となったアロヴは大声で告げる。
「その家に生まれたものとして、目指すべきとされるところをただ目指す者は多い! しかし! ご息女はそれを越え、自らの意志でそれを目指している! 大義名分で強い戦士は生まれない! 真に強い戦士に必要なものは、とても個人的な――、であるが故に絶対に譲ることのできない渇望であると俺は思っている! 自分が自分であることを証明するための矜持! それを曲げることは自分を殺すことと同義であるが故、命をかけて戦うことができると!」
観客は静まり、アロヴの言葉を聞いた。
「アズアーフ殿! ご息女は戦士たる資格を、そしてこの本戦に進んだことでその実力も証明しましたぞ! もうわかっているのではありませんか? すでにご息女は黒騎士となるに足る戦士であると!」
「…………」
アズアーフは沈黙を保っている。
「しかし! しかし! それでも認められぬと言うのであれば、後は抑えつけるしかありませんな! それは言葉によって? ――否! ここは何処か? そう、ベルガミア大闘技場! であれば戦い、勝って示すべきなのでしょう! いやそもそも、そうでしか決着がつけられぬと理解されているのか? 貴方も! ご息女も! いやはや、まったくもって勇ましい!」
アロヴは実に楽しそうだ。
「どうもこうも、こうなっては俺という存在はただの邪魔者! ここは棄権でもして、すみやかに戦うべき二人のため場所を空けるべきなのでしょう! ――しかし! その前に、一つ確かめるべきものがあると俺は気づいたのですよ!」
四つ足でいたアロヴが立ち上がり、その巨大な体躯をさらに大きく見せる。
「ご息女の覚悟は拝見しましたぞ? ではアズアーフ殿、貴方の覚悟はいかほどか? 貴方がご息女の前に立つ覚悟を持つか、この俺に!見守る観衆たちに! ぜひとも示して頂きたい!」
そう叫び、アロヴが翼を広げた。
するとアズアーフはゆっくりと剣を抜き、柄を両手でにぎると水平に寝かせた剣が真後ろにくるほど大きく体を捻った。
「お見せしよう!」
アズアーフが応える。
その反応に、観客は歓声をあげた。
『それでは準決勝、第二試合! ――開始!』
絶好のタイミングで開始が宣言されると同時、アロヴが翼をはためかせ、空へと舞い上がった。
「ドラゴン・ダイブ!」
そしていきなりの大技が。
上空から斜めに突撃してくる光を纏った竜。
それに対し、アズアーフは一閃。
「魂狩りッ!」
放出系の魔技を放った。
カッ、とアズアーフの剣の軌跡――扇状に帯のような光が放たれ迫り来るアロヴを貫く。
「――――」
アロヴはうめき声ひとつあげることはなかった。
ただ纏っていた光がばっと霧散し、体当たりの狙いはアズアーフから横に逸れた。そしてそのまま地面に激突すると、勢いによって地表を抉りながら進んでいき、最後には壁に激突して停止した。
まったく怯むことなく、真っ正面からの迎撃。
それはリビラと戦うことに痼りがあったらこれほど鮮やかな勝利にはならない――、そう見た者に理解させる勝ち方だった。
『お、おお……、こ、これまで相手を圧倒してきたアロヴ選手をなんと一撃! 我らが英雄アズアーフ・レーデントの勝利です!』
アズアーフの格の違いを目の当たりにし、観客たちは大いに盛りあがって歓声をあげた。
少しするとアロヴは首をもたげたが、周囲の様子から自分が敗北したことを悟ったらしく、ちょっとうなだれてから人の姿に戻る。
アロヴはアズアーフのところまで向かうと、軽く言葉を交わして握手をする。そして最後に観客に両手をあげて挨拶し、退場すべく静かに自分の入場口へと歩いていく。
そんなアロヴに対し、アズアーフは開始位置から動かないままだった。
準決勝二回戦の勝者は連戦になってしまうので、ここでしばらく休憩が入る予定になっていたのだが――、アズアーフは動かない。
『おや、アズアーフ選手、試合場に残ったままですが……』
実況も不思議そうだ。
どうやら完全にアズアーフのアドリブのようだが――、そこで入場口へと消えようとしていたアロヴが驚いたように立ち止まり、それから横に退くと恭しく礼をする。
そんなアロヴの前を横切って現れたのは――
「あれ……? リビラ?」
獣剣を引きずったリビラだった。
その身を包むのはベルガミア出発前におれが急遽仕立てた半袖膝上スカートの黒いワンピース。そしてそこにエプロンドレスとヘッドドレスを着けた――要は夏用のメイド姿。
黒のワンピースが黒騎士を目指すという意志の現れならば、エプロンドレスは甘んじる現状を象徴するのか。
おれに服を仕立ててくれと頼んできたあの時――、いや、その前からリビラはこの瞬間を思い描いていたのだろう。
アズアーフはその場から動かない。
リビラは進んでいき、自分の開始位置で歩みを止める。
『おや……、これは……、両者すでにやる気!?』
実況も驚いている。
示し合わせた、というわけではないのだろう。
アズアーフは娘が来るとわかっていた。
リビラは父が待っているとわかっていた。
「いや、そこまでわかり合ってるのはすごいと思うが……、会話しろよ。せめて再会の挨拶くらいしてくれよ」
「まったくだ」
おれが呟いたところ、リクシーは渋い顔で同意してくれた。
※誤字を修正しました。
ありがとうございます。
2018/12/15
※文章の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/01/24




