第218話 12歳(夏)…準決勝―第1試合(前編)
これまでの試合、登場したシャンセルは歓声に応えるように愛想を振りまいていたが、この試合においては様子が異なった。
声援に応えようとはせず、静かに開始位置に留まっている。
対するリビラは獣剣を足元に転がした状態で、首や肩を回したりと軽くストレッチをしていた。
『氷の技を使うシャンセル王女、そして異様な剛剣を振るうリビラ選手、果たしてどちらが決勝へと駒を進めるのか! それでは準決勝第一試合――、開始ッ!』
開始の掛け声がかかり、リビラは両手のみの身体強化を。
シャンセルはすでに冷気を溜めての納刀状態だ。
状況は遠距離攻撃のできるシャンセルの方が有利だろう。
例え一撃目の王女令を外したとしても、時間を稼ぐことができれば氷の刀で二撃目、三撃目、と放つことが出来る。
さて、リビラはこれにどう対処するか。
リビラはまず近づかなければならないが、獣剣を担いでいては王女令の的である。
ならばまずは獣剣は捨て、アウレベリト戦で見せたような機動力でもって撹乱し、王女令を回避――といくか。
そもそもシャンセルとの戦いにおいて、獣剣は活躍の場があるとは思えない。
シャンセルが本気で勝ちにいく気なら、獣剣担いで機動力が落ちたリビラから逃げまわり時間を稼ぐ、といったこともやって当然だ。
おれはそんな予想をしていたが――、リビラは獣剣を引きずったまま歩を進め、シャンセルとの距離を詰め始めた。
対し、シャンセルは身を低く構え、いつでも抜刀できるようにと柄と鞘に手をかける。
と――、リビラは距離を半分ほど詰めて立ち止まった。
シャンセルが初戦――アスレッジ戦で見せた充分に冷気が溜まった状態での王女令、その有効射程ぎりぎり外。
ここからどう動くのか――、観客たちも固唾を飲んで見守るなか、リビラは大きな声でシャンセルに語りかけた。
「王女殿下! 申し訳ないのですが、ここで体力を使うわけにはまいりませんので――、この試合は手早く終わらせていただきます!」
リビラはお嬢さま仕様の喋り方で言うと、ふっと体の力を抜いたように前傾姿勢に、そして――獣剣を引きずったまま駆けだした。
もちろんクソ重い剣を引きずっているので、本来の速度など出せるわけもなく、軽いランニングのような速度であったが、それでも驚愕に値する。
真っ直ぐに向かってきたリビラにシャンセルは少し動揺したようだったが、狙いやすい距離にわざわざ来てくれたのだ、これが王女令をぶちかます好機なことには違いない。
しかし、リビラが何か企んでいるのは当然であり、この好機は差しだされたもの――罠である可能性が高い。
だから……、おれだったら退くのだが、シャンセルはその場に留まり王女令を放つつもりだ。
リビラが語りかけたのは、シャンセルを退かせないための煽りだったのか? これまでのことからして、リビラがあんなこと言ったら、シャンセルはムキになること間違いなしだ。
向かい来るリビラに対し、シャンセルはいよいよ刀を抜く動作にはいる。
と、そこで駆けよってくるリビラに別の動き。
勢いにブレーキをかけ、その場で身を捻り、回り、駆けよってきた勢いに遠心力をくわえ、ゴウッ、と獣剣をぶん投げた。
「王女令! ひざ、まぁぁぁ――――ッ!?」
刀を半ば抜いたところでシャンセルの言葉は悲鳴に変わる。
結果、冷気を散らしての抜刀となり、王女令は発動失敗。
王女令を放つ瞬間を狙う――、これはシアがミーネに鎌をぶん投げたのを参考にしたのだろうか?
プロペラのように回転しながら飛んでくる獣剣の速度はそれほどではないが、王女令を放とうと姿勢を固めていたシャンセルにとっては充分脅威となる速度だ。
冷気の刃は物理的な制止力を持たないため、王女令を発動させたところで獣剣を食い止めることは出来ない――。
飛んでくる獣剣を回避するため、シャンセルは崩れた体勢で無理矢理の横っ飛び。
そんなシャンセルに、リビラは腰のナイフを抜きはなって襲いかかった。
獣剣はほったらかし。
放置してもシャンセルには――と言うか、リビラ以外には使えないであろう代物なので、そういった心配だけは皆無な武器である。
ここでシャンセルは刀、リビラはナイフ、双方、純粋な戦闘力の勝負となった。
リビラは素早く動き回り、シャンセルの周囲――全方位から襲いかかっていく。
シャンセルはリビラの猛攻を防ぎつつ、再び王女令が使えるまで堪えるつもりのようだが、いざ冷気が溜まったとしてもそれを放つことが難しい状況だ。
納刀など、リビラが許すわけがないのである。
であれば氷の刀による王女令になるのだが――
「あ、そうか。そうなるとカタナが邪魔だ……」
氷の刀を抜くためには、いま手にしている刀が邪魔になる。
あの刀は緩めに鞘へ収まっていたから片手で抜くことも可能だったとは思うが、鞘の内部に作られた氷となると話は別だ。
本物の刀とは違い、氷の刀は刀身が鞘の内部に触れずに収まっているわけではないはずだ。引き抜くためには、左手で鞘を握らなければならないのだろう。
刀があるせいで王女令は使えないが、だからといって刀を手放すわけにもいかない状態にシャンセルはある。
試合はリビラの攻めをシャンセルがしのぐ状況が続く。
詰めていくリビラ。
そんなとき――
「シャンセル、なんか焦ってる?」
ふとミーネが呟いた。
確かに、思うようにいかず――気持ちがはやっているような。
シャンセルにとってはこの試合がほぼすべてだ。
だがリビラにはシャンセルを踏み越えての次がすべて。
この齟齬は、シャンセルにとって苛立たしいものだろう。
それにもう少し拮抗――、いや、自分が押している未来をシャンセルは思い描いていたのではないだろうか?
自分はもっと出来ると考えていたのにこの状況――。
このシャンセルの劣勢は、昔のリビラの戦い方――獣剣を振り回す戦い方に馴染んでいたことが影響をおよぼしているような気がする。
リビラが知らない戦い方をすること――、理解はしていたが、実際に戦ってみて、自分でも戸惑うほど噛みあわなくなっているのでは?
もしリビラが獣剣を使って戦っていたならば、王女令を習得したシャンセルが優位に立てていただろう。
しかし、リビラは獣剣を放棄し、素早さを最大限に生かすという戦い方を覚えた。
精彩を欠くシャンセルに対し、リビラは余裕までは見せないものの自分の勝ちを描ける勢いがある。
ナイフを刀で受けさせてからの拳、刀の攻撃をナイフでいなしてからの蹴りと、シャンセルに容赦なく攻撃をくわえていく。
これをシャンセルは喰らってしまっている。
対処できない攻撃ではないと思うが、リビラの勢いに呑まれてしまっている。
早い内に意識を切り替え――、踏ん切りをつけないと、このままではシャンセルはジリ貧だ。
そう思われたとき、シャンセルに動きがあった。
真下から真上への斬り上げを放ち、そして刀から手を放す。
斬り上げの勢いのまま刀は空へと放られた――、この意外な行動にリビラの動きが一瞬止まり、その瞬間にシャンセルは後ろへ跳ぶ。
そしてそこからの――
「王女令!」
左手で鞘を握り、右手で生みだされた氷の刀を抜き放つ。
「――凍りつけ!」
横凪に冷気の斬撃が放たれた。
が、足りない。
ここで当てるにはもう一手、もう一瞬リビラの動きを封じる必要があった。
リビラは跳躍で冷気の刃を飛びこえる。
遅れてシャンセルも跳躍し、落下を始めた刀を回収しようと。
シャンセルはここで再び刀を手にし、リビラを出し抜くつもりだったのだろう。
だが、リビラは冷静だった。
すでにそれを読み切っており、ナイフを投げつけて刀を弾くと、先に跳んでいたにも関わらず、狙ったように刀を回収しようとしていたシャンセルを迎撃――、蹴りによって地面に叩き落とした。
シャンセルが刀を回収するために跳ぶと確信し、そのときの位置を予測しての跳躍だったのだろうが――、あの瞬間にそこまで読んだ集中力、すさまじいものがある。リビラも本気なのだ。
迎撃されたシャンセルは体勢を崩した状態で落下した。
着地したリビラはシャンセルが動けない隙に、ナイフより近かった刀を拾いあげる。
「おっと、これは……、決まりですかね」
シアが呟く。
獣剣などというふざけた代物を扱えるリビラだ。
例え使ったことのない刀剣であろうと、それが刃を持つ代物ならそれを振るだけで充分な脅威である。
もしこれがただの練習試合ならこれで勝負も決しただろう。
だがシャンセルは腰から鞘を引き抜いて戦う姿勢を見せた。
「王女殿下! 諦めが悪いようですね!」
「うるせえ!」
鞘がある。
ならばまだ、王女令を使える可能性が残っている。
勝利できる可能性がある。
例えわずかであったとしても――、だ。
もうどうにもならないと、本当に諦めてしまうまでシャンセルは試合を投げたりしないだろう。
いや、投げられないのかもしれない。
それがリビラを諦めることになるのなら、投げることなど出来はしない。
シャンセルは鞘を武器に果敢に攻め始めたが、リビラが渾身の力で振るう刀の威力にみるみる破壊されてゆく。
無謀、暴挙、頼みの綱となる鞘で戦いを挑むべきではなかった。
逃げて時間を稼ぐべきだった。
だが、どうやらシャンセルは頭に血が上ってしまっているようで、自分ではどうにもできなかったのだろう。
そして、シャンセルの持つ鞘は砕けて折れた。
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2018/12/15
※誤字と文章の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/01/24
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/04/17




