第22話 6歳(秋)…服の神さま
ダリスは父さんと死闘を繰りひろげてから帰っていった。
やがて頼んでいた裁縫道具とたくさんの古着が届けられると、おれはさっそく服作りにとりかかる。
まず古着をばらして、各パーツがどんな形になるかを学ぶ。それから元通りになるように縫いなおす。これを春から夏にかけてずっと繰り返した。
縫い目のつたなさはまあ目をつむって、きっちり元通りにできるようになったらいよいよ布から服を作りあげる練習だ。
裁断した各パーツを縫いあわせていって服を完成させる。
所詮は古着のコピーにすぎないものだが、技術向上のためにひたすら製作。
目標は仕立屋の真似事ができるようになることだ。
そして秋――、いよいよ弟に着せるための服を作る準備をはじめる。
まずは両親に協力をあおいで森から木を切りだし、木材にしたものを丁寧に加工して祭壇を作りあげる。
それほど立派な祭壇ではないが、弟への想いをこめた祭壇だ。
「なあリセリー、服を作るのになんで祭壇が必要になるのか俺にはまったくわからないんだが……」
祭壇作りに協力しつつも、父さんは困惑気味だった。
「凝り性なのよこの子は」
「いや凝り性とかそういう話かこれ?」
初めて弟に作ってやる服なのだ。形だけとしても祝福と聖別くらいしてやりたいと考えるのが兄心ではあるまいか。なにしろこっちは魔素というものがある。もしかしたらおれの弟を想う真摯な心に反応を示し、特別な効果を宿した服になるかもしれないじゃないか。
そういえば〈炯眼〉って物に使うことはできないのだろうか?
おれは〈炯眼〉で祭壇を見てみた。
〈粗末なセクロスの祭壇〉
【効果】セクロスの想いが捧げ物に宿るかもしれない。
使えることは判明したが……、だからどうした。
おれは祭壇に弟の服を作るための布や糸、ボタン、そして作る道具であるハサミやハリをのせて十日ほど祈りを捧げる。
十日である意味はとくにない。
そもそも普通に夜寝るし、昼寝もするし、弟をあやしたりもするので祈り続けてすらいない。
とりあえずあいた時間があれば祈りを捧げるというスタンスだ。
ところが祈りが四日目あたりになると、祭壇がほのかに光を放つようになり、六日目あたりには小鳥や森の小動物が祭壇を中心に集まり始めるという謎の現象が発生した。
「リセリー、なにが起きている、なにが起きているんだこれは……」
「興味深いわね。祈りによる魔術現象の発動。シャーロットが魔導学で原初魔法と呼んでいるものよ。魔素が純粋な想いに反応を示す。シャーロットは魔術の才能のない祈祷士が祈りによって魔術現象を起こすのを見て、魔法を生みだすきっかけを得たと師匠は言っていたわ」
「そういうことを聞きたかったわけじゃなくてね!?」
父さんは混乱していた。
ちょっと想像以上のことになっておれも混乱していた。
喜んだのは母さん、そして弟だ。
集まった小動物たちを見てキャッキャとはしゃいでいる。
「でもこれほど顕著に反応があるなんて聞いたことがないわ。たぶん、神撃を宿していることが関係していると思う」
ふむ、ということは、おれが真摯に願えば神撃の力をほかに付与することも不可能ではないということになるのか。
これはよいことを聞いた!
どうせ使い切れないほどあるような力だ。この際、服に力が宿るように〈厳霊〉を発動しっぱなしで裁縫することにしよう。
十日たったところでおれは生地や道具を回収し、微量の雷撃を体に纏いながら針仕事を開始した。
弟が元気に育つよう祈り一針縫う。
弟が幸せな人生がおくれるよう祈り一針縫う。
弟が心優しい人になってくれるよう祈り一針縫う。
一針一針全身全霊でもって祈りをささげながら縫っていく。
すると、妙なことがおきた。
纏っていた微量の雷撃がピリリと目の裏側でスパークを起こしたような感覚を覚え、と同時におれは澄んだ泉にそっと身を沈めたような不思議な感覚に包まれた。おれの意識は体のすみずみまでいきわたり、針をあつかう指はより優雅に繊細に動くようになる。耳を澄ませばそのつど針が布を抜けていく音の違いすら聞きわける。
集中の極致。
ふむ、もしやこれが話に聞くゾーンというやつか。
時間すらも引きのばされる向こう側の感覚。
とすればこれは――言うなれば〈針仕事の向こう側〉か?
極限の集中状態のまま、おれはさらに祈りをこめた。
弟がお腹を壊さないように。弟がよく眠れるように。弟が転んで怪我をしないように。弟がへんな奴に騙されないように。弟が悪い女にひっかからないように。
そして――
〈弟の服〉
【効果】弟を想う気持ちがこめられた服。
これを着たものはすべて弟となる。
弟がこれを着たときすべては弟となる。
ついに弟の服は完成した。
確認してみたところちゃんと弟の服となっていた。
効果がいまいちなに言ってんだかわからなかったが、まあいい。
おれはさっそく出来た服を着せようと弟のところへ向かおうとする。
が――
「待ちたまえ!」
ふいに体が重くなった。
空気が水とすりかわってしまったように、動作に抵抗を覚える。
困惑しながら、おれは聞きなれない声の方へと振り向くと、そこにはひとり、知らない男が立っていた。
即座に電撃をぶっぱなした。
「ほわっ!?」
男は雷を喰らってビクッと身震いしたが、それだけだった。
「ちょ、いきなり攻撃してくるとか。待ちなさい。怪しい者ではない」
信じられないのでさらに雷撃をぶっぱなした。
「のほぉ!?」
男は雷を喰らってビクッと身震いしたが、やはりそれだけだ。
「いやちょっと待とうよ! まず話をしようよ! 私は神だ!」
問答無用で雷撃をぶっぱなした。
「だからーッ!?」
「頭のおかしいやつはみんな神を自称するんだ」
「いやいや私は本当に神だから。ほら、なんかこう感じるだろ、私の神気で威圧されているのが。というか君、普通に動くね。さすがというかなんというか。ああ、そうだ、私は君が転生者だって知ってるよ」
「む……」
それを聞いて、ひとまず攻撃の手をゆるめる。
男はちょっとほっとした顔になって、咳払いをひとつ。
「私は装衣の神ヴァンツ。まあ服の神と考えてもらえればいい。ここに現れたのは君が作ったその服を引き渡してもら――、いや待って! ちょっと待って! 話は最後まで聞いて!」
ようやく完成した弟の服をかっぱらいにきた盗人を撃退すべく攻撃をしようとしたが、まだなにか言いたいようだ。
「君が作ったその服は危険なものだ。その服は誰かに着せていいものではない。君の弟には特に」
失敬な奴だ。
おれが心をこめて縫いあげた服を危険物あつかいしやがって……。
「というか君、いったいどれだけ力を注ぎ込んだの? なんかもうその服自体が若干神格をおびた精霊みたいになってるんだが……」
「精霊……、付喪神みたいなもんか? こっちにもあるんだな」
「そんな生やさしいものじゃないんだがな。それは着たら誰だろうと君の弟になってしまうとんでもない代物だ」
「べつにいいだろ、弟にしか着せないだろうし」
「いや君の弟に着せたときが一番の大問題だ。その服を君の弟が身につけたとき、その効果範囲にいる者たちはすべて君の弟になってしまうのだ。いやなに言ってるんだこいつって顔しないでもらえるか。本当にそうなるんだから仕方ないだろうが! とにかく! それは世に出してはいけない物だ! だから私が預かりにきた! 本当だ! 本当だからそれはもうやめ――てっ、あばばばッ!」
本当に失礼な神だ。
弟への無償の愛がこめられた至上の一品を奪いにきたうえに、危険物扱いしやがるとは。
「き、君が憤りを覚えるのはわかる。君は本当に弟のことを想って縫いあげたからな。だが同時に本当に危険なんだ。君にそのつもりがなくてもそうなってしまっているんだ。私は装衣の神としてそれを見過ごすわけにはいかない。やろうと思えば奪っていくこともできるが、それでは君が不憫だし、それだけのものを作りあげたことに敬意を表してこうして姿を現し説明しているのだ」
「どうあっても回収しようっていうのか?」
「そうだ。だからこういうのはどうだろう。それを大人しく渡してくれたら、私は君に恩恵を授けよう」
「いらん」
「のわばばばッ!」
即答して雷撃を喰らわす。
「おまえちょっと短気すぎるぞ! 戦神なみだまったく! よく考えてみろ。おまえはその服を失うことになるが、この私、装衣の神から恩恵をもらえるんだぞ。凄い服が作れるようになるぞ? 弟に今よりもずっと良い服を作ってあげられるようになるんだぞ?」
「む」
それはちょっと魅力的だ。
「それに私の恩恵を宿せば、今回みたいな危険な服ができてしまわないように神撃は調整されるようになる。その雷だって今よりは扱いやすくなるはずだ」
「むむむ……」
「心をこめたが、まだ拙い仕上がりだと自分でも思っているんだろ? だが私の恩恵があれば腕前はみるみる上達し、どこにだしても恥ずかしくない服を仕立てられるようになる。それどころか、特別な効果まで付与されるようになるだろう。どうだ、弟に良い服を着せてやりたいとは思わないか」
そう言われると弱い。
まだ時間はあるとはいえ、弟が大きくなるまでに立派な服を作れるようになりたい。
「私の加護――いや、祝福を宿し努力すれば、まあ今の調子でやっていけば一年くらいでそこそこ思い描いた服を作ることができるようになるだろう。どうだ、魅力的だろうが」
「……わかった」
ようやく完成にこぎつけた一着をさしだすのは心苦しい。だが、長期的にみれば神から恩恵をもらっておいたほうが断然おとくだ。
おれが差しだした服をうけとると、装衣の神はちょっとほっとしたように嘆息する。
「ふぅ……、やれやれ、どうなることかと思ったぞ」
「ったく、人が一生懸命作った服をそんな危険物みたいに……」
「いやだから本当に危険物なんだよ。まあいい、まずは恩恵を」
神はそう言うと、おれの頭をぽすぽす軽く叩いた。
「よし。これでおまえに私の恩恵が宿った。確認してみるといい」
言われて、おれは自分を〈炯眼〉で確認する。
そういえば前に〈炯眼〉使ったのいつだったっけ?
《セクロス・レイヴァース》
【称号】〈暇神の走狗〉
〈おにいちゃん〉
【神威】〈善神の加護〉
〈装衣の神の祝福〉
【秘蹟】〈厳霊〉
〈炯眼〉
〈廻甦〉
ふむ、確かに増えていた。
称号も増えていた。
おにいちゃんか……、そうか、おれはおにいちゃんか。
ふふっ……。
「おい、なにをうっとりしているんだ気色悪い。どうなんだ?」
「あ? ああ、おまえの祝福が増えてた。ところで加護と祝福ってなにが違うんだ?」
「礼くらい言えよ!? まったく。加護は災厄から護ってくれるもの。祝福は加護よりさらに強い恩恵。そんなふうに考えておけばいい」
いまいちわからん。
まあ元の世界ではなじみのない代物だからかもしれないが。
「祝福を与えたのは、おまえの力を抑制するためでもある。これで無闇やたらに神撃が漏れることもなくなるだろう。普通は善神の加護だけで充分のはずなんだが、さすがに元が元だからか。これで大丈夫だとは思うが、念のため、もう全身全霊で服を作るなよ。そんなことをしなくても良い服は作れる。これからおまえが服を作るたびに引き取りにこなければならないとか、私はごめんだからな」
そう言って、神は跡形もなく消えうせた。
それと同時に、あたりを押しつぶすように存在した気配もなくなる。
「せっかく弟の服ができたのに……」
とんだ邪魔がはいった。
暇神といい、死神といい、どうもおれは神と相性が悪いようだ。
あ、そういえば導名のこときけばよかった!
しまった、あー、なんてこった。
まさか神がのこのこでてくるとか想像もしてなかったし、話してるときは弟の服のことで頭がいっぱいだったから。
まあ、いつかほかの神に会う機会もあるかもしれないし、そのとき尋ねることにしよう。
そう気をとりなおそうとしたところで――
「セクロス! 無事か!」
父さんが部屋に飛びこんできた。
おれは雷撃をぶっぱなした。
「ぐあばばばばっ!」
ビリビリビリと父さんは体を震わせ、そして崩れ落ちた。
「な、なにをする……」
「ごめんなさい。ちょっとおどろいて」
異変を感じて飛んできてくれたのにひどい仕打ちとは自分でも思うが、今ちょっと気分がささくれてて、名前を呼ばれたら反射的にやってしまったのだ。
「いったいなにが起きたの? ただ事じゃない気配というか、ろくに動けなくなってしまっていて、やっとこられたんだけど」
遅れて母さんがやってくる。
ここは正直に言ってしまっても問題ないだろうと、おれは装衣の神のことを話す。
「弟の服を服の神さまが来てもってっちゃったの。かわりになんか祝福くれた」
「「……は?」」
両親が声をそろえ、ぽかんとした顔のまま固まった。
※誤字の修正をしました。
2017年1月26日
※誤字脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/21




