第216話 閑話…胎動
星芒六カ国の国々は瘴気領域境界線に要塞を持つ。
ベルガミアの要塞『恐怖の谷』は峡谷を塞ぐように存在し、現在はもしもの事態にそなえ、戦いの準備が整えられつつあった。
冒険者ギルドから再びスナークの暴争が起きる可能性を示唆されたのはひと月ほど前の話だ。
これにより哨戒隊は増員され、暴争の予兆を見逃すまいと要塞からさらに瘴気領域へと向かう。
しかし到達できるのは峡谷から望める地平線の位置までで、それより向こうはその名の通り瘴気に覆われた領域であり、即死こそしないものの、長い時間留まればゆっくりと死に至る死地となっていた。
瘴気領域ぎりぎりの、真の境界線――。
ここに距離を置いて横並び設置されたテントが最前線哨戒所であり、派遣された哨戒隊が滞在する拠点となっている。
黒騎士たちは自らが育てた黒水晶の精霊石を染料として染めた黒地の生地、それを用いて作られた制服を身につけている。
しかしいくら屈強な者であろうと、邪気祓いの効果を持つ服を身につけていようと、最前線哨戒所に滞在し続けられるのは四日が限界であった。
最前線哨戒所のすぐ目の前には粘りけを持つ霧のように、帯となって漂う瘴気の壁がある。
おかげで視界はひどく悪い。
例えその向こうで胎動するものがいようとも、その存在が確認出来るようになるのは、それが群れをともない、こちらへと向かってきたその時となる。
△◆▽
それはかつて偉大な存在であった。
覇種――、生まれついての超越者。
だが邪神に敗れ、零落したそれをシャーロットは黒妖犬と呼んだ。
かつての叡聖――、されど今は、ただの混濁。
その身を突き動かすのは、生きていたものとしての本能。
ただ一つ、最後の望みを得るために、足掻き、藻掻き、怨嗟のごとく乞い願いながら、迷いでては誰かを求める。
しかしそんな状態にあっても、倒すべき敵を倒そうとする意志はまだかすかに残っていた。
『(――来た――)』
呼び寄せようとしたものがいた。
けれど、そのものは敵によって殺された。
惜しい――、が、今となっては些細なことだ。
なにしろ敵は。
今、すぐそこにまで。
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2018/12/14




