第214話 12歳(夏)…2回戦―第3試合・第4試合
二回戦を勝利し、明日の準決勝進出を決めたリビラは両手を包帯でぐるぐる巻き――ネコ型ロボットの手のようになって戻ってきた。
「ポーションが染みこませてあるから、しばらくこのままにしておけば大丈夫ニャ」
大丈夫とかそういう問題ではないような気もするが、リビラはなれているのかごく自然な様子である。
続く第三試合は頑張ったのに大きく評判を落とした竜皇国のアロヴと、倒した相手の方が人気だった聖都のセトス――、勝利したのにいまいち讃えられなかった二人の試合だ。
「気になる。気になるけどぉ……、行くわ。集中するから!」
と、この次――第四試合に出場するミーネはアロヴとセトスの試合を観戦することなく試合場の方へと向かった。
まあ相手がリビラの親父さん、この国の英雄だ。
いくらミーネでも気合いを入れていく必要があるのだろう。
敵わない相手と知りつつも、全力を尽くせる状態に自分をもっていこうとする――、そういうところは実に真面目である。
『ではでは~、二回戦、第三試合――開始ッ!』
この試合、アロヴは最初から無手――棍棒は持ってこなかった。
これはアロヴが激しい攻撃を仕掛け、それをセトスが盾で防ぐという展開になる――、二人の試合を見た誰もがそう思っただろう。
しかし、いざ試合が開始されるとその予想は覆された。
アロヴが飛び掛かっていったのは予想通りだったが、盾を構えていたセトスの方もその体勢で突撃していったのだ。
そしてアロヴが激突の瞬間に攻撃を――、やっぱり威力万歳な大振りのドラゴン的パンチを繰り出そうとしたのだが――
「我が信仰に迷い無しッ!」
セトスの魔技――盾を構えた体当たり。
ドゴンッ、と音をさせアロヴは高々と吹っ飛んだ。
盾とは小さな壁。
ただ構えた状態の盾であろうと、そこに突っこむことは自ら壁めがけて正面衝突しにいくことに大差ない。
それが向こうも突っこんできて、おまけに魔技とくる。
ぶつかり合う衝撃をアロヴはもろに喰らう結果となった。
双方の突撃速度を時速25キロとすると、あの瞬間のアロヴは店番しているところに車が時速50キロでダイナミック入店してきて撥ね飛ばされたようなものなのだ。
「ぬうん!」
だがそこは頑丈な竜の人。
空中で身を捻り、着地した瞬間に――
「ドラゴン・キック!」
セトスめがけてかっ飛んだ。
「護るべき時は今ッ!」
飛んでくるアロヴに対し、セトスは姿勢を固め盾をかざす。
激突する両者、そして――
「なっ!?」
セトスは微動だにすることなくアロヴの蹴りを受けとめた。
さらにセトスはアロヴの足が盾から離れるよりも速く盾を払う。
着地前、空中にあったアロヴの体勢は容易く崩された。
そして繰り出される剣。
払った盾を追うように、崩した瞬間にかける追い打ちは輝きを放つ魔技の一撃。
「教剣ッ!」
体勢を崩されたアロヴは着地に失敗、寝そべるような姿勢で地面に落下したのだが――
「なんのぉぉ――ッ! ドラゴン・キャーッチ!」
もうそういう魔技があるのか、ただ言っているだけなのか、とにかくアロヴは叫び、その体勢での白刃取り!
失敗!
ゴスッと。
「いってぇぇぇ――――ッ!」
額に剣が叩き込まれた瞬間、パンッと一丁締めをかますというコントをやらかしたアロヴであったが、体を張った芸をする者特有の頑丈さか、ダメージは額からの出血程度に留まっている。
「え、その程度なんです!?」
シアがびっくりして言った。
気持ちはわかる。
きっと観客の誰もがそう思ったはずだ。
普通に剣を叩き込まれただけでも脳天が割れそうなものなのに、魔技で額が割れるだけとかどんだけ頑丈なんだ、竜ってのは。
「おのれ!」
アロヴが出血程度で怯むわけもなく、すぐさま合掌状態の両手を下へずらし、額に当たるセトスの剣をきっちり挟み込む。
後出しの白刃取りとか初めてみたわ。
これでセトスは剣を封じられることになったのだが、しかし、アロヴが優勢になったかと言うとそうではない。
なにしろ相手の剣を両手で挟み込みはしているが、その相手の足元で無防備に寝そべっているのだ。
と、ここでセトスはすっと足を上げ、アロヴのがら空きの腹めがけ、ドゴドゴドゴッ、と踏みつけ――連続の踏撃を喰らわせる。
『お、おっとぉー、セトス選手、これは容赦ない攻撃! 一回戦ではひかえていたか、それともアロヴ選手なら問題ないとの判断か!』
たぶん後者では……。
問題ないと言うか、それをやっても足りないと言う感じで。
「ちょちょちょっ、ちょっちょっ、ちょぉ――――ッ!?」
ぼっこぼこに腹を踏まれまくるアロヴ。
これはたまらないと、アロヴは剣をはなし、坂を下る丸太のようにすごい勢いで転がりながらセトスから距離をとった。
そんなアロヴをセトスは追わない。
再び正面に盾を構え、剣をピッと斜め下へさげた状態に。
アロヴはセトスから距離を取って立ちあがったが、今までのように即座に飛びこんでいくことはせず、しばし様子を見る。
「うぬぅ、どうも聖都の者とは相性が悪い……! だがしかし! 俺は退かぬ! 媚びぬ! 省みぬ! 何故なら俺がアロヴ・マーカスターだからだ!」
高々と拳を突き上げ、どっかで聞いたことのあるようなことをアロヴは言い放つ。
そして再度突撃するかと思いきや――
「と言うわけで本気だ!」
そんなことを言って光に包まれ――、竜化した。
ぶ、分が悪いからってあんた……。
おれとしてはちょっとせこいような気もしたが――、
『うおぉぉ――――ッ! おおおぉぉ――――ッ!』
観客たちは大いに盛りあがった。
なにしろ、いかにも『騎士』といった姿のセトス、そして『竜』そのもののアロヴが試合場で対峙しているのだ。騎士と竜の戦い――お伽話のクライマックスを再現したような状況である。この先も目にする機会があるかどうかわからない光景だ。
巨大な竜へと果敢に立ち向かう騎士。
睥睨する竜が吐くは豪火。
「護るべき時は――、今ッ!」
騎士は盾を構え、真っ向から炎を受けとめる。
炎は盾により裂かれるが、左右に分かれてもなお地面を焼く。
試合展開は完全にアロヴ優勢。
しかしそれでも、セトスは試合を投げるようなことはなく、攻撃を受けとめながらにじり寄るようにアロヴへと近づいていく。
予選初日、この闘技場で多数の参加者と黒騎士を蹂躙したアロヴの攻撃、それを一人――、よろめき、体勢を崩しながらも耐えきっている――、もうそれだけで驚嘆すべき防御力である。
例え今この瞬間に力尽き、崩れ落ちようとも、聖騎士セトスの強靱さに疑いを持つ者など居はしないのだ。
二回戦第三試合――、決着の時は近い。
誰もがそう思い始めたとき――
「おお! おお! 竜と化した俺の攻撃を防ぎきるとは! よかろう! 俺のとっておきを見せてやる!」
テンションが上がってしまったアロヴはそう言い、翼をはためかせて天高く舞い上がる。
いやいや待て。待て。
オーバーキルだから!
セトスのライフはそろそろゼロよ!
「ドラゴン・ダイブ!」
光に包まれながらの強襲は、猛禽が獲物目掛けて急降下するかのごとく。
審判は猛ダッシュで退避した。
「護ぉぉるぅぅうぉおおぉらあぁぁぁぁっしゃぁぁぁ――――ッ!」
それでもセトスは受けとめようと。
カッ――!
そしてセトスは受けとめた。
受けとめたが……、さすがに無茶だった!
一瞬だけアロヴを留めたが、次の瞬間には勢いよく観客席まで吹っ飛んだ。
そしてアロヴ、その特攻技はセトスを吹っ飛ばすだけに留まらず、轟音を響かせて地面に大激突。
噴火のように土砂を巻きあげ、その衝撃は闘技場を揺らす。
それはまるで隕石の落下。
『うわぁぁぁぁ――――ッ!』
『ぎゃぁぁ――――ッ!』
さすがにここまでの技を出されると観客も大喜びとはいかず、びっくりして悲鳴の大合唱となった。
△◆▽
『えー、えー、試合場が大変なことになってしまいましたのでー、現在この修復を行える魔道士を――』
第三試合が終わり、すぐに第四試合の開始となるところなのだがここで問題が発生していた。
アロヴの大技によって試合場にはクレーター状の大穴が空いており、これを魔道士たちが修復するまで試合は中断とせざるを得ないのだ。
そしてこの大穴を作った張本人――アロヴ・マーカスターなのだが、さすがに責任を感じたのか、竜の姿のまませっせと穴埋めに徹している。
しかしアナウンスがされてすぐ――
『おや……? ミネヴィア選手……?』
ミーネがひょっこり試合場に現れた。
皆が注目するなか、ミーネは試合中とは打って変わって黙々と穴を埋めているアロヴの所へ行き話しかける。
アロヴは長い首をかしげたが、すぐにすごすごと下がり、ミーネに場所を譲った。
それからミーネは剣を抜き、ズンッ、と地面に突き立てる。
すると試合場にある大穴がズズズズッとうごめき始め、やがて平らな地面へと修復された。
ミーネは剣を鞘へと収め試合場を見回すと、自分でも納得の仕事なのだろう、うんうんと満足そうにうなずく。
『…………』
あまりのことに、実況者はとっさに言葉が出ず、見守っていた観客もぽかんとしたものだ。
「ミーネ姉さま、すごいですね……」
目をぱちくりしながらユーニスが言う。
「剣を抜いてからが本番って聞いてはいたけど……」
シャンセルはもうあきれ顔になっていた。
そして獣人たちの度肝を抜いたミーネだが――
「もーいーわよー! 試合できるわよー!」
手をばたばたさせながら、試合の再開を催促していた。
なるほど、魔道士が来て修復するまで待ってられなかったのか。
『え、あ、はい! はい、わかりました!』
驚いていた実況者が我を取りもどし、アナウンスを再開する。
それに合わせて、アズアーフが試合場へと姿を現した。
ミネヴィアとアズアーフは、おおよその開始位置に立って向かい合う。
『そ、それでは! ミネヴィア選手の協力により試合場が修復されたので第四試合を開始します! これが本日最後の試合となります! ミネヴィア選手とアズアーフ選手の対決です!』
さて、ミーネはベルガミア最強とどう戦うのか。
ミーネはまだ剣を抜かず、アズアーフもそれに合わせているのか剣を収めたままだ。
『それでは二回戦第、四試合――開始ッ!』
宣言がされると、ミーネは無防備にてくてく歩きだした。
するとアズアーフも遅れて歩きだし、二人は試合場のほぼ真ん中で立ち止まり対峙する。
「……なんだ?」
二人はなにか会話をしているようだったが、声が小さくてさすがに聞こえない。
何を話しているのやら、と思っていると、二人はそこで剣を抜く。
ミーネは腰を低く、剣は切っ先を右斜め後方、寝かせるようにしており、アズアーフは掲げるように構えている。
どうやらミーネが一撃勝負のお誘いをし、アズアーフがそれに乗ったという状況のようだ。
構えたまま溜めに入った二人は微動だにせず、その瞬間のために神経を集中させている。
魔導の感覚が鋭い者にはあの二人の状態をどう感じているのだろうか? さっぱりなおれであっても、あの二人を中心に引き裂くような鋭い高周波音がけたたましく鳴り響いているようなイメージが生まれている状態だ。見えないし聞こえない、けれど、体のどこかがそれを感じ取り理解しやすいイメージとして意識させてくる。
あれなんかヤバイっすよ、と。
そして――
「〝魔導剣ッ!〟」
「魂砕きッ!」
二人は同時に剣を繰り出し、魔技をぶつけ合った。
剣がぶつかり合う激しい金属音、さらに魔技が激突した魔導的な衝撃は波紋のように会場全体へと広がった。
「ふぁ……?」
「ニャ!?」
ユーニスがこてんと席から転がり落ちそうになり、慌ててリビラが支えた。
魔技のぶつかり合った余波を浴び、ユーニスは意識を持って行かれてしまったらしい。
だがまあ無理もない。
おれも一瞬頭がほわんとした。
試合場に視線を戻せばアズアーフが剣を鞘に収め、そしてミーネは剣を杖のようにして倒れそうになる体を支えている。
ミーネはちょっとふらついていたが、自分も剣を鞘に収めアズアーフにカーテシーをして見せた。
勝負は決したようだった。
△◆▽
ミーネとアズアーフの第四試合は一撃で決したためあっさりしたものだったが、観客たちから不満があがることはなかった。
「観客も余波を喰らって意識を持って行かれた者がそこそこいたようだからな、並大抵の戦いでなかったことは理解できたのだろう」
面白いものを見た、と言うようにリクシーは満足げな顔だ。
やがて――
「あー、負けちゃったー……」
とぼとぼ戻ってきたミーネはそう言うが、表情はわりと明るい。
「ミーネさん、そんなに悔しそうではないですね」
「うん? うん、思いっきり技をだせたし、すっきりしたから」
「あー……、なるほど」
激しく戦うのも良いが、一撃に己のすべてを込める勝負というのもミーネ的に有りらしい。
「なんか最初に話してたよな?」
「え? うん。全力の一撃をだすから、全力の一撃でお願いしますってお願いしてたの。そしたらお爺さまには大きな借りがあるからこれは断れないなって」
「「え」」
それを聞いたシャンセルとリビラが愕然とする。
「伯父貴の本気の一撃だったのか?」
「これだから勇者の末裔は恐ろしいニャ……」
二人はミーネを珍妙な物でも見るような目で眺める。
「うん? でも結局は私が打ち負けちゃってるのよ?」
「ととニャの本気なんて、喰らったら普通は精神衰弱してしばらく目を覚まさなくなるニャ」
「それをこうやって普通にしていられるほど相殺したってのがまあなんて言うか、ありえねえって言うか、ミーネはすげえなぁって言うか」
「んー、そうなの?」
当のミーネはいまいち実感がわいていないという表情だ。
自分を過小評価しているつもりはないのだろうが、物心ついたときから最強の爺さんが側にいたからな……、比較してしまうとどうしても自分はまだまだ、と感じてしまうのではないだろうか。
※誤字を修正しました。
ありがとうございます。
2018/12/13
※文章の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/01/24
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/04/17
※さらにさらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/06/12




