第213話 12歳(夏)…2回戦―第2試合
「ふう、なんとかなったぜ」
やれやれ、とお疲れの様子でシャンセルは戻ってきた。
「姉さま姉さま、これでリビラ姉さまが勝つと、明日は姉さまたちの勝負になってしまいます。ぼくはどちらを応援したらいいんでしょう」
「いやそこはあたしを応援しろよ、あたしを」
なんて弟だ、と呟きながらシャンセルは席に腰を下ろす。
「あー、疲れた。正直なとこ、けっこうやばかった。試合前に氷でカタナを作ることを思いついてなかったら、どうなってたか……」
「あ、あれって試合前から計画してたのか。じゃあ最初に技を放ったのはもしかしてわざと?」
「ん? ああ、まず使って油断させようと思ってさ。でもまた冷気を溜める時間を稼ぐのがきつかった。相手が感づく前になんとか使える程度になってよかったよ。後はカタナを飛ばされたように見せかけてさらに油断させて――、なんとかなった」
そう言うシャンセルは素直に喜んでいた一回戦とは違い、まだ試合の緊張が抜けきれていないような感じだ。
まあ何としても次へ進みたかっただろうからな、無理もないか。
『それではこれより二回戦第二試合を行います! 選手入場!』
アナウンスがあり、第二試合の選手であるリビラ、そしてドワーフ武官のエーゲイトが入場してくる。
エーゲイトは一回戦と同様に魔剣を携えての入場だ。
そしてリビラは――
『おっとリビラ選手、一回戦では肉弾戦でしたが、この二回戦はあの大剣を使って戦う様子! 果たして振ることが出来るのか!?』
特大剣――獣剣を引きずっての登場である。
自分の体重よりも重量があるのだろうそれを、リビラは前傾姿勢――倒れそうになる体を利用して引きずり、剣の背で地面にごりごり一本線を引きながらという異様な登場だ。
さすがに観客からもどよめきがあがる。
「聞いてはいたが……、あれ、振れるの? リビラって」
びっくりして言うと、シャンセルは苦笑。
「まあそういう反応になるよな。あの猫ってアホでさ、振るんだよあれを。みんなが無理だって言っても、なんとしてもあれを使えるようになるって言って聞かなかったんだよ」
母親が使っていたから――、なのだろうか。
王家に伝わる剣ということなので、もしかしたらその血筋には特別な効果をもたらす家宝魔剣なのかもしれない。
ちょっと〈炯眼〉で確認してみる。
〈獣剣〉
【効果】目にした者をわずかに威圧する調度品。
武器じゃねえ!
リビラさんそれ武器じゃないッスよ!
たぶん、王家に伝わる代物だからきっと良い物だと信じ、振られることなど想定してないアレを振ってしまったのがリビラの母で、リビラは母が使っていたからと強引に使っているのだろう。
てっきり王家の血筋の者には軽量化の効果でもあるのだろうと思ったが、リビラは素であれを振るらしい。
バカだ。
やがて両者が開始位置についたところで――
『それでは二回戦、第二試合――開始ッ!』
掛け声がかかり、試合が開始される。
「おおおぉりやぁぁ――――ッ!」
開始直後、一回戦同様にエーゲイトが吼えながら飛びだした。
剣を掲げるように構え、迫るエーゲイト。
対しリビラ――
「勇者の誓い!」
叫び、その体が淡い光に包まれた。
一回戦の部分強化とは違う、全身にまで及ぶ身体強化。
そしてエーゲイトが目前へと迫った瞬間――
「ニィィィ、ヤアァァ――――ッ!」
リビラは振った、あのクソ重そうな剣を。
ただ投げだすのではなく、地を踏みこんだ力を、腰の捻りからの勢いを、腕の引きをその手によって剣に伝え、ゴウッ、と風切り音を鳴らすほどの勢いでもって一撃を繰り出した。
放たれる、剛の剣の薙ぎ払い。
「おぉぉりゃっしゃぁぁ――ッ!」
だがエーゲイトは怯まない。
突っこんできた速度をまったく落とすこともなく、掲げた剣を振りおろし、リビラの一撃に叩き込む。
瞬間、鳴り響いた激突音。
おれを含め、心構えのなかった者たちは思わず反射的に身がすくみ、耳に痛みを錯覚するような激しく鋭い音だった。
そして戦う二人の結果は――互角。
両者剣が弾かれる。
「ニィヤアァァァァ――――ッ!」
「うぉぉおりゃあぁぁ――――ッ!」
が、どちらも退くようなことはない。
そこからさらに攻撃を、攻撃を。
この剣戟に打ち勝った者が勝者であると。
この剣戟に打ち負けた者が敗者であると。
悲鳴のような雄叫びを上げ、でたらめな金属音を発生させながら両者どちらも譲らない。
「ダンナ、どっちが優勢だと思う?」
戦う二人に視線を向けたままシャンセルが問う。
「リビラの身体強化がどれだけもつか、じゃないかな」
「そっか……」
シャンセルが渋い表情をしたことから、リビラの身体強化は長い時間続けていられるようなものではないらしい。
エーゲイトは強化状態のリビラと互角に打ち合っている。ならばリビラの身体強化の限界は、そのままリビラの敗北へと繋がるだろう。
今、リビラは身体強化で無理矢理にあの剣を振っている。
さすがに、いくらなんでも無茶だろう。
おれはてっきり、ハンマー投げのようにして剣を振り回す程度と思っていたのだ。それがまさか普通に振るとは。驚きと言うよりもあきれ、そして同時に納得する。あの剣を掴んで放さない手には特に負担がかかっている。それは身体強化でもカバーしきれないほどの負担で、解けた後になってぶっ壊れるのだ。
であれば、身体強化の限界はやはりリビラの敗北に直結する。
リビラが勝利するためには、この勢いのまま押し切るしかない。
「リビラ姉さまー! がんばってー!」
姉の様子から不穏なものを感じたか、ユーニスが声を張りあげてリビラを応援する。
観客からもリビラへの声援が送られる。
やはり髭モジャのオッサンが勝つよりも、猫娘に勝って欲しいと思う者が多いようだ。
そんなアウェイな状況のなか、エーゲイトが初めて退く。
後ろへと飛び退いていき、リビラとの距離をとった。
それは剣戟から逃れたのか、それとも誘いか。
判断のつかぬ状況に、リビラは留まることを選択する。
リビラが追撃してこないことを知ると、エーゲイトは地面に剣を突き立て――吼える。
「地の恩寵ッ!」
瞬間、エーゲイトの足元から噴き上がるように光が立ち上った。
ここに来ての強化……!
エーゲイトは地面から剣を引き抜き、再び掲げるように構えた。
そして絶叫のごとき咆吼を。
「どぅおりゃあぁぁああぁぁ――――――――ッ!!」
まるで試合開始直後の突撃を再現するようにエーゲイトがリビラめがけて突っこんでいく。
これで決める――、そう覚悟を決めての突貫だ。
対しリビラ、腰を低くし、獣剣を肩に担ぐように構えている。
躱そうなど微塵も思わないのか、さらに強力なエーゲイトの攻撃を正々堂々、真っ正面から迎え撃つつもりだ。
そして――、両者はぶつかり合った。
「剛撃ッ!」
「牙砕きッ!」
共に魔技――強打系。
激突した魔剣と獣剣の激突音はこれまでで最大。
とても剣のぶつかり合いで生まれた音とは思えないような甲高い轟音が響き渡ったとき、両者の間にこれまでにない変化があった。
飛び散る小さな銀色の欠片。
粉々に――、魔剣の剣身すべてが破砕し、薙ぎ払われた獣剣の後を追うようにして宙を舞った。
「――ッ!?」
エーゲイトは驚愕の表情を浮かべ固まる。
リビラは獣剣を振り抜いたと同時に体に灯った光が消えた。
獣剣が手からすっぽ抜けて地面に投げだされる。
そこでリビラはもう獣剣を使うことは放棄したのだろう、腰のナイフを抜き放ち両手で握った。
まだやる。まだやれる――、とリビラは試合の継続を覚悟していたが、エーゲイトの方は魔剣を砕かれたことでもう勝負を諦めていた。
残った柄を地面に落とし、降参とばかりに両手を挙げる。
『勝者! リビラ選手!』
勝利者が宣言され、歓声があがる。
「やりました! リビラ姉さま勝ちました!」
「お、おう、なんとか勝ったな」
「姉さまもっと嬉しそうにしてくださいよー!」
抱きついて喜ぶユーニスに対し、シャンセルはちょっと複雑そうだ。
「なかなか危うい勝利だったな。思わず力が入ったぞ」
ため息をつきながらリクシー王子が言う。
「そうですね。確かに魔剣が砕けなければリビラが負けていた可能性が高かったのではないでしょうか。とは言え、あのまま打ち合いを続けても危うかったわけですが……」
「あそこで相手が退いたから、結果的には助かったな。しかし何故に退いたのだ? 互角に打ち合っていたように見えたが……」
殿下が不思議そうに言うが、おれもそれはちょっとわからない。
しかしそこでミーネが何気なく言う。
「剣がもたないと感じたんじゃない?」
「「あ」」
そうか、そういうことも有り得るか。
あの魔剣は対スナーク用――、獣剣みたいな馬鹿げた代物と真っ向から打ち合うようなことは想定されて作られていない。
「ふむ、剣の変化に気づいたから勝負に出た、か。納得できる話だ。まあ、結局その一撃が強すぎて砕けてしまったわけだが……」
「これまで魔技を使おうとしなかったのは、魔剣への負担を考えてのことなのかもしれませんね」
それで対スナーク用なのか、という話になりそうだが、あれは生産できる魔剣――、ぶっ壊れたら次のを、ということなのだろう。
そして砕けた魔剣なのだが、破片は水銀のように液状化。試合場に銀色の小さな水たまりをいくつも作った。
「なにあれ、不思議ー」
ミーネが興味深そうに言う。
確かに不思議だ。
どういう金属なのだろう?
※文章の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/01/24




