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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
3章 『百獣国の祝祭』編
214/820

第212話 12歳(夏)…2回戦―第1試合

 休憩が終わり午後からの二回戦。

 シャンセルは第一試合出場選手なので観戦席には戻らず、そのまま試合場へと向かった。

 リビラもそのまま試合に出場するつもりか、こっちには戻らないままだ。


「兄さま、姉さまは勝てるでしょうか!」

「うーむ、強力な技を身につけたようだがそれだけではな。相手はなかなかの技量、さらに魔槍を使うとくる。難しいかもしれん」


 殿下二人はやっぱりこっちの席で観戦するらしい。


「ねえねえ、シアならあの槍の人とどう戦う?」

「わたしですかー? わたしはもう飛んでくるのを避けながら近づいて、あとは頑張るしかないですね。ミーネさんだったら、魔弾だけでもなんとかなっちゃうんじゃないですか?」

「そっかなぁ」


 ミーネはいまいちぴんとこないようだったが、おれとしては充分に有り得る話だと思った。


『えー、それでは! ただ今より武闘祭本戦一日目、二回戦を開始いたします! 第一試合はシャンセル王女とバレンハット選手の対決です! 勝つのは氷の技を放つシャンセル王女か!? それとも風斬りを駆使するバレンハットか!?』


「うーむ……、卿はどう思う?」


 難しい顔で唸っていたリクシーが意見を求めてきた。


「王女の強みはやはりあの技です。しかし外した場合は純粋な実力勝負、厳しい戦いになるでしょう」


 シャンセル自身も理解しているようだが、勝ち進むためには王女令をうまく活用し、地力での真っ向勝負を避けることが求められる。

 しかし王女令はまだ身につけたばかり――、経験の蓄積が圧倒的に足りない。

 それに――


「連続で放つことはできず、溜めた冷気を小出しにできない。さらに次を放つためにはカタナを鞘に収めなければならないわけで……」

「戦いの最中にか……」


 シャンセルがわりとまともな納刀法を覚えたと言っても、相手に攻められながらなど出来るわけがない。ならば――、と距離をとろうとしても、バレンハットがそれを見逃すわけもない。

 なにしろ放出系の魔技――風斬りを駆使するのがバレンハットだ。

 多少距離をとったとしても、安全圏と言うにはほど遠い。


「間違いなく狙われてしまうでしょう」

「だろうな。相手の調子が上がってこないうちに、あの技で仕留めてしまうというのが理想なのだろうが……」


 絶好の機会は試合開始直後だろう。

 互いの距離が空いている状態、風斬りはその距離を埋めるほどの飛距離はないようだったので、届く位置まで距離を詰めようとするバレンハットを狙い撃つことができれば――。


「あと気になるのは相手がどれだけ王女の技を警戒しているかですね。王女は一回戦の相手を一撃で仕留めましたから、技の実態はさっぱりわからない状態です」

「確かに。過剰に警戒して攻めあぐねる、か?」

「そうなってくれるとありがたいのですが……」


 王女令が連発できるものではない、とは予想されているだろう。

 一撃で相手を行動不能に追い込む技で、それも若干範囲攻撃。

 大技と言っていい部類の魔技――、普通は技が大がかりになればなるほど『溜め』というものが必要になる。故に王女令は自分の風斬りのように連発できるようなものではないとバレンハットは考えるだろう。


「あとはカタナを抜き放ちながらでないと使えない、これにバレンハットが感づいているかどうかですね。もし確信を持たれていた場合、まずは誘って撃たせ、あとは畳み込む、という流れにもっていこうとするでしょう」

「さすがにそこまでは気づいてないのではないか?」

「今は気づいていなくても、試合中――、シャンセル王女が技を放ったあとの戦い方で気づかれてしまうかと」


 まずは試合開始直後、バレンハットが開始位置から距離を縮めようとする瞬間が王女令の最初の放ち時になる。

 躱されたとしても、またカタナを鞘に収める時間くらいは稼げるだろうが、しかしそれは抜刀技であることをバレンハットに確信させる。

 では放たずに接近を許した場合はというと、これも絶好の機会を見逃すという選択故に、容易には放てない――、『溜め』以上になにか必要な要素があるのでは、と推測されてしまう。


「うーむ、開始直後の……、相手の行動に対し、妹がどういう判断をするかだな」

「仕留められないとなれば、王女は相手の近い位置に居たいでしょう」


 バレンハットが風斬りを放ってこない、純粋に槍に注意すれば良い距離、回避に専念できる距離、そして飛び退くことができれば王女令を放てる距離。


「それに相手としても……、確信を持てるまで王女の近くに居たいかもしれません」


 バレンハットにとってはシャンセルが王女令を放とうとしても槍で妨害できる距離、距離を取られてもすぐさま風斬りを放てる距離。


「ふむ、双方の思惑によっての距離か」


 それはバレンハットがのばす槍の穂先がシャンセルに届く程度の、少し間合いをとった距離になるのでは――と予想する。

 しかしそこで――、ミーネがふと言った。


「ねえねえ、あの相手の人ってあれだけ飛ばす技使えるんだから、もっと長い距離まで届く技だってあるんじゃない?」

「「え」」


 おもわず殿下と声がハモる。

 そりゃそうだ、あんなに放出系をぶっ放しまくれるんだから身につけていてもおかしくない。

 となると、ちょっとシャンセルが危うくなる。


「どうだ……」

「どうでしょうね……」


 渋い顔をしておれとリクシーは見つめ合う。


「お二人はいつのまにそんなに仲良くなったんですか?」


 そんなおれたちを眺め、ユーニスがきょとんとして言った。


『それでは二回戦、第一試合――開始ッ!』


 組み立てた話をミーネにぶっ壊されたところで試合が始まった。

 ここで双方がどういった行動にでるか。

 おれとリクシーの答え合わせになるのか。

 シャンセルは柄に手を掛けた状態。

 対し、バレンハット――、開始位置から動かぬまま、少し身をかがめるようにして槍を引き込む。


「ちっ、使えたようだな」

「そのようですね」


 ミーネが正解だ。

 バレンハットは素早く踏む勢いを乗せ――


「風牙!」


 叫びと共に槍を突き出した。

 放たれたのは直進する風の渦、寝そべった竜巻のようなものだ。

 シャンセルは横に大きく飛び退いたが――竜巻が通過したとき、その方向へ引き寄せられるように不自然に体勢が崩れた。

 風の渦に引きこまれそうになったか。


「あ、姉さまが!」


 ユーニスが悲鳴のような声をあげる。

 危ういか、と思われたが、バレンハットはすぐに次の風牙を放つようなことはせず、シャンセルへと駆け、距離を詰める。


「ふむ、あれは連続で使うことは出来ないようだな」

「そのようですね」


 バレンハットは半分ほど距離を詰めたところで風斬りを放とうと。

 それに気づいたシャンセルは――


王女令(プリンセス・オーダー)! ――止まれ!」


 不安定な体勢から冷気の刃を放った。


「む、焦ったか」


 苦々しくリクシーが言う。

 シャンセルが放った横凪の冷気の斬撃を、バレンハットは高い跳躍で飛びこえた。

 槍投げ――風落としか、と思われたが、バレンハットは上空から風斬りを放つ。回避の出来ない空中ゆえの、そして着地の瞬間を狙わせないようにするための牽制なのだろう。

 この風斬りをシャンセルは余裕を持って回避、やり過ごす。


「相手の慎重さに助けられたか……?」


 ほっと息をつきながらリクシーは言う。

 あそこで風落としを使えば、シャンセルは対処できず吹っ飛ばされるのは確実だった。

 だがそれで完全に勝負が決まるかとなると怪しいところだ。

 王女令が抜刀技であるとバレンハットが予想していた場合、シャンセルの納刀を阻止しようとするだろう。であればある程度のダメージを与えられたとしても、シャンセルに納刀を許す距離を自ら作りだしてしまう風落としは避けたのでは。

 それに得物を手放しての必殺技となると、確実と思われる場面、もしくは劣勢を覆せる瞬間と、状況を選ぶ。

 現段階ではまだ早い、とバレンハットは判断したのだろう。

 こうして、両者はおれとリクシーが予想していた距離になったのだが……、想定していた状況とは異なっている。

 バレンハットは仮説に確信を持てるまでの様子見で、シャンセルはただ風斬りを使わせまいと食い下がっているだけ。

 観察したいバレンハットと、離れたくないシャンセル。

 双方の思惑が合致した、二メートルほどの距離。

 が、それでも優劣は存在してしまう。

 バレンハットの槍さばきに、シャンセルは防戦一方、苦戦を強いられていた。

 だがその状態もそう長くは続かない。

 バレンハットが距離を取ろうとし始め、シャンセルが詰めようとしたところを槍で牽制されるという状況になってきた。


「気づかれたか」


 ぽつり、とリクシーが呟く。

 離れまいと食い下がってくるシャンセルの姿に、すぐさま王女令を放てる状況にないと確信を持ったのだろう。

 様子見が終わったバレンハットは攻め方が変わり、シャンセルの攻撃が届かない距離を保ちながら風斬りを連続して放つようになった。

 シャンセルは風斬りを躱しながら距離を詰めようとする。

 その動きはシアやリビラのように速くはないが、無駄に大きく動かず、最小限の動きで風斬りを回避している。あの風斬りの乱れ撃ちをかいくぐっていこうとするとか、姫さまは度胸がある。

 しかしシャンセルが苦労して距離を詰めようとも、バレンハットは容易く後退して距離をとってしまう。

 どこかのメイドや家出猫ならいざしらず、シャンセルは一足飛び、というわけにはいかないのだろう。

 そんなシャンセルが不利な状況のなか、バレンハットはぐっと槍を引き寄せ――


「風牙!」


 風の渦を放った。


「――ッ!」


 近距離での風牙は警戒していなかったのか、シャンセルは反応が遅れた。

 なんとか躱しはしたが体勢が崩され、おまけに今度は風の渦に刀が引き込まれ、手から飛ばされてしまう。


「む、まずい……!」


 リクシーが焦って唸る。

 バレンハットは勝負を決めるつもりか、そこで跳躍、槍を地面へ投げつけての風落とし。

 だが――、


王女令ッ(プリンセス・オーダー)!」


 シャンセルは屈むように構えた。

 刀は離れた位置に転がっているというのに。

 だが左でがっちりと握りしめた、何も収まっていないはずの鞘には――透き通る氷の刀が。


「墜ちろぉぉ――――ッ!」


 斬り上げの抜刀。

 上空で槍を放とうとしていたバレンハットに襲いかかる冷気の斬撃。

 一回戦に比べ規模は小さかったものの、冷気の刃は上空にいるバレンハットに襲いかかった。

 回避は不可能。

 バレンハットに冷気の刃が激突した瞬間、爆発するように氷霧が広がりその姿を覆い隠した。

 そして、どすん、と落下してきたバレンハットが地面に叩きつけられる。

 冷気を浴びたことによる身体機能の低下、さらに落下のダメージ。

 バレンハットはまだ意識を保っているようだが……、立ち上がれない。


『勝者! シャンセル王女!』


 シャンセルは二回戦突破。

 もうここまでくると運や偶然だけでは片付けられない。

 これは――王女の強さは本物だ、と大歓声が上がる。


「姉さまが勝ちましたよ!? 勝ちました!」

「うむ、よくぞ勝った!」


 苦しい状況が多かっただけに、殿下二人はそれぞれに顔をほころばせてシャンセルの勝利を喜んでいた。


「氷で技を放つなんて……、シャンセルって面白いこと考えるのね」

「武器としては使えないでしょうが、技を放つぶんには事足りるというわけですか」


 ミーネとシアはシャンセルの機転に感心していた。

 王女令を放つためには抜刀しなければならない――、この制約を発想にて補った。編みだしてからまだ二日程度の技ではあるが、試合を勝ち抜かなければならないという状況にあるからか、シャンセルは確実に進歩させている。

 そのうち鞘からブリザードキャノンとかぶっ放すんじゃないか?


※誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2018/12/13

※誤字脱字、文章の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/01/24

※脱字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/09/01

※さらに誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2021/04/17

※さらにさらに誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2021/06/12


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