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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
3章 『百獣国の祝祭』編
213/820

第211話 12歳(夏)…1回戦―第8試合・昼休憩

 その後、ミーネから指鳴らしで使っていた魔術――〈魔弾〉と名づけていた魔術の使用法について話を聞いた。

 なんでもバートランの爺さんから格下相手に剣を抜くのを禁止されていたので、苦肉の策として考えたものらしい。

 予選期間中、ミーネはこの〈魔弾〉でもって参加者たちを葬ってきたとのこと。


「私は手加減を覚えたのよ」


 えっへん、とミーネは胸を張るのだが……、ちょっと違うような気がするのは、おれの考えすぎだろうか? 手加減は百の威力があるものを、相手に合わせて五十や十と威力を減らすようなもののはず。でもミーネの〈魔弾〉は十の威力のものを、相手が死なないからとありったけ叩き込むようなもので……、つまりそれって全力じゃん?


「どう? なかなかすごいでしょう?」

「ああ、確かにすごい。それは認める」

「えへー」


 素直に言うとミーネは嬉しそうに笑った。

 まあ、すごいことは確かなのだ。

 複数の魔術を好きなだけ連発できる――、なんかもうこれだけでランクB相当の力量かもしれないというのに、ミーネにとっては手加減用になるのか……、やっぱりリビラの言うとおり勇者の末裔はちょっとどこかおかしいな。

 そんな話をミーネとしていたところ、一回戦最後の試合――第八試合が開始された。

 戦うのはリビラの父である黒騎士団団長のアズアーフと冒険者ブレルッドである。

 どっしりと構えたアズアーフにブレルッドがかかっていく。

 ブレルッドの長剣を、アズアーフが剣で丁寧に防ぐという展開になったのだが――、変化があったのはそれからすぐのことだった。


「ねえ、冒険者の人、どんどん動きが悪くなってるんだけど」


 ミーネが困惑した表情で呟く。

 ミーネにとっては次の対戦者が決まる試合だが、ブレルッドはまともに戦い続けることができないほどふらつき始めており、もう勝負はついたようなものだった。


「ととニャの威圧に負けてるのニャ」


 ミーネの疑問にリビラが答えた。

 威圧とは相手に恐怖――その精神に負荷をかける魔技だ。

 自然に放たれる、まだ魔技として完成していない威圧は相手がすくみあがる程度だが、完成したとなると一気に凶悪さが増す。

 極度のストレスから相手の体は生命の危機に瀕していると判断し、さまざまな反応――微細運動の不全、視野狭窄、聴覚障害、思考能力低下などを引き起こすのだ。

 究極的な到達点は『睨むだけで相手を死なせる』なのだが、現実的には『ひと睨みで相手を気絶させる』というのが限界らしい。

 そしてアズアーフはその完成した威圧の使い手。

 まあバンダースナッチとか言う怪物とタイマン張れるような人だからな、並大抵の威圧ではないのだろう。

 ただ、ふと気になる。


「なあリビラ、威圧ってけっこう周りにも放たれるようなものだったと思うんだけど、親父さんのはそうは感じないんだが……」

「あー、ととニャのはちょっと普通とは違うニャ。ととニャは威圧を操れる……、うん? これじゃ違いになってねーニャ。そうじゃなくて威圧を使えてさらに使える……、んん?」


 リビラは説明しようとして混乱してしまった。

 するとそれを見かねたようにリクシーが説明を引き継ぐ。


「俺も正確には説明できんが、アズアーフ殿は威圧という魔技をより高度に使いこなしているのだ。ただ周囲に放つのではなく、それを圧縮して指向性を持たせる……、例えば自分の行動――視線や言葉、振りかざした剣、これらに強力な威圧を込めることが出来る」


 なるほど、範囲技の威圧ではなく、追加効果としての威圧なのか。

 睨まれるだけで精神がガリガリ削られ、剣を打ち合わせればさらに疲弊してしまう……、対処のしようがないな。


「アズアーフ殿とまともに戦うためにはまずアズアーフ殿と同等の技量、精神に到達していなければならない。一般の者では、何度か剣を打ち合わすだけで昏倒してしまうだろう」


 となると、格下ではどう足掻いても勝てないことになるな。

 そこでそれを聞いたシアが唸った。


「ふむふむ、相手を傷つけることなく無力化できるのはいいですね」

「身につけるのは難しいみたいニャ。実力はもちろん、気性や素質も関係するんニャ。ひと睨みで相手を震え上がらせるようなことができないと無理ニャ」

「そうなんですか……、そうなると、温厚なわたしでは無理かもしれませんね」


 ……そうか?

 まあシアの気性うんぬんは置いておくとして、気になるのは難しい顔でいるミーネだ。

 アズアーフとどうやって戦うか考えているのだろう。


「離れて魔術で攻撃すればいいかしら……?」

「それだと、ととニャの『魂狩り』の餌食ニャ」

「なにそれ?」

「威圧を乗せた斬撃を飛ばす魔技ニャ。他にも『魂砕き』ってぶっ叩きもあるニャ」

「そっかー……」


 ため息まじりに言いながら、ミーネが額をおさえてうつむく。


「同じくらい強くないと相手にもならないって、なんだかお爺さまと戦うみたいじゃない……。私、やっとお爺さまが剣を持ってくれるようになったばかりなのに」


 何かを攻略できれば勝機はある、という話ではなく、まず相手の力量に近くなければまったく勝負にならないという事実。

 培ってきたものを要求されるとなると、いくらむやみやたらに才能豊かなミーネでもまだ若すぎる。


「ねえ、リビラは戦うとしたらどうする?」

「長引けば不利になるだけニャ。だから一撃にすべてを掛けるニャ」

「なるほど……」


 父と戦うための方法をリビラはあっさりと答える。

 教えたからどうにかなる、というものではないからだろう。


「あと、ととニャはベルガミアの代表として相応しい態度で戦うことを求められるニャ。だからミーネが一撃の勝負を望むような素振りを見せれば乗ってくると思うニャ」

「んー、そっか。ありがと」


 リビラの話を聞いて、覚悟が決まったのだろう、ミーネの表情は明るくなる。

 試合の方はとうとう跪いて動けなくなったブレルッドの喉元にアズアーフが剣を突きつけたことで試合は決着がついた。


『勝者! アズアーフ選手!』


 審判により勝利宣言がなされる。

 この戦い――、一回戦八試合のなかでも、もっとも地味で異質な試合となった。


    △◆▽


『さてさて、これにて一回戦はすべて終了! 二回戦進出の八名が決定しました!』


 アナウンスがあり、午後から執り行われる二回戦――四試合の確認が行われる。


【2回戦】

 第1試合……『シャンセル』対『バレンハット』

 第2試合……『エーゲイト』対『リビラ』

 第3試合……『アロヴ』対『セトス』

 第4試合……『ミーネ』対『アズアーフ』


 休憩後、シャンセルは魔槍を使う冒険者と戦い、リビラは魔剣を使うドワーフ武官と戦う。

 そしてミーネはリビラの親父さんと対決だ。


「さあお昼よ! カレーを食べましょう! カレーを!」


 昼休憩になったとたん、ミーネはそう主張し始めた。

 それに対し、ユーニスが「いいですね!」と賛同する。


「ぼくまだ食べたことがないので、楽しみです!」

「俺もまだだな。父上の評価もよかったことだし、期待できるぞ」


 殿下二人はすっかり乗り気になっていた。

 まあ反対する理由もないので、そのまま闘技場から外の屋台群へと昼食をとりに皆で向かおうとしたのだが――


「ニャーは次の試合のために準備があるから一緒に行けないニャー」


 リビラは準備のためここで別行動となった。


「めちゃめちゃ混雑してんな!」


 闘技場から出たところで驚いたようにシャンセルが言う。

 外周広場は昼食を取るために移動してきた観客たちによって大混雑していた。

 そんな人混みの合間を縫うようにして進むと、我がカレー屋台ののぼり旗が見えてくる。


【レイヴァース卿監修のベルガミア新名物カレーライス!】

【本戦出場選手の方は無料!】


「大変! 行かなきゃ!」

「ミーネさん、落ち着いてください。わたしたちそもそもカレー食べにきたんですよ」


 屋台に到着すると、めずらしい料理だから気になったか、それとも無料の文字に惹かれてきたのか、本戦に出場した選手たちがいた。

 エルフやドワーフがカレーを食べていることにすごく不思議なものを感じ、ヴァイシェスがにこにこ頬張っている姿にはちょっとなごんだ。

 そしてあの竜の人――アロヴはパンケーキみたいに積まれたオークのカツレツにカレーをかけて食べていた。

 あんな食べ方は想定してないんですけどー……。


「私いつもの」


 レイヴァース関係者用の特別席に案内されたところで、さっそくミーネが注文した。

 屋台が始まってから毎日来ているようなので、顔も覚えられていることもあり、すっかり常連気取りである。

 注文はまずオークカツカレーが四つ。

 それからミーネ用の特別仕様一つと、シア用に普通のカレーが一つとなった。


「……、なあなあミーネさんや、おれそんなカレー準備した覚えないんだけど……」


 やがてカレーが運ばれてきたのだが、ミーネの『いつもの』がちょっと予想を超えていておれは思わず呟いた。

 てっきり大盛り程度だと思っていたのに、ミーネのカレーはオークカツレツの他、チキンカツレツ、ソーセージ、目玉焼き、チーズなどが乗った実に豪勢な代物だったのだ。

 こいついつの間にトッピング追加なんてこと覚えやがった……。


「兄さま、おいしいですね」


 運ばれてきたカレーを食べたユーニス王子が笑顔で言う。


「うむ、そうだな。この盛況ぶりも納得だ」


 リクシー王子は一般客用の席が埋まり、列も出来ているカレー屋台の状況を眺めながら言う。


「このまま本当にベルガミアの新名物になるかもしれませんね」

「うーむ、やってきて数日でこの成果か……」


 ふとリクシー王子は食事の手をとめ、おれを見る。


「なあ、レイヴァース卿、本当に妹を妻にする気はないか?」

「んごほっ!?」


 シャンセルがむせ、そのまま悶え始める。

 カレーが鼻の方にいっちゃったのかな?


「おい兄貴!?」

「待て。真面目な話だ」


 シャンセルが食ってかかろうとするが、リクシーは真面目な表情でそれを制する。


「いずれどこかへ嫁ぐことになるんだ。レイヴァース卿のところなら父上も文句はないだろうし、それにお前も気に入っているだろう?」

「いや、そんな……、ってか、ここで食べながらする話か?」


 確かにそれはシャンセルの言うとおりだ。

 人々で賑わう屋台でカレー食べながら婚約者なんて決められたらたまったものではない。


「それにあたし一応王女だし、他国の男爵家へ嫁ぐってのはちょっと厳しいもんがあるだろ」

「普通の貴族であればな。だが、レイヴァースとなれば話は別だぞ?」

「いやー、あのー、リクシー殿下、まだぼくにそういった話は早いですから……」


 それに――、と、リビラの親父さんと話した感想を含みで答える。


「いずれ嫁いで離ればなれになってしまうとしても、それを急がせる必要はないんじゃないですかね? 殿下はなにもシャンセル王女を急いで遠くへ置きたいわけではないのでしょう?」

「……、ふむ、まあガサツではあるが、可愛い妹だからな。だからこそ卿にと思ったのだが……」


 通じただろうか?

 それからリクシー殿下は考え込みながらカレーを食べ始め、そんな兄をシャンセルは苦々しい表情で睨んでいた。

 殿下、あんまりしつこいと妹さんに嫌われますぜ……。


※誤字の修正をしました。

 2017年1月26日

※1名、登場人物の名前をブレルッドに変更しました。

 2018/08/23

※文章の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/01/24


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