第210話 12歳(夏)…1回戦―第7試合
『一回戦、第七試合! 勇者の末裔、ミネヴィア・クェルアーク対始祖メイド――って? っと失礼! シア・レイヴァース!』
アナウンスがあり、試合場に姿を現すお嬢さん二人。
国王に招待を受けたおれのおまけ――、なんて思われそうだが、開幕式にて二人の経歴と冒険者レベルが明らかにされたので賓客による特別試合――勝ち負け無しのエキシビション的なものではない、と観客にも理解してもらえると思う。
しかしそれでも、二人は対照的な金と銀の髪をした可愛らしいお嬢さんである。
血湧き肉躍るような試合を期待されるわけもなく、観客たちは「どちらも頑張れ!」という温かい声援を送っていた。
「あの、あの、レイヴァース卿、あのお二人はどれくらい強いのでしょうか?」
ふとユーニス王子が尋ねてくる。
「どれくらい、ですか……」
ちょっと返事に困る。
あいつらの強さは簡単に説明できないのだ。
「まあまあユーニス、見てればわかるニャ」
ややうんざりしたようにリビラが助け船を出してくれた。
『それでは第七試合――、始め!』
試合開始の宣言。
シアとミーネはそれぞれ開始位置に留まったまま、距離を置いて対峙している。
シアはともかく、ミーネに動きがないのが意外だった。
てっきり開始と同時に飛びだす、もしくは魔術をぶっ放すと思ったのだが……、ふむ、コボルト戦以後、バートランの爺さんと特訓したり、シアと試合をしたりして戦い方に変化があったのか?
いやそもそも、あのミーネが剣をまだ抜いていないのが意外と言うよりもう不自然な感じだ。
一向に動き出さない二人に、観客は困惑し、次第に声援が小さくなっていく。
そんななか、ミーネは右手でちょっとこめかみを掻くような仕草をしたあと――、その手は指鳴らしの形に。
「は?」
思わず声がでた。
あの場でミーネがその手の形をとった理由が脳裏に閃き、そんなバカなと思っての声だ。
だがミーネがパチンと指を鳴らした瞬間――
ボゴンッ!
シアのいたその場所――その地面が間欠泉のように噴き上がった。
「ちょ!? あ? はあぁ!?」
あいつ剣抜いてねーぞ!?
その魔術の使い方――、剣を振り回し、大声だしての魔術使用に強い印象を持っていたおれには普通以上の不意打ちとなった。
――が、そのルーティンにあれを選んだのはそのアドバンテージを損う結果になった。
それが術の発動のトリガーだと、おれやシアはよく知ってしまっているからだ。
故にシアはミーネの手が指鳴らしの形を取った瞬間、左に大きく跳ぶことで発動した魔術を避けた。
だがミーネはシアなら避けて当然とばかりに、動揺することなくさらに指を鳴らす。
もしかしたらミーネは不意打ちに勝負を掛けていたわけではなくて、純粋にシアを驚かせたかっただけなのかもしれない。
シアは素早く、惑わすように不規則な移動を行い、その後を追うように魔術が発動していく。
地面の爆発に始まり、落穴、土の壁、衝撃波、炎の柱と、飛ばすのではなく、狙ったその場に発現する魔術をミーネは使う。
「おいぃ……、雷撃だけのおれの立場ぁ……」
おれが唖然とするなか、観客たちはミーネの魔術に驚き、そしてようやく試合が動き出したことを喜んで声を張りあげていた。
「姉さま、ミーネさんすごいですね!」
「すごいってか、なんだあれ……、ミーネってあんなでたらめに魔術使えんのかよ」
驚きよりもあきれたようにシャンセルが言ったところ、リビラがうんざりしたように呟く。
「ニャーさま、ミーネは剣を抜かなくても魔術を使えたのかニャ?」
「そんな話は聞いてないんだがなー……」
実は抜かなくても使えたのか、それとも抜かなくても使えるようになったのか――、どちらにしても使い始めたのはごく最近、それこそベルガミアに来てから――予選中ではないだろうか。
もっと前に使えるようになっていたらシアで試しているだろうし、おれに自慢をしてくるだろう。
たぶん、本戦でいきなり使ってみせてびっくりさせてやろうとか、そういう腹づもりだったのでは。
『ミネヴィア選手、魔術の連続発動! しかしシア選手はそれを躱す! 躱す!』
剣を抜かずに使う魔術は威力も範囲もコンパクトにまとまったもののようだ。今のような調子で剣を抜いたときの規模の魔術を使われたら、さすがにシアも音を上げていたのではないか。
シアはミーネの魔術を、ミーネの視界――その焦点からずれるよう巧みに動き回り、狙いを外れさせるよう誘導してしのいでいた。
実家でおれ相手に対魔道士用の動きを試行錯誤していた成果だろうか?
発動する魔術をやりすごしながら、シアはじわじわとミーネとの距離を詰める。
急ぎはせず、三歩進んだら二歩戻るような感じで詰めていたのだが――
「避けてくださいね!」
シアはミーネが指を鳴らそうとした瞬間に叫び、そして鎌の一丁をぶん投げた。
鎌は高速でミーネ目掛けてすっ飛んでいく。
そこらのお嬢さんでも投げつけられたら恐い物を、シアが力まかせに放ったとなればその脅威、推して知るべし。
「――ッ!?」
これはヤバイと感じたか、ミーネは慌てて横に飛び退いた。
避ける瞬間――一瞬の動揺は逃げまわるシアを狙うことに集中しすぎていたためだろう。
咄嗟の反応の遅れ――、これでミーネはもう安易に魔術を使えなくなった。
魔術を放つ瞬間は隙が出来る――、シアが鎌をぶん投げての行動でそう教えたからだ。
おまけにシアにはまだ一段階上――と言うか一次元(?)上の段階がある。その状態で警告無しに鎌を投げられたらどうなるか……、さすがにミーネでも楽観は出来ないだろう。
鎌の投擲はミーネへの忠告、そして――
「はいどーもー!」
「来たわね!」
一気に接近し、肉薄する隙のため。
シアは右手に銀の鎌。
対しミーネ、即座に体勢を立て直し剣を抜く。
『おっと! 回避に専念していたシア選手がここにきて攻勢に! ミネヴィア選手は剣を抜き放って応戦する!』
剣を抜いてからがミーネの魔術の真骨頂なのだが、シアと剣戟を繰り広げながら適切な魔術を選び、威力や範囲を調整して使用できるほど卓越はしていない。
魔術を放つ者、避ける者、の構図は、一転して鎌と剣での近接戦にと様変わりした。
お嬢さんたちの予想もしなかった奮闘ぶりに観客たちは大喜びで歓声をあげている。
ミーネがああやって剣を振るう姿、コボルト戦は余裕がなかったので、じっくり観察するのは訓練校の入学式ぶりだ。
それまでミーネは闇雲――、とまでは言わないが、いける、と踏んだら果敢に攻撃を繰り出す戦い方だった。
だが、いま戦っているミーネは剣を振るう瞬間をよく選び、そしてこれまでであれば斬りかかっていた間合い――相手の懐へと、構えたまま一歩踏みこんでいく。
想像するだけで胃がギュッとする話だ。
今のあいつが力の解放を待ちわびる剣を構えて懐にもぐり込んでいるとか恐すぎる。
その圧力はシアも無視できないようで、攻撃をかいくぐられた瞬間にその位置からずれるよう気を配っているようだった。
が、ミーネはそれを読んだ。
いや、カンなのかもしれないが、踏み出す一歩――、その角度がシアのずれようとしていた方向と一致した。
剣を左下に構えたまま踏みこんだ、と思った瞬間、ミーネは右上に斬り上げていた。
キンッ!
甲高い澄んだ音が。
次の瞬間――
「んぎゃばああああああぁぁ――――ッ!?」
シアが悲鳴をあげた。
ほとんど断末魔のような悲鳴であったが、ミーネにばっさりとやられたというわけではなかった。
シアは鎌を掲げるようにしていたが、その鎌、刃の三分の一くらいがきれいに無くなっていた。
身を引くことでミーネの一撃から逃れることには成功したが、咄嗟のことだったため、その軌跡に鎌が残り断ち切られてしまったらしい。
シアはその状態で固まっていたが、やがてパタリと倒れてピクリともしなくなる。
ミーネはそろそろと近づくと、剣を収めてしゃがみ込み、動かないシアをつつき始めた。
だがシアは動かない。
そんな二人に審判が近づき、ミーネと同じようにしゃがみ込んで確認を取り始めた。
そして――
『勝者! ミネヴィア選手!』
ちょっと想定外にミーネが勝利した。
いや、シアが想定外な敗北をした、の方が正確か。
あいつ……、いつから鎌が本体になったんだろう?
△◆▽
試合後、ミーネがぐったりとしたシアを背負って帰還した。
ちゃんと背負いきれてなくて、シアの足が地面についてずるずる引きずるようになっていたが、とにかく帰還した。
「ねーねー、シアがへなへなになっちゃった……」
勝利はしたものの、シアの変貌ぶりに戸惑っているようでミーネはひどく困り顔。念願の初勝利を喜ぶどころではないようだ。
「うぅ……、アプラちゃんが、アプラちゃんが大変なことにぃ……」
鎌が欠けたことがよほどショックだったのか、ミーネの言うとおりシアはへなへな、席に座らせても軟体生物のようにへにょっとしていた。
「ごめんー……」
あまりにシアが落ち込んでいるので、さすがに悪い気するのだろう、ミーネはしょんぼりと謝る。
「い、いいのですよ、ミーネさん、試合でしたからね。ただちょっと、ただちょっとぉー……、わたしがこの事実を受けとめきれないでいるだけですから……」
へにょっとしたままシアは言う。
「まあ戻ったらクォルズのおっさんに修理してもらえよ」
「うー、なんですかー、その素っ気ない反応は。これはご主人さまが設計したんですよ。つまり、ご主人さまはこの子たちのお父さんみたいなものなんですよ」
「じゃあ作りだしたクォルズがお母さんなのか?」
そう答えたところ、シアは「ん?」と眉根を寄せて考え込んだ。
「…………、えっと、今のは無しで」
※誤字の修正をしました。
2017年1月26日
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/04/17




