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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
3章 『百獣国の祝祭』編
210/820

第208話 12歳(夏)…1回戦―第4試合

『それでは一回戦第四試合――開始!』


 開始の掛け声にアウレベリトはすらりと細身の剣を抜き放つ。長身の美形エルフが剣を構えている姿は実に様になる。うらやましい。

 対するリビラは腰にある大振りのナイフを抜かないまま。

 かわりに両手を軽く掲げるようにして正面にかざした。

 と、その両腕に灯る淡い光――


「身体強化ってやつ?」


 ミーネが尋ねてきたのだが、ぱっと見で判断できるほどおれは魔技に通じているわけではないので首をかしげる。


「どうだろう、冒険の書を作ってる関係でどんな系統の魔技があるかくらいはわかるが……、たぶんそう、とくらいしか言えないな。でも基本、身体強化ってもっと地味――光が灯ったりはしないんだが」

「あれ? そうなのか? あたしてっきりああいうものだと思ってたんだけど。全力ってなると、あいつ全身がああなるぜ」


 ミーネと話していたところ、そうシャンセルが教えてくる。


「そうか、ならそうなんだな」

「そういうものなの? 光っても?」

「そういうもんなんだ。光っても。いや本当にな。要は強化されるなら普通とは違っていようがそれは身体強化なんだよ」


 実に大雑把なのだが、強打系のように単純明快な魔技とは違い、身体強化は人それぞれすぎて整理しきれないためそう決着がついている。例えばおれの〈針仕事の向こう側〉や〈魔女の滅多打ち〉、そしてシアのアレも、身体強化と言えば身体強化なのだ。

 これを正確に分類しようとすると、まず自然と使ってしまうのか、意識的に使えるのかに分かれ、それがさらに単純に身体能力が向上するだけに留まるのか、意識の拡大までいくかに分かれ、そこに耐性――物理、魔導、精神、生理反応などが加わり……、と、どんどん細分化していくためもうわけがわからなくなる。


「だからな、強くなるならそれはもう身体強化なんだ」


 そう、先人はあきらめたのだ、面倒くさくて。

 そんなことをミーネに説明していたところ――


「ふむ、慎重に始まるのはこの試合が初めてだな……」


 向かい合ったまま睨み合うリビラとアウレベリトを眺めながらリクシーが言った。

 開始の宣言はされたが、両者は戦闘態勢で対峙したままだ。


「あのエルフの人って魔法使えるし、リビラが向かってきたところを狙うつもりなのかしら?」

「そうですねぇ、開始直後はお互いに距離があって、魔法を使いやすい状態ですからね」


 ミーネとシアが話し合う。

 確かに今の状況ならば、下手に動いて魔法の精度を落とすのはもったいないだけである。

 開始直後、この相手との距離が空いている状況は遠距離攻撃ができるアウレベリトにとって有利。

 さて、接近しなければならないリビラはどうするか。

 と、そこでリビラに変化が。

 すっとその場にしゃがみ込んだ。

 前へとのばした両手を支えに、ぐっと腰を浮かせた姿勢に。

 それは陸上競技のクラウチングスタートのようだったが……、違う。

 両手はより前方に。

 結果として腰を浮かせながら地に伏せるような――、まるで猫が背伸びをしているような姿勢になっている。

 そして――


「ニィィ――――――、ヤッ!」


 妙な掛け声と共にリビラが飛びだした。

 両脚の蹴り出しだけでなく、強化された両腕による引く力すらも加算されたロケットスタートだ。

 リビラは一気にアウレベリトとの距離を縮めようとするが――


「風よ撫でよ! ワールウィンド!」


 アウレベリトは短詠唱からの魔法発動。

 大きな半月型の風の刃が生みだされ、リビラ目掛けて放たれる。

 即発魔法としてよく使われる矢系(アロー)斬波系(カッター)と違い、その刃はより強靱、対象を断ち切りながら直進する。

 この刃をリビラは大きく右に跳んで躱した。

 だが、全力疾走から横っ飛びなんてすれば当然体勢は崩れる。

 それはアウレベリトの描いたとおり。


「テイルウィンド!」


 アウレベリトが詠唱句のみで魔法を発動し、弾き出されるようにして飛びだした。

 追い風(テイルウィンド)、とは言うが、風が持続的に背中を押してくれるような魔法ではない。

 詠唱句のみで使える魔法なのでもっと単純、悪く言えば雑、ミーネのウィンド・バーストを自分の背中でぶっ放してスタートダッシュの助けにするような魔法だ。

 習得自体は易しいが、発動後、いきなり急加速する体の制御が出来ず、自分を地面で摺り下ろす者が続出。要は習得難易度は易しいが、使用難易度が高いという魔法なのだ。

 そんな魔法を使用し、棒立ちの状態からいきなりトップスピードまで加速したアウレベリトは体勢の崩れたリビラへ迫った。

 アウレベリトに絶好の機会。

 が、そこでリビラは予想外の動き。

 横っ飛び――、それを立て直そうと手を伸ばしたかに思われたリビラだったが、その右手――抜き手は地面に突き立てられた。

 何を――と誰もが思った瞬間、リビラはその右手を支点にしてコンパスみたいにぐるんと一周、そして放りだされるようにして魔法を躱そうと飛び退いた位置へと舞いもどる。

 故に、アウレベリトが襲いかかった瞬間、リビラはもうその位置にはいなかった。

 アウレベリトにしてみれば、そこにいるはずのリビラが曲芸めいた妙な動きをして消え失せたように見えただろう。

 剣を地面に叩きつけることになったアウレベリトは一瞬硬直。

 リビラはアウレベリトの側面にてしゃがみ込んでおり、動揺する彼めがけ、跳躍からのドロップキック。


「――がッ!?」


 かろうじて反応できたアウレベリトは脇を締め右の二の腕でリビラの蹴りを受ける。

 しかし攻撃を繰り出した姿勢からの不安定な防御だったため、勢いを受けとめきれずよろめいた。

 その間、リビラは宙返りからの着地。

 そしてさらに跳躍――ドロップキックをアウレベリトに叩き込む。

 立て直す前に追撃を受けたため、アウレベリトは勢いに負け転倒。

 リビラは素早く腰のナイフを抜き放ち、倒れたアウレベリト、その顔の横に刃を突き立てた。

 アウレベリトのダメージはそうないのだろうが、とどめを刺される隙を作ってしまったとなれば……、これは勝負ありだろう。


『勝者! リビラ選手!』


 リビラの勝利が宣言され、歓声が上がる。


「リビラ姉さまが勝ちましたよ!」

「うむ。うむ」


 ユーニスが嬉しそうに言い、リクシーは満足そうにうんうんとうなずく。

 そしてシャンセルはと言うと――


「んー、やっぱ、あいつもあたしと同じになるか……」


 リビラの勝利を喜ぶでもなく、ちょっと難しい顔をして唸っていた。


「なにが同じなんだ?」

「ん? ああ、同じってのは……、つまりさ、まともに戦ったらきついんだよ、やっぱさ。だから相手に実力を発揮させないよう、勢いで押し切る必要があったんだなーって」


 シャンセルは王女令のぶっ放し一発。

 リビラは飛びだした勢いから一気に詰めた。

 確かに、二人とも相手が実力を発揮する前に勝負を決めている。


「相手が油断してたのかもしんねーけど、でもまあ、あんな素直に真っ直ぐこられたらそりゃ狙い撃つし、避けたところを攻めるってのも間違いじゃないし、となるとこれも作戦勝ちってことになるのかな?」

「ならあれか、獣剣を持ってこなかったのも作戦か」


 重い剣を持っていたらどう頑張っても速度は落ちる。

 魔法を使う相手にそれは不利。

 故にリビラは獣剣を使わないという選択をした、ということなのだろう。


    △◆▽


「リビラ姉さま、おめでとうございます!」

「ありがとニャー」


 少しするとリビラがこちらに戻り、ユーニスはさっそく抱きついてその勝利を称えた。


「強いじゃない。メイド学校でもああやって戦えばよかったのに」

「それは無理ニャー。最近やっと自分なりの戦い方になったところなのニャー」


 シアは緩急織り交ぜて相手を翻弄するものだが、リビラはとにかくフルスロットル、速さで相手を畳み込むような力業だった。

 シアが柔と虚なら、リビラは剛と実。

 こうなるともう劣化シアな戦い方、ではなくなり、リビラ特有の速さを生かした戦い方と言っていいだろう。


「リビラさん、右手は大丈夫なんですか? あの方向転換、右手にかなり負担をかけるような動きでしたが……」


 シアがリビラの心配をする。

 確かにあの勢いすべてが右腕にかかるとなれば、折れてもおかしくないのだが――、リビラは右手をひらひらさせて言う。


「あれくらいなら全然平気ニャ」

「ちょ。どんな鍛え方したんですか……」


 シアがちょっとあきれる。

 どうしたらそんな手がバキバキになるんだよ……。


※脱字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/01/24

※さらに脱字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/06/30


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