第21話 5歳(春)…弟の服
冬をこえ春になったある日、商人のダリスがひょっこり我が家を訪れた。
商品開発の近況報告と、またなにか商品にできそうなものはないか見にきたそうだ。
将棋はこの春から販売を開始するらしい。まず無駄に立派な物を王家に献上し、それから一般販売をはじめる。商品のことをよく知るという名目でダリスやその部下たちは将棋に興じ、他の商人たちにも密かに伝播、すでに予約多数という状況とのこと。めでたい。
「自分でもそれなりに腕があがったと自負している。今回は去年のようなわけにはいかんぞ」
いきなり父さんに宣戦布告しはじめるダリス。
まさか報告は口実で、父さんにリベンジしにきたのか……?
だとしたらかなりの負けず嫌いだな、この人。
「さて、将棋は後からとして……、また何か作ったりしたかな?」
ちょっと期待しているようだったので、おれは新しく作ったオモチャと、それから弟のためにこしらえた絵本を見せた。
ダリスは絵本に飛びついた。
「これは……」
ぽつりと一言呟き、そのまま黙々と読みはじめる。
薄っぺらいとはいえ、五十冊くらいはあるので時間はかかる。ほとんどがこっち風にアレンジした日本の昔話だ。怪談もまぜたが、こっちで受け入れられるかどうかは不明だ。
「この絵本を預かってもかまわないかね?」
しばらくして絵本をすべて読み終えるとダリスは言った。
「ひと月ほどで送りかえすが、どうだろう」
もちろんおれは承諾する。
これが導名の糧になるかは未知数だが、世に出していいものならなんでも出すべきだ。まだ弟は幼いのであの絵本がなくなっている、と騒いだりはしないだろうし。
「面白い話が多いな。この幽霊が皿を数える話など、娘に聞かせてやったら……ふふ」
ダリスがなんか悪巧みをしているようだ。
すまんな、ダリスの娘さんよ。
「今回もよい取引になった。私個人としてもな。実は妻によく言われるんだよ。たまには家にいて娘をかまってやれと。息子のときからずっと言っているね。さすがにもう息子は絵本に興味をもつ年齢ではなくなったが、娘は君くらいだから、きっとちょうどいいだろう。帰ったらさっそくこの絵本を読んでやろうと思う。たまにはな」
いやあんた五歳児のおれにそんな話してどうしたいんだよ。
父さんか母さんに言ってくれよ。反応に困るよ。
「君とは長いつきあいになりそうだ。私にできることはなんでもやろう。必要な物もすぐに用意しよう。なにか欲しい物はあるかな?」
それは悩ましい問いかけだった。
今、欲しいものといったら知識だ。こちらのありとあらゆることを知り、把握しておきたいと思う。となれば大量の本が欲しいと言うところだろうが……、おれはこれを自粛する。
遠くを見るあまり、足もとをおろそかにしてしまうかもしれないからだ。いつかこの家を旅立つときまでは、今この家でできることを優先しようと思う。
だからおれはダリスにこう答える。
「……んー、ないかなー。あ、弟がよろこぶものとか」
「なかなか難しいことを。あれくらいの子に贈る物の定番は君が作ってしまっているわけだからそれ以外となると……、服は君のお古があるだろうしな」
「――ッ!?」
そのダリスの呟きをきいた瞬間、おれのなかで閃光のようなひらめきが生まれた。
弟はまだ一歳だ。だから服のことなど気にするわけがない。
しかし二歳、三歳と成長し、自我が発達したらどうなる?
おれのお古ばかり着せられる弟はいったいどう思う?
ぼくは兄ちゃんのお古ばかり!
↓
親に愛されていないんだ!
↓
もうグレてやる!
↓
盗んだお馬で走りだす!
↓
落馬する!
↓
死!
「たいへんだ!」
「んおっ? どうしたね?」
「お古ばかりだから弟は死んでしまうの」
「……は?」
「ぼくのお古ばかりだから、弟は死んでしまうの」
「……いや、すまない。なんだって?」
「僕のお古ばかり着せられることに両親の愛を疑った弟は自暴自棄になり身を持ち崩した結果非業の死を遂げてしまうのです」
「いや言葉の意味がわからなかったわけじゃなくてね、というか詳しく話してくれたわけだけどそれでもどうしてそんな考え方になるかわからないし、それにその流暢な喋り方はどこからでてきた」
あせったおれは普通に喋ってしまったが、今はそんなことどうでもいい。あと半年もしたら弟は二歳! さらに一年で三歳! その頃までにはどんどん言葉も覚えていき、自我が発達して我が侭も言うようになる。そうなれば気に入らなければ気に入らないと口と態度でしめすお年頃、そう、お子さまだ。
もう猶予はあまり残されていない。
「ぼくのことはいいの。それより弟! 落馬しちゃう!」
「馬はどこからでてきた!?」
ダリスは困惑している。
もどかしい、この焦りを理解してもらえないのは。
「まあ待ちたまえ。落ちつきたまえ。なにも今日の日暮れとともに死んでしまうような話ではないのだろう? ならまず私に理解できるよう、どうしてそうなるか――ではなく、どうしてそう考えるかを話してくれ。協力は惜しまないよ」
確かにまだ時間はある。
ここは一度落ちつき、ダリスの理解をえて協力をもとめるべきだ。
おれは弟を救うべく懸命に説明した。
ダリスは大きくうなずいた。
「なるほど。まったくわからん」
ダメじゃねえか。
「どうしてそんな話になるのかはまったく理解できなかったが、君が弟を想う気持ちだけはわかった。そもそもどうしてそんなにお古を嫌がることになるんだ? 普通、服はお古というか古着なのが当たり前なのだが……」
「……あれ、そうなの?」
「ああ、一般的な庶民となるとほぼ古着になるな。状態の良いものからボロ布のようなものまでたくさんある。だから手の届くものを買い付け、それを繕って使うんだ。一般家庭ではお婆さんやお母さんが針仕事をするものだが……、この家はあれだ、うん」
高名な魔導師な母さんだが、裁縫の能力はなかったらしい。
しかし針仕事か、いいことを聞いた。
「じゃあぼくが作ればいいね!」
「……え?」
ダリスがきょとんとする。
「ぼくが弟の服を作ればいいね。あ、ダリスさん、ぼく布とかハサミとかハリとか、服をつくるのにつかうものがほしい」
「……はは、そうきたか。わかった。とびきりの道具を用意しようじゃないか」
「あとお古もたくさん。ぼろぼろでもいいから」
「そんなのをどうする?」
「作りかたをしらべるの。ばらばらにして、どうやって作ってるかおぼえるの」
「なるほど……、よしわかった。それも送ろう」
こうしておれは針仕事にチャレンジすることになった。
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/03/04
※さらに脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/07/04




