第206話 12歳(夏)…1回戦―第2試合
リビラの動揺がひとまず収まったころ、見事二回戦進出を決めたシャンセルが軽い足取りでこちらに現れた。
「おっと、みんな集まってんのな」
「姉さま!」
ユーニスがててっと駆けより、シャンセルに抱きついて言う。
「一回戦突破おめでとうございます!」
「ありがとなー」
わしゃしゃしゃ、と抱きついてきた弟の頭を撫で、それからシャンセルは渋い顔でいるリビラを見やった。
「どうよどうよ、あたしの試合ぶりは。一撃だぜ、一撃。なかなかのもんじゃねー?」
やはり一回戦突破は嬉しいらしく、シャンセルは満面の笑みだ。
「調子に乗ってんニャ、調子に乗ってんニャこいつ!」
一方、リビラはギリギリと歯を食いしばる。
なんだろう、やっぱり「こいつには負けられねえ!」というライバル意識でもあるのだろうか。
「ねえシャンセルシャンセル! あれって連続で出せるの!?」
興味津々でミーネが尋ねると、シャンセルはちょっと苦笑。
「いやー、連続は無理なんだ。冷気溜めるのにちょっと時間かかるんだよ。おまけに小出しにできないし。いや、これから訓練していけば出来るかもしんねーけど、今は溜めた分をああやって抜きざまにぶっぱなすだけだな」
「じゃあ躱されてたらどうしたの?」
「普通に戦うしかなかったな。そうなるとちょっと危なかったかも」
そう言い、シャンセルはちょっと困ったような表情になる。
確かに単純な剣での勝負となったら、シャンセルはかなり厳しい戦いを強いられたのではないだろうか。
「今回は不意打ちでどうにかなったけど、次からはもうバレちまってるからなー。躱そうとしてくることを考慮にいれて、どうやって当てていくか、躱された場合はどうしのぐか……」
「躱せない位置まで接近して放ってみてはどうですか?」
うむむー、と唸り始めたシャンセルにシアが言う。
逃げ切れない位置からの範囲攻撃、確かによさそうだ。
しかし――
「あれさー、叫んでからでないとうまく撃てないんだよ……」
「あー、そうですかー……」
まず叫ばないといけないとなると話が違ってくる。
それは相手の真ん前で「今から必殺技を撃つよ!」と宣言するようなもの、当然相手はそれを阻止しようと攻撃してくるだろう。
なにしろ目の前だ。
さすがに使えるようになって二日の技、完全発動を可能にする手順を省いて使用――というわけにはいかないらしい。
「へっ、そんなこと言ってもニャーにはわかるニャ。ちょっとしたきっかけで簡単にぶっ放せるようになったり、連発するようになったり、もっとろくでもないことをするようになったりするニャ」
シャンセルが王女令を身につけたことが気に入らないようで、リビラはいちゃもんをつけ始める。
「ろくでもねーってなんだよ!?」
「んなこと知らねーニャ!」
『ではこれより一回戦、第二試合を――』
リビラとシャンセルがニャンニャンワンワンと啀み合ってる間に第二試合のアナウンスがされた。
第二試合、バレンハット対チェルブ。
猿族のバレンハットが使う武器は槍――穂先とポールの接続部に翼のような突起物があるウィングドスピアだ。
鼠族のチェルブはショートソードの二刀流。
登場した選手を眺めていたシアは興味深そうにうなずく。
「ふむふむ、ウィングドスピアと双剣ですか……、これは技巧派の試合という感じですね」
「どうしてですか、シア姉さま」
「え」
今度は王子様ですかぁ、という顔のシアだったが、ミーネのときとは違って今回はちゃんと説明を始める。
「え、ええとですね。ああいう先に突起があったり刃があったりする槍は相手の攻撃を受けとめたり、引っ掛けて体勢を崩したりと普通の槍よりも出来ることが多いんです。しかしそれを使いこなすためには高い技量が必要になります。逆に、使いこなせないなら普通の槍を使って普通の槍術の訓練をした方がいいのです」
「ふむふむ、なるほどー」
「他にも、あの突起は刺さりすぎないようにする、という役割もあるんですよ。馬上から突いたり、投げつけたりして、なかなか抜けないほど刺さってしまわないように」
ふんふん、と頷きながらユーニスは真面目な表情で聞いている。
「つまり、使いこなすために技量が求められる武器を使っているので技巧派というわけです。双剣も同じですね。左右の手に剣を持って、主に利き手で戦うだけでは意味がないのです。左右の剣を巧みに操り使いこなせなくては」
「ってことはさー」
啀み合いを中断し、ふとシャンセルが会話に参加する。
「シアってかなりの技巧派なのか? ほら、武器は鎌だし、それを両手にだろ?」
「あー、いえ、わたしは……、技巧派とは違うと思いますよ? 使いやすいように使ってるだけの我流ですし、鎌を選んだのも事情があって鎌しか使えなかっただけですから」
「あ、そっか、他の武器を使うと尻に刺さるんだっけ」
「どうしてそ――!?」
と言いかけ、シアはおれを見てにっこり笑う。
「ご主人さま?」
「おっとシャンセル! 試合が始まってるぞ! 次に当たるのはあのどっちかなんだからちゃんと見ておいたほうがいいだろ! な!」
おれはそう言って視線を試合場へと向ける。
試合場では風斬りのバレンハットと千刃のチェルブが激しい戦いを繰り広げていた。
「ねえねえ、シアシア、これこれ」
「ちょっとミーネさん、なんでわたしに剣を押しつけようとしてくるんですかねえ……!」
「一回、一回でいいから」
「その一回で大惨事なんですよわたしは!」
おれの背後でもなにやら戦いが始まっていたが無視した。
ミーネ専用の剣でも刺さるのか、ちょっと気になるところではあったが。
『おーっと、バレンハット選手、風斬りの連撃! しかしチェルブ選手はそれをことごとく撃ち落とす!』
第一試合では喋れなかった実況役が叫んで試合を盛り上げる。
バレンハットの二つ名である『風斬り』とは、放出系の魔技からのものだったらしい。
バレンハットは矢継ぎ早に風斬りを放ち、チェルブを圧倒しようとしている。
だがチェルブも負けてはいない。
意地なのだろうか、襲い来る斬撃すべてを双剣で打ち払っている。
おそらくこっちは強打系の魔技を連発しているのだろう。
それ故の千刃。
魔技をただ剣で受け続けていては、いずれ剣が負けて折れる。
魔技は魔力のこもった意志の発露。
であれば、抗するには同じく魔力のこもった意志をぶつけ、相殺しなくてはならない。
「魔技連発とかあの二人はすごいな」
魔技を連続で使用するためには、それ相応の修練が必要になる。
訓練校の遠征訓練に付いてきた冒険者があの二人だったらコボルト王との戦いはもうちょっと楽だったんじゃなかろうか。
たぶんあの二人でもシアやミーネには敵わないと思う。
ただそれは生まれついての地力と言うか、お嬢さん方が反則的な才能を持っているからであり、こと技術だけで言えばあの二人はシアやミーネよりも上だろう。
バレンハットとチェルブ、二人の試合は拮抗していたが――、状況はバレンハットの疲労により崩れ始めた。
速攻で押し切ろうとしたバレンハットの誤算、それはチェルブが強打系魔技の連続使用に長けていたことだ。
バレンハットの動きが鈍ったのを好機と、チェルブが攻勢に転じる。
しかしそこで、バレンハットはチェルブの足元に風斬りを放った。
地を這うように迫る斬撃波は迎撃しにくく、また左右に広かったために横に避けるというのも難しい。
チェルブはすかさず跳んで躱すことを選択する。
跳んだところを狙い撃ちにされようと迎撃すれば問題ない――、それは観戦しているおれもそう思った。
が、バレンハットは跳んだチェルブを狙い撃ちにすることなく、そこから大きく上空へと跳んだ。
そして――
「風落とし!」
ウィングドスピアを地面目掛けて投げつけた。
槍が地面に突き刺さる。
瞬間、爆発するような激しい衝撃が発生し、着地直後のチェルブを勢いよく吹っ飛ばした。
発生した衝撃波それだけに留まらず、試合場に巨大な砂埃の輪を描き、その衝撃は闘技場全体――観客たちにも打ち付けるような感触すらもたらした。
その後、バレンハットは地面に降り立ち、すぐ目の前にあったウィングドスピアを引き抜く。
対し、チェルブは観客席の下――外壁の側で倒れていた。
衝撃に吹き飛ばされ、外壁に激突したようだ。
そのダメージはなかなか大きく、すぐには立ち上がれない……。
『勝者! バレンハット選手!』
その後、審判の判断によりバレンハットが第二試合の勝者となった。
観客は若干砂まみれになっていたが、派手な決着に大満足らしくおかまいなしで歓声を上げている。
「ねえねえ、今のあれって私のウィンド・バーストと同じようなものよね? でもあれって魔術なの? 魔技なの?」
「どっちだろうな……、魔術っぽい感じだけど……」
ミーネが尋ねてきたが答えようがない。
広義なら魔術――、とは言えるが、ミーネが求めている答えはそういうものではない。
魔導学の知識だけでなく、実践もできる母さんとか、マグリフ爺さんとかでないと正確なところはわからないんじゃなかろうか。
すると、優雅に体の砂を払っていたリクシー王子が声をあげる。
「ふっふっふ、実はどちらでもないのだよ」
「どういうこと?」
「知りたいかね?」
「知りたい!」
「よしよし、では――」
と、リクシー王子はちょっと得意げに話し始めようとしたが――
「おい、兄貴、もったいぶらずにとっとと言えよ」
「リク兄はいつも回りくどいニャ」
妹と従妹には不評だった。
「ひどいなお前ら!? ……まあいい、では教えよう。あれは槍に秘密があるのだ。あの槍はダンジョンで発見された魔剣の類――魔槍であり、ああいった特殊な攻撃ができるらしい」
「なにそれすごい!」
ミーネは目をきらきらさせるが……、いや、おまえさんはその意志一つで同じこと出来るでしょ?
それ以上のこともほいほいと出来ちゃうでしょ?
「ねえねえねえ! ダンジョン! ダンジョン! 行かなきゃ!」
魔槍やダンジョンといった単語が琴線に触れたか、興奮したミーネがおれの腕を掴んでがっくんがっくん揺さぶってくる。
「待て。待てお嬢さん。まずは落ち着け。行く予定はあるから」
「ほ、本当ッ!?」
「ああ。冒険の書の三作目は迷宮が舞台だから、取材に行く予定があるんだよ。でも行くのは来年だからな? まだ二作目も出来てねーんだからな?」
「あー、そっかー……、来年かー、んー……、わかったわ!」
ひとまず納得したらしく、ミーネは謎のメロディにのせてダンジョンダンジョンと歌い始めた。
「ダンジョン~♪ ダァーンジョ~ン~♪ ジョンジョン♪」
その妙な歌を聴きながら、おれは妹のセレスもよく適当な歌を歌っていたなと、ふと懐かしんだ。
セレス、元気かなぁ……。
「でも兄貴、なんで魔槍のことなんて知ってたんだ?」
「ん? ああ。王族や大貴族のために冊子があってな、参加者の紹介がされているのだ。そこに書いてあった」
「んだよ、そんないい物あんのかよ! ちょっともらってくる!」
言うやいなや、シャンセルはどこかへ走っていった。




