第203話 12歳(夏)…従妹の思うところ
腹部の痛み、そして呼吸困難から回復したおれはとりあえずシアに正座させた。とは言え落ち込んでいたようだったし、悪気があったわけではないようなので床ではなくベッドの上でである。
「……え、えへっ」
睨んでみるが、シアは妙な愛想笑いを浮かべるばかりだ。
次はもう落ち込んでてもほっとこう。
「なんでもう百枚いってるの!?」
それから獲得した札の発表会になり、おれが一気にダントツになっていることが判明した。
まあ百枚以上あるしな。
「どうして一日でそんなことになってるのよー!? わたしまだ三十枚ちょっとなのにー!」
ミーネがどうやって集めたかとうるさかったので、今日あった出来事を皆にざっと話してやる。
「結局、ダンナはまともに戦うことなく百枚集めたんだよな。初めてじゃないか、こんな妙なの」
「レイヴァース卿はすごいですね!」
シャンセルは完全にあきれていたが、ユーニスは褒めてくれた。
「まー、ニャーさまが関わるとこんなもんニャ。なんだかんだで問題が片付くニャ。でもまさか変態たちまで大人しくさせるとは……」
リビラもややあきれたような感じだった。
「あー、もう、明日からはもっと頑張らないと」
「明日くらいから自分の札の枚数を叫びながら相手を求めるようになるって話ニャ。みんなそれなりに札を溜め込んでるニャ。そこで勝っていけるならそこまで心配することもないニャ」
なるほど、一回勝って一気に何十枚、とかもありえるわけか。
「さて、じゃあ武闘祭の話はこれくらいにして、昨日の続きを始めるぞー。いよいよ準備を整えてゴブリン王退治だ」
ユーニス王子がそわそわ待ちかねている感じだったので、おれはそこで話を終わらせて冒険の書の遊戯会に切り替えた。
△◆▽
武闘祭四日目、おれはカレー屋台の手伝いと見回りで終わった。
屋台は前日よりも盛況で、さらに食べ終えた誰もが満足そうな顔をしているのを見たおれは、カレーライスという食べ物が獣人たちに受けいれられるものであるという確信を少し持てた。
このまま順調にいってくれるといいなぁ……。
お嬢さん方はこの四日目で札を倍以上に増やした。
それでもまだ百枚にはとどかなかったため、明日の予選最終日にはさらに気合いをいれて臨むようだ。
そして武闘祭五日目――。
結局、おれは戦わないまま予選最終日を迎えた。
予選通過の証明は、最終日の昼過ぎから闘技場で始まる受付に札を持っていって登録する必要がある。
届出をするまで予選通過は確定しない。
それはつまり、札を集めきった者たちにとっては最後の試練、集めきれなかった者にとっては最後のチャンスとなる。
予選最終日の午後からは、闘技場の周辺で持てる者と持たざる者による戦いが盛大に押っ始められるのだ。
そして、そんな強奪者はこそこそと闘技場へと向かっていたおれの前にも現れた。
意外だったのは、それがここ数日ですいぶん仲良くなったベルガミアの王女さまだったことだろう。
「ダンナ、わりぃ。ちょっとあたしと戦ってもらえねえかな」
めずらしく、と言うか、初めて見る神妙な表情をシャンセルはしている。
冗談や意地悪といった類の話ではないらしい。
「札が足りないなら分けようか?」
「ダンナ、そういう話じゃねえんだ。ぶっちゃけ札なんて集めなくても無理矢理に参加することも出来るし」
「強引に参加できるなら……、じゃあこれは、何かおれと戦わないといけない理由があるってことか?」
「理由か……、ごめん、うまく言葉に出来ないや。ただなんて言うかさ、ダンナが本戦いっちまうと、どさくさに色々片付けちまうような気がするんだよ。それはそれでいいことなんだけどさ、あたしはそれが悔しいんだ」
その色々ってのはたぶんリビラのことだろうが……。
「悔しいって?」
「ダンナは弟と妹がいるんだって? その弟妹がさ、ずっと悩んでたらなんとかしてやりたいなって思うだろ? でもなかなかうまくいかなくて、そんなとき、その弟妹と知り合って間もない友人がさ、わりとあっさり悩みを解決したとしたらさ、ちょっとモヤっとしねえ?」
「するかもしれないな」
漠然と、シャンセルが抱いている気持ちが理解できてくる。
シアに限ってはもうほっとこうと思うが。
「なんて言うかさ、ここなんだよ。ここで何かしないで終わっちまったら、ここから距離が離れていくような気がするんだ。歩いて行ける行けないの距離じゃなくてさ、なんか、そういうの。近くて気にしてなかったものが、今度は離れていって見えなくなるって言うか……、あー、もー……」
わしゃわしゃ、とシャンセルは頭をかきむしる。
シャンセルが欲しいのはリビラにお節介を焼く権利と義務だろう。
たぶん二人ともお互いに持っていたが、リビラが黙ってベルガミアを去ってしまったのでシャンセルのなかでそれがブレてしまったのだ。
「ごめん、ダンナ。もう自分でもなに言っていいのかわかんね。ただダンナを押しのけて進めたら踏ん切りがつくって言うか、覚悟が決まるって言うか、とにかくそんな感じでここにいるんだ」
ウォシュレットを作りだしたり、カレー屋を開いたり、変態を諭したり……、おれがなんとなく問題を解決していっているのを見て、リビラのこともなんとかしてしまうのではとシャンセルは感じた。
そしてそれが嫌だった。
自分がリビラの力になりたいと願った。
たぶんそういうことだろう。
良い妹じゃないか、リビラももうちょっと優しくしてやれよ。
お姉ちゃんなんだし。
「わかった。じゃあ勝負だな」
「ダンナ……、ありがとな! あ、でも手を抜いたりとかしないでくれよ? 手加減したダンナに勝っても意味ねえんだから」
「手は抜かない……、ってか抜けない。変態たちのぶんはどうでもいいが、おれの札のほとんどはカレー売ってる連中の感謝の気持ちなんだからな。あと、負けてもズルイとか言いださないでくれよ?」
「大丈夫、あたしが勝つから」
ほうほう、大した自信だ。
おれがどういう攻撃をするかすでに調べ、対処を考えているのだろうか?
手加減は無し、ということなのでおれは〈炯眼〉でシャンセルの身につけているものを確認する。
雷撃耐性を持つような装備は無し。
となるとコボルト王のように察知して躱すとか?
シャンセルは魔術者でもあるからな。
とにかくおれは前もって〈針仕事の向こう側〉で意識加速、〈魔女の滅多打ち〉で身体強化をする。
「じゃあ、この硬貨が地面に落ちたら勝負な!」
シャンセルが言い、親指で硬貨を弾く。
くるくると回りながら硬貨は舞い上がり、そして地面に落下。
そして――
△◆▽
「なんで負けてるのよぉ――――ッ!?」
「あばばばば……」
その日の夕方、王宮の部屋にておれはミーネに胸ぐら掴まれてがっくんがっくん揺さぶられていた。
怒るだろうとは思っていたが、激怒するとまでは予想できなかった。
部屋では他にシアとリビラがテーブルで優雅にお茶とお菓子を楽しみ、荒ぶるミーネに恐れをなしたシャンセルが引きつった顔でゆっくりとドアから逃げだそうとしていた。
誰も助けてくれない……。
「ななな、なんでって言われても、相手ががが、強くてななな……」
「なんでよ!? 雷撃でどうにかなるでしょ! ちゃんと真面目にやったの!?」
「ややや、やったよ?」
「どれくらい!?」
「ど、どど、どれくらいって……、王都でやった決闘くらい」
「む」
そこでミーネはおれを揺さぶる手を止めた。
「そう、なら仕方ないわ。てっきり本戦を面倒くさがって手を抜いたんじゃないかって思ったけど、ちゃんと戦ったのね」
「いや、まともに戦うことも出来なかったんだがな。要はおれが雷撃ぶちかまして戦いにすらさせないのを逆にやられた感じだった」
「へえ! そんな人がいるんだ!」
「シャンセルなんだけどな」
「シャンセルぅぅ――――ッ!? ちょっとシャ――って居ない! なによもう逃げたわね!?」
まあミーネがあんな剣幕でおれを責めてたらな、そりゃ名前が出る前に逃げるだろうさ。
「もう! どういうことなのよ!?」
「王女さまには色々と思うところがあったんだよ」
「それで負けてあげたの!?」
「いやだから真面目に戦おうとしたんだって。そしたら予想外のことしてきやがって雷撃喰らわす前に負けた」
「む、それは面白そうな話……」
ミーネの目つきが物騒なものに変わる。
「あなたの指鳴らしより早い攻撃なのね?」
「それは……、ちょっとみんなを驚かしたいから本戦で見せるまで黙っててくれって言われてるから……」
「そう、いいわ。なら楽しみにしてる。できれば一回戦はシャンセルと当たりたいわね」
怒りが沈静化したのはいいんだが、今度はちょっとバトルモードに移行してそれはそれで近寄りがたくて面倒だ。
明日からの本戦はどうなるのやら。
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/01/24




