第201話 12歳(夏)…SOD
「見つけたぞレイヴァース!」
シャンセルにふわっとした刀のレッスンをしていたら、二十人ほどの怪しい集団がおれたちの前に現れた。
どいつもこいつも仮面を被り、素顔を隠している妙な集団だ。
「ふふっ、屋台を見張っていればいずれ現れると踏んでいたが、こうもやすやすと見つかるとはな!」
このやたら叫ぶ男がこいつらの代表なのだろうか。
「あー、えっと……、どちらさんで?」
「我らは秘密結社『スカー・オブ・ダークリング』である!」
思いっきり出張ってきて名乗って、もう秘密もクソもねえだろ。
これまた妙な奴らが――、と思っていたら公園の屋台に集まっていた人たちがこっちをうかがいながらヒソヒソ囁き始める。
何がなんだかわからないのでシャンセルを見やると、ものすごく嫌そうな顔で首を振られた。
「すまねえダンナ、あたしに説明させないでくれ」
本当に嫌そうだったので、仕方なく当人たちに尋ねてみる。
「えっと、要はどういう結社なんで?」
「我らは肛門に刻まれる傷を試練ととらえる者たちの集い――ってこら! どこへ行く! 帰ろうとするんじゃない!」
踵を返して歩きだしたところで代表に回り込まれた。
変態からは逃げられない……!
「はあ……、で、何の用だって?」
「何の用だと? はっ、知れたこと! すべての獣人を代表し、おごり高ぶるレイヴァースにもの申すためよ!」
つい、とおれは横のシャンセルを見やる。
「なあ王女さま、なんか獣人代表してるけど、どうよ?」
「王女として許可する。殺れ」
まずい、王女さまいきなり殺る気だ。
「まあ待て、まあ待て王女さま。案外なにかいいこと言うかもしれんし。んで、おれに何を言いたいって?」
「よいか! 古より! 我ら獣人は不意に刻まれる肛門への傷を忌まわしく思いながらも己が油断の証拠であると受けいれてきた! 己による己への叱責であると!」
おれは再びシャンセルを見る。
「そうなのか?」
「次に何か尋ねたら怒るからな?」
「はい……」
王女はたいへんご立腹しており、もう確認すらままならない。
あー、そう言えばウォシュレットを作るかどうかの話をしているとき、リビラも変態共がいて困るみたいな話してたな。
そうか、こいつらがそうなのか。
「しかし! レイヴァース、貴様がもたらしたウォシュレットが普及したことにより、獣人は堕落を始めてしまった!」
「それが気に入らないと?」
「そうだ! そしてよいか、くれぐれも言っておくが、我々はただいたずらに自らの肛門を引き裂いて喜ぶ変態ではないぞ! 肛門の傷から不意に訪れる試練を、ひいては過酷な運命すらも受けいれていくという生き方を学んだ者たちの集まりなのだ!」
「ダンナ。殺れ」
「いや待って。待ってって。てかおれに殺らせようとすんな」
おれは暴れん坊な将軍様の「成敗」の掛け声で始末する役の人じゃねえんだぞ。
「獣人にとって肛門の傷は気を引き締めるための戒めなのだ! 浮かれがちな気質を持つ獣人を戒めるための楔なのだ! 獣人には肛門への衝撃が必要なのだ!」
そうなのか、とシャンセルに尋ねようとしたら睨んでいたのでおれはそのまま正面に向きなおった。
どうしようコレ。
叩きのめすのは簡単そうだが、信仰だの決意だのを抱いた連中って下手に弾圧すると余計に育ったりするからなー……。
とにかく、ここで声高々に叫ばれるのは我がカレー屋台への営業妨害甚だしいため、おれはこの変態たちを連れて移動することにした。
△◆▽
なにやらもっともそうな事を言っていたが、要はケツに刺激が欲しいだけだろうとおれは思い、そいつらを引き連れて冒険者ギルド中央支店へとやってきた。
「すいません、トイレ貸してください」
「へ? ああ、レイヴァース卿。どうぞどうぞ。それに――、シャンセル王女!?」
「違う。人違いだ。忘れてくれ」
受付の職員に許可をもらい、おれたちはぞろぞろとおトイレへ。
「あんたらはここで待て。シャンセル、ちょっと来てくれ」
「あ、ああ」
おれはシャンセルを連れ、ギルド支店のトイレにあるウォシュレットへ水を供給するタンクのところまでやってくる。
「シャンセル、ここの水を凍る寸前くらいまで冷たくしてもらえる?」
「ダンナ……、いや、出来るけどさ、出来るけどもさ……」
「やってくれ。とりあえず刺激与えとけばどうにかなるだろうから」
「……わかったよ」
乗り気ではないものの、シャンセルはアイス・クリエイトの魔法でもってタンクの水をとてもとても冷たくする。
蓋を開けて指をつけるとぴりぴりするほど冷たくなった。
「よし、戻って使わせてみよう」
「ダンナちょっと楽しんでね?」
「まさか」
おれたちはトイレで待つ変態たちのところへ戻る。
変態たちはおれたちがそのまま逃げるとか予想もしなかったのか、大人しく待機していた。
根は素直な変態らしい。
「んじゃ使ってみろよ。冬場にウォシュレットがどうなるかよくわかるから」
「ふん、よかろう!」
そう言って、変態代表は超冷却ウォシュレットに挑んだ。
少しして――
「アアァァァ――――――ッ!?」
悲鳴が上がり、代表が半ケツで個室から転がりだしてくる。
それはまるでモジャモジャの毛に覆われた忌まわしき桃。
どんな美しい歌を奏でる小鳥だろうと、一口ついばめば怨嗟のごとき邪悪な歌を奏で始めるであろう呪われた桃だ。
「おいぃぃ――ッ!?」
忌まわしき桃を見まいと、シャンセルが両手で顔を覆う。
「な、なんということだ……!? なんと……!」
床につっぷしてケツをさらけだしたまま代表はおののいていた。
「どうだ、冬はそんな感じになるわけだが……、一年の四分の一くらい試練が与え続けられるんだから、それでいいだろ」
「なんと!? ……なるほど、我々には新たなる試練が与えられるということか……、それも冬の間中だと……? しゅごい!」
「お気に召したか? これでダメだったら熱湯にでもしてやろうと思ってたが……」
「熱湯だと!? このド変態め!」
「おまえに言われたくねえよ!」
「あ、いや、すまん。褒め言葉だったんだ」
「褒められたくねえし!」
「おいどうでもいいけどちゃんとズボン穿いたかよ!?」
シャンセルが怒気まじりで叫んだ。
△◆▽
「すまなかった。貴殿は真に我々獣人の事を思ってウォシュレットをもたらしてくれたのだな。我々は誤解していた……」
「確かに獣人のためなんだが、おまえのは間違いなく誤解だ」
冒険者ギルドの建物から追いだされたので、おれたちは建物の前でたむろするハメになっていた。
「貴殿の真意を理解できず、無用な手間をとらせたことを詫びよう。これを受けとってくれるか」
と渡されたのは何十枚かの札である。
これでおれの持ち札は確実に百枚を越えた。
「貴殿の役に立てて欲しい」
そう言って代表は礼をすると、変態たちを引き連れて静かに立ち去っていった。
「なあダンナ……、本当に一体なにやってんの?」
ひどく困惑したシャンセルに尋ねられた。
「いやもうそんなの……、おれが聞きたいくらいなんだが……」
妙な出来事に巻きこまれるのはおれのせいではないはずだ。
おれはただ、起きてしまった事件を丸く収めようと努力しているだけなのである。
ともかく、無事に変態たちを追っ払うことができた。
シャンセルがいなければ、ここまでスムーズな対処は出来なかったに違いなく、ここは変態たちから渡された札の半分くらい渡すべきだろうとおれはそっと差しだした。
が――
「いらねえよ!」
キレられた。
「で、でも本戦目指してるんだから――」
「いらねえっての!」
やっぱりキレられた。
変態が持っていたとしても、札に罪はないというのに……。
※最後、シャンセルに札を渡そうとするシーンを追加。
2016/12/29
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/06/11




