第200話 12歳(夏)…ふわっと指南
公園のカレー屋台もそこそこ賑わっており、おれはほっと一安心。
次の屋台へ向かう前に水をもらってひと休みしているとき、本来リビラはどうやって戦っていたか、という話になった。
「力まかせにバカでかい剣を振り回すんだよ」
「どれくらい大きいんだ?」
そう尋ねたところ、シャンセルは地面に「これくらい」とリビラが使う剣の絵を描いてくれたのだが、それはおれがイメージしていたものとはずいぶん違う代物だった。
なんと言ったらいいのだろう……、蕎麦包丁の王種?
蕎麦包丁は先が長方形――切っ先など直角だが、描かれたそれはちゃんと剣のように長く尖っている。
そしてその大きさだが、スノボの板くらいあった。
「でかいよ! でかすぎだよ!」
剣だって言うんだからそりゃ金属で、厚みだってあるだろう、ならいったいどんな重さになるんだそれは。
「さすがにダンナでも驚くか……。バカだろこれ? でもこれ『獣剣』っていう銘でさ、一応れっきとした王家に伝わる剣なんだよ。でもこんなの振り回せる奴なら普通の剣を使った方が強いよな?」
「よっぽどの怪力で、これくらいじゃないとしっくりこないなんて奴がいればそうとも言えないが……」
「あ、それリビラの母ちゃん」
「へ?」
「リビラの母ちゃん、すげー力持ちでこの剣を愛用してたんだって」
「そうなのか……」
ふむ、リビラがこの特大剣を使おうとするのは母親が使っていたというのがあるんだろうな。
「しかし、リビラはこれを振り回すのか……」
あきれた根性だ。
「まー、バカな剣だけどさ、でも実際これと向かい合うとかなり恐いんだぜ? 喰らったら終わりみたいなもんだし。あとこれだけでかいと盾にもなるしさ、使いこなせるなら強いんだ」
「シャンセルはこれを使うリビラとどう戦ってたんだ?」
「あたし? そりゃ喰らわないように避けて、これでちょいちょい反撃だよ」
と、シャンセルは刀の柄頭をぽんぽん叩く。
「あれ?」
そこでふと、下に向いていた刀の刃が上向きに変わっていることに気づいた。
「なあシャンセル、その武器なんだけどさ」
「ん? クロワッサンか」
「クロワッサン!?」
なんで刀のことを尋ねたらパンの名前が出てくるんだ。
「それってそういう名前なのか? なんか……、カタナとか、そういう名前じゃなく?」
「ああ、そうとも呼ばれるみたいだな」
そうとも呼ばれる!?
パンの方がメジャーなの!?
「カタナなんて呼び方、ダンナよく知ってんな……、って、ああ、ダンナなら知っててもおかしくないのか。シャーロットが発案して生まれたものだしな」
おっと、そうなのか。
「なんでクロワッサンなんだ?」
「この武器って作るのにすげー手間暇かかるんだろ? 鉄を叩いて畳んで、叩いて畳んで、そのときシャーロットが『クロワッサンのように!』ってよく言ってたらしくてさ、カタナって名前よりもそっちの方で呼ばれるようになったらしい」
なんてことしてくれんですかシャロ様……。
「作るのがめんどくさすぎてほとんど存在しない武器なんだぜ。これはシャーロットと一緒に魔王退治に行った先祖が使ってたヤツ。魔王殺しのクロワッサンだ」
クロワッサンて言うのやめてもらえませんかね……。
違和感ものすごいんですよ。
「それで、これがどうかしたのか?」
「あ、いや、刃の向きを逆にしてるから、どうしたのかなと」
「ああ、これな。なんかシアがさ、逆だって言うからさ。でも扱い方がなっちゃねーって言うくせに、ちょっと手本見せてくれって言ったらすごい勢いで逃げてった。なんだったんだろうな、あれ」
「あー、あいつ鎌以外の武器を使うと自分のケツに刺さるんだ」
「なんでだよ!?」
シャンセルがびっくりしてしまった。
まあびっくりするよね、おれもしたし。
「どういうわけか刺さるんだ。実際、一回刺さったし」
「そ、そうなのか……、じゃあ手本ってのは無理な話だったんだな」
刀なんて刺さったら大惨事だからな、シアはさぞ勢いよく逃げていったんだろう。
「一応、こうして刃を上にしてみたんだけど……、でもすげー抜きづらいんだよ。なんか抜くとき左肩に刃が当たりそうで恐いし」
「ちょっと待て。どうやって抜いてるんだ?」
「へ? こうやって」
と、シャンセルは実際に刀を抜いてみせる。
左手で鞘を握り、垂直に近い角度で刀をずるんと。
そのため切っ先が左腕のつけ根あたりすれすれを通過していった。
「あぶぶぶ!?」
危ねえ!
見ていてお股がヒュンとしたわ!
そして次に、シャンセルはたどたどしく刀を鞘に収めようとする。
鯉口に向けられた切っ先がブルブルしてる……、恐い!
「な?」
「な? じゃねえ! そんなんなら刃が下のままでいいわ! なにも抜くと同時に斬るとかそんなの目指してるわけじゃねえんだろ!?」
「……? ダンナ、ちょっと待った。それ、どういうことだ? そんなこと出来るのか?」
「え……、で、出来るって言うか……、そういう話もあってな」
「ちょ、ちょっとそれ教えてくれよ! それがわかればクロワッサンをもっと上手く扱えるようになるんだろ!? シアが言ってた!」
「あんのアホ、期待だけさせて逃げやがったのか……」
教えてやれるものなら教えてやりたいが、おれは元の世界で刀なんて使ったことはない。
知識もクラスメイトのアホから聞いた程度。
それも剣道の授業でアバンストラッシュを延々と練習していたアホからの、だ。
「ダンナ、頼むよ」
「いや、おれだって詳しいわけじゃないし……」
「あたしよりは詳しいだろ?」
「それはそうかもしれんが、ちょっと聞いたことがある程度の事を教えても良くないだろ? 逆に調子が狂って弱くなったら困るだろ?」
「それでもいいから頼む!」
「えー……」
気乗りはしないが、シャンセルは真剣な表情だ。
ならまあ……、なんとなくわかる程度の話だけでもしてみようか。
「わかった。でも話半分で聞いてくれよ?」
「ああ!」
ぱぁっとシャンセルの顔が明るくなる。
絶対真に受けそうだな……、この姫さま、根が素直っぽいし。
「まずなんだろう……、そのカタナを固定するベルトをやめようか」
「なんで?」
「鞘に収まった状態で動かす必要があるんだよ。そうやってベルトの吊革にはめこんでたら動かしにくいだろ?」
「ベルトやめたらどうやって装備しとくんだ?」
「えっと……」
どう説明したらいいんだろう……。
腰に帯を巻けって言うか?
でも刀ってそもそもどうやって差してるんだろう?
……、わからん。
ダメだ、説明能力の限界が早々に訪れた。
「ごめん、説明できないや。やっぱ聞かなかったってことで」
「ちょ!? そんなこと言わないでくれよ! じゃあどんな感じなのかやってみてくれよ!」
シャンセルは慌てて刀をおれに寄越す。
お子さまにはずっしり重い。
「じゃあ雰囲気だけな? おれなんか申し訳なくなってきたし」
おれは渡されたカタナを左腰に持ってくる。
そして気づく。
帯に差して支えを作らないと、説明のための操作もままならねえ。
ちょっと待って、とおれはカレー屋台の裏へ引っ込み、妖精鞄から帯のかわりになりそうな布とヒモを出して戻る。
屋台で借りてきたようなことを言いつつ、おれは腰に布を巻きつけて帯にし、それから鞘の上の方――本来であれば紐がもしゃもしゃっとあるであろう場所にヒモをがっちり巻いて帯のひっかかりにする。
「へー、そんなふうにしとくのか」
「たぶん……。こうしておけば左手ですぐに角度を変えられるし、前に突き出したりもできるから」
それからひとまず抜刀だけでもと、左手で鞘を前に少し突きだし、右手でするんと刀を抜く。
シャンセルの仁王立ち抜刀とは違い、腰を切りながらなのでお股がヒュンとするようなことにはならない。
「わかるかなー、刃が上向きだと、鞘から抜いたときそのまま正面に構えた状態になるって言うか……、もっと大きい動作で抜けばそのまま斬りつけるような感じにもなるって言うか。刃が下向いてると抜いてから腕を捻って構えなおす手間が生まれる……よね?」
「あー、なんとなくわかる」
そう言ったあとおれは一旦納刀。
時代劇からの見よう見まねの納刀法である。
恐いので鞘を引っぱり出して腹の前あたりでやった。
「は? ちょ、ダンナ! その仕舞い方もう一回やってくれ!」
「どうせ何回かはやることになるから落ち着け」
興奮するシャンセルをなだめ、それからおれは横凪の抜刀、そしてちょっと無理矢理に下からの切りあげ抜刀をやって見せる。
「わかる……? 抜く前に左手でさ、鞘の操作をするんだ。このとき刃が上向きなら下への変化はさせやすい。でも下向きを上へとなると腕の構造上、脇や横っ腹が邪魔になってすごく窮屈でやりにくい」
「あー、うん、なんとなく」
「だから固定されてるとダメなんだよ。こういう抜き方をさらに追求していくと鞘に収めた状態での構えが、そのまま斬りつけるために力を溜めた状態になったりしてな」
「鞘に収まったままで力を溜めた状態……?」
「あ、いや、どうだろう……?」
ダメだな、これ以上の説明はおれには無理だ。
「悪い。これ以上はおれもなにがなんだかだ」
「そっかー。……いや、助かったよ。今までより安全に鞘に収める方法もわかったしさ。あとは自分なりに考えてみる」
まあ少なくとも、切っ先ブルブル、見ている方はガクブルな納刀よりマシなのは確かだ。




