第198話 12歳(夏)…百獣国の密造ポーション
ポーションの製造・販売は錬金術ギルドの管轄になっている。
国に金を払って独占権を得ている関係上、ギルドと無関係な者がポーションの製造・販売をすることは違法であり処罰の対象だ。
とは言え製造に関してはそこまで厳格なものではなく、個人で製造して使用するぶんには黙認しているところがある。
要は販売目的の製造――、ギルド関係者の利を奪うような行為に対してのみ監視の目を光らせているのだが……、ここ、ベルガミアではちょっと事情が異なっていた。
ベルガミアは暗黒の事情によりポーション消費量がやたら多く、需要に対して供給が追いつかない。
そのためベルガミアの錬金術ギルドは安く効果の低い粗悪ポーションについては製造・販売までをも黙認していたのだ。
ところがここでウォシュレット登場。
ポーションの消費量が減り、供給が需要にそこそこ追いついた。
そのためギルドは粗悪ポーションの製造・販売を黙認することをやめ、取り締まりを開始した。
おれを襲ってきたのはこの粗悪ポーションで生計を立てていた非公認の裏ギルド――、マフィア的な方々だったのだ。
「なるほど、話はわかった」
ゆっくり事情を聞くため、おれは王都郊外――ポーションの密造工場となっている建物にやってきていた。
そして現在、おれはその建物の地下にある一室で幹部の方々とテーブルにつき、頭をつきあわせての話し合いをしていた。
「取り締まりをかいくぐって販売していくのは無理なのか?」
「厳しいな。それにうまくかいくぐれたとしても、ポーションの消費量が減った問題はどうにもならない。これまではちょくちょく使うから不味くて回復力の低いポーションでどうにかしていたわけだが、今となっては奮発して味も良く回復力も高い正規のポーションを買い置いておくという考え方に変わってきている」
答えたのはおれに戦いを挑んできた男。
名はボラン――、ポーション密造組織の現ボスだ。
「錬金術ギルドに組み込んでもらうとかできないのか?」
「俺たちの作っていたポーションは貧しい者たちに伝わる民間療法から発展したものでな、ギルドが保証する質や効果からはほど遠いものだ。傘下には入れてもらえない」
隙間産業だった密造ポーション。
ウォシュレットの登場によってその隙間が埋まってしまったため、もう誰からも求められなくなってしまった。
ウォシュレットのもたらす光と影。
知らんがな、と言いたいところだが、マジで路頭に迷うことになっているボランたちを放置するのは寝覚めが悪すぎる。
おれを囲んだ奴らで全員という話ではなく、組織の人数は末端や家族も含めると千人に迫るらしい。
そいつら全員路頭に迷わせるのは本当に寝覚めが悪すぎる。
ポーション製造・販売に変わる何かを考えないといけない。
『…………』
眉間にしわ寄せ、腕組みして皆でむすっと黙りこむ。
ボランたちからのアイデアは期待できそうにない。
きっと、これまでに話し合いを続けていて、解決策が出ないまま今日を迎えたに違いないからだ。
おれが何か言わない限りこの場は沈黙がおりたままなのだろう。
あまりに何も思いつかないので、無駄だろうとは思いつつも脳内シアにでも相談してみようかと思い始めたとき――
「少し休憩してはいかが?」
部屋に犬族の女性が入ってくる。
手には蓋をした広く底の浅い土鍋のような容器を持っていた。
その後ろから取り分け用の皿などを抱えた犬族の女の子が続く。
「ふう、そうだな。レイヴァース卿、少し休憩しよう。この二人は俺の妻と娘だ」
「貴族様のお口に合えばいいのですけど」
言いながら、ボランの奥さんはテーブルの真ん中に土鍋を置く。
「この料理はデグリージャと言うベルガミアの料理だ。妻はこれを作る名人でな」
「父さん、わたしも食べていい?」
「ん? ああ、食べなさい」
「えへへ」
少女が嬉しそうに笑う。
……、ちょっと待て。
まさか普段食べられないけどおれのために奮発しました、とかじゃねえだろうな!?
「取り分けますね」
そして奥さんが土鍋の蓋を開ける。
「……ん?」
現れた料理を見ておれはきょとんとした。
パエリア……、いや、リゾット? 炊きあげられ、黄色く染まった米の上に野菜や野草、そして少しのお肉が乗っている。
あったのかよ米!
ってそれにこの香り……!?
「あの! これは!? この香りは!?」
「ん? 沼麦は初めて見るか? この料理はまずスープを作り、そのスープに沼麦を入れ、水が無くなるまでじっくり火にかけておく料理なのだ。香りはベルガミアの……、あまり豊かではない者が臭み消しに使う香辛料のものだな」
めっちゃカレーの香りなんですけど!
「あのすいません、ちょっとまずぼくにもらえますかね!」
「え? あ、はい、ではこちらを……」
奥さんから皿を受けとり、おれはその――、なんだっけ、ああもういいや、何とかというベルガミア郷土料理を口にかき込む。
「カレー風味!」
『は?』
思わず叫んでしまい、みんなにきょとんとされた。
これを――、この風味をだす香辛料を探していたのだ。
シチューをカレーに近づけようと試行錯誤を重ねていたが、どうしてもカレーとは言い難いものにしかならなかった。
だが、このベルガミアの香辛料を使えばカレーもどきが作れるはず。
「奥さん! ちょっとこの沼麦と香辛料を分けて――、いや、調理場に連れていってください!」
「え、え? あ、はい」
びっくりしたままの奥さんに案内され、密造工場の一階にある調理場へと向かう。
「えっと、この沼麦はこの壺で、使った香辛料はこの棚にあるこの小さい壺にあります」
「わかりました。すいませんがしばらく一人にしてもらえますか。これからぼくは料理をしなければなりません」
「は、はあ……、それでは私は下に行っていますね」
奥さんに退出してもらい、おれはさっそくカレーへの挑戦を開始する。
まず沼麦を手頃な鍋で炊き始める。
次に妖精鞄からカレー試作用に使っているもの、具を煮込んだスープを出してベルガミアの香辛料を足し、味を調整。
「ぐっとカレーに近くなった……!」
お店のカレーほど味を調整されたものではないが、カレールーの箱の裏に書かれたレシピ通りに作った、ちょっと物足りないカレーくらいにはカレーっぽくなった。
ってかそれってカレーじゃねえか。
いかん、ちょっと混乱している。
「くっ、コメはまだまだだ……」
やっとカレーにありついたのに、肝心の米がまだしばらく炊けない。
「こうなったらパンだ!」
妖精鞄から非常食用のパンを取り出し、プロトタイプ・カレーをつけて食べる。
あ、なんか久しぶりってのもあってすごく旨く感じる。
おれはひとまずパンを平らげて落ち着くと、この突発的に完成を見たカレーについて考えた。
世にだせば、このカレーは新しい料理として受けいれられるだろう。
ならばその役目をボランたちに任せてはどうだろうか。
いや、だが……、ここでカレー?
ウォシュレットという便器の強化パーツをもたらしたおれが、ここでカレーまでももたらしてしまうのか?
これ絶対なんかすごく不名誉なこと言われるんじゃないか?
だが、ボランたちみんながすぐに取り組める仕事となると、カレー屋を始めるくらいしか思いつけない。
ここは……、おれがなんか言われることについては諦めよう。
それからおれは米が炊きあがったところでカレーライスを用意してボランたちに食べさせた。
「なあボラン、作り方を教えるからこの料理を売ってみないか?」
うまうま、とカレーを食べる娘さんを微笑ましく眺めていたボランにおれは提案する。
「売ると言っても、どうやって?」
「今は祭りの真っ最中だ。屋台などもかなり出ているだろ?」
「ああ、屋台で売るのか。しかし許可がいる」
「そこはおれがこれから国王に頼みに行く。屋台をどれだけ出すとか決めてくるからそれまでに仲間に声をかけておいてくれ。すぐにでも屋台が始められるよう、総動員で動くんだ。食材を用意する者、料理を作る者、屋台を用意する者、食器を用意する者、詳しくはおれが戻ってからだが、とにかく大仕事になると皆に伝えておいてくれ」
「ま、待て。そこまでのことをやるほど金が……」
「おれが出資する」
「そこまでしてくれるのか!?」
ボランは驚き、唖然とした顔で言った。
「この料理は大きな可能性を秘めているのだ!」
もしイギリスがやったように混合香辛料として完成させることができれば世界中の食卓に食い込むだろう。
他にも入れればとりあえずそれなりに旨くなる魔法の調味料として冒険者に携帯されるようになるのでは?
導名を目指すおれとしてはぜひともそうなって欲しいところだ。
「ところで一つ聞きたいんだが……、この香辛料、原料は動物のフンからほじくり出した木の実を磨り潰して出来てたりしないよね?」
「は? そんなことはないぞ?」
「そうか、ならいいんだ。うん」
どうしてこの香辛料が持て囃されていないのか、そこが疑問で仕方なかったのだが、さすがにそれは杞憂だったらしい。
猫だの象だののフンから集めた豆で作るコーヒーなんてあるせいでちょっと心配になったのだ。
これについてボランたちと話し合った結果、どんな肉もカレー風味になってしまうからではないか、という仮説に落ち着いた。
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/01/23
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/06/29
※さらにさらにさらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/04/17




