第2話 神との対話2
「……あー、要するに、おれに鎌が混ざったせいで体に戻せなかったし、次に送りだすことができなくなった、ってことでいいんだな?」
「はい、そうです」
そして神はアルカイックスマイル。
おれには煽っているようにしか見えないが、もう今はそれどころではないので無視する。
正直……、まいっているのだ。
死んだという実感は未だ漠然としたもの。
しかし、こうはっきりと元には戻れないとわかると……、ちょっと気がかりなことがあったりする。
というのは、おれを育ててくれたジジイのことだ。
おれは物心ついたときに両親はおらず、父方の祖父を自称するジジイに育てられた。
正直、孫のおれから見ても変人としか思えないようなジジイだった。
そもそもの性格もそうだが、輪をかけて職業がわからない。なにやら社会的地位のある人たちの名刺をたくさん持っていて、それを利用してさらに名刺を集めたり金品を巻きあげたりする社会的にアレなカードバトラーをやっていた。
でもおれが十七歳になるまでちゃんと養ってくれたし、可愛がってくれた……のか?
おれがおっちんだあと、ジジイはどうなったのだろう。
「世間ではどれくらい時間がたってるんだ?」
「三日ほど経過していますね」
ということは葬式が順当にいっていれば……体は火葬されてるか。
ふと、友人知人を思う。
きっとあれだろう。
葬式で「おまえの事は永遠に忘れないぞーッ!」とか叫びながらうぉーんと泣いて、そのあと打ち上げ|(!?)とか言いだして「酒ンまーいウェーイッ!」とか騒いで記念撮影してSNSで公開して未成年で飲酒とかなんとか炎上して停学くらう感じだろう。
まあバカどものことはどうでもいい。
はたして、ジジイはちゃんとおれの葬式ができただろうか。
ショックで短い寿命がさらに縮んでしまったかもしれないな。
「おれの体は今ごろ……」
「元気にやっていますよ」
衝撃の事実が判明した!
「おれ死んでるんだよね!?」
「はい。あなたは死にましたが、体のほうは元気にすごしています」
「なんでだよ!?」
「死神が機転をきかせましてね、ほかで刈り取った魂をあなたの体にいれたのです」
「それでいいの!? なんとかなるもんなの!?」
「あなたの体は寿命がきていたわけではありませんからね」
「いや、意識とか記憶とか……」
「それは脳の働きですから。現世のあなたにしてみれば、ちょっと仮死状態になったくらいの話です。騒ぎとしては、仮死状態のあなたをお祖父さんが発見して大慌てで救急車を呼んだくらいですね」
「あー……、その程度の話なのか……」
ジジイがショック死するような事態にならなかったことに、少しだけ安堵する。
我ながらガラにもないと思うが。
「お爺さんはだいぶ驚かれたようですね。こうしちゃいられないとばかりに、結婚が認められる年齢のご令嬢をもつ人たちを脅して、あなたに嫁がせようとはりきっています」
「そういうのはもうやめろつっただろうがあのジジイ!」
「五十歳のご令嬢が名乗りをあげていますね」
「大惨事じゃボケが――ッ!」
あのジジイ、あのとき病院送りぐらいにはしておくべきだったか!
どうにかしたいが……、もう今のおれにはどうにもできない!
だからせめて、おれは現世のおれのために祈る。
祈りよ――ジジイにとどけ!
くたばれ!
「ふう、よし、話をもどすぞ。鎌がまざって戻せなかった。転生させるにしても記憶は残ってるわ鎌はまざってるわでそれも無理。で、どうするかって話だな?」
「はい、その通りです」
「そんで、実際どうするんだ?」
「生まれかわってもらいます」
「は?」
待てやコラ。
「転生は無理って話をしてたよな?」
「困惑するのも無理はありません。つまりはこういうことです。あなたがそれまで暮らしていたところ――便宜上〈世界〉と大雑把にまとめて呼びますが――」
そっと神は右手を上に向けてひろげる。
するとその手のひらに見覚えのある球体――地球があらわれた。
「そこで生まれかわることはできないのです。それはその世界の者たちが鎌の影響に耐える力がないからです。しかし、あなたには生まれかわってもらわなければならない。そして死を迎えるそのときに魂を刈り取られ、それによって記憶と魂と鎌とを分離させなければならない。さて――」
と、今度は左手をひろげる。
あらわれたのは地球よりさらに海ばっかの見覚えのない惑星だ。
「ここに別の〈世界〉があります。この世界はあなたのいた世界では希薄だった魔素というものが潤沢にあり、あらゆるものがその影響を受けています。つまりそれは、そういったものに対しある程度の耐性を持っているということでもあります。もうおわかりでしょうが、あなたにはこの世界で生まれかわっていただきたいのです」
神が話し終えると、ふたつの惑星はふんわりと消えた。
ふーむ、別の世界ときたか……。
「生まれかわりって赤ん坊からってことだよな? 生前くらいの体を用意してもらって、そこに入れてもらうってのはできないのか?」
「可能ですがその方法がとれません。あなたに生まれかわっていただく目的は死神の鎌の回収です。そのためには体と魂が馴染んでいる必要があります。生まれ落ち、成長とともに魂と体が馴染んでいく過程を省略しては意味がありません」
「よくわからんな。馴染んでいた方が回収しやすいのか?」
「便宜的に名づけるならば、死の衝撃というものがあるのです。それによって魂は離れるべき時が来たことを理解します。剥離しやすくなるわけですね。中途半端な生まれかわりをした場合、今のあなたがそのまま回収されるだけでしょう」
「確かにそれじゃあ意味ないわな」
「それに体を用意するとしても、なんらかの理由によって魂が抜けた肉体にあなたをいれるようなことはできません。あなたとその肉体の脳にある意識がかち合い、おかしなことになりますからね。そんな状態では魂が馴染むはずもありませんし」
まあそうだな。
体の持ち主からしたら、ある日突然、頭の中に他人が住み着いてしまったような感じになるだろう。
良い関係を築ける気がまったくしない。
「他に造りだした体を用意する方法もありますが、これは不安が残ります。その体は超常の力の産物であり、そこに超常のあなたが宿った場合、予想もしなかった事態が起こる可能性を否定しきれないのです。例えば、鎌の影響に負けて体が崩壊するかもしれませんし、あなたがその崩壊した体に宿ったままになってしまい、今の状態にすら戻れなくなるという事態に陥るかもしれません。もちろん何事もなく馴染んでいく可能性もありますが……」
「もしものリスクがでかすぎるわけか。体を用意するのはなしだな」
「それが賢明でしょう。普通に生きて死ぬのであれば、失敗してもまた今の状態に戻るだけです。やり直せますからね」
「え?」
なんか妙なことを言われた。
「もしかしておれ、鎌と分離できるまでずっと転生くり返すの?」
「ああ、もしもの話ですので、心配しなくても大丈夫ですよ」
神はそう言って微笑むが、そのスマイルが信用できねえんだよ。
「ま、まあ……、ひとまず転生するってことで話を進めようか。それでその転生先ってどんなとこなんだ?」
「簡単に説明しますと、魔素が豊富なので、あなたのいた世界ではかなり限定的であった魔術や魔法といった魔導が現実的な手段として存在します。その結果、その世界では自然哲学が自然科学へと推移することはなく、そのため産業革命も発生せず……、そうですね、近世の欧州くらいを想像していただくといいかもしれません。もしくは西洋風ファンタジーなど思い描いてもらってもよいでしょう」
近世ヨーロッパ言われてもぴんとこないが、西洋風ファンタジーならイメージしやすい。
「なるほど、剣と魔法の――って待て。もしかして魔物とかいんの?」
「いますよ。竜も魔王もいます。あ、今のところ魔王はいませんが」
「にしても物騒だろ……、おれ、ちゃんと寿命むかえられんの?」
「そこは運ですね。魔物がいようといまいと死ぬときは死にます。安全な場所にいても、脳や心臓の不具合で急死してしまうというのはあなたの世界でも別にめずらしいことではなかったでしょう?」
「それはそうだが……もうちょっとこう、なんとかならんのか? そっちとしても、できれば一回目で寿命までいってもらいたいんだろ?」
「確かにそうですね。外的な脅威に対しては混ざり込んだ死神の鎌が……、あ、そのまま使うと肉体が耐えきれず死にますね」
「ダメじゃねーか」
「鎌をうまく制御――もしくは扱える程度に小出しに……、扱いやすいなんらかの力に変換……、うーん……」
神は腕を組んでぶつぶつと呟きだす。
そして「うん!」と大きくうなずき――
「駄目ですね」
「ダメなのかよ!」
神はすっきりした顔であきらめやがった。
「そもそも神でもないものが扱えるような代物ではありませんし。ですからもっと確実な方法でいきましょう」
神が、トン、とちゃぶ台に指をつくと、どこからともなく分厚い紙の束が現れた。
表紙にはでかでかとこう書かれている。
「才能リスト……?」
「はい。これにはありとあらゆる才能が網羅されています。あなたにはここから気に入った才能を選んでもらい、それを駆使して次の人生を生き抜いてもらいましょう」
「まじか……」
大盤振る舞いではないか。
おれはさっそくその紙の束に手を――
「…………表紙すらめくれないんだけど」
忘れてたけどおれ黒いモヤモヤになってて手なんてなかった。
「ああ、うっかりしていました。ほら、手伝ってさしあげなさい」
「ア、ハイ!」
死神はこくこくとうなずいて、膝立ち歩きでおれの左側にちょこちょこやってきた。
うん、もっとこう、ないのか?
浮くとか消えて現れるとかないのか?
いや手伝ってもらうおれが言うのもなんだけど、せめてちゃんと立ってこい。
やらかしたことといい、この行動といい、おれのなかで死神がダメな子になりつつある。
そんな死神に手伝ってもらいながら、おれはリストと睨めっこをはじめたわけだが……
「うん、もう全部で」
二ページあたりであまりの文字の多さに音をあげた。
一ページあたりの才能名は十個くらいだが、その詳細は細かい文字でびっちりだ。
神は数の制限についてなにも言わなかった。もし無制限ならこうしてひとつひとつ詳細に目を通し、いちいち必要かどうか考えるのは時間の無駄だ。まあさすがに無制限ってことは――
「ええ、それでもかまいませんよ」
神はあっさりと了承しやがった。
これには言いだしたおれがぎょっとした。
「え? いいの?」
「ええ、問題ありません。もとはといえばこちらの不手際、なるべくあなたの負担を減らせるよう取りはからうのは当然ですよ」
やべえ、アルカイックスマイルが神々しく見えてきた。
あんなうさんくさい微笑みなのに。
「ではどのような人物になるか、簡単にまとめてみましょうか」
「あ、ああ」
「えー、まずありとあらゆる武術、魔導に通じ、その頭脳はいかなる難題も即座に解決する。その肉体は永い寿命をもち、いかなるものも傷つけることはできず、いかなる病にも蝕まれることはない」
おー、すげえな。
「誰もが見ほれる美貌と、聞き惚れる声をもち、なにをしようとも、なにもせずとも、常に最高の結果となる運気を備えている」
はっはっは、とんだチート野郎だな。
「誰もを思いやる深い慈愛をもつほか、ありとあらゆる性的倒錯を内包し、ぶつかり合う性癖は七十二の人格分裂を起こす」
ん……?
「やがて人格たちは共食いをはじめ、結果、究極の性的倒錯者が誕生する。すでに人としての理性など遙か彼方。老いも若きも、男も女も、何人たりともその性欲から逃れるすべなし。おお、そのもの神のごときナニをはやし益荒男の穴を掘り掘られるべし、失われし衆道の絆を結びついに人々を熱き性情の地へ導かん……。というわけで、さっそく生まれかわりを――」
「まったーッ! ちょぉーっと待ったーッ!」
「はい、なんでしょう?」
「はいなんでしょうじゃねえ! はいなんでしょうじゃねえんだよ!」
「なにか気に入らないところでも?」
「前半以降すべてがな!」
野郎ぬけぬけと!
まあ全部つったのはおれだけど! おれだけどさ!
「ってかなんだそれ! どんなモンスターだ!? いやモンスターとかそんなちゃちいもんじゃねえ、モンスターも逃げだすわこんなの!」
「しかし才能すべてとなると……」
「うんそうね! そうだよね! おれが悪かった! ちゃんと選び直すから待って! お願いだから待って! すんませんけど死神さんお手伝いお願いしやす!」
ああ、そういえばジジイが言っていた。
契約書類にサインするときは、完全に理解してからしろって。
おれはひとつひとつじっくりと目を通し、リストにのっているヤバイ才能を弾いていく。
っていうか、変態性欲とか異常性欲ってこれも才能なの?
なんか項目多いんですけど!
性的倒錯が全体の一割くらいあるんだけど!
ちょっと人類変態すぎんよ!
※誤字を修正しました。
ありがとうございます。
2018/12/04
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/01/31