第197話 12歳(夏)…訳ありな方々
闘技場外周広場。
軒を連ねる屋台は実にさまざまな種類の肉料理を扱っていた。
「やっぱり肉か、肉なのか……」
肉は嫌いじゃない。むしろ好きだ。
でもね、さすがにね!
ウチのジジイをこの国に住まわせたら、三日目には胃もたれと胸焼けで死ぬんじゃなかろうか?
そんなことを考えつつ、どの肉料理にするか考えていると――
「さあさあ! 武闘祭限定極上オーク串だよー! 何が極上かって言うと、なんと亜種! 滅多に出回らない亜種のオーク串だ!」
なんか気になる呼び込みがあった。
オーク肉か……、なんとなく食べる機会がなかったままだった。
それにめずらしい亜種か……。
うん、試しに食べてみようかな。
「一本ください」
「あいよー!」
と、猪族のおっさんに渡された極上オーク串。
元の世界でも見かける、菜箸のような長い串に肉を刺した代物だ。
お値段は買ってきた古着一式よりもずっと高かった。
さすがは極上か……。
△◆▽
おいしい極上オーク串で適度にお腹を満たしたあと、おれはふと思いついたことがあって王都市外へと出た。
そして都市の壁沿いに歩き、人目につかない場所で未だに謎仕様のナイフ――縫牙を手にとる。
肉が刺さっていた串を見てなんとなく縫牙のことを思い出し、そこで閃いたことがあったのだ。
これまで〈炯眼〉で武器や服を調べたとき、その性能はある程度意味のわかる表示となって現れた。
ところがこの縫牙は、色々縫いとめる、という漠然とした表示。
だが思い返してみれば、そんな漠然とした表示をした品は他にもあったのだ。
弟への愛情を込めた弟のための服。
全身全霊で仕立てたメイド服。
あと、聖別のために作った祭壇もそうだ。
これらに共通するのはなにやら超常めいた代物だったということ。
それにシアの武器適性――鎌以外の武器が尻に刺さるというのもある意味では超常だろう。
ならばそんな超常表示がされた縫牙も、実は想像よりももっとすごいものではないかと閃いたのだ。
おれは右手に縫牙を持ち、そして空いた左手に雷撃を発生させる。
これまではただ放つだけだったが、拳大の雷球を作りだす。
雷球は雷撃の固まりなので威力は高そうである。
攻撃手段になりそうな気もするが、しかし、これを投げたり押しつけたりするより普通に雷撃を放った方がどう考えても合理的なので意味がない。
そんな雷球に縫牙を刺し、左手を離してみる。
雷球はおれの制御を離れてもそのまま縫牙に刺さったままだった。
「え……、ホントに!?」
ものは試し、その程度のつもりだったが成果が出てしまった。
おれはさらに雷球を作り、縫牙に突き刺してみる。
結果、雷球の四連串が出来上がった。
「え、えっと……、ちょっとわけわかんねえ」
色々縫いとめるって……、一体どこまでが色々なんだ?
どこまでもが色々か?
成り行きの発見は喜びよりも困惑の方が強く、おれは雷球串を眺めながらしばしぽかんとする。
「これがあればコボルト戦はもうちょっと楽だったか……?」
普通に雷撃を放つよりは高威力なのは間違いない。
でもこれ、走っていって斬りつける必要があるし、それなら最初から集中して高威力の雷撃放てばいいし……、やっぱり微妙か。
「しかしわからん……」
水を縫いとめてみようと試したこともあったが、縫いとめることはできなかった。
なのに雷撃は縫いとめられる。
この二つを説明できる理由を探し――、そして一つ思いつく。
「魔導的な力の有る無し?」
対象の魔素に干渉して縫いとめる――、と仮定してみる。
ただの水は魔素が少なく、縫いとめる力は物理現象に負ける。
だがおれの雷撃は神撃からのもの――魔導的な力の固まりなので縫いとめることができる……のでは?
「なら……、魔法とか縫いとめられるのかな?」
だとしたらロマンだが――、どうなんだろう?
「もっと本格的な検証が必要か……、しまったな、家に居る頃にこれがわかっていたら母さんに相談できたのに」
魔導的な力を持つものを縫いとめる、かも知れない代物。
おれとしては「ふーん」なのだが、世間一般からしたらどうなのかは謎だ。想像以上に凄い代物である可能性もあるため、できればあまり外部には知られたくないのだが……、仕方ない、信用できる人に相談するしかないだろう。
となるとマグリフ爺さん、あとエドベッカ支店長は魔道具収集家だと聞いているし、良いアドバイスが貰えるかもしれない。
ロールシャッハ女史に話を聞くのが一番早いのかもしれないが……、あの人(?)はちょっと苦手である。
「まあ、まずは爺さんに相談かな」
今はベルガミアからのご招待と言うことでお休みしているが、帰ったらまた冒険者訓練校で臨時教員をするわけで、爺さんに会う機会はいくらでもある。うっかり〈炯眼〉とかもバレてしまっているし、何気に一番相談しやすいかもしれない。
「さて、戻るか」
団子になった雷球を放電させ、縫牙をしまう。
実験はここまで。
そろそろ札集めをどうするか、祭りに参加している人々の様子をうかがいつつ、方針くらいは決めておいた方がいいだろう。
そして都市内へと戻ることにしたのだが――
「ん?」
途中、見知らぬ獣人たちに取り囲まれた。
ぐるっと見回してみると、おれを囲む者たちの他、見張りなのだろう、散開して周囲の様子をうかがう者たちもいる。
全員野郎で歳は三十歳そこらが多い。
全体で五十人くらいはいるようだ。
ぽかんとしていると、男たちのなかの一人――、リーダーなのだろうか、犬族の中年男性が前に出ておれに立ちふさがった。
「これだけの人数に囲まれても平然としているとは……、いい度胸をしているな。さすがはレイヴァースというところか」
おや、変装が見抜かれている。
だがおれをおれと知っているにしては、ちょっと歓迎ムードからはほど遠い雰囲気だ。
「もっと恐い集団に囲まれた経験があるだけですよ」
「ほう、恨みを買うのもなれているということか」
「……?」
この世界に来てからは、そう恨みを買うようなことはしてないと思うのだが……、なんだろう、この方々はおれに恨みがあるのか?
わけがわからんな。
おれはつい昨日、初めてこの国に来たし、これまでまともに接した獣人はリビラしかいなかったくらいなんだが。
おれが疑問に思っていると、男は言う。
「ウォシュレット、あれは確かに良い物だ。お前が獣人たちのためにしてくれたこと、これは感謝せねばならん。だが、しかし、そのために路頭に迷う者もいることを知ってもらわねばならんのだ」
どうやらこの事態はウォシュレットが関係するらしい。
だがどうしてウォシュレットが普及して路頭に迷うなんて話になるのかさっぱりわからん。
防風林こさえたら桶屋が儲からなくなったとか、そんな話か?
「はあ、つまりこれはあれですか。武闘祭のどさくさに、みなさんでおれをシバこうというわけで?」
「違う。お前と戦うのは俺だけだ」
「そうですか」
「そうだ。では行くぞレイヴァース!」
パチンとな。
「ぎゃああああぁ――――ッ!?」
そして男は倒れた。
男の奮闘を期待していた仲間たちはポカンと間抜け面になって固まった。
「あ、えっとですね、おれのこの雷撃、みなさんのいる範囲全体におよぼすことができるんで、襲ってくるのはお勧めしませんよ?」
べつに襲ってきても撃退するだけだが、無用にいたぶるのは趣味ではない。
「さ、さすがはレイヴァースということか……」
倒れていた男が立ちあがる。
なんでもかんでもレイヴァースで納得すんな。
「こうして勝負を挑み、負けたのだ。俺たちは潔く――」
「おい待てコラ。勝手に話を始めて進めて終わらせんな。つかそもそもおまえらなんなんだ? ウォシュレットが普及してどうして生活が困窮する? まずはちょっと話してみろ。何か協力できることがあるかもしれねーし」
すると男は驚いたように目を見開いておれを見た。
男はしばらくおれを眺めていたが、やがて静かに言った。
「俺たちは密造ポーションを売って生計を立てていた」
※誤字の修正をしました。
2017年1月26日
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/01/31
※さらにさらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2022/02/25




