第195話 閑話…大武闘祭予選・ミーネの様子2
ミーネが生粋の魔道士然とした相手とまともに戦うのはこれが初めてだった。
魔道士との戦い方――、これについては魔術の使い始めに師事したリセリー・レイヴァースからある程度は教えられている。
それは当時六歳であったミーネに魔導学の講義は難しすぎると考えたリセリーが、魔導学への興味を育てようとミーネ好みの話題として選んだ話の一つであった。
「魔道士と戦うことになったらね、まず始めに相手がどんなふうに魔法を学んできた魔道士なのかを考えないといけないの」
魔道士の社会的な帰属は大きく二つに分類される、とリセリーはミーネにもわかるよう噛み砕いて説明する。
「まずは学術派。これは学校にいって魔法を勉強した人たちね」
魔法の教育機関としてまず挙げられるのは各国がそれぞれに運営する魔導学園であり、学術派の多くはこの在学・卒業生となる。
学術派にとって魔法は学問。
それは学び、研究し、発展させてゆくもの。
国にとって学園の生徒は少ない人手で大きな成果を上げられる特殊技術者候補生であり、ほとんどの者は農業、林業、水産業など第一次産業、そして製造、建設など第二次産業での働き手となってゆく。
これとは別に、有事の際には兵役の義務も課されるため、その教育課程には戦闘訓練も含まれる。とは言え貴重な人材を最前線で戦わせるような国はなく、基本、戦場においての魔道士の役割は比較的安全な位置からの戦術支援である。
「訓練と言っても、ほとんどの子はちょっとした運動よ。軍人とか目指してる子たちはもっとすごい訓練をするんだけどね。まあそういう子は別として、普通の子はあれよ、なんかぶつぶつ唱えだしたら走って近寄って殴れば勝てるわ」
平均的な学術派の魔道士と戦うことになった場合の対処法としてリセリーがミーネに教えたのがこれであった。
そうなると、魔術を瞬間発動できるミーネが平均的な学術派と戦う場合、負けることはありえない。
「あ、でもクリエイト系が得意そうな人は注意してね」
クリエイト系は魔法の初歩にして頂点。
熟練者はその系統のあらゆる魔法を再現する――、要は無詠唱のように魔法を連発してくるという話なのだが、ミーネはマグリフ校長に会ってその恐さをよく理解した。
クリエイト系を極めた者と相対することは、相手の手のひらの上で戦うことに近い。勝つための第一条件として、場を支配する相手の魔力を打ち破れる何かを持っていなければならない。
それは魔法、魔術、魔技、と、世界に意志を通す手段であればなんでもよい。
最終的には武闘も魔導も魔力のこもった意志のぶつかり合い。
究極的には神撃のぶつけ合いなのだが――。
「それでもう一つの実践派、これは学校にいかないで魔法を覚えていった人たちね」
実戦派とも呼ばれるこの魔道士たちは魔法を社会の役に立てる学問ではなく、己のための武器と捉える。
実践派の多くは魔導学園以外で教育を受けた者であり、学術派が軽視しがちな近距離、接近戦を特に重視し、それは手にした武器を振るうに等しい速度で魔法を発動することを目標とする。
冒険者として活動する魔道士はほぼこの実践派で、ランクがCともなれば適度な威力や効果を持つ魔法を少なくとも数種類、発動句のみで放つことができるとみて間違いない。
即座に発動できる魔法を駆使しつつ、肉弾戦もこなす実践派の魔道士は一対一では手強い相手だ。
離れれば魔法で攻撃され、詠唱する時間を与えてしまえばより強力な魔法を使われる。近づけば近づいたで、今度は近距離での魔法を警戒しつつ武器での攻撃にも対処しなければならない。
「実践派の人はね、どれくらい離れているかでなんとなく戦い方がわかるの」
例えば、相手が近い距離を望むなら武器攻撃がメインで魔法は補助、距離をとろうとするなら即座に発動する魔法がメインで武器が補助。
そしてラングは――、ミーネと距離を保ったまま、近づこうとはしてこない。
そもそも武器も杖だけだ。
ラングは発動句のみで発動できる即発魔法を駆使して相手を牽制し、隙を突いて威力や効果のある魔法でとどめを刺すタイプと推測できた。
「(なんで魔術が出る前に反応できたのかしら)」
無詠唱の魔術はほとんど不意打ちのようなもの。
にもかかわらず、それを完全に防がれたミーネは驚きと興奮、それから困惑のため、試合中にもかかわらず一瞬だけ惚けた。
対するラングもミーネ同様に思考が止まったが、そこは魔道士としての経験の差、即座に意識を切り替え即発魔法の発動句を唱える。
「ウィンド・アロー!」
ラングの前に渦巻く風の矢が形成され、即座に放たれる。
防ぐか――、避けるか――。
ミーネは防ぐことを選択する。
回避しようと動く時間がもったいない――、そう感じたのだ。
回避行動をする間に指を二回は鳴らせる。
ならば防御して即座に攻撃した方がいい。
ミーネは指を鳴らし、衝撃波で風の矢を破壊。
続けての指鳴らしで使うのは地面が噴き上がるグランド・スニーズ、その縮小版。主な効果は行動阻害。地面が爆ぜること自体にはそう威力はないものの、噴き上がりに巻きこまれて体が放り上げられたら地面への落下ダメージが期待できる、といった魔術だ。
しかしミーネが指を鳴らす瞬間――
「アース・クリエイト!」
ラングは攻撃ではなく防御のために地面に干渉し、ミーネの魔術を妨害して不発にさせた。
「(あの人、私がどんな魔術を使うのかわかってる……!)」
ミーネの確信。
最初の衝撃波を防いだのも、偶然ウィンド・シールドを選んだのではなく、それがミーネの魔術を一番効果的に防げるとふんでのものだったということになる。
「(あー、これ! 何かあるのね!? 剣なら視線とか動きとか、そういう予想できる何かが、魔術とかにも! んー! でもそれはリセリーおばさまから聞いてないぃ――ッ!)」
そのミーネの予想は正しく、ラングは魔素の変化からミーネが構築する魔術を推測して対応をしていた。
すべては魔素の海のなかにあり、あらゆるものはその魔素のなかで自分の魔素――生物であれば魔力とされる――の輪郭を持つ。
しかしその輪郭は明確な線引きをされたものではなく、ぼやけた曖昧なものであり、個と海の間では魔素のやり取りが行われる。
そのやり取りを利用したものが世界への干渉――魔法・魔術となるのだが、魔導に長けた者は他者の干渉を感じとることが出来る。
この感知、そしてそこからの予測は魔法戦において非常に重要なものであり、これが出来るか出来ないかで壁が存在する。
読み取れない者は読み取れる者に勝つのは至難――なのだが、ミーネが剣を抜いて本来の威力の魔術を使うとなれば話は別である。
しかし、ミーネは剣を抜きたくなかった。
「(ここは魔弾で勝ちたいの――ッ!)」
要は我が侭だった。
しかしミーネが意地を張り続けるのは難しい状況になっていた。
ミーネの魔術に対し、ラングは一歩先を行く。
逆に、ラングの魔法に対しミーネはその発動句を聞き、まだ知らない魔法であれば発動してから対処をするしかなく、一歩も二歩も出遅れる。
その数秒の時間に――
「其は災い! 失われるは安寧の地! マッド・フィールド!」
ラングが短縮された詠唱句を唱え、魔法を発動させる。
途端にミーネを中心として地面が泥となりぬかるみ、身動きが取りづらくなる。いや、それどころか、ミーネは自重によってずぶずぶと足が沈み始めた。
まずい――、とミーネは焦る。
これをどうにかできる魔弾がない。
局所的に環境を変化させてしまう魔法――これは発動前に潰さなければならない類の魔法だった、と気づく。
「(あー、もう! もう!)」
魔弾だけではもう無理、とミーネはそこで観念した。
未練もあるが、ここで意地を張って敗退するわけにはいかない。
それにラングは強い。
ならば剣を抜いても問題ないはずだ。
「暗天を引き裂き吼えるもの。火を宿し、風を裂き、水を呼び、地を穿つ――」
すでにラングは次の詠唱を開始している。
さきほどより長い詠唱句――、おそらく身動きのとれなくなっている自分にとどめを刺す魔法だろうとミーネは予想する。
「(なら――、斬るッ!)」
ミーネは覚悟を決めて剣を抜いた。
放たれる魔法を断つために。
だが――
「ライトニング・ボルト!」
「んん!?」
ラングが掲げた杖の先から雷撃が放たれミーネを襲う。
マッド・フィールドとライトニング・ボルトの組み合わせはラングの対個人用の必勝パターンだったのだが――
「あー……、えっと……」
困り果てたような表情のミーネがそこにいた。
「あれぇ!?」
雷撃の直撃を受けたにもかかわらず――非常に気まずそうな表情はしているものの――、平然と立っているミーネを見たラングは目を剥いて驚いた。
これはラングだけではなく、観戦していた者たちもぽかんとしてしまっている。
「ごめん……、私、雷きかないの……」
「効かないって、なんで!?」
「み、身につけてるものがすごく雷に耐性があって……」
「え、あ、そ、そうなのか……」
そして互いに黙りこんでしまう。
「……、や、やり直しする?」
しばし沈黙した後、ミーネがなんとなく提案をする。
しかしラングは首を振った。
「……、いや、君の勝ちだ。ほら、君は雷撃を無視して攻撃することが出来ただろ? 魔法戦で魔法に耐性のある装備をしておくのは基本的なことだし、これは俺が確認を怠った結果だ。それに――」
とラングはミーネの持つ剣を見やる。
「剣を抜いたってことはここからが君の本気なんだろう?」
「そのつもりだったんだけど……」
「うーん、その剣はちょっと恐いなぁ……」
やや引きつった表情でラングは言う。
ミーネはよくわからなかったものの、ラングがもう戦う気がないとわかると剣を収め、よっこいしょ、よっこいしょ、と沼からあがる。
「本戦には進んでくれよ?」
負けを認めたラングはミーネに自分の札を渡して苦笑した。
「もちろんそのつもりよ。あ、ところで聞いていい? あなたどうして私の魔術を予測できたの?」
「ん? ああ、やはりそれで戸惑っているような感じだったのか」
納得するようにうなずき、ラングはミーネの問いに答える。
「魔術や魔法はね、使おうとすると、その前触れは周囲に漏れるんだ。それを感じとれると、相手がどんな魔術や魔法を使おうとしているか漠然と予測できるようになる。これはいっぱしの魔道士になるために必須の技術だから、身につけておくべきだね」
「そうなんだ……、私もわかるようになるかしら……」
「魔導の素養があれば出来るって話だな。俺も魔法戦をみっちりやっていたらいつのまにかわかるようになっていた。どれだけ正確に感じられるようになるかは……、まあ、才能かな」
そんな魔導学の話を少しして、ラングとは別れることになった。
ラングはこれから札持ちを襲う側になって予選敗退の憂さを晴らすらしい。
戦い終えたミーネはまず魔術で穴を掘り、そこに水を溜め、それから泥で汚れてしまった靴と靴下を洗う。
洗い終わったところで干しつつ魔術で風を送り、乾くのを待ちながら魔法の察知を身につけるにはどうしたらいいかと考えた。
「魔法戦の経験……、校長先生は強すぎて魔法戦にならないし、魔法の訓練してる子たちはまだ弱いし、となると魔導学園……、なんとか紛れ込めたりしないかしら……」
その状況、構図としてはヤンキー校の番長が何を思ったかエリート校へ殴り込み、みたいなものであり――つまりは大迷惑ということだ。
「うーん…、ううーん……、うん、お腹すいた」
お腹の減り具合からしてそろそろお昼、とミーネは判断。
靴下は乾いた。
靴はまだちょっと湿っていたが仕方ない。
なにしろお腹がすいたのだ。
ミーネは腹ごしらえをすることに決め、一路、闘技場を目指す。
現在、闘技場の外周広場にはさまざまな屋台が軒を連ねて食べ物を販売しており、ミーネはそこで昼食をすますようにしていた。
※誤記を修正しました。
2018/01/30
※文章の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/01/23
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/22
※さらに脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/24
※さらにさらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/06/29
※さらに文章を修正しました。
ありがとうございます。
2021/01/23




