第194話 閑話…大武闘祭予選・ミーネの様子1
ミーネの抱える一つの問題――、それは訓練校の遠征訓練で遭遇したコボルトたちとの戦い以降、剣が斬れすぎてしまうことだった。
魔技を放ったわけでもなく、さらには加減をしたつもりであっても剣はスパスパと――異様なまでの切れ味を見せるのだ。
そのため、それまでは全力でぶつかることにのみ専念していたミーネだったが、これからは不要に相手を傷つけないための加減――手加減を身につける必要に迫られていた。
これについては祖父のバートランからも、手加減が出来るようになるまで格下相手に剣を抜いてはいけないときつく言われている。
それはミーネにそのつもりがなくとも、あっさりと相手を斬り殺してしまう危険性が高いためだった。
「力は抜いてるのにー……」
釈然とせずミーネは呟く。
身体能力が優れている獣人とは言え、こと戦闘に関してはミーネより格上の一般市民など居はしない。
よってミーネは愛剣抜きで市民に対処する必要があったのだが……、その制限はミーネの成長を促しつつあった。
「いたぞー! 札持ちだー!」
王都の大通りからはずれ、入り組んだ路地をてくてくと散歩するような気軽さでミーネがさまよっていたところ、ふいに声があがった。
そしてどこからともなく市民の集団が現れ、ミーネを封じ込めるように道を塞ぐ。
「あは!」
しかしミーネは臆するどころか嬉しそうに笑い、現れた市民たちに手をかざす。
そしてパチンッと指を鳴らし。
ドゴンッ!
空間が爆ぜ、襲ってきた市民の何人かが吹っ飛んだ。
それは指鳴らしをトリガーとした縮小版のウィンド・バースト。
ミーネが剣を抜かなくても魔術が使えるようになっていることに気づいたのは予選初日、闘技場で皆と別れてすぐだった。
そう言えば剣を抜くわけにはいかないと気づき、それから「これはまずい!」とミーネなりに必死に考え、試行錯誤した結果、帯剣した状態であれば魔術が使えるようになっていると気づいたのである。
もちろん、すぐに自在とはいかなかった。
確かに魔術は使えたが、それは剣を抜いた状態で使うよりもずいぶんと威力が弱く、持続力も短く、範囲も狭い。
さてどうしたものかと悩むミーネを助けたもの、それはとあるオモチャ――贈り物の木製ガンブレードだった。
ガンブレードは魔石を動力触媒とし、指示することにより魔法紋章が選択され、あとは引き金を引いて発動――、という設定になっているオモチャである。
さんざん振り回して遊んでいたオモチャだ。
その設定――イメージはミーネにすっかりすり込まれており、だからこそその試みは成功した。
魔石は魔力をまとめるようにして代用した。
紋章は魔術をより明確にイメージすることで代用した。
そして発動のための引き金は馴染みのある指鳴らしで代用した。
宝物にしているオモチャの設定――、それをその手で再現した魔術の使用法、これをミーネは〈魔弾〉と名づけた。
「あの嬢ちゃん、魔法を使うぞ!?」
「取り囲めー! 屋根からも行けー!」
さらに市民が集まってくる。
屋根の上で捕縛用の縄を軽快にひゅんひゅん回している者までいた。
「魔術なんだけど……」
ミーネは呟き、まずはちょっと面倒そうな上の連中を片付けるべく指を鳴らす。
パチンパチンと軽快な音が鳴るたびに、放たれた水の弾は屋根上の連中に激突、ドパーンッと飛沫をまき散らす。
威力は全速力で突っこんできた相手にバケツの水を叩きつけられた程度のものであり、ダメージ自体はたいしたものではない。
が、喰らうと地味に気力を挫かれる。
「このお嬢ちゃん強い!?」
市民たちは今更にミーネを脅威と認めたが、見た目は可愛らしいお嬢さんなせいもあってすぐさま撤退といかず、数で押せばどうにかなるのではと楽観視していた。
そんな市民をミーネは魔弾を駆使して撃退する。
地面が爆発し、なんとやら危機一髪のように吹っ飛ぶ者。
突然の落し穴にボッシュートされる者。
前触れ無く発生する衝撃波、放たれる風の刃。
果敢に突撃した者は突如出現した土の壁に激突し、背後から襲いかかろうとすれば炎の壁が邪魔をする。
「なんなんだよこの嬢ちゃん!? 誰だよ襲えって言った奴!」
それまで実力を出して戦うことに喜びを見いだしていたミーネだったのだが、魔弾を駆使して雑魚を蹴散らすのも――、なかなかどうして、楽しいものだと感じ始めていた。
「ふははははーッ!」
高笑いしながら市民を蹴散らすミーネ。
その姿はとても家族にはお見せできないものであった。
現在、ミーネの剣が斬れすぎてしまうのは、剣がこれまでとは打って変わって極端に帰属化し、結果として供給されてしまう魔力を制御する必要が生まれたからであった。つまり今のミーネが修練を積むべきは自己の魔力制御だったが……、偶然か本能か、魔弾の使用はその訓練としてうってつけであり、結果、ミーネは自分ですら気づかないうちに勝手に成長しつつあった。
△◆▽
襲いかかってくる参加者がいる一方で、自分の戦いやすい場所を選び、そこで名乗りをあげて対戦者を求める参加者もいる。
「さあさあ居ないか! この魔道士ラング・コレップに挑む者は居ないのか!」
公園にて、紙を丸めたお手製の拡声器を使い、戦う相手を募集している虎族の中年男性がいた。
しかし叫ぶ男は当のラングではない。
ラングはその男の隣にいる杖を持った魔道士風の犬族の青年だ。
虎族の男はラングとはなんの関わりもない男で、どこからともなく現れたかと思うと勝手に賭の胴元を始め、頼まれもしていないのに次の対戦者を募集しているのである。
「さあさあ、居ないか! 居ないか!」
相手を募集してくれるのはありがたい話だし、勝てばいくばくかの配分も渡されるためラングは男をそのままにしていた。
武闘祭の予選中、こうした風景もそう珍しくないものだった。
「居ないか!」
「ここにいるわ!」
はい、と手を挙げて呼びかけに答えたのは市民たちを返り討ちにしてきたミーネだ。
「おっとっと、ちょっとお嬢ちゃんは無理じゃないかなー」
そこらの冒険者よりも遙かに高い戦闘力を有するミーネもその見た目は可愛らしいお嬢ちゃん、胴元が侮るのも無理はない。
しかしミーネはこうした対応をされることもここ二日でなれていた。
故に――
「私はミネヴィア・クェルアーク! Dランク冒険者! レベルは26! 武器は剣! ほかに四大属性の魔術を使うわ!」
冒険者証を掲げて自己紹介を行うようになっていた。
「おお、そうか! 君がレイヴァースと一緒に来ているというクェルアークのお嬢さんか!」
興奮気味に言ったのはラングだ。
「勝負よ!」
「いいだろう!」
本戦進出を目標とした参加者たちは基本的に好戦的であり、そのノリはミーネにとって心地よいものだった。
「とっと、ちょーっと待ってくれ! すまないけども!」
すっかりやる気になっているミーネとラングに頼みこみ、胴元は遠巻きに眺めている人だかりに駆けていく。
「さあさあ試合が始まるよ! 今度の相手はなんとクェルアーク家のお嬢さん! 勇者の末裔だ! さあどっちに賭ける!?」
ぬおおおっ、と人々は頭を抱えて唸った。
ただの少女ならば賭けるのはラングだ。
しかし彼女はクェルアーク家――勇者の末裔であり、あの幼さにしてすでに冒険者レベル26という逸材。
迷う。迷う。そして――
「っしゃーッ! 俺は嬢ちゃん!」
「オレもだぁ!」
「こっちも!」
お祭り気分で誰も彼もがミーネに賭けた。
「賭けが成立しねえじゃねえか!? なんだよお前ら! あーもう今回は賭けなしだ! すまねえ待たせた! 始めちまってくれ!」
やけっぱちに胴元が叫ぶ。
賭の成立まで勝負を待たせるような無粋なことはしない。
「ははっ、まいったな、人気を全部もっていかれてしまったよ!」
ラングは愉快そうに笑い、そして言う。
「我が名はラング・コレップ! Cランク冒険者! レベル34の魔道士! いざ尋常に勝負!」
そしてミーネとラングの戦いは始まった。
二人とも距離を詰めようとはせずそのまま対峙。
ラングはすぐに杖を突き出すように構えたが、ミーネは剣を抜くことなく自然体でいるだけだ。
「剣は抜かないのかい?」
「これまで必要なかったの。あなたはどうかしら?」
剣を抜く必要がある相手と言うよりも、剣を抜いても大丈夫な相手かをまずは見極めなければ。
「いくわよ!」
宣言し、ミーネはパチンッと指を鳴らした。
「――ッ!? ウィンド・シールド!」
そうラングが叫んだのはミーネが指を鳴らす直前だった。
ドゴンッ、という音と共に衝撃波が発生したが、発動句のみで展開された魔法の障壁がそれを防ぐ。
この攻防――、仕掛けたミーネも、防いだラングも、互いに相手の力量に驚いた。
ミーネは魔弾が完全に防がれたことを、ラングはミーネがこの威力の魔術を瞬間的に発動させられることを。
これまでミーネは予選をこの魔弾だけで勝ってきた。
威力こそ低いが、指を鳴らす動作一つで何種類もの魔術を行使する魔弾は対処しづらく凶悪だ。
それこそ相対した瞬間、指が鳴ったと思ったら吹っ飛ばされて負けていた、というのがこれまでの対戦者のほとんどなのである。
しかしラングはそれを防いで見せた。
「(ちゃんとした魔道士なのね……!)」
ミーネは歓喜した。
今ちょうど欲しかった、存分に魔弾で戦える相手だ。
※文章の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/01/23
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/01/31




