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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
3章 『百獣国の祝祭』編
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第193話 閑話…大武闘祭予選・シアの様子3

「プゲハァッ!」


 シアに抱きついた男は悲鳴をあげながら後方へと吹き飛んだ。

 後の男にもたれかかる――、シアがこれを両足の脚力をくわえての超高速で行った結果、破城槌を喰らったように弾き飛ばされてしまったのだ。

 そんな、男を吹っ飛ばしたシアの体からは光が――、燃えあがる白い炎が立ち上っていた。


「おー、のー、れー、らー……ッ!」


 地の底に封じ込められた邪悪ななにかが発する怨嗟のごとき声がシアの口から漏れた。


「「「はびびばばあばばばば……」」」


 シアの変貌を目の当たりにし、ジャルマ、リボー、ロッコの三人は体に電流でも流されたように震え始めた。

 彼らはすでに仕置きを受け、かろうじて生命の灯火を消すことなく耐えきったことにより心清らかな者へと生まれかわっていた。

 と同時に、この世には怒らせてはならぬ者がいるのだとよく理解していたのだ。

 ところが仲間の一人がまさにその怒らせてはならぬ者を怒らせた。

 それも自分たちの時とは比ではない規模で、だ。

 いったいどんなことが起きてしまうのか。

 三人は恐怖した。

 あまりの恐怖に盛大な勢いで失禁し、それはもし量こそ確保できていたならば空すら飛んだであろうという勢いであった。

 三人ほどではなかったが、周りに集まっていた暴獣のメンバーたちもシアから発せられる怒気が体に絡みつきでもしたように身動きがとれなくなっていた。

 彼らにとって誰かの怒りを買うことなど日常茶飯事だった。

 時には殺意すら向けられることだってあった。

 だが、自分たちは冒険者。

 それくらい自分の才覚でどうにかするもの――……、なのに、これはどうしたことなのか?

 どれだけ考えようとこの威圧感から逃れる術が見あたらない。

 多くの者はぼんやりと幼少の頃を思い出していた。

 親を怒らせて立ちすくむことしか出来なかったときのことを。

 またある者は嵐の日、どこへ逃れようとも、衝撃すらともなって鳴り響く雷に恐れおののいていたことを思い出していた。


「お前ら並べぇッ! 一列じゃぁッ!」


 シアが叫んだ。

 ビクッ、と男たちは体を震わせたが、いきなり並べと言われてもどう並んだものかわからずおろおろとする。

 もうシアの命令を拒否するような判断力など残っていなかった。

 それはそれで幸いなことなのだが……。


「並ぶことも出来んのかおんどれらはぁッ!!」


 怒りまかせにシアが地面を踏みつける。

 ドゴンッ、と音を立てて石畳が砕け陥没した。


『あびゃぁはぁ!?』


 並ばなければならない、と男たちは悟った。

 とにかく並んで見せなければ、あの石畳のように砕け散ることになると男たちは感じ取ったのだ。

 これまでまともに整列などしたこともない者たちばかりだったが、生命の危機すら感じるこの状況、男たちはすみやかにリーダーであるヘイガンの元へ集い、左右一列、横並びに並んだ。

 状況に流されたのであろう、ヘイガンの横にはヴァイシェスとカルロも並んでいた。

 シアはヘイガンの前まで行くと、指でヴァイシェスとカルロを順番に差す。


「二人は後ろへ」

「「あ、はい」」


 ヴァイシェスとカルロは素直に返事をしてシアの背後へとまわる。

 シアは横一列に並んだ男たちをざっと端から端まで眺めると言う。


「よーし、お前ら〝正座〟」

『は?』

「〝正座〟つっとんのじゃぁッ! わからんのかぁぁ――ッ!」


 わかるわけがない。

 普段なら「わかるわけないじゃないですかー」と突っ込みをする側であるはずのシアだが、この時ばかりは理不尽の権化、怒りの化身であった。

 シアは激怒していた。

 牛族の少女のありえない胸を目撃したこと。

 そのあと暴言を吐かれたこと。

 抱きつかれどさくさに胸を触られたこと。

 そして極めつけの暴言を吐かれたこと。

 蓄積していた鬱憤が激昂を増幅させた。

 結果、両親が殺されたとき以降、一度も起きなかった〈世界を喰らうもの(仮)〉の暴走が起きたのだ。

 これは両親の死が胸へのコンプレックス程度という話ではなく、胸へのコンプレックスが両親の死ほどにも肥大しているということであった。


「わからんかぁ……、〝正座〟がわからんかぁ……」


 うめくように言いながらシアは万歳するように両手を挙げ、ガッとヘイガンの両肩に置き――


「これが〝正座〟じゃぁぁぁぁ――――ッ!!」


 力まかせに座らせる。


「アァ――――ッ!?」


 ヘイガンは悲鳴をあげた。

 わけのわからない馬鹿力で無理矢理座らされた瞬間、腰から下がグシャグシャになってしまったような錯覚を覚えたのだ。

 だが幸い、シアの威圧感に押され、及び腰で膝も曲がっていたためかろうじて正座の形におさまることができた。

 これが直立不動であったら、足首、膝、足のつけ根などがあらぬ方向に曲がっていた可能性が高かった。


「これが〝正座〟じゃあ! とっとと座れぇぁ!!」

『ひ、ひゃい!』


 リーダーと同じ目に遭わされてはたまらないと、男たちは大急ぎで正座する。

 それを確認したシアは一つ大きく深呼吸した。

 いまだ光は大炎のように立ち上ったままである。


「おいモジャモジャ」

「え?」


 声をかけられたのはヘイガン。


「なあ、お前の髪はなんでそんなにモジャモジャなんじゃ。なあ、なんでそんなにモジャモジャなんじゃコラァ――ッ!?」

「え、ええぇ……」


 難癖以外の何物でもなかった。

 実のところ、ヘイガンは自分の鬣のような髪が嫌いだった。

 本当はもっとさらさらとした美しい髪であったら、と願っていた。

 子供の頃はよく馬鹿にされ、そのたびに言った奴をぶちのめしてきた。それは大人になっても変わらなかった。だが今はぶちのめそうとしたら逆にぶちのめされると理解していた。場合によっては死ぬとも。


「なんでそんなにモジャモジャなんじゃって聞いとんじゃ! さっさと答えんかこのモジャモジャがぁ――ッ!」

「そ、そんなこと言われてもぉ……、この髪は生まれつきで……、それにそんなにモジャモジャって言わないでほし――」

「あ?」

「ひっ!?」


 シアにひと睨みにされ、ヘイガンはささやかな訴えすら言いきることが出来なかった。


「そっかー、お前のそのモジャモジャは生まれつきかー、そりゃーまー仕方ないなぁ。なあ?」

「あ、は、はい」

「でもってそれを気にしてんのかー、そっかー。わかるよー、あるよねーそういうの。人には触れちゃいけない痛みがあって、もしそこに触れたらもう後は命のやり取りしか残らない……、っていうの」


 言葉は柔らかくなったが、シアの目はまるでヘイガンの心を覗きこもうとするように鋭く冷淡であった。

 美しく恐ろしい、なにかこの世ならざるものに見つめられている気がしてヘイガンの顔からは脂汗が滲み出た。


「で、わたしの()()に触れてきたお前達はどう落とし前をつけてくれるの?」

「え?」


 一瞬、ヘイガンは言葉の意味を理解できなかった。

 会ったばかりの少女の()()など、触れようにもそもそも知らないのだ。

 だがそこで思い出した。

 少女に抱きついた仲間の言葉を。

 ヘイガンはハッとしてシアの胸に視線を落とした。


「ああ」


 と納得した瞬間。

 バンッ!

 顔が爆ぜたッ、とヘイガンは思った。


「あわわわぁわわ……」


 ヘイガンは自分の鼻や口があるかを手で触れて確認する。

 幸いなことにヘイガンの顔は原形を留めていた。

 その衝撃はシアが尋常でない速度で一発ぶん殴っただけだったのだ。


「おい、お前……、今なに見て納得した。おおぉん?」

「み、み、見てないですよ、なにも」

「あ?」

「んげっ!?」


 がっ、とシアは左手でヘイガンの喉を掴んだ。


「お前の目はわたしの胸を見たぞ? そして確かに納得したぞ? なあなあ、いったい何に納得したか教えてくれないか?」


 にっこりとシアは可愛らしい笑顔を浮かべ、右手の人差し指と中指をかぎ爪のように立てた。


「それともなにか、その目はお前の意志とは無関係に動くのか? じゃあそんな目はいらないよな?」

「そ、そ、そ……」


 なんと言えば助かるのか、ヘイガンにはわからなかった。

 自分の意思で見たと言えば喉を抉り取られる気がした。

 自分の意思で見たのではないと言えば目を抉られる気がした。

 答えられない。

 しかし答えないわけにはいかない。

 矛盾で思考が軋むなか、ヘイガンは体から生命の活力とでも言うようなものが、吸い取られるようにみるみる萎えて消えていくのを感じていた。

 死ぬ。

 沈黙を続けてもこのままでは死ぬ。

 気づけば視界が狭くなっていた。

 音が遠くなっていた。

 眠りに落ちる瞬間のように、意識はぼんやりとしたものに包まれている。なのに、心臓はもう爆ぜてしまうのではないかと不安になるくらい激しく鼓動していた。

 そんな――、危機的状況に身体と精神が過剰反応している状態のなか、ヘイガンの脳裏を駆け巡るのは懐かしい日々の記憶だった。

 母親はヘイガンが他の子供に暴力を振るうのを怒った。


「こら、ヘイガン! また乱暴したのね!」「だってあいつら、ぼくの髪がもじゃもじゃで変だっていうからー」「そんなの気にしないの!」「だってーだってー」「だってじゃない!」ゴチン!「あーん、かーさんがぶったーぶったー、えーん――」


「――えーん! えーん! ぶったー、えーん!」


 もはやそこに暴獣のリーダー、ヘイガンはいなかった。

 いたのは幼児退行を起こした哀れな男が一人。

 シアはしばし泣き続けるヘイガンを眺めていたが――


「なんですかもう、これじゃあわたしが弱いものイジメしてるみたいじゃないですか……」


 大きなため息をつき、解放してやる。

 老若男女、誰がどう見ても弱い物イジメだったが、それを指摘できる者はここにはいなかった。


「さて、では次に――」


 とシアはヘイガンの隣に座る男を見る。

 男は恐怖のあまり失禁した。


    △◆▽


「シアさんは聖女になれますね」


 お仕置きが一通り終わり、ようやくシアから立ち上る光が消えうせたあとヴァイシェスが言った。


「わたしがですか? いえいえ、わたしなんて無理ですよ」


 ややしょげたような表情でシアは言う。

 それは確かにシアの本心だったが、あの惨状を前にしては誰もが謙遜と思うところだろう。

 横一列に並んで座っている男たちが子供のように泣き声をあげ続けているという、もう異様を通りこして恐怖すら感じさせる有様を前にしては……。


※誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/01/31

※文章を一部修正をしました。

 ありがとうございます。

 2020/02/05


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[気になる点] 仮に弟と妹がシアおねーちゃんのお胸について無邪気に口に出してきたらどうする…シア…?
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