第192話 閑話…大武闘祭予選・シアの様子2
「さ、案内してください。あなたたち……暴獣でしたか? そのリーダーの所へ。あ、逃げるのはお勧めしませんよ。逃げたらそれぞれ片足をへし折って、三人肩組んで順番にぴょんぴょんしながらでないと進めないようにしますからね? 大丈夫、あとからポーションで治してさしあげますよ。ただ変に治ってしまった場合はまたへし折ってやり直しになりますから、それは覚悟しておいてくださいね?」
シアはゴロツキたちの全身打撲をポーションで癒してやると微笑みながらそう言った。
「ははは、シア様、逃げるような真似は致しませんよ」
「我ら、シア様のお役に立てることが至上の喜び」
「左様でございます。なんなりとお申し付けくださいませ」
硬いお肉を食べやすいよう柔らかくするように、シアはゴロツキたちを叩いた。
時には男たちで地面を叩いた、建物の壁を叩いた。
おかげでゴロツキたちの態度はずいぶんと柔らかくなり、シアの言うことをなんでも聞くようになっていた。
案内される道すがら、シアはあんな真似をしていた理由をゴロツキたちに尋ねた。
すると、このゴロツキたちは暴獣という冒険者チームのメンバーで、リーダーであるヘイガンを本戦へと進ませるため、このように手分けして札を集めているとのことだった。
「あきれた話ですね。確かに禁止はされていないようですし、それも一つの手段なんでしょう。でもそれで出場して勝ち進めるんですか?」
「シア様の仰る通りでございます」
と言ったのは猫族のゴロツキ、名をジャルマと言った。
そしてそれに続くのは鼠族のリボー。
「ヘイガンは本戦に出場することが目的なのでございます。例え勝ち進むことが出来ずとも出場できることはそれ自体が名誉であり、故にチームにも箔が付くとヘイガンは企んだ次第でございます」
「なんか情けない話ですね」
「左様でございます。数に頼み、弱者から札を巻きあげ、何が名誉か、何が箔か」
「無論、我らがどの口でほざくかと言う話ではありますが」
自嘲気味に言ったのは、最初にシアが蹴っ飛ばした鳥族のロッコ。
「まあ、あなたたちは反省しているようですし、いいでしょう。ともかくそのリーダーをどうにかしないといけませんね」
そして冒険者チーム『暴獣』が武闘祭予選での拠点にしている広場へと辿り着いたとき、そこで起きていた事態は終息に向かっていた。
△◆▽
「やるなぁ! お嬢ちゃん!」
「ですから! 僕は! お嬢ちゃんではありません!」
広場には暴獣のメンバーであろう男たちが集まっていた。
しかしその誰もが疲弊した顔をしており、中には座り込んでいる者や、仲間に支えられて立っている者などもいる。
そんな男たちの輪のなかで戦う二人の人物がいた。
一人は獅子の鬣のようにボリュームのある栗色の髪をした逞しい男で、自分の身長ほどもある両手剣を振るい戦っている。
「シア様、あの男が暴獣のリーダー、獅子族のヘイガンです」
あれがヘイガンだとジャルマが説明する。
そしてヘイガンと戦っている人物は――
「あれは……、ヴァイシェスさん?」
晩餐会で会った男の娘――メルナルディア武官のヴァイシェスだ。
ヴァイシェスは両手にごついガントレットを装備して戦っている。
「ふむ、皆はあの少女に倒されたようですね」
辺りを見回しながらリボーが言う。
男性用の服を身につけ、自分よりずっと大きな男と戦いを繰り広げていようとヴァイシェスは少女に見られてしまうらしい。
しかしシアはリボーの言葉をほとんど聞いておらず、ヘイガンの振るう大剣を巧みに躱しながら攻撃を繰り出すヴァイシェスに釘付けになっていた。
「(あれは一体……)」
戦闘中のヴァイシェスの体は仄かな光を炎のように立ち上らせ、それはつい先月、死闘を繰り広げたコボルト王ゼクスの、そして自分自身の強化状態を連想させるものだった。
「(あれは魔技なんでしょうか……?)」
今後、主の前に強敵が立ちはだかるときあの状態は切り札になりえると考え、シアは密かに制御するための訓練を行っていた。
ひとまず名称を〈世界を喰らうもの(仮)〉とし、吸魔と放魔、そして継続時間の関係性を探っていた。
「あ、シアさんじゃないですか」
ふと声をかけられる。
見れば少し離れたところにバロットの調査員、カルロがいた。
「カルロさん、これは何事ですか?」
「ヴァイシェスさんが札集めをしていたら絡まれたんです」
カルロのところへ行って話を聞いてみたところ、自分と同じようなものだったのでシアは苦笑する。
「ところで一つお聞きしたいんですけど、あの、ヴァイシェスさんがなんか光ってますよね? あれってなんでしょう? 魔技?」
「魔技の一種ですよ、今回メルナルディアから派遣されてきている者たちのなかにも使える者がいます」
「自分を強化するものなんですか?」
「あ、シアさんが考えている強化とは少し違うと思いますよ。魔技は基本、自分の中に蓄えられている魔素を消費して魔力を帯びた動作を行うものですが、魔功と呼ばれているあれは呼吸するように自然の魔素を取りこむためのものなんです」
それは消費した魔素を補給しつつ活動する技術で、身体能力の向上を目的としたものではなく、活動の持続性を引きのばすためのものであるとカルロは説明する。
「スナークと戦うには有効なんですよ。スナーク戦は討伐できる戦闘力があれば、あとはとにかく戦い続けられる持久力が求められます。攻撃力については、ほら、ヴァイシェスさんが腕に装備しているような魔道具で補うわけです。魔道具は魔石を補充すれば使い続けられますからね」
「なるほど……。その魔功は誰でも身につけられるものなんですか?」
「やはり才能がいります。それに長い訓練も必要です。ただ魔功はそれに見合うほど便利、と言うわけではないんですよね」
「そうなんですか?」
「はい。使った魔素を補給すると言っても、すべてではありません。ヴァイシェスさんでも三割ほどと、その程度のものです。ですから元から身に宿る魔素が多かったり、体力が多く戦い続けられる人にとっては時間をかけて身につける必要性が薄いんですよ。そこに割く時間を別に使った方が有益ですから」
話を聞いて、シアは判断に困った。
自分の〈世界を喰らうもの(仮)〉に似ているようで違う。
なにか参考になるようなことはないかと、もう少し尋ねる。
「あらかじめ魔素を溜めておいて、いざとなったら使ったりは出来ないんですか? あとそれで自身を強化したりとか」
「溜めておくと言っても、空きがないので溜まらないのでは? それと強化なんですが……、んー、出来ないことはないと思いますが……、それは禁じ手になっているんですよ。自分が望むだけ魔素をかき集めて肉体を強化したらどうなるんでしょう? 身が持たないのでは? まあそれほどのことが出来る者はいないでしょうけども」
「そうなんですか」
出来る者などいないのに、禁止されているとはこれいかに。
参考に出来るほどの情報はなく、シアは少しがっかりした。
シアが話を聞いている間にも、ヴァイシェスとヘイガンの戦闘は続いていたが、大剣を振り回し続けていたヘイガンには疲れが見え始める。
逆に、ヴァイシェスはまったく疲れを感じさせない。
「おるぁあ!」
疲労から動きが鈍っていたヘイガンがヴァイシェスに剣を振りおろす。しかしヴァイシェスはその刃を左手を掲げて受けとめ――
「はッ!」
バキンッ、と右手の手刀でもってへし折った。
「な、なんだとぉ!?」
「これでわかりましたか? 弱者から札を巻きあげるような真似をする貴方が本戦に出場するのはどだい無理な話なのです! 例え僕がやらずとも、他の誰かが貴方の本戦出場を阻んだことでしょう!」
そう言うと、ヴァイシェスは折られた剣を持ったまま茫然としているヘイガンに背を向ける。
と思ったら、くるりとふり返る。
「あと僕は男ですからね!」
最後にきっぱり宣言する。
そこはどうしてもハッキリさせておきたいらしい。
「ヴァイシェスさんって強いんですね」
「それはまあ、武官として派遣されてきているわけですし」
そう言ってカルロはヴァイシェスのところへ。
が、そのとき――
「!?」
ガバッと背後からシアに何者かが抱きついた。
「おるぁ、お前らぁ、大人しくしろよぉ? 変なことしやがったらこの嬢ちゃんがどうなっても知らねえぜぇ?」
倒されていたゴロツキの一人だった。
シアならばそんなもの軽々とはねのけられるのだが、見知らぬ野郎に抱きつかれたという衝撃で頭が真っ白になりすぐに反応することが出来なかった。
「卑怯ですよ!」
「うるせぇ! この嬢ちゃんも札持ってるじゃねえか、ってことは参加者だろぉ?」
と言ったところで、男はふと首をかしげた。
「胸がねえな。こっちも男ってか?」
それが暴獣の終わりの始まり、その合図となった。




