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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
3章 『百獣国の祝祭』編
193/820

第191話 閑話…大武闘祭予選・シアの様子1

 これまで行われてきた大武闘祭、市民は参加者として得た自分の札を使うことでおおむね満足していた。

 本戦を目指す参加者から札を奪い取ってやろうと計画する者たちもいるにはいたが、それは全体からすればごく少数。

 その襲撃自体も気の合う者同志で徒党を組み、札持ちに襲いかかっては見事札を奪ったり、返り討ちにあったりとそれ自体を楽しむような、あくまでも祭りの一環としてのものに収まっていた。

 が、今回にかぎっては様子が異なった。

 徒党――市民による襲撃部隊の数は過去最多となり、そのどれもが遊びではなく本気で札を奪いに行く覚悟をもって祭りに臨んでいた。

 原因はウォシュレットである。

 市民のほとんどが使用するのは携帯型の洗浄機だ。

 これが良い物であることは疑いないのだが――、しかし、積むものさえ積めばより快適な分離型、さらには一体型を手にいれることができる――、より良い快適がそこに存在するとなると……。

 そう、この札という降って湧いた臨時収入、これを今この時、一体型ウォシュレットの購入に充てたいと思う人々はあまりに多かった。

 しかし自分だけでは足りない。

 ならば家族みんなでならば?

 それでも足りない。

 ならば――、と提案されたのはご近所さんとの一致団結。

 共同購入により、偉大なる一体型ウォシュレットを戴く共有トイレの構想だ。

 しかしそれでも――、まだ札は足らない。

 ならばもはや奪うしかない。

 各地区にて組織された札狩り部隊は集めた札をそれぞれ厳重に保管するため、襲うとなれば本戦出場を目指す参加者だ。

 このたびのベルガミア大武闘祭――、本戦を目指す者には過去最高の難易度となっていた。


    △◆▽


 予選三日目の現在、シアはいつものメイド姿で活動していた。

 普段着も用意されていたが、やはり主に仕立ててもらったメイド服の方が着心地がよく快適だし、落ち着くのだ。

 シアはその首にヒモを通して束ねた札、腰には相手に怪我をさせてしまった場合に備えてポーションをいれたポーチをさげている。

 あからさまに札をさげているため、都市をうろついているだけでも暴徒すれすれの市民の集団に襲われる。

 札を持ち歩くのは面倒を招くだけであり、王宮に置いておけばさすがに奪われるようなこともない。

 しかし、それでもシアが札を首にさげているのは本戦を目指して札を晒したままにしている真っ当な参加者への礼儀からだった。

 札を隠さず、さらけだしている相手に負けること、これは自分と同じように本戦を目指す強者に敗北したことを意味する。

 しかし、これが札を持たない相手であればそこらの市民に負けたのと変わりなく、さらに後で札を隠していたとわかれば、自分はその程度の相手に負けたのだと落胆するだろう。

 札を晒すのは損である。

 だが、それをあえて晒して本戦を目指すことに意義がある。

 馬鹿みたいに正々堂々と――、姑息な手段を弄することなく本戦を目指すからこその意味が。

 そういった心意気に敬意を払ってシアは札を晒していた。

 リビラやシャンセルの話だと、この三日目あたりから市民の襲撃が減少していくらしい。

 それはこの段階で札を晒したまま生き残っている者は襲っても返り討ちにあうだけだという判断からだ。

 そして四日目からは生き残った有力者同士の対決となると言う。

 ここで勝っていけば札は一気に増えていくようだ。


「みなさんは今日も頑張っているんでしょうか……」


 日が暮れ、皆が宮殿に戻ると自然に札の枚数発表となる。

 ミーネは張りきっているものの、なかなか札を持った相手を見つけられずに苦労しているようだ。

 リビラとシャンセルも似たようなものでなかなか札を集められないでいる。

 そして主は……、これがよくわからない。

 どうも武闘祭とは関係のないことで忙しく動き回っているようだ。

 札についてはまだ一枚も集めていないらしい。

 これについてミーネはぷんすか憤慨していたが、しかし主にも事情があるらしく、めずらしくミーネの押しに折れることなく武闘祭後回しで活動をすると言っていた。

 どうやらベルガミアにウォシュレットをもたらした結果、生活に困る人々がいることがわかったようだ。

 主はその人たちのために忙しく動き回っているとのこと。


「さすがになー、ウォシュレットのせいで集団のたれ死にとか寝覚めが悪すぎるんだよ……」

「まあそれはわからんでもないですね」


 確かにそんなの、夢に出られようと枕元に立たれようと文句は言えない。


「ねえねえ、ちゃんと本戦に参加できるの?」


 ミーネの心配は要はそこなのだが――


「わからん。うまく行けばどうにかなるんじゃないか?」

「んー……、ならいいわ」


 かなり適当な返事をされたが、ミーネはひとまず納得していた。

 主の行動に対してミーネは妙な信頼を持っている。


「まあ、ご主人さまの『うまく行けば』はだいたいうまく行きすぎておかしな事になりますから、そう心配する必要はないかもしれませんね。となると逆にこっちが気をつけないと……」


 明日からが札集めの本番とは言え、まだ十枚程度というのはちょっと不安になる。

 膨大な数の参加者がいるので百枚なんて簡単と思っていたが、これがなかなか難しい数だとシアはようやく理解した。

 今回、市民が張りきりすぎているため、本戦出場がかつてない難易度になっていることまではわからなかったが……。


「うーん、相手がいないことにはどうにもなりません」


 そんな、シアが頭を悩ませていたところ――


「や、やめてください……!」


 進む先、女の子を囲んでいるゴロツキ三人を発見した。

 関所ではないが、あのように待ち伏せて道行く人に絡み、持っていればその札を巻きあげようとするのも札集めの一つの手段。

 しかし、下手すれば市民部隊が突撃してきて逆に巻きあげられてしまうので有効かどうかは判断の難しい手段でもあった。


「これが三度目の正直になるといいのですが……」


 これまで遭遇した待ち伏せは二回とも札無しのスカだった。

 札の有無はさておき、シアはひとまず少女を助けようと歩み寄る。


「お、お願いします、こ、これは妹の誕生日を祝う角飾りを買うために使いたいんです!」


 女の子は牛系の獣人、シアより少し年上といった感じがする。

 その頭の左右からにょきっと牛角が生えており、髪飾りならぬ角飾りがつけられていた。

 そして――


「……胸っ、……でかっ!?」


 その少女、すでに胸がばいんばいんであった。

 風呂上がり、わざわざタオルですくいあげるようにして拭かなければならないと推測できるほどたわわに実っていた。

 さすがにシアもあそこまでは欲しいとは思わない。

 なにしろ日常生活に支障をきたすレベルであり、戦闘ともなれば邪魔になるのはわかりきっている。

 だがある程度は欲しい。

 せめて小さめ、と判断されるくらいには欲しい。

 有ると無いとでは大違いなのだから。


「ニャフフフフー、お嬢ちゃん、勘違いしちゃいけねーなぁ、その札はただお買い物をするためのものじゃあねーんだぜぃ?」

「チュチュチュー、その札は武闘祭の本戦に進むために強い奴が集めるものだチュー」

「ピョッピョッピョッ、大人しく札を渡すピョ。その札は我ら『暴獣』のリーダーが本戦に出場するための糧になるんだピヨー」


 猫、ネズミ、そして鳥?

 そのゴロツキ獣人たちはゲスではあったが、言っていることは……、まあ間違いではない。


「その札を取られたくないってんなら戦うしかないチュー」

「そ、そんな、私、戦うなんて……!」


 少女は札を取られまいと、両手に握りしめてぎゅっと胸に押しつける。

 しかし胸が大きくて上手く掻き抱けていない。

 大きな胸が余計に強調されるだけになった結果を目撃したシアは少女に罪はないと知りつつも少女を憎んだ。


「ピョピョ? そんなに大事に抱え込んで。もうこうなったらその胸を揉みしだいて奪――ウゲビョ!?」


 喋っている途中でゴロツキ鳥は吹っ飛んだ。

 シアが蹴ったからである。

 音もなく近づき、大きく一歩踏み出すように足をあげ、その足で押すように蹴りつけた。

 蹴る瞬間、天高く飛び上がれるくらいの力を軸足にかけたので、そのすべての力を受けとったゴロツキは真横にすっ飛んでいった。

 鐘突をする撞木を喰らったようなものである。


「ニャ、ニャんだお前は!?」

「いきなりなんて酷いことをするチュー!?」


 そんな、残ったゴロツキ二人の言葉など無視し、シアは絡まれていた少女に声をかける。


「ここはわたしに任せて」

「え、え? で、でも……」

「いいから行ってください。ほら」


 と、シアは首にかけている札の束を見せる。


「けっこう集めているでしょう? だから大丈夫ですよ。さあ、行ってください。わたしの心の平穏のためにも。あ、あと妹さんを大事にしてくださいね」


 シアがそう言って背中を押すと、少女は戸惑いながらも小走りでこの場を離れていった。


「ニャに勝手なことをしてがやる! っと、なんだ、お嬢ちゃん、札を何枚も持ってるじゃねーか」

「チュチュチュー、大人しくそれを寄越すチュー」

「黙れ。殺すぞ」

「「!?」」


 ゴロツキ二人が凍りつく。

 シアの言葉に驚いたわけではなく、突如爆発するように放たれた威圧感に圧倒されたのだ。


「今、わたしは不愉快なんです。それはあなたたちの責任ではありま……、いや、あなたたちの責任でもありますか……」


 ゴロツキたちが少女に絡まなければ――。

 絡んだのがあの少女でなければ――。

 妙な迫力のあるシアを前にゴロツキたちは怯えながら囁く。


「ニャ、ニャんだこの嬢ちゃん……」

「と、とんでもないのが来たチュ。お前がからかって胸を揉んでやろうなんて言ったのが悪いチュ」

「だ、だってよぉ、お前だって気になっただろ? まあ()()()()()()()()()()()けど」


 そして致命的な失言が――


「な・ん・だ・と?」


 ゴロツキたちの命運は尽きた。


※ゴロツキのすっ飛び描写を修正。

(修正前)垂直→(修正後)真横

 2016/12/09

※誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/01/23

※さらに誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/01/31

※さらにさらに誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2020/02/05

※さらにさらにさらに誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2021/04/17


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― 新着の感想 ―
[一言] パッドを作ってもらって、それを使えば・・・・ 「シアのムネはパッド入り。」 お粗末さまでしたw
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