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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
3章 『百獣国の祝祭』編
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第190話 閑話…『暴獣』と『白き獣』

この話は物語が完結した後のベルガミアの様子です。

先に世の中がどうなるのか知りたくない方は飛ばしてください。


 邪神の復活が阻止されてから早三年。

 悪神シスの陰謀は挫かれ、もはや魔王の誕生に怯える必要もなくなった世界で人々は今日も生きている。

 ベルガミア王国の西には、つい一昔前まで瘴気領域と呼ばれ、動物はおろか草すらも生えぬ荒野があった。

 そこには古くは瘴気獣、近世からはスナークと呼ばれる恐ろしい魔物たちがいたが、現在ではもうその姿を見ることはない。

 二度と――、ない。


 瘴気が消えうせた後、残ったのはただの荒野だった。

 瘴気領域を囲むように形成されていた六カ国――星芒六カ国の国々はこの荒野に緑を取りもどすべく、それぞれ自国の領域境界線から緑化活動を進めつつあった。

 荒廃の原因は瘴気であり、気候的には植物が育つに何ら問題のない地域である。

 ゆっくりとではあるが、緑はその版図を広げてゆく。

 それは、いずれ年月が流れたとき、この荒野が草花で覆われている様を想像させるに充分な希望であった。


 ベルガミア王国の西、瘴気領域境界線――。

 俗に『恐怖の谷』と呼ばれる対瘴気獣防衛要塞は、両側を絶壁の崖に挟まれた谷間に存在する。

 かつてはスナークの暴争を食い止める砦として機能していた施設だが、現在は緑化推進のための基地として利用されていた。


 緑化活動は国の兵と技術者、そして冒険者によって進められている。

 現在、冒険者に与えられる主な仕事は荒野を歩きまわって草木の種を蒔くこと、そして生えた草木から種を集めることである。

 報酬の良い仕事ではないが、危険がないうえに食事と住む場所が提供され、そして長期的に働くことができる。そのためランクD以下の冒険者たちには非常に人気があった。

 作業現場は地平線のはるか向こうまで続く広大な荒野であるため、働き手は多ければ多いほどよく、集まった冒険者たちをまるごと受けいれていった結果、それ以外の地域で簡単な仕事を引き受けてくれる者が足りなくなるという現象も起きていた。


 ベルガミアにおける緑化事業の責任者は第二王子ユーニスであったが、実のところ彼はお飾りでしかなく、実務は家臣が行い、王子自身はそれに携わることはほとんどなかった。

 ユーニス自身も変にでしゃばって邪魔になってはいけないと、働く者たちに声をかけてねぎらうくらいに活動を留めていた。


「あ、ヘイガンさん、どうでしたか?」


 西の荒野へと調査におもむいていた男性――冒険者チーム『白き獣』のリーダーを務めるヘイガンが帰還したとの報告を受け、ユーニスはさっそく彼に荒野の状態を尋ねた。

 ヘイガンは獅子の獣人であり、鬣のような髪をした逞しい男性だ。そしてその髪は白く、誰もが一目見て灰者――聖女に断罪された者と考える。

 ユーニスもてっきりそうだと思い、初めて会ったときに尋ねてみたがそれは微笑みと共に否定された。

 そしてヘイガンがリーダーを務める冒険者チームの者たちのほとんどが彼と同じように白い髪の者たちであると知り、ユーニスは大いに驚いたものだ。


「ぽつぽつと草や若木のある場所が増えていっていますね。殿下の取り組みは徐々に実を結びつつありますよ」

「そうですか。それはよかった」

「もうしばらく経過を見守ってから、他の国々にも提案してみてはどうでしょう」

「そうですね、そうします」


 良い報告が聞けてユーニスは微笑みながら言う。

 皆がせっせと働いているなか、自分ばかりが楽をしているのは正直居心地悪く、あるときユーニスは自分にも何かできることはないだろうかと、とある人物に相談をしてみた。

 星芒六カ国のそれぞれにある要塞にはすみやかにスナークに対処できるようシャーロットによって精霊門が設置されているため、会いに行こうと思えばいつでもベルガミア東にある精霊王の森――正しくはレイヴァース領に行くことができた。


『鳥でも放し飼いにしてみたらどうだ? 実とかたらふく食わせてやれば種入りのフンをばらまくだろ? ただ似たようなものだからって草食動物の放し飼いはまだ止めた方がいいだろうな。そいつらのフンは草木にとっては肥料になるだろうが、今の段階では緑を食い荒らされて台無しになりかねん』


 どうしてこの人はベルガミアに関係したなにかをするとき、(しも)のことを絡めてくるのだろうとちょっと困惑したが、鳥と植物の関係をうまく利用した緑化手段だと思い、ユーニスはすぐに実行に移した。

 それから一年、地平線のさらに向こうにまで、海に浮かぶ小島のような小さな緑がぽつぽつと確認されるようになった。

 もちろん大成果と呼べるようなものではないし、いずれ緑が増えていったら勝手に集まってきた鳥がおのずとやることを人為的に前倒しでやっているだけ。

 それでもユーニス王子はこの大きな仕事に少し関われたことが嬉しかった。


「ヘイガンさん、ありがとうございました」

「ああいえ、そんな……、恐縮です」


 そう言ってヘイガンは静かに礼をする。

 ヘイガンは礼儀作法を心得た者ではなかったが、その気質はとても穏やかで善良。仲間たちも同じように実直な者たちばかりだ。


「ヘイガンさん、少し先の話になるんですが、いずれこの地域が緑豊かな場所になっていったら誰かが管理することになります。どうでしょう、ヘイガンさんは男爵としてこの辺りを治めてみませんか?」

「……へ?」


 ユーニスの提案を聞いてヘイガンは固まった。

 当初、元瘴気領域の荒野すべてを精霊王領としようという話し合いが星芒六カ国で行われたが――


『え? いらないよ? もらっても困るよ? 六カ国でわけたらいいんじゃないの? ほら、ずっと盾やってたご褒美ってことで』


 という彼の発言によってほぼ六カ国の王領ということになってしまっていた。


「いや、え、え? 男爵? 私がですか?」

「はい。どうでしょう?」


 ヘイガンがこの緑化事業の現場で国側と冒険者側の間に立ち、作業が円滑に進めるよう尽力していることをよく知っているからこその提案だった。

 一介の冒険者が王家からの爵封を断ることなど出来るわけがなく、与えられるならもう授爵する以外の選択肢などない。

 ヘイガンはユーニス王子に認められたことを嬉しく思った。

 しかし同時に、王子は髪が白くなってからの自分しか知らないことを後ろめたく思う。


「とてもありがたい話です。ぜひお受けしたいと思うのですが……、その前に殿下に知っていただきたいことがあるのです」

「なんでしょう?」

「私や部下たちの髪にまだ色がついていた……、暴獣などという冒険者チームでいた頃の話。髪が白くなるきっかけとなった出来事です。つまらない昔話でしょう。しかし、どうかこれを聞いてからもう一度授爵するかどうか考えていただきたいのです」


 ヘイガンや仲間たちの髪がなぜ白くなったのか、その理由はユーニスも他の冒険者たちも知らないことだった。

 よほどの体験をせねば髪が白くなるなどということはない。

 思考も心も真っ白になるような出来事を体験したとき体内の魔素はその影響を受け、さらにその影響を受けて髪が白くなると言われている。


「あれは五年前……、そう、スナークの暴争が再び起きた大武闘祭での出来事でした」


 そして後の白獅子男爵――ヘイガン・セイザーは語り始めた。


※誤字を修正しました。

 ありがとうございます。

 2018/12/12

※文章を修正しました。

 ありがとうございます。

 2019/01/23

※文章を一部修正しました。

 2019/12/09

※さらに誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2020/09/04


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