第189話 12歳(夏)…みんながんばれ
黒騎士たちは頑張った。
でっかい竜と化したアロヴのぶん殴りやら薙ぎ払い、口から衝撃波、有象無象の参加者たちが為す術もなく敗退させられた攻撃を耐えに耐え、そのたびに観客は感嘆の声をあげ、そして声援を送った。
黒騎士たちが耐えてみせるほどアロヴは攻撃を強化した。
それでも――、だ。
地を焦がすような炎も、助走をつけての体当たりすらも、黒騎士たちは密集するように集まり防ぎきった。
大盾に淡い光を灯らせていたことから、あの黒騎士たちは防御に特化した魔技を身につけており、それでもってアロヴの攻撃を防いでいたのだが……、さすがに限界を迎えて倒れる者が現れ始め、後はなし崩し的に陣形が崩壊、そして黒騎士たちは敗北してしまった。
「初日に壊滅はちょっとなさけねーニャ。竜相手とは言え、なんとかなんなかったのかニャ……」
「そう言うなリビラよ。仕方ない面もある。あの黒騎士たちは群れたスナークに対する防壁役、バンダースナッチのような強い個体を相手するのは苦手なのだ。なにしろ耐えることしかできんからな」
と、リクシー王子は黒騎士の戦い方について話してくれる。
黒騎士と一言に言ってもそれぞれ役割を担う隊があり、その特性により得手不得手が存在する。
いざ暴争が起きたとき、黒騎士たちは両側が絶壁となっている谷でスナークを食い止める。
まず壁役が谷を塞ぎ、引きつけ、押し留め、遠距離攻撃役が左右の崖の上から魔法、弓、投石、とにかく可能な攻撃手段によってスナークの数を減らし、次に近接攻撃役が一斉射撃から漏れたスナークを討伐していく。
そしてつかの間の休息・補給時間を稼ぐのだ。
最初に倒したスナークをスタートとし、最後のスナークを倒すまでの時間、これをどれだけ圧縮出来るかが防衛戦の鍵になる。
もたつくとそれだけ体勢を整え直す時間が削られる。
リビラからも聞いたが、最悪の事態は最後のスナークを倒しきる前に最初に倒したスナークが復活を始めてしまう状態だ。
こうなると休息無しでその波を乗り切らなければならなくなる。
ここで仕切り直しが出来ればいいが、現実的にはその状態から立て直すのは至難だと言う。
もしその危険性が認められた場合、早い段階で他の五国――、さらには精霊門の通じている諸国に緊急要請が出されるらしい。
「実際は――、いや、そんな事態にはなって欲しくないのだが、例えばの話として言うなら、盾役がバンダースナッチを引きつけ攻撃を耐えている間に攻撃役が、となるところだからな」
うんうん、とリクシーは腕を組んで納得したようにうなずいている。
そして黒騎士たちを壊滅させたアロヴはと言うと――
「我はこの闘技場にて強者を待つ!」
試合場のど真ん中、天に向かって言い放つ。
完全にロールプレイをこじらせていた。
「あんなこと言ってるけど、おまえ行ってみない?」
それとなくミーネを唆してみる。
「うーん……」
ミーネは難しい顔をしたままアロヴを眺めている。
試合場を自分の巣にしてしまったアロヴは観客の声援に応えて翼を羽ばたかせたり、空に向かって炎を吐いたりとサービス精神旺盛なことをやり始めた。
なかなか憎めない奴だ。
「ううーん、いま私が一番使える魔術は土なんだけど、飛べる相手だとあんまり相性良くないから……、あとあの竜の人につうじる攻撃は――、あれ、まだ手加減とか出来ないのよね。下手に当てたらひどいことになっちゃうかもしれないし……」
ミーネはけっこう真面目にアロヴと戦うことを想定していた。
「うーん、やっぱり今はやめとく。あの竜の人はもう本戦に進んだようなものでしょ? なら急いで戦う必要もないわ。まずは地道に札を集めて……、って、どしたの?」
唖然とした表情のおれが気になったか、ミーネが尋ねてくる。
「あれじゃないですか? たぶんご主人さまはミーネさんが『ちょっと戦ってくる』とか言って飛びだして行くと思っていたんですよ。それが普通の段取りを決めていたので驚いたのでは?」
「むー、なんか馬鹿にされてる……」
いやいや、けっこうそんな馬鹿だったんだよ?
「よっぽど平気ならそうすると思うけど、これは負けちゃったらそこで終わりじゃない。少しくらい慎重になるわよ」
ちょっと拗ねたようにミーネは言う。
「もう、私がどれくらい冒険の書で遊んでると思うのよ。危なそうだったらこれくらい考える――、って泣いた!?」
ふいに言われたことに胸を打たれ、おれは目頭を押さえた。
この娘さんに計画性というものを身につけさせることが出来たのであれば苦労して冒険の書を作った甲斐もあったというもの。
ただちょっと想定以上に反響があって後には引けず、急いで続編を作らざるをえない状況になっているのだが、まあ今は置いておこう。
「ダンナはどうしたんだ?」
「冒険の書はもともとやんちゃだったミーネさんに状況判断力を養ってもらうために作られたものなので、それが身になっているのがわかって嬉しかったんでしょう」
「へぇ! そんな裏話があったのか!」
「シャンも冒険の書を繰り返し遊ぶのをお勧めするニャ」
「あ? あたしはどっちかと言うと知性派だぞ! カッとなると無茶苦茶するお前こそやれよ!」
「ニャーの性格は冒険の書をやったところでどうにかなるもんじゃねえニャ!」
「開き直りかよ!?」
この猫と狼、ふとした拍子に会話のドッジボールを始めるな。
「あのー、それでわたしたちはどうします?」
ぐぎぎぎ、と睨み合う猫と狼は放置してシアが尋ねた。
試合場での催しはアロヴの番狂わせによって早々に終了してしまったのでもうここに留まる理由もない。
本戦進出を目指すなら町へと繰り出し、バイオレンスに明け暮れる参加者たちに混じってバイオレンスする必要がある。
「そうね……、じゃあここは一旦別れましょう!」
ミーネが張りきって提案する。
「別れるんですか?」
「そうよ! 本戦出場を誓い合って、それぞれ札を集めるの!」
そう言ってミーネがバッと手を伸ばす。
ああ、あれか、手を重ね合って「おーッ!」ってやつか。
ここで放置すると確実に拗ねるので、おれはミーネの手にそっと自分の手を重ねる。遅れてシアが重ね、そしてリビラ、シャンセルも手を重ね、何故かリクシーとユーニスも手を重ねてきた。
「みんないい? 次に会うのは本戦出場が決まる五日後よ! それじゃあ五日後の再会を誓い合ってぇ~、おーッ!」
『おーッ!』
「よし! じゃあ私はさっそく札を集めにいくから!」
ミーネは生き生きとした顔で来賓席から去っていった。
「ふむ、では……、ユーニスはどうしたい?」
「もうしばらく竜の人を見ていたいです!」
「そうだな、あそこまで竜らしい竜を見る機会などそうないからな」
祭りに参加しない殿下二人はまだ闘技場に残ってドラゴンショーを見物するつもりのようだ。
一方、参加するシャンセルは走り去ったミーネを見送ったあとぽつりと言う。
「なあ、つい流れで掛け声にのっちまったけどさ、あたしら日暮れには王宮で普通に顔を合わせるよな?」
「まあそうだな。たぶんあいつは札を何枚集めたとか嬉しそうに報告してくるだろうな」
「ですねー。ユーニス殿下と冒険の書の続きも約束してますし」
「気にしたら負けニャ」
おれたちの言葉を聞いて、シャンセルは再びミーネの去っていった方向を見やり、うなずく。
「なるほど、ミーネはそういう感じなわけか」
シャンセルはミーネの理解度が上がった。
※誤字の修正をしました。
2017年1月26日
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/01/23
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/04




