第188話 12歳(夏)…大武闘祭・予選開始
ベルガミア大武闘祭一日目。
その日の早朝、王都ピアルクにあるでかくて立派な闘技場にて祭りの開会式が行われた。
おれたちは用意された貴賓席から試合場に集まった参加者たちの集団を眺めているのだが――
「おー、集まってんなー」
「そうだな。激しい戦いになるであろう」
「なんで二人がここにいるニャ……」
王族には特等席があるのに、シャンセル王女とリクシー王子は当たり前のようにおれたちに混ざっていた。
もちろんユーニス王子も一緒である。
「ぼくはみなさんとご一緒したくって」
「ユーニスはいいのニャ」
「えへー」
リビラに撫でられ、ユーニスは嬉しそうに微笑む。
「まあいいではないか、細かいことは」
第一王子がいいと言うならいいのだろうが……、こっちが落ち着かねえ。
見下ろす試合場には二百人ほどの参加者たちの他、王族の席を正面として五十人ほどの――、大盾を持つ黒騎士たちが整列していた。
やがて国王のありがたいお言葉があり、そして――
『では、これより! ベルガミア大武闘祭を開催する!』
挨拶もそこそこに開会を宣言される。
いよいよ武闘祭が開始となり、都市の各所にある時報鐘楼が人々に開催を知らせるための特別な鐘をいっせいに鳴らし始めた。
王都に鐘が鳴り響くなか、黒騎士たちは一糸乱れぬ動きで反転して大盾を構え、相対する参加者たちもそれぞれの得物を握りしめて鐘が鳴り終わるのを待つ。
やがて鐘が十回で鳴り終わり、その余韻が震えながら消え去ったとき――
『うおおぉお――――ッ!!』
黒騎士、参加者、双方が雄叫びを上げて激突した。
きっと王都のあちこちでも、これほどではないだろうが参加者たちのぶつかり合いが起きているのだろう。
黒騎士たちは円になり、盾でもって壁を作った。
上から見ているとその動きが洗練されていることがよくわかる。
形成された円陣の内側には十名ほどが待機しているが――
「あれはどういうこと?」
ふとミーネが尋ねると、それにシャンセルが答えた。
「誰かやられて穴が空いたらそこを埋めるために待機してるんだよ。あと強引に中へ飛びこんできた奴をボコるため」
「なるほどー」
ひとまず納得したか、ミーネは再び試合場に目をやる。
試合場では黒騎士の円陣に参加者たちが全方位から襲いかかり押しつぶそうとしていた。
「黒騎士は反撃とかあんまりしない……、ってかしてないな」
「ああ、あの黒騎士は騎士団の盾役だからな。攻勢に出るその瞬間までああやってスナークを倒さずに留める役なんだ」
おれが呟くと、シャンセルが答えた。
「倒していくんではなくて、留めておくのか?」
「ダンナ、スナークは復活するからさ、下手にかたっぱしから倒しているとえらいことになるんだよ」
「群れを倒しきらないうちに、最初に倒した奴らが復活し始めたらまた振り出しになるニャ。これでは本当に休み無く延々と戦い続けることになってしまうニャ。そうなったらいずれは全滅ニャ」
シャンセルの話を補足するようにリビラが言う。
「やるなら一気に、一斉に。んでもって綺麗に片付けて、そこで次に備えて休息や準備をするんだ」
「スナークとの戦いは、この休息時間をいかに作り出せるかが鍵になるのニャ」
「なんて嫌な話だ……」
スナークとの戦いというものは本当に過酷なようだ。
「じゃあこの祭りの場合、黒騎士の休憩は?」
「ああ、そりゃちゃんとあるぜ。仕切り直しのためにもな。参加者の方だってこの勢いのまま戦い続けることなんてできねえし、ほっとくとだらだら続くだけになっちまうから三時間ごとに休憩がある。あと日が暮れたらその日は終了だな」
と、そんな話を聞いていたとき、試合場に変化があった。
参加者の集団の真ん中辺り、そこにいた奴らが木の葉みたいに吹っ飛んだのだ。
『は?』
思わずおれたちは間の抜けた声をあげる。
観客も同じだったのか『は?』の大合唱になった。
異変は一目瞭然なものだったが、あまりに唐突だったので誰もがあっけにとられてしまったのだ。
試合場には一体の竜が出現していた。
4tトラックに首と尻尾、あと四肢を生やしたような大きさで、暗い赤色の鱗に覆われた、いかにも炎とか吐きそうな赤竜である。
「俺がアロヴ・マーカスターだ!」
なんだと思ったら竜皇国の武官だった。
「兄さま! すごいですよ! ぼく初めて見ました!」
「うむ、俺もだぞ。現在ではああやって完全に竜になれる竜族は希少らしいからな」
はしゃぐユーニスにリクシーが説明をする。
竜の多くは邪神との戦いで戦死してしまい、生き残った竜は他種族との交配により数を増やした。その結果として竜としての姿になれる者たちは減っていき、今現在、完全に竜になれる者は先祖返りを起こしたような特別な者で、ほとんどの竜族は体の一部を竜化する程度に留まっているらしい。
しかしそれでも竜の血を受け継ぐ者たちは人の状態であっても高い身体能力を持つそうだ。
「ありゃ圧倒的だな……」
シャンセルがあきれたように言う。
あれだけの体格差となると、もうそれだけで状況は絶望的だ。
竜と化したアロヴが――、腕? 前足? まあどっちでもいいんだが、それをペイっと振るうだけで周囲にいた者たちは問答無用で張り倒されていく。
「そらそら、いくぞぉーッ!」
アロヴは楽しげに言い、大口をあけて「カッ!」という威嚇なのかなんなのか、衝撃すらともなう大喝を放った。
『ぎゃぁ――――ッ!』
十人ほどが宙に舞う。
「なんかクシャミして倒してるみたいね……」
ミーネがぽかんとしながら言う。
言い得て妙である。
「さあ来いものども! 俺をバンダースナッチと思って思う存分ぶつかってくるがいい!」
ばっちこーい、とアロヴはアピールしていたが、参加者たちはみんな逃げ腰だ。
黒騎士相手に敗退のリスクなしに札を稼ごうと考えていた者たちにとってはアロヴは迷惑以外のなにものでもなく、戦うだけ損ということでいっせいに距離をとろうとする。
しかし――
「がっはっは! 逃げようとしてもそうはいかんぞ!」
アロヴは笑いながら大きな翼を羽ばたかせ強風を生みだす。
参加者たちは吹き飛ばされまいと堪えるが、アロヴはそこ目掛けて尻尾の一撃。
身動きがとれない状態の参加者たちをまとめて薙ぎはらった。
『あぎゃぁ――――――ッ!』
闘技場は悲惨な事態になっていた。
あれでは闘獣ショーと言うより公開処刑に近い。
「なあ王女さま、あれってぶちこわしじゃねーの? 観客は喜んでるみたいだけどさ」
無双中の竜さんについてシャンセルに尋ねる。
「いや、ぶちこわしってことは……、んー、ぶちこわしか?」
少なくとも黒騎士のスナーク戦を想定した訓練は台無しだろう。
しかしリクシー王子はそっけなく言う。
「まあ別にあれでかまわんさ。あそこにいる参加者にとってはいい迷惑だろうが、黒騎士たちにとってはあの竜皇国の武官が言っているようにバンダースナッチ戦の訓練になるだろう」
なるほど、殿下はそういう判断になるのか。
そんなリクシーの言葉を聞き、シアがリビラに尋ねた。
「リビラさん、バンダースナッチはどれくらい強いとか、お父さまに聞いたことはありません? あの竜さんと比べてどうなんでしょう」
「詳しくは教えてもらえなかったニャ。……でも、とにかくまともではないらしいニャ。それに一番の問題は復活してしまうことニャ。相手が襲いかかってこなくなるまで、飽きてどっかに去るまで、とにかく戦い続けないといけないのニャ」
「え? スナークって飽きて去るんですか?」
「飽きてるのか、諦めてるのか、それとも暴れて満足したのかは誰にもわからないニャ。とにかくずっと戦い続けていると、いずれ襲ってくるのをやめて瘴気領域に戻っていくのニャ。討伐とは言っているものの要は撃退なのニャ」
「気が向くと異様な執念でかまってくれとすり寄ってきて、飽きると人をほったらかしで去っていく……、なんか猫みたいだよな」
「おう? 喧嘩売ってんニャ?」
「いやー、べつにー」
なんかリビラとシャンセルが威嚇を始めた。
そんな二人はさておいて、リクシーは言う。
「本来、バンダースナッチの相手をするのは黒騎士で最も強い者――つまりは団長が行う。団長は一人戦場から離れ、単独――もしくは少数でバンダースナッチと戦い続ける。だが団長が倒されたとなれば後は黒騎士たちが相手をしなければならない。故にこれも良い訓練になるだろう」
ふむ、王子はなかなか厳しいことを言うな。
「おいおいどうした! 手応えのある奴はおらんのか!」
試合場の竜さんは闘技場にいた参加者を次から次とダース単位で敗退させていっている。
「あれってあの武官が強いのか? 参加者が弱いのか?」
「ニャーさま、それはたぶんどっちもニャ。竜の強さは見ての通り、でもってやられていく方はとりあえず数でぶつかって黒騎士をどうにかしようって程度の奴ら、つまりお察しってことニャ」
なるほど、本気で本戦を目指すような奴は意識が高く、この騒ぎには参加せず、同じく本気の相手から札を奪う気構えってわけか。
「なんだなんだ情けない奴らめ! だがまあいい! よし、では黒騎士たちよ、このバンダースナッチを倒してみるがいい!」
そしてアロヴは黒騎士たちに狙いを定めた。
アロヴはノリノリで黒騎士の陣に突撃。
そして黒騎士たちは壊滅した。
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2020/02/05




