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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
1章 『また会う日を楽しみに』編
19/820

第19話 5歳(夏)…おもちゃの商品化

 最初の冬を無事にすごし、弟のクロアは順調に育っている。

 短く不規則だった睡眠時間がある程度まとまり、五時間くらいはぐっすり眠るようになった。もう完全にぷにぷに肌の赤ちゃんらしい赤ちゃん。誰がどこからどう見ても可愛らしい赤ちゃんである。そんな可愛らしい弟に日々、繰り返し、繰り返し、おれがお兄ちゃんだよと呼びかけつづけた結果――


「にー、ににー、にー」


 なんとなくおれを見分け、呼びかけてくるようになったのである!

 かつてない満足感がおれを包みこむ。

 そうだ、おれはお兄ちゃんだ、セクロスなんて名前は覚えなくていいからな。

 つんつんと指で弟の頬をつついていると、弟はその小さな両手でむんずとおれの手を掴んでそのまま口にもっていく。そして噛み噛み。


「んー、それは食べられないねー、あー、下の歯がちょっと生えてきたから、むずむずしてしかたないのかー、んー、気持ちはわかるけどそれ兄ちゃんの指だからなー、食べられなくはないけど、食べちゃうと色々と問題なんだよねー」


 おれは弟が噛み飽きるのを待ち、それから弟が思う存分に噛み噛みできるものを作ることにした。とはいっても木でできたちっちゃな投げ輪のようなものだ。オモチャ作りで用意した木材から適当な大きさのものをえらび、削って成形。それを沸騰した鍋にほうりこんでよく消毒。それからよく乾かして、弟の噛み噛み道具が完成する。

 ところで、こういうのにもちゃんと名前あるのだろうか?

 あのパンの袋とめるやつみたいに意外と格好いい名前なのかもしれないな。どうでもいいが。


「あぅー、にー、にー」


 弟がおれに両手をむけてもじもじする。

 抱っこをご所望か!?

 してやりたいのはやまやまだが無理なのだ弟よ。なんせおまえさん七キロくらい体重あるから、今のおれでは普通に抱えられない重さなのだ。

 悔しいがここは親を呼ぶしかない。


「かあさーん、クロアがだっこだってー」


 大声で呼ぶ。

 クロアはおれの大声に反応してキャッキャと喜ぶ。

 うーむ、弟よ、おまえのツボはいまいちわからんな。


「呼んだか!」


 呼んでない父さんが登場した。

 そしてすぐさま弟を抱きあげようとしたので、おれはそれを阻止。


「な、なんで邪魔をするんだ」

「とうさんは抱きあげるとヒゲをじょりじょりするので、弟がかわいそうなの」


 はっきり言ってやると、父さんは悲しみに崩れ落ちた。


    △◆▽


 やがて夏となり、おれは誕生日を迎えて五歳になった。

 あと二ヶ月もすれば次は弟の誕生日だ。

 クロアが一歳になる!

 めでたい!

 そんな、おれが弟の誕生日を待ちわびていたある日、リセリー母さんが冬に話題にした商人がレイヴァース家に訪れた。

 なかなか渋い中年男性である。

 明るいブラウン瞳、濃いブラウンの髪をオールバックに、そして実に見事なカイゼル髭をたくわえている。鼻下からこう、お髭が左右にわかれて、そして先がくるんっとしているのだ。くるんっと。


「はじめまして。私はダリス・チャップマン。君のお母さんの友達で商人をやっている。今日は君の作った物を見せてもらいにきたんだ」


 落ち着いた語り口。

 ただの商人にしては威厳があり、そしてやわらかい語り口だ。

 というか、チャップマン?

 それって確か職業が名字に変化したものだったはずだ。

 鍛冶屋はスミス、仕立屋がテイラー、そして行商人がチャップマン。

 母さんみたいに、シャロ様となにか関係がある家なのかな?

 そんなことを考えていたら、母さんから紹介がはいる。


「ダリスのご先祖はね、あなたの好きなシャーロットの発明品を販売しはじめた人なのよ。旅の商人からどんどん出世して、最後にはこの国でも有数の大商人になったの」


 まだ母さんが凄腕の冒険者として名をはせていたころ、ダリスは祖先がシャーロットのお抱え商人だったという縁をつかって接触し、独占取引を契約したとのこと。


「優秀な冒険者のまわりでは大金が動くからね。その始まりであるシャーロットと取引をしていた我が家だが、リーセリークォート殿には相手にしてもらえなかった……」

「師匠がそういうのに興味なかったみたいだから」

「おかげで私は祖父や父からその弟子のリセリーはなんとしてもお得意さんにしろとさんざん言われて育ったんだ」


 ダリスは髭をつまんでのばし、くるん、つまんでのばし、くるん。


「さて、ではさっそくだが作った物を見せてもらおうか。すばらしい物であれば、私が責任をもって世界中に広めよう。そのうち君はシャーロットの再来と呼ばれるようになるかもしれないね」


 目指してはいますが、どうでしょうねぇ。


    △◆▽


 まずは弟のために作ったオモチャを披露した。

 興味をひかれたらしく、ダリスは手にとって丹念に調べはじめる。


「ふむ、これはもっと見栄えするようにすれば貴族の方々に……」


 ぶつぶつと呟きながら丁寧にチェックしている。


「出産祝いの贈り物として一揃えまとめたものを……」


 どのように売り込むかのシミュレートまで始めているようだ。


「うん、これらのオモチャは商品として売り出そう」


 よさそうだからとりあえず売ってみよう、という感じだった。


「他にもなにかあるのだね?」


 尋ねられたので、まあせっかくだからと墨と成形燃料も紹介した。

 墨は判断に困っているようだった。筆記用具はインクと鉛筆が普及している。

 しかしなにか有用な使い方があるのではないか?

 ダリスは難しい顔をして、首をひねりながらうなっている。


「ひとまず、預からせてもらいたい」


 墨は保留になった。

 次は成形燃料だが、これはオガクズを固めてつくればいいとアイデアだけ伝えておいた。

 そして最後に将棋を紹介するわけだが、父さんはすでに将棋盤を用意し、席について対局準備を完了していた。おれにフルボッコにされて以来、父さんはことあるごとに対局を挑んでくるようになってしまったのだ。つまりこれはダリスへのデモンストレーションにかこつけての対局だ。

 仕方がないので、おれはダリスにルールと駒の動きを説明しながら対局する。

 もちろんおれの勝ちである。


「ふむふむ、なるほど、チェスとはずいぶん違うものなのだな。ちょっと私もやらせてもらってかまわんかね?」


 おれと交代でダリスが父さんと対局する。

 ダリスは初心者どころか入門者なので、おれが駒の動きなどを補佐しながらの対局だった。

 これにはさすがに父さんが勝利した。


「くぅ~ッ」


 父さんは拳をぶるぶるさせながら喜びにうちふるえていた。

 商品にできるかどうかの審査も兼ねてるのに、この親父は……。

 一方、ダリスは静かなもの。

 じっと将棋盤を眺め、ゆっくりとうんうんうなずいている。


「面白いな。もう一回やろう。あ、動きはもうだいたい覚えたから大丈夫だよ。ありがとう」


 にっこり微笑んでダリスは補佐をやんわりとことわった。

 ならまあごゆっくり、とおれはあとを父さんにまかせ、弟とたわむれるためにその場をあとにした。

 それがまずかった。


「ふはははっ、圧倒的ではないか俺は!」

「くっ……」


 しばらくして、弟がお昼寝したのでもどってみると、なにやら妙なことになっていた。

 父さんはテンションあがりすぎて頭がおかしくなったのか上半身裸でガッツポーズをしている。いつからいるのか、母さんが後ろで額をおさえてうつむいている。

 そしてダリスは髭がなくなっていた。

 は?

 髭どこいった!?

 見事なお髭どこいった!?

 おれはそっと母さんに近寄って尋ねる。


「ダリスさんのおひげ、どこいったの?」

「あー……、ダリスってイライラすると、髭を強くいじりすぎて抜いちゃうのよ」


 え?

 じゃああれですか?

 親父が大人げなく連勝したせいでダリスはイラつくあまり髭を全部ぬいちゃったのか!?


「ローク、もう一勝負だ」

「ああ、敗北が知りたい……」


 おまえ昨日まで全敗だったじゃねーか!


    △◆▽


 結局、野郎ふたりはおれや母さんの言うことにも耳を貸さず、そのまま夜中まで将棋に興じていたらしい。

 そして翌日、疲れて精彩を欠いていたダリスは将棋をいたく気にいった様子で、ぜひとも商品化して広めたいと意気込んでいた。

 あれだけ熱中しておいて気にいらないとか言われたら絶対に父さんのせいだったな。

 ダリスは将棋と赤ちゃん用のオモチャ、墨と成形燃料を販売した場合、利益の一部を支払う契約書をしたため、おれはそれにサインした。本心としては、ロイヤリティのようなものはいらないので、そのぶん値段をおさえてとにかくばらまいてほしかったわけだが、これからも発明品を作るにあたり開発費が必要になるかもしれないので大人しく受けとることにした。


「製品の見本ができたらすぐに送る。あと、ついでになにか欲しいものはあるかね?」


 短い滞在をおえ、お別れの際にダリスはそう尋ねた。


「シャーロットがつくったものをまとめた本はある?」


 そんな本はないだろう。だが、シャロ様の発明品を一手にひきうけていた商家ならば、そういった目録のようなものがあるのではないか――そうとおれは考えたのだ。


「おや、どうしてそんなものを欲しがるんだい?」

「シャーロットがつくってないものをつくるから」

「……、なるほど」


 ダリスは目をほそめ、すこし考えてからいう。


「よし、君の言う本はないが、我がチャップマン家はシャーロットが販売を許可した発明品をすべて管理している。君には特別にその目録の写本を贈ろうじゃないか」


 よし、これでかぶりは回避できる。


「ありがとう。あと、弟のために絵本がほしいな」


 ときどき父さんが買い出しにいく近くの町にも書店はあるが、子供用の本は取りそろえられていないらしい。


「なるほど。まかせたまえ、王都中の絵本をとどけよう」


 そう言ってダリスは髭をなでようとして、指は空をきった。

 ちょっと気まずそうに手をおろすと、ダリスは両親に顔をむける。


「世話になった。……ところで、王都で暮らさないのか?」


 ダリスの言葉に、両親は苦笑いをうかべる。


「旅行くらいなら平気だろうけど、住むとなると難しいだろうなー」

「そうねえ、色々と面倒なことになりそうだから」

「……そうか、惜しいな。もしその気になったら言ってくれ。すぐ屋敷を用意する。もしセクロス君だけ滞在するようなことになったら責任を持って我が家で預かろう」


 はて、なんでおれだけ?

 疑問に感じていると、母さんがからかうように言う。


「うちはうちでやっていくから。ところで、あなたって同じくらいの娘さんがいたわよね」

「ん……、ああ、よければ友人になってもらえると嬉しいんだがな」


 ダリスが苦笑する。


「さて、そろそろ行くとしようか。また来年の春にでも訪問させてもらうが、そのときはよろしく頼む。特にロークは覚悟しておくんだな」


 商談にきたダリスは最後に捨て台詞をはいて帰っていった。


※誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/01/18

※さらに誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/03/04

※さらにさらに誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2021/09/02


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