第185話 12歳(夏)…第一王子
大使たちの一団が去り、ようやく挨拶ラッシュは終わりを迎えた。
「ねえねえ、ちょっとお腹すいたからなんか取りに行ってくるわ」
ちょっと信じられないことを言ってミーネはおれたちから離れた。
衣装が窮屈で思いっきり食べられないとか言いつつ、フルコースをしっかり平らげたのに……、なんて燃費の悪い奴。
「なあ王女さま、これっていつまで続くんだ?」
「そろそろ終わるんじゃね?」
居ても気疲れするばかりでまったく楽しくない。
これはなにもおればかりではなく、シアもリビラも、シャンセル王女もユーニス王子も飽き飽きした空気を漂わせていた。
「こんなところとっとと抜けだしてダンナと冒険の書の続きやってたほうがいいけどさ、さすがにそういうわけにはいかねーからなー」
「姉さまー、僕ちょっと眠い」
ユーニス王子はおねむ。
ふわぁ、と大あくびをして、シャンセルにもたれかかるように身を任せた。
シャンセルは苦笑しながらユーニスを後ろから抱きしめるようにして支えてやる。
するとそこで――
「ユーニス、人前でだらしないさまを晒すものではないぞ」
ユーニスをたしなめながら現れたのは十五、六歳くらいの凛々しいお顔をした狼族の少年だ。歩み寄る姿に隙は無く、風格すら感じさせる堂々たるもの。
晩餐会中に姿だけ確認できた第一王子である。
「んだよ兄貴、いまさら挨拶にきたのか?」
「俺が話し込んでいては他の者たちが挨拶もできんだろう? 一通り顔合わせが終わるのを待っていたのだ」
ふふん、と王子は笑い、それからおれと向かい合う。
「俺がベルガミア第一王子リクシーだ」
「初めまし――」
「挨拶はいらんぞ。卿が自分の名を封じていることは聞いている」
おれが自己紹介をしようとするのをリクシーは止めた。
どこからどう伝わったのか知らないが、とうとうおれの名前は封印されるような代物になったらしい。
「しかしこう対面してみると……、卿はいまいちぱっとせんな」
まじまじと値踏みするようにリクシーはおれを眺めて言う。
実際その通りなので腹も立たない。
「なにぶん、今年の春まで森で暮らしていた田舎者なもので……」
「いや、であろうとシャーロットに最も縁深い家の者がそれではいかんぞ! 卿はな、もっと堂々とすべきだ。注目されるべき者というのはその身なりと態度でもって、語らずともそうと理解させるだけの説得力を持っておくべきなのだ。例えばそう、ベルガミアの第一王子であるこの俺のようにな!」
そう言うと、リクシー王子はなにやらポーズを決める。
パチパチと拍手するユーニス王子。
シャンセル王女、そしてリビラはあきれ顔だ。
「それにだ、中身がどうであろうと、身なりや態度が見事であれば大概の者は騙されるもの。卿も立派な姿で堂々としていれば、民衆に便器などと讃えられることはなかったのではないか?」
「そうかもしれません。しかしあのような事態になるほどウォシュレットはベルガミアの人々に望まれていたものでもあるわけで、多少のことは目を瞑るべきかと」
「あれで多少だと!? 卿はすいぶん懐が広いな!」
度肝を抜かれたようにリクシー王子は声をあげ、そして笑いだす。
「ははっ、気に入ったぞ!」
あれ、なんか気にいられた!?
リクシー王子は顎に手をやってさらにおれを観察すると、なにやら含みのある笑みを浮かべ言う。
「ふむ、そうだな。一つ尋ねるが……、我が妹をどう思う?」
「兄貴?」
唐突に自分が話題になりシャンセルがきょとんとする。
「素敵な方ですね」
おれは率直に答えた。
するとリクシー王子はにやりとして言う。
「妻にする気はないか?」
「兄貴ぃ!?」
「ないです」
「そしてダンナァ!?」
ちょっとこれは放っておけないと思ったか、シャンセルがおれとリクシー王子の間に割りこんでくる。
「な、なんだよそれ! なんでいきなりそんな話題になんだよ! ってか人をいきなり嫁にやろうとすんな! そしてダンナは即座に断んな! さすがに傷つく!」
即答したのがまずかったようで、シャンセルは憤慨している。
「なんだ妹よ、おまえはレイヴァース卿の妻は嫌か?」
「知るかよ! つか唐突すぎんだよなんにしても!」
「まあ断られてしまったがな!」
「うっせえ! 兄貴だって自分との婚約話が原因でリビが家出したと知ってしばらくヘコんでたじゃねえか!」
「むむ……! まあ、さすがにな。姿をくらますほど俺が嫌だろうかと落ち込みはしたが……」
「……あー、それはごめんニャー、リク兄が嫌とかそういうのはなかったニャ」
「ほう? では俺の婚約者になるか?」
「それは断るニャ」
「はっはっは!」
婚約の申し出を断られたのにリクシー王子は愉快そうに笑う。
しかしそれを残念がったのはユーニス王子だ。
「えー、リビラ姉さまが兄さまと結婚したらぼくに姉さまができるのに……」
「ニャ、ニャー……」
「おい待てこら。姉ならあたしがいるだろうが」
「うん?」
「なんで不思議そうなんだよ!」
それからリクシー王子も混じっての談笑となった。
雰囲気としては気の知れた間柄での軽口の叩き合い。
リビラはやや面倒くさそうな顔をしながらも、再会した王子王女たちとのお喋りを楽しんでいるのがわかった。
メイド学校にいるときよりはっきり物を言い、生き生き――とまではいかないが、それなりに快活である。
「……リビラさん、楽しそうですね……」
会話に花を咲かせる狼さんと猫さんの邪魔にならないようにと、傍観に回っていたところシアがそっと囁いた。
「……まあ、メイド学校にいるときは身分を隠してたし、それに本来の目的とはぜんぜん違うことやってたわけだからな、色々と葛藤もあったんだろうさ……」
もしおれが頼りがいのある素晴らしい主人であれば相談をしてきたかもしれないが、残念、おれはそこまでの主人ではなかったようだ。
まあ、出会ってから一ヶ月くらいはただのおやつ係だったしな。
「ところでミーネが帰ってこないな」
「迷子でしょうかね?」
シアとぼそぼそ話していると、広間に集まった者たちへの呼びかけがあった。
「……あれ!?」
注目を集めた先に国王がいる。
それはいい。
問題ない。
だが王の隣にはミーネがいる。
問題が起きる予感しかしねえ!
「……ちょっとシアさんにお願いがあります! あそこにいるお嬢さんの首根っこ掴んでこっちに連れてきてもらえませんかね……!」
「……無茶言わないでくださいよ……!」
おれやシアの焦りなどつゆ知らず、ミーネは謎の誇らしさを湛えた表情でいる。
ハリセンで頭ひっぱたいてやりたい……!
「今日はよく集まってくれた。最初はどうなるかと思ったが、レイヴァース卿がまだ若いにもかかわらず寛大な心を持っていたおかげで無事晩餐会を迎え、滞りなく終えることができた」
と王はこの晩餐会の終わりを締めくくるべく、皆に語りかける。
「最後に明日からの話だが、予定通り武闘祭が開催される。実に七年ぶりの開催だ。まずは大闘技場にて開会式を行い、この王都を舞台に繰り広げられる五日間の生き残り戦後、二日かけての決勝大会を行う。参加は自由だ。もしその気があるなら皆もふるって参加するといい」
五日もかけて希望者全員参加のバトルロワイヤルすんのか。
「とここで、さっそく飛び入り参加を紹介しよう。それは弱冠十二歳にもかかわらず、王種率いるコボルトの群れを殲滅してのけた少年と少女たちのパーティだ。一人はこのミネヴィア・クェルアーク嬢であり、残る二人は――」
すっと王が指をさし、話を聞いていた者たちはいっせいにそちらに向く。
「そう、レイヴァース卿とシア嬢だ!」
王が言うと、周囲からは感嘆の声。
期待と興奮の入り交じる声、そして拍手の中、おれとシアは無の表情で棒立ちになっていた。
「……ご主人さま、お断りしないんですか……?」
「……おれだって空気くらい読むわい……!」
ここで「あ、おれは参加しません」なんて言いだす度胸はない。
※誤字と文章の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/01/22
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/04/17




