第183話 12歳(夏)…晩餐会
準備が整ったからとおれたちを案内しに現れたのはシャンセルとユーニスの姉弟だった。
王族直々に案内してくれるとか、優遇されているような気もするのだが果たして本当にそうなのかこの二人では判断がつかない。
シャンセル王女が「あたしが案内するぜ!」と言いだし、それにユーニス王子が乗っかった、というだけの状況もあり得るからだ。
歩くのに難儀している金銀に合わせてゆっくりと廊下を進む。
そして到着した大広間――、晩餐会が執り行われる場所はそれこそ体育館のような広さのある巨大な宴会場で、入り口から奥に向かって真っ直ぐに伸びる長机が何列も並んでいた。
長いテーブル一つあたり四十人ほど。
それが五列あるから約二百人。
すでに席は招待されたベルガミアの貴族により埋まっており、人々はおれたちの登場に気づくと次々に席を立ち始める。
立っていないのは広間の一番奥、一段高く、入り口と向かい合うよう横一列のテーブルについている王族くらいだ。
国王と、王妃と思われる女性たち。
あそこに並んでいる少年――おれよりやや上と見受けられる狼耳の彼が第一王子だろう。
他に先王や太后とおぼしき方もいる。
「レイヴァース卿御一行御到着!」
予想外のお出迎えにびっくりしていたところ誰かが叫んだ。
儀典官かなにかだろうが、もうそれどころではない。
なにしろ会場にいる人たちがいっせいに拍手をし始めたのだ。
「……王女さまー! どうしたらいいんですかねー……!」
「……礼でもしとけばいいんじゃね……?」
固まった表情のままシャンセルに助けを求めると、かなりぞんざいだがひとまず助言はもらうことが出来た。
おれは拍手を浴びながら丁寧にお辞儀をする。
一昨年からシャロ様の木像に、そして今年の春からは王都のシャロ様像にと日課になっていたので、この状況にあっても自然に行うことが出来た。
金銀、そしてリビラもカーテシーでご挨拶。
やがて拍手がおさまり、貴族の方々が着席する。
おれたちはシャンセルとユーニスに席まで案内されたのだが……
「あれ? 二人もこっち?」
シャンセルとユーニスもおれたちと同じテーブルにつく。
真ん中のテーブルの一番奥――、要は王族のテーブル真っ正面。
並びはおれを挟んで金銀、正面にユーニスを挟んでシャンセルとリビラになっている。
「うん、変えてもらった。だってせっかくダンナが来てんのに、あっちじゃ話もできねーじゃん」
「お話を聞かせてほしいです!」
あっけらかんと言うシャンセルと、にこにこするユーニス。
「ちなみに、あたしが変えてもらわなかったら親父と爺ちゃんがここにいた」
「そ、それは……」
「おまえなかなか気がきくニャ」
ご馳走の味もわからなくなるような状況はシャンセルの機転によって回避された。
それから進行役によって晩餐会の開始が告げられ、給仕の者たちがすみやかに配膳を始める。
このフルコース的な感じはシャロ様の影響なのだろうかと思いつつ、まずはお飲み物をいただく。
さすがにおれたちは食前酒とはいかず、果実のジュースだった。
前菜は三皿。
最初が五種類ほどのハムが少量ずつ、申し訳程度に野菜が添えられていた。
次はサラダ――と言っていいのか、食べやすいようにカットされた青野菜の上にどんと肉がのったもの――見た目は冷しゃぶだ。
そして三皿目――
「肉多くね? なんか肉多くね? ってかこれ肉だ!」
思わず妙なことを呟いてしまうほどのものが運ばれてきた。
大きさはどら焼き大。
ミンチ肉を固めて焼いたハンバーグ的なものの上下を種類の違うステーキがサンドした高密度肉料理だ。
「ぜ、前菜? ……これ前菜!?」
隣にいるシアも度肝を抜かれているようだった。
目の前の品が前菜であることを受けとめきれないようだ。
「獣人はお肉をたくさん食べられることが豊かさの象徴なのニャ。ほかにもお肉をたくさん食べると強く逞しくなれると思ってるニャ」
あー、種族的な特色で、こうなのね。
「ちなみに事実は逆な。邪神が討滅されたあと、強くて逞しい肉好きな奴らが立身出世してこの国の貴族になったんだ。それがいつのまにか肉こそが力の源、肉をたくさん食べる者は強く逞しく美しくなれるなんて話になってたんだが……、ダンナはそのあたりのいい加減さ、到着してすぐよくわかったんじゃね?」
「ああ、身にしみてよくわかったよ」
ノリを共有してしまいやすいんだろうな。
スナークの暴争以降、閉塞的になってしまっているのもそれが悪い方向に影響したもので、そして今回のウォシュレットで一気に発散されて気が狂った、と。
そして次にスープが運ばれてきたが、やはり肉がごろごろはいった実にボリュームのあるスープであった。
「にしても肉多すぎだろ」
「んお? ダンナは肉苦手か?」
「むしろ好きな方だと思うんだが……、まだ始まりでこれと思うとこれからどれだけ肉が出てくるのか心配になってな」
「ご主人さまー、わたしもうエンディングが近いです……」
「あとはミーネさんにお願いしなさい」
とシアに言ったところで、ミーネが静かなことに気づく。
場に合わせているのか、今日は静かにモグモグである。
おおぉ、ちゃんと場をわきまえた食事の仕方を――
「むー、服がしまってるから思いっきり食べられない……」
と思ったら、わきまえているわけでも何でもなかった。
「ニャーもこの国を出るまでわからなかったニャ。こう改めて見ると肉多すぎニャ。野菜が欲しくなるニャ」
この国の出身者でもそう思うか。
するとそこでユーニスが尋ねる。
「リビラ姉さまはどうしてザナーサリーへ行ったんですか?」
「ニャ……」
なにか言いづらいことなのか、リビラはちょっとばつの悪いような顔をしたが、ユーニスの期待した顔を見て諦めたように言う。
「ミーネのお爺さんに弟子入りしようと思ったからニャ」
「ふぇ?」
それに驚いたのはミーネだ。
どうやら初耳だったらしい。
「ミーネさんのお爺さまと言うと……、バートラン殿ですね。ぼくも知っていますよ。破邪の剣と呼ばれるザナーサリーで一番の剣士なんですよね」
「そうだニャ。そして……、ニャーのははニャの師匠でもあるニャ」
「そうなの!?」
ミーネがさらに驚く。
おれの顔にスープの飛沫が飛んで来ましたよ、と……。
「ミーネのお爺さんがととニャを訪ねて来たときに聞いたニャ。その繋がりで弟子入りをお願いしたニャ。でも弟子にはしてもらえなかったニャ。かわりにメイド学校に放りこまれたニャ」
「それは……、リビラとしてはやる気でなかっただろ」
強くなりたいのに、メイドの学校に放りこまれちゃあな。
「最初はぐでんぐでんだったニャ。でもすぐに訓練の相手に事欠かないことがわかったニャ。リオやアエリスはいい相手だったニャ。シャフリーンは強かったニャ。ヴィルジオはもうなんかアレおかしいニャ」
「おまえより強いのがいんのか……、あ、でもおまえ武器置いてってんじゃん。同じようなの使ってんのか?」
「今はわけあってナイフを使ってるニャ」
「武器が全然違ってんじゃねえか。どういうわけだ」
「あれ? リビラってもとは違う武器を使ってたの?」
ふと食事の手をとめ、ミーネが尋ねる。
今夜のミーネはいつもの調子で食べることができないため、ちゃんと会話に参加することができていた。
「そうだぜ。バカでかい剣な。大人たちがいくらなんでも無茶だ無理だって言っても頑として聞き入れなくて、結局それなりに使うようになりやがった。なのになんでナイフ使ってんだ?」
「内緒ニャ」
「んだよー」
それからリビラの話はメイド学校での生活に、そしておれが訪れてからの話へと移っていく。
おれが登場してからは、ユーニス、そしてシャンセルはおれが王都でどんな生活をしているか聞きたがった。
決闘の話やコボルト王種の話を二人は喜んで聞いた。
そしてベルガミアへ来る直前は聖女の法衣を仕立てていたことを話すと、シャンセルはちょっとあきれ顔になった。
「ダンナは服まで作るのかよ……」
「私がこれに着替えるまえに着ていた服がそうよ」
「ああ、あれか!? えー、すげえな。でもって今はウォシュレットを発明した功績を認められてこれだろ? 冒険の書を作ったって聞いて、それだけでもすげーって思ってたのに……」
シャンセルはしきりに感心していたが、ふとなにか思いついたか、ちょっと困惑したような表情を見せる。
「あー、そうだ。ダンナこのあと大変だろうな……」
「このあとって……、なんかあるのか?」
「食事のあと、別の広間に移動して交友会? まあ好き勝手にだらだらお喋りの時間なんだよ。ダンナには貴族連中が群がるぜ」
「うわぁ……、ご遠慮したい」
「あ、でもあたしらと一緒にいればやっかいなのは牽制できるぜ」
「やっかいなのを牽制……?」
「いやほら」
シャンセルはシア、ミーネ、それからリビラ、最後に自分、と順番に指さしてにかっと笑う。
「綺麗どころが四人もいるところに、娘を嫁にどうかなんて言ってくる奴はいないだろ? 事実はどうあれ、あたしら差し置いて娘を推すことのできるほど面の皮が厚い奴はそうはいないぜ」
「ああ、魔除けのガーゴイル的な」
「ダンナ何気にひでえな!?」
※誤字の修正をしました。
2017年1月26日
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2020/02/05
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/04/17




