第182話 12歳(夏)…お着替え
「氷の魔法を使うようにするの?」
キャラクターの製作中、ふとシャンセルのキャラクターシートをのぞき見たミーネが尋ねた。
ミーネが魔導剣士で、シャンセルは魔法剣士、冒険の書においてはほぼ同じものなので構成が気になったようだ。
「おう。あたし氷の魔法が使えてさ、せっかくダンナがGMやってくれるんだし、なるべく自分に近くしようかなってな」
「へー、氷の魔法を」
「いやちょっとだけな。クリエイトの魔法で氷や冷気を作れるくらいのもんだよ。あ、ちょっとやってみようか」
そう言うと、シャンセルはアイス・クリエイトの魔法でもって冷気を作りだし部屋の温度を下げた。
「すごい! 涼しいわ!」
ミーネが感嘆の声をあげる。
季節が季節なだけに、その効果はとてもありがたい。
「ねえねえ、夏の間だけザナーサリーに来ない!?」
「いい考えニャ。秋になったら帰すニャ」
「清々しいくらいにひでえな!」
確かに二人はひどいことを言っていたが……、気持ちはわかる。
シャンセルがいたら暑い季節も快適にすごせそうだしな。
△◆▽
王子のお願いで始まった冒険の書だが、町人からのクエストを順調に片付けているところで、晩餐会の支度を手伝いに侍女たちがやってきたので一時中断となった。
なんでも晩餐会用の衣装が用意してあり、それに着替えるのを手伝ってくれるらしい。
おれたちは一旦解散、それぞれの部屋でお着替えとなった。
衣装はこれまで身につけたことのないような立派なものが用意されていて、それを侍女が二人がかりでおれに着せてくれる。
とりあえず羽織ってボタンかけて――、なんて適当ではなく、衣装を身につけるごとにおかしくないか、歪みや皺はないかなど、しっかりと確認していくせいで時間がかかる。
やがて着替え終わったおれは鏡でその姿を見せられたのだが、悲しいかな、貴族風の立派な衣装を着た素行の悪そうなお子さんがいるだけだった。
「とてもお似合いですよ」
「ええ、素晴らしいです」
着替えを手伝ってくれた侍女は褒めてくれるのだが、おれはひたすら苦笑いするばかり。
着替えがすむと、侍女たちはもうしばらくお待ちくださいと言い残して去っていった。
おれは椅子に腰掛け、あまりにきっちりしすぎて非常に堅苦しく動きづらいこの衣装にさっそく辟易し始めていた。
体には合っているのだが、見た目の華やかさが優先されているのであまり動きやすくない。
ぶっちゃけ動きにくい。
例えばそれは、進学して初めてきっちりとした制服を身につけたようなあの堅苦しい感覚だ。
着続ける機会があれば慣れていくのだろうが……。
前に一度、服装が下男レベルとシアに指摘されたことがあった。
知ったことかと思ったが、レイヴァース家の長男がそれでは問題だとさらに指摘され、確かに、と納得したものだ。
名声値集めをしていれば、いずれ今回のようにお偉いさんの招待を受けることもあるだろうし、そろそろ真面目に自分用のまともな衣装を用意すべきなのだろう。
今回は良い機会だったのだが、ちょっと急すぎて用意するのは無理だったが……。
「ニャーさま、戻りましたニャー」
考え事をしていると、まずリビラが可愛らしいドレス姿になって戻ってきた。
ドレスは腰から下がどかんと広がっているような形を作ったものではなく、自然に下ろされたもの。
まあボリュームを作るための型なんてつけたままじゃ、座ってお食事なんて出来ないからな。
「メイド服が恋しいニャ。なんだかんだであれは動きやすいニャ」
そうは言いつつも身のこなしは問題なく、リビラはお淑やかにおれのところまでくると、くるりと回る。
一瞬、ぴょいん、と立っている尻尾が見えた。
ちゃんと獣人用に尻尾が出せるようになっているようだ。
メイド姿ばかりだったリビラだが、ドレスに着替えたことでぐっと可愛らしくなり、ちょっと気品も感じさせる。
とてもケツの穴をご披露しようとしたお嬢さんには見えない。
「ニャーさま、ニャーはどうですかニャ?」
「よく似合ってる」
衣装はもちろん、今のリビラは髪も整えられて飾りをつけ、ちょっとお化粧もしているのでだいぶ印象が違って見えた。
こうして見ると堂に入っているというか、本当にいいとこのお嬢さんなんだということがわかる。
だらしない姿でも、仕草が綺麗だったりしたのはこういうことだったわけか。
一方――
「んぎゃー!」
「ミーネさーん!」
部屋の外になんか騒がしいのがいる……。
「動きにくい! スカート長すぎ! 爪先ひっかかる!」
「き、気持ちはわかりますが諦めましょう。歩幅を小さく、そしてゆっくりとですよ」
「あーもーいいわ!」
「ちょっとぉ!?」
そしてミーネは思いっきりスカートをたくし上げて登場した。
綺麗な赤のドレスとか、髪飾りとか、そんなもの知ったことかというあまりにも残念な登場であった。
「あらリビラ、素敵じゃない」
「ミーネもよく似合ってるニャ。近くにいるとこっちの気が重くなってくるくらい美人さんニャ」
いやいやリビラさん、そこまで自分を卑下することもないでしょう。
あなたもとても可愛らしいですよ?
「ミーネさーん、そうやって晩餐会に向かうわけにはいかないんですよー?」
遅れてシアもやってくる。
こちらは青いドレス。
普段おろしっぱなしの髪を後ろでゆったりと編んである。
見た目は可憐なお姫さま然としたものだが、スカートを気にしてかなりおっかなびっくりに、普段の身のこなしからはかけ離れたぎこちない歩き方ではそれも台無しだ。
衣装一つでこうも育ちがわかってしまうものなのか、とおれは感心した。
「ちょっとー、なに見てるんですか。こっちは苦労してるんですよ」
「ん、いや、着飾るとさすがに綺麗だなーと思ってな」
「はあ!? って、ぎゃーす!」
失礼なことを考えていると覚られないように適当なことを言ったらシアが動揺してビターンッと倒れた。
ちょっと悪いことをしたと思い、立ちあがるのに手を貸す。
「わ、わたし、そんなに素敵さんです?」
「そだな。ミリー姉さんがいたらさぞ喜んだろう」
「それはちょっと……」
シアがすごく嫌そうな顔になった。
「ねえねえ私は!?」
「おまえもすごく似合ってて素敵だ。だからスカートをたくし上げるのはやめような? 台無しになっちゃうからな?」
「むぅ……、がんばる」
なんとかクェルアーク家の令嬢が恥をさらすのは回避できそうだ。
しかし、それにしても――
「おまえはもうちょっとそういう服に慣れていてもおかしくないと思うんだが……」
名家のお嬢さんなんだから――、と言うと、ミーネはちょっと眉根を寄せて考え、そして口を開く。
「昔々あるところに、ミーネという女の子がおりました」
なんかお話が始まった。
「ミーネは勇者だったご先祖さまのようになりたかったので、作法とかそういうのはぜんぜん興味ありませんでしたとさ。おしまい」
「……えっ、終わり!?」
シアがびっくりして言った。
おれもびっくりした。
昔話風に始めた意味がまったくねえし!
ミーネは「うまく返してやったぜ」的な満足があるのか、ちょっと誇らしげな表情でいる。
まあなんでもいいのだが、その考えではこの先ちょっと問題があるかもしれないので指摘だけはしておくことにした。
「おまえな、勇者とかそんなんになったら、こういう着飾る機会は盛りだくさんだぞ。いいのかそんな調子で」
「――ッ!?」
一転、ミーネが愕然とした表情になる。
そういう想定はまったくしていなかったらしい。
黙って立っているぶんには非の打ち所はない――、しかし、ならばとマネキンみたいに誰かに担いで運んでもらうわけにはいかないのである。
※誤字を修正しました。
ありがとうございます。
2018/12/11
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2020/02/05




