第181話 12歳(夏)…ベルガミアの王族
ざっと挨拶をすませたシャンセルはそれからテーブルに伏せたままのリビラの横まで行き、そして深々とため息をついた。
「ったく、おまえはよー、いきなり居なくなったと思ったら、ザナーサリー行ってたのかよ。何やってたんだ?」
「メイドだニャ」
「メイド?」
なんだそれ、とシャンセル王女は首をかしげたので、おれは簡単にメイドとはなにかを説明した。
「魔道執事や魔道侍女みたいなもんなのか?」
「あれは執事や侍女と言いつつ実質は護衛のようなものだけど、メイドはそれを含めすべてをこなすんだ」
「ふうん?」
いまいちわからないような顔だったが、まあ今は仕方ない。
いずれ広まってくれることを期待しよう。
「んでおまえは……、そのメイドの見習いやってたのか。似合わねー。どうせいつもそんな感じでだらだらしてたんだろ」
さすが竹馬の友、リビラのことはよくわかっているようだ。
「で、親父さんには会いにいかないのか?」
「ニャー……」
おれでは言いにくいことをシャンセルはいきなり尋ねた。
「にゃあじゃねえ。どうすんだよ」
「行かねーニャ」
「んだよ……、あっちもこっちも行かねー行かねーかよ」
シャンセルはリビラが家出した事情を把握しているようで、和解の手助けのためか、すでにリビラの父にも話しに行っていたようだ。
会いに来ない、行かない、というのはどちらも譲るつもりがないことの証左のようなもの。
おれとしては親父さんが悪いと思う。
悪いと言うか、説明不足なのだ。
どうしてリビラを黒騎士にさせたくなくなったのか、その理由をまずちゃんと話してやらないと、リビラは納得のしようがない。
「つっても、こうして戻ってきたんだから、もう一度ちゃんと話してみよって思ったんだろ? んなふうにダレてないで、とっとと行って喧嘩でもなんでもしてこいよ」
シャンセルは王女としてはちょっと雑だが、なかなか友達思いの娘さんらしい。
しかし一方の友達はと言うと――
「うっせーニャ。余計なお世話ニャ」
ちょっと意固地になってしまっているのか、取り合おうとしない。
「ああ? ふっざけんなよてめー」
リビラのぞんざいな対応に、シャンセルは眉間に皺をよせて気色ばむのだが……、その尻尾はパタパタと揺れている。
なんだかんだで友人との再会が嬉しいらしい。
「おら、おら」
シャンセルはぐったりしているリビラの頬を指でつつき始める。
ずいぶん平和的な攻撃だ。
と思ったら、リビラがその指にガブッと噛みついた。
「うっぎゃああーッ!」
シャンセルが悲鳴をあげて慌てて指をひっこめる。
「こいつ、信じられねえ……!」
「疲れてるところにつまらない絡み方するからニャ」
ふん、とリビラが伏せたまま器用にそっぽを向くと、シャンセルの尻尾がしなだれた。
「なんだよー……」
ひさしぶりに再会した友人があまりに冷たくて王女様はしょんぼりしてしまった。
なんだかすごく犬っぽい。
「ねえねえ、なんか小さいお客さんがいるわ」
そんななか、ふと気づいたようにミーネが言った。
開きっぱなしの扉を見ると、書類入れのような箱を抱えた男の子がおずおずとこちらを覗きこんでいる。
歳はうちのクロアくらいで、犬耳、犬尻尾――、ではなく狼か。
「ユーニス、なにしてるニャ。こっちに来るといいニャ」
リビラに呼ばれると、その少年――ユーニスは嬉しそうな顔をしてぱたぱたやってきた。
「リビラ姉さま! あ、姉さまこれ持って」
抱えていた箱をシャンセルに押しつけ、席を立って迎えたリビラにユーニスは抱きついた。
「リビラ姉さま、お久しぶりです!」
「ひさしぶりだニャー。元気にしてたかニャ?」
「はい! リビラ姉さまもお元気でしたか!」
「ニャーも元気でやってたニャ」
抱き合って再会を喜び合う二人の傍ら、弟に箱を押しつけられたシャンセル王女は渋い顔だ。
「なんだよー、ずいぶんあたしと違うじゃねえかよー」
「なんニャ。シャンもニャーと抱き合うニャ?」
「誰が」
けっ、とシャンセルはそっぽを向く。
それを見て、ユーニスはくすっと笑った。
「姉さまはあんな素振りをしてますが、リビラ姉さまが帰ってくるのを知らされてからずっと――」
「ふんッ!」
「あいたー!」
なにやら暴露されそうになり、シャンセルは弟の頭をゴスッと箱で叩く。
「なんてことするんですか、姉さまは乱暴です」
「うるせえ。おまえこそレイヴァースのダンナが来るって知ってから尻尾ぱたぱたしっぱなしだったじゃねーか。ほれ、なんかお願いがあるんだろ」
そう言ってシャンセルが箱を押しつけると、ユーニスは「そうでした」とおれに向きなおった。
「あの、僕はユーニスと言います。この国の第二王子です。本当はもっといるんですが、狼族なので第二王子です」
「……うん?」
ユーニス王子の言ったことがどういう意味なのかよくわからない。
「ニャーさま、ベルガミアの王家はちょっと特殊なのニャ」
「まあそれはよくわかるが……」
「ダンナ何気にひどいこと言ってね?」
おっといかん、つい口が滑った。
「獣人の子供は両親の種族以外ってのもよくあるのニャ。それは祖先にその種族がいたからニャ。この国の王家は狼族として産まれてきた子供だけが王家の一員として育てられるのニャ」
「そういうこと。あたしにも、兄貴にも、ユーニスにもそれぞれ兄弟姉妹いるけど、みんな町で好きに暮らしてるんだ」
「あれ、ってことは、みんな母親が違うってこと?」
「そそ。あたしが第二王妃、兄貴が第一、弟が第四」
ってことはあの王様、少なくとも嫁さんが四人いるのか。
王となればこんなもんなのかな?
「でも狼族だけ王族って……、不満とかでるだろ?」
「ああ、あたしとしては王族とかすげー面倒なんだよ。兄貴は乗り気だけどな。ユーニスは?」
「ぼく冒険者になりたいです」
「やっぱ王族とか嫌だよな」
「……んん?」
あれ、なんかおれの質問が正しく理解されていない。
「そーじゃねーニャ。ニャーさまが言ってるのは、血筋は確かなのに王族として迎えられない方からの文句ってことニャ」
「あ? ああ! いやいや、そりゃねえよ。王族とかめんどくせっ、ってのばっかだぜ。みんな城から離れて好き勝手やってる」
「昔は王族の男たちが戦って、一番弱い者が王座を押しつけられるなんてありさまだったらしいニャ。シャーロットのパーティ仲間で魔王討滅をはたした狼族の男は、そんな、継承権ほっぽり出して国を飛びだした王族の一人だったニャ。魔王を討滅して満足したのか、その狼族は王に立候補して、じゃあどうぞどうぞって王位を譲られ、そのうちじゃあ魔王討滅して縁起がいいし、王は狼族ってことにしようって話になって、今のよくわからないしきたりができたニャ」
「そうなんだよ、めんどくせぇ。あたしって姫とかそんなガラじゃねえだろ? なのに狼族で生まれてきたから姫なんだよ」
「そんなことないニャ。シャンは素敵なお姫さまニャ」
にやにやしながらリビラが言うと、シャンセルは嫌そうな顔をする。
「思いっきり他人事な顔しやがって……。おまえだって狼族として生まれてきたら継承権もある王族だったのに」
「あれ? リビラって王族の血を引いてるのか?」
「ん? ああ、こいつの母親が親父の姉だったんだ。猫だったんで王族からはずれて黒騎士の団長やってて、副団長だったこいつの親父さんと結婚して――、って、あー……」
そこまで話してシャンセルが気まずそうな顔になる。
「変に気を使わなくてもいいニャ。ははニャはニャーを産んで亡くなったニャ。それでととニャが黒騎士の団長になったニャ」
「じゃあリビラとシャンセルは従妹同士なのか」
「そうだぜ。実際はこいつ王宮暮らしも長いし、感覚的には姉妹みたいなもんだな」
「ニャーが姉ニャ。ダメな妹をもつと苦労するニャ」
「そりゃこっちの台詞だ! 姉がいい加減で苦労してるよ!」
従姉妹たちが睨み合う。
その一方で――
「あう! あう!」
すっかり放置してしまっていたユーニス殿下は、金銀にふさふさの尻尾を撫で撫でされたりにぎにぎされたりして悶えていた。
「おいそこのバカどもーッ!」
獣人の尻尾に関して特別なしきたりがあるとは聞かないが、だからといって初対面で撫で撫でにぎにぎしていいものでもあるまい。
まして相手はこの国の第二王子である。
「ちゃんと許可はもらったのよ?」
「まずそこがおかしい! 許可をもらおうとするな!」
「いやー、ついクロアちゃんを思い出してしまいましてー」
「クロアに尻尾ないだろ!?」
ミーネの窘め役になるべきだというのに、このアホメイドは……。
おれはユーニス殿下を救出すべくひきよせる。
「すいませんね、うちのアホどもが。そう言えばなにかぼくに用があるとのことでしたが?」
「はい! 実はですね、これ――」
とユーニスは抱えていた箱をテーブルに置いて開いて見せる。
出てきたのは冒険の書の特装版だった。
廉価版や通常版の発売に先駆けて各国の王家に献上した物か。
「レイヴァース卿にGMをしてほしいんです。皆にお願いをするとどんどんいい加減になってしまって、僕はまだまともに物語を終わらせることができていないんです」
きらきらしたお目々でお願いされてしまった。
「あー、かまいませんよ。すぐに始めますか?」
「はい!」
ぱぁとユーニスが笑顔になる。
「となると……、やる?」
とりあえず周りに確認をとってみる。
「おう、やるぜ」
「ニャー」
「もちろん!」
「まずこの像どっかやってくださいお願いします」
全員参加、と。
※誤字の修正をしました。
2017年1月26日
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/01/22
※文章の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/06/29




