第180話 12歳(夏)…便所の神さま
謁見の間は想像していたよりも狭かった。
いや、訓練校の教室を二回りくらい広くした感じなので狭いというのは言い過ぎかもしれないが、勝手に体育館のような広さをイメージしていたのでちょっと拍子抜けしたような感があったのだ。
「まずはあれだ。すまん……」
謁見した国王にいきなり謝られた。
「俺もな、まさかあんなことになるとは想像もできなかったんだ」
玉座に腰掛け、額をおさえるベルガミア国王は狼族の男性だ。
歳はうちの父さんと同じか、ちょい上くらい。
国王といったら、大仰に、偉そうに、もったいぶって話すものだと思っていたが、陛下の口調はかなり気さくだった。どうも性格からしてそうらしく、最初おれたちが入室すると、陛下は「ようこそようこそ」言いながら両手を広げてこちらに歩み寄ろうとし、側にいた家臣に首根っこを掴まれて玉座に引きずり戻されていた。
「ただ、誤解しないで欲しいのだ。民衆は卿を罵倒していたわけではない。民衆は心から卿を歓迎していた。――ただちょっとな! 考えが足らないと言うか何と言うかな……! とにかくすまん……」
招待した相手に国王が平謝りとか前代未聞ではなかろうか。
まあうんざりはしたが、別段、腹を立てているわけではない。
そもそも招待した賓客が民衆に便器便器と連呼されながら王宮まで馬車で運ばれてくるなど、どんな知恵者であろうと予測できるわけがないのである。
きっと孔明も混乱して「孔明の罠だ!」と口走ることだろう。
しかし、それでも国としては大失態なわけで、謁見の間は厳粛な雰囲気からはほど遠い、何とも言えない微妙な空気が漂っている。
国王は言わずもがな、側に控える家臣も、左右に並んでいる騎士たちも非常に気まずそうな空気を漂わせていた。
「さて、いつまでもこの話題を続けるのもあれだからな、そろそろ本来の段取りにもどそう」
国王はそう言うと、一つ咳払い。
「あれを」
そう国王が言うと、側に控えていた家臣の一人が小箱を持って陛下の傍らに立った。
「卿の作りだしたウォシュレットはこのベルガミアに一筋の希望をもたらした。その感謝、そして友好の証としてこれを贈ろう」
言いながら国王が被せるような状態になっていた箱を上げる。
そして現れたのは黄金の像だった。
モデルはたぶんおれなんだろう。
おれがオーギュスト・ロダン作『考える人』みたいなポーズでいる黄金像である。
問題は座っているのが岩ではなく便器というところだろうか。
「我が国で最も優れた彫金師に作らせた物だ」
その彫金師は紙一重、その残念な方のセンスをお持ちらしい。
「……くっ…ッ…! ぐふぅ……ッ!」
すぐ後ろにいるシアが必死に笑いを堪え始めた。
「……し、知ってる、わたしあんなアクマ知ってる……ッ!」
おれも知ってるよ、発明品ばらまいて人を堕落させる悪魔な。
って、あれ!?
案外的を射てる!?
「……すまねーニャー……」
あのセンスは無い、と思ったか、リビラが囁くように謝った。
「……ほしい……!」
なぜかミーネには好評だ。
欲しけりゃ後でやるよ。
「これは特別に黄金製だが、実は一般向けに木彫りや石像なども製作しているのだ」
「!?」
誰だ発案者は!
この国には紙一重の残念な方しかいねえのか!?
そんなもん販売してどうすんの、ってか買う奴いるの?
買って便所にでも飾るの?
おれ便所の神さまなの!?
「……堪えろわたし……ッ! 堪えて……ッ!」
シアの悲壮な呟きが聞こえてきた。
この場では馬鹿笑いすることもできず、必死になって笑いを堪えているらしい。
「……やばい、この国やばい、わたしを殺しにきてます……ッ!」
謁見はシアにとっては試練の場となっていた。
△◆▽
その後、国王と少し言葉を交わして謁見は終了した。
シアやミーネには挨拶程度に、リビラには元気だったかどうか少し気遣うように言葉をかけたが、詳しく尋ねるようなことはしなかった。
謁見が終わると、おれたちは用意された部屋に案内された。
それぞれ立派なお部屋が用意されていたが、現在、みんなおれの部屋に集まってきて丸いテーブルを囲んでいた。
「はぁはぁ……、やっとおさま――、って、うふふふっ、ちょ、ちょっとご主人さま! これ早くしまってくださいよ! わたしがいつまでも笑い続けることになるじゃないですか!」
シアの言うこれとは件の黄金像である。
現在、黄金像はおれたちの囲むテーブルの真ん中に鎮座し、シアを無限の笑いへと誘っていた。
「うふふ……、あーもー、笑い続けるのもきついんですよー?」
「知るか。もうここで一生分笑っとけ」
このあと開かれる晩餐会までおれたちは好きなように待機。
観光するなら案内をつけると言われたが、行く先々で便器と呼ばれるのは非常にうんざりするので部屋で大人しくしていることにした。
「せっかくベルガミアに来たのにー」
ミーネは不満そうに言うのだが、おれの身にもなってくれ。
「すまねーニャー……」
リビラはテーブルに伏せ、虚ろな顔でぐったりしている。
「いや、リビラが謝ることはないからな?」
「すまねーニャー……」
リビラはすっかり『ごめんなさいマシーン』と化していた。
そんな、おれたちが何をするでもなく時間を浪費していると――
「おいーっす」
バーンと扉が開き、適当な挨拶をしながら一人の少女が現れた。
年代はおれたちとそう変わらないくらいの犬族――、いや、たぶん狼族かな。
髪は長め、赤みがかった灰紫をしており、後ろでひとまとめに。
目はやや赤みの濃い橙色。
そんな少女は腰に剣――、いや、刀をさげていた。
ただ刃の向きが逆……、いや、どちらかと言うと垂直に近い角度で専用のベルトに装備しているから、刃は下でいいのか?
まあ、こっちの世界ではそういうものなのかもしれないし、余計な指摘はやめておこう。
きょとんとするおれたちの視線を受け、少女はちょっと驚いた顔をした。
「おっと、勢揃いしてたのか。えーっと、あんたがレイヴァースのダンナで、銀色の髪してるのが妹で、金色の髪してるのがクェルアークのお嬢だな。あたしはシャンセル。一応ここの王女。そこで溶けかけてる猫とは腐れ縁なんだ。よろしくな」
あの王にしてこの娘ありという気さくな王女様は、そのままおれたちのいるテーブルまでやってくるとふと怪訝な顔になる。
「なんだこれ……」
「陛下からの贈り物です」
答えるとシャンセルはさらに表情を険しくさせた。
「……すまねえ、うちの親父が変な物を贈って……」
リビラに謝られ、国王に謝られ、そして今度は王女に謝られた。
「いえ、あの、王女さま、そんな謝罪していただかなくても……」
「そうかぁ? もしあたしがこれ贈られたら親父の顔めがけてぶん投げるけど?」
なかなか勝ち気な王女さまだ。
当たり所によっては死にかねないので投げつけるのはやめましょう。
「あとレイヴァースのダンナ、そんな丁寧に喋んなくてもいいぞ? なにしろダンナはあのレイヴァースだし、冒険の書の作り手で、そんでもってウォシュレットの発明者だ。もっと堂々としてくれよ」
にかっと笑い、シャンセルはおれの背中をばしばし叩く。
「そっちの妹さんも、クェルアークのお嬢もな。仲良くしようぜ」
人懐っこい――、と言うのとはちょっと違うかもしれないが、シャンセル王女は誰とでも打ち解けられる性格のようだ。
※文章の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/01/22
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/27




