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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
3章 『百獣国の祝祭』編
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第179話 12歳(夏)…ベルガミア王国

 あるとき、乱読家のクラスメイトがとある写真家の生涯を綴った本を読んでいた。面白いのか、と尋ねると「面白いところもある」と答えてきた。さらに「どんなところが?」と尋ねると、そいつはちょっと考えて写真家の若い頃のエピソードを語った。

 それは写真家が実現不可能と思われる要求を叫び訴えるデモにまじるなか、何の意味もない言葉を力強く叫び続けたら、皆もその意味のない言葉をわけもわからないまま叫び始めた、という話だったのだが――。

 ベルガミアの王都ピアルクにて、歓迎を受けるおれは凪いだ水面のような心でなんとなくそんなやりとりを思い出していた。


    △◆▽


 七月も下旬にさしかかるその日、ベルガミアへ出発するおれたちは昼食を早めにすますと大使に用意してもらった衣装に着替えた。

 王様に会うのだからてっきりごてごて着飾るものかと思いきや、用意されたのはズボンとシャツとベストっぽいものだけ。

 もちろん生地は良いもので、刺繍や装飾なども施されていたが嫌みな派手さはなく、主張しすぎない程度におさまっている。

 着替えてみると服はおれの体にぴったりで、体を捻ったりしてみても妙な皺になったり生地がつっぱるようなこともない。


「これがまともな仕立てか……、おれだと厳しいな」


 身につけてみて、本当の仕立て仕事のすごさを実感する。

 おれはイメージした形には作れるが、ただそれだけの服であって着心地の良さの追求となるとまだまだなのだ。


「……この服おれの寸法に合わせちゃってるものだし、もらえるんだよな? うん、手本にしよう」


 部屋で一人感心していると着替えたお嬢さん方がやってきた。

 一目見てまず思う。


「なんかすっごい不思議な感じがするな……」

「奇遇ですね、ご主人さま、わたしも自分のことながらすっごい不思議な感じがしています」


 シアがメイド服以外を着ているのを見るのはいったいいつ以来だろうか。

 リビラもこれまでメイド姿しか見ていなかったのでやはり不思議な感じだ。

 二人はそれぞれ違うデザインのブラウスにスカートという涼しげな姿なのだが、おれの感覚だとなんとなく古くさく感じる。

 カントリー風味というかなんというか。

 そしてミーネはこのままでいいと言いはったので普段通りの服である。


「私、やっぱりあなたの作る服の方が好きみたい」

「そ、そっか……」


 気に入ってくれているのは嬉しいが……、なんとなく「さっさと新しい服をよこせ!」と圧力をかけられているのではないかと考えてしまう今日この頃だ。


    △◆▽


 その後、迎えの馬車に乗りこみ王都エイリシェの精霊門へ向かう。

 精霊門ではタヌキ大使がおれたちを待っており、準備が整っているか最終確認をしたあと大使と共に精霊門をくぐった。

 そしてやって来ましたベルガミア。

 精霊門のある堅牢な建物から出ると、正面には石で舗装された立派な道が横に走っており、その道の先に大きな都市があった。

 あれがベルガミアの王都ピアルクか。

 ここから王宮までまた馬車で移動するということで、おれたちは用意されていた馬車――四頭の馬が引く豪華な意匠が施された天井のない儀装馬車に乗りこむ。


「ねえねえ、あの黒い格好をした人たちはどういう人?」

「あれが黒騎士ニャ」


 馬車に乗りこむ途中、ミーネが周囲で待機している黒ずくめの者たちについて尋ね、リビラがそれに答えた。

 黒騎士に対し、おれは漠然としたイメージで黒い全身甲冑だろうと想像していたのだが実際はだいぶ違った。

 基本となっているのは黒い生地の服で、その上から体の曲線に合わせた黒い防具――、甲冑よりはプロテクターと言った方が近い物を身につけている。そのためおれは全身プロテクターを装備したサイバー忍者、という印象を持った。


「けっこう身軽なのね」

「持久戦を想定されているからニャ。できるだけ身軽でないと戦い続けることが厳しくなるからニャ」


 おれたちが馬車に乗りこんだところで、待機していた二十名ほどの黒騎士が馬に乗り、馬車の周囲に展開する。

 護衛なんて必要なのだろうか、とは思ったが、国王が招いた賓客なわけだし、形式的なものだろうとおれは考えた。

 おれはその考えが王都へと到着してから勘違いだったと知る。


    △◆▽


 ベルガミアの王都ピアルク。

 王宮へと続く大通りは左右にわかれての人だかり。

 なんだろうと思いきや、それはおれの来訪を歓迎する人々の集まりであると知らされ愕然とした。

 確かに、わあわあという大声に混じって、レイヴァース、レイヴァースと叫んでいるのが聞こえる。

 本当におれの歓迎に集まっているらしい。

 人だかりはずっとずっと先、それこそ遠くに見える王宮までも続いているように見えた。

 馬鹿な、というのが正直な感想だった。

 どんだけウォシュレットありがたがってんだよ、と。

 同時に、どんだけお尻の事情に悩まされてたんだよ、とも思った。


「王様にお言葉をいただく程度だと思っていたんだが……」


 想像を遙かに超える歓迎におれは恐れおののいた。

 熱狂している民衆が固める道を進む馬車、周りをきっちり固めている黒騎士たちの頼もしさときたら。


「えらい騒ぎになってますねー」


 人々の熱気に圧倒され、惚けたようにシアが言う。


「なんだか凱旋してるみたい!」


 ミーネはきょろきょろ、意味もなく民衆に向かって手を振ったりと忙しい。


「リビラが作れ作れと必死になったのもうなずけるな……」

「ニャーさま、こんなに人が集まっているのは、獣人がお祭り好きってこともあるんだニャ。たぶん半分くらいは、なんで大騒ぎになってるのかよくわからないまま集まってきて叫んでるだけニャ」


 うんざり顔でリビラが言う。

 歓声を受けながら馬車に揺られていると、民衆の叫ぶ言葉に変化がみられるようになった。

 わーわー言いながら、レイヴァースと叫んでいたのが、どういうことかウォシュレットに変わってきたのだ。


『ウォシュレット!』

『ウォシュレット!』

『ウォシュレット!』

『ワァァァァ――――――ッ!』


 勘弁してください。

 国王が招待した賓客に向かってウォシュレット連呼とかどうなのよ。


「ニャーさまー、すまねえニャー。獣人は興奮するとゆるい頭がさらにゆるくなってしまうんニャー……」


 さすがに失礼と思ったようで、リビラがしょんぼりと申し訳なさそうに謝ってくる。


「ぷくくく……」


 一方、シアは手で口を押さえて笑いを堪えていた。

 おのれ……。

 おれはややうんざりしながら、早いところ王宮に着かないだろうかと思った。

 だがこれは始まりにすぎなかった。


『便器ッ!!』

『便器ッ!!』

『便器ッ!!』

『ワァァァァァ――――――ッ!!』


 ウォシュレットから便器になった。


「あはははは! は、はは! あはははは!」


 もうシアは堪えることができずに腹を押さえての大笑いだった。

 笑ってんじゃねえ、と頭をひっぱたきたいところだが、おれもこれが他人事なら絶対笑ってる。


「べ、便器って、ご、ごご、ご主人さま、はは、は、ちょ、ちょっと待って! い、息が、はぁはぁ……、ふはっ、あはははは!」


 ひとしきり笑っても、民衆はひたすら便器と連呼し続けている。

 その状況が面白くてシアはまた笑いだし、笑いすぎて呼吸困難に陥ってミーネにしがみつき、助けを求める事態に陥っていた。


「あははははー、はぁはぁ、あはははぁ――、助けてー!」

「よしよし。よしよし」


 助けてと言われてもどうにもできず、ミーネはしがみついてくるシアの背中を撫で撫でしていた。


「すまねえニャー、ほんっとにすまねえニャー、もう申し開きすることもできないほどすまねえニャー。獣人みんなアホなんだニャー」


 そうか、獣人はアホなのか。

 いやまあそりゃあ便器の強化パーツを発明したけれども、だからって国王が招いた賓客に向かって便器連呼はまずいでしょうに。

 リビラがひたすら謝り続けるなか、おれは一周回って穏やかになってしまった心持ちで民衆の声を聞いていた。


※文章の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/01/22

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