第18話 4歳(冬)…おもちゃの製作
やがて季節は冬となる。
冬の引きこもり期間、おれは父さんと一緒にせっせと弟のオモチャを作った。
オモチャ作りは両親とおれの共同作業となった。
まずおれが設計し、母さんが材料にする木を魔法で切りたおす。
「ワールウィンド」
指を向けてそっと囁くだけで、ずごん、とおれが手を回しても抱えられないような太さの木が切りたおされる。
魔法はこういった作業によく使われるのだろうか?
「そうねぇ、あんまり才能のない――というか、ほとんどの魔道士は木を切ったり、土を掘ったりを仕事にするようになるわね」
なるほど、重機みたいなもんか、とおれは納得する。
たぶん魔道士ってのは社会にとっては圧縮された労働力みたいなものなのだろう。母さんが魔法でちょいちょいと倒木を木材に変えていく様子を眺めながらおれはそう思った。
木材がそろったらおれと父さんでオモチャの部品に成形し、組み立てて完成である。
「あなたは将来、発明家ね」
ある日、ふと母さんが言った。
その頃には弟の部屋は作りまくったオモチャが所狭しとあふれている状態になっていた。
どうやらちょっと張りきりすぎたようだ。
△◆▽
やや作りすぎたようなので、オモチャ作りはひとまずお休みすることにした。
となると、午後からの時間がぽっかりとあいてしまうのが問題だ。
手持ち無沙汰になったおれは、導名を得るための大雑把な計画を紙に書いて整理してみたりした。円や矢印を使って視覚的にわかりやすく、イメージをしやすいように。
だがこれも数日程度で終わってしまう。
すやすやと眠る弟の傍ら、なにかしら趣味のようなものでもあればいいのだが……、と定年を迎えて呆然とする元企業戦士のようなことを考えているとき、ふと、弟のこの姿を残せないかと思った。
あちらなら携帯電話のカメラでパシャリと一発なのだが、こちらにそんなものはない。写真機もあるかどうか謎だ。シャロ様なら作りだしてしまっている可能性はあるが、今この家には存在しない。
となると――
「絵でも描くか」
オモチャの設計をしているとき、自分の絵心のなさはちょっと感動を覚えるほどだった。これから発明品を作りだすにしても、自分だけではどうにもならない場合は依頼をするしかない。そのとき、その完成図やどのようにして使うか、動かすかをイメージしやすいよう絵として提示することができれば、開発も円滑に進むのではないだろうか。
絵がうまく描ける。
これはおれが導名を得るためにも必要な技能に違いない。
おれは確信めいたものを覚えた。
「ありがとう弟よ、おまえのおかげで兄はひとつ前にすすむきっかけをつかむことができた」
弟に囁き、そっと頭をなでる。
その日からおれはさっそく絵を描きはじめた。
趣味と実益をかねたお絵かきだ。
もちろん最初に描いた弟の絵など惨憺たるものだった。
父さんは笑いをこらえ、母さんはブフゥと吹いて痙攣しはじめた。
ひでぇ……。
普通こういう場合って、親ならどんな下手くそだろうと「すごいねー、うまいねー」とか言って褒めるところでしょ!? まあおれだってこんなの見せられたら笑うけどさ!
微妙な心境にはなったが、おれは挫けずせっせと絵を描いた。
△◆▽
おれはおれのために絵を描きはじめたわけだが、あまりに突発的だったせいで両親に誤解をあたえてしまった。自分たちがクロアばかりをかまうから、おれが拗ねて自分の世界にこもってしまったと勘違いしたのだ。
もちろんそんなわけがない。
むしろおれは弟ちやほやの推進派である。
拗ねているとすれば、おれだけ弟の世話ができないことへの憤りからだ。
オモチャ作りも絵描きも、もとはと言えばすべてはそこから始まっている。
その話によってひとまず誤解はとけたものの、両親はおれもちょっと気にかけるようになった。本当に弟を優先でいいんだが、まあ四歳児だからどう言おうと強がっているようにしか聞こえないか。おれは両親に含むところなんてないんだがな。
「よしセクロス、ちょっと父さんとこれをやってみようか」
だが名前は呼ぶんじゃねえ。
お絵かきをやめて休憩していると、父さんがなにか持ってきた。
「……っ、と、なに?」
なにげなくそれの名前を言いそうになって焦る。
「これはな、シャーロットが考えた遊び道具でな、チェスっていうんだ」
父さんはすっかりおれと対戦する気なのか、さっさと駒をならべはじめている。
八×八の六十四マス。チェス盤は茶色の濃淡による配色。駒は白と黒の二色。それぞれキングとクイーンが一個、ビショップ二個、ナイト二個、ルーク二個、ポーン八個。
うん、道具はあっちのチェスそのままみたいね。
「これは頭を使う遊びなんだ。父さんはな、母さんに一度も勝ったことがないんだぞ」
いや、それ言う必要あるのか?
父さんはうきうきした様子でおれにチェスのルール、駒の動きを説明する。
とくに元の世界とかわりはないようだった。
シャロ様が持ちこんだとなると、もう四百年くらいたっているわけだから、ルールや駒の動きに妙な変化でも加わっているのではないかと危惧したが、そんなことはないようだ。
白が父さんで先手、黒がおれで後手。
チェスは本当に遊びでやったことしかない。
そんなおれに対し、父さんは――
「うおぉぉ――――ッ! 勝った――――ッ!」
本気で勝ちにきた。
そして大喜びである。
試合は実に低レベルな拮抗をみせ、はたしてこれはよい勝負なのかただの泥沼なのか判断のつかない有様であった。
あまりに父さんが喜びの雄叫びをあげるので、クロアを抱えた母さんが様子をみにくる始末だ。
「リセリー、やったぞ、俺は勝った! 父の威厳はたもたれた!」
チェスで負かされたからって父親の威厳は失われないと思うが、四歳児に勝利して歓喜する姿は威厳が失墜するに充分だと思う。
「ローク……」
たぶん母さんもおれと同じ考えなのかため息まじりだ。
しかし父さんをこのまま喜ばせておくのはちょっと癪にさわるので、後日、おれは自分の縄張りで再戦するために将棋を作った。
チェスと比べたら将棋はまだやりこんだほうだ。
主にジジイとの対局だったが……、結局おれの全敗のまま終わってしまったな。
おれはとりあえず父さんを全駒フルボッコにして溜飲をさげた。
「よく出来ているわね……」
途中から観戦していた母さんが将棋盤を興味深そうに見ている。
「ねえこれ、商品にして売るつもりある?」
そう母さんに尋ねられ、ふと思う。
将棋は人に影響を与えることができる。おもしろさにはまれば、生活にだって組み込まれるはずだ。それにこの世界はもとの世界と比べれば遅れているので、冬になれば社会全体が停滞し、人々は家に籠もってしまう。そんなとき将棋はちょうどいい遊びになるのではないか。
ふむふむ、いいかもしれない。
おれは売る気があることを伝えると、母さんは春になったら知り合いの商人に手紙を送ってみると話した。




