第177話 12歳(夏)…針仕事、またしても
翌日の午後、訓練校からの帰りにおれはベルガミア大使館へと立ち寄り、招待を受けることを大使に報告した。
シアとミーネを連れていくことについては「問題ない」の一言で片付いてしまったため、それから招待されるにあたっての心配――これまでずっと森の一軒家で暮らしていたので礼儀作法はからっきし、催しに相応しい衣装も一切持っていないことを正直に告げてみた。
「はっはっは、大丈夫ですよ、陛下は礼儀にうるさい方ではありませんから。よほど失礼なことをしなければ問題ありません。それと衣装についてはこちらで用意させていただきます。もちろんお嬢さま方の衣装もです」
うむ、見た目通りの太っ腹だ。
衣装を合わせるためには寸法が必要なので、明日にでも人をうかがわせるとネフリード大使は言ってくれた。
それからいくつか質問をしてみたが、送迎、住居、食事と、すべてあちら任せですむようで、おれたちが準備することは持っていきたい物をまとめておくくらいのものだった。
特に持っていく必要のあるものなどないが……、気分の問題として日々お祈りしているシャロ様の小像くらいかな、おれの場合は。
△◆▽
ベルガミアへ同行できるとわかり金銀は喜んだ。
特にミーネが大喜びではしゃぐため、メイドたちの反感を買った。
「「「いーなー、いーなー」」」
三重奏を奏でているのはリオ、ティアウル、ジェミナの三人。
リオはミーネの背後に回って両頬を引っぱり、ティアウルは正面からミーネをくすぐっていた。
「あははは! ちょ、ちょっと痛いって! なによもう!」
ミーネが逃げ出せないでいるのは、ジェミナの魔術でちょっと宙に浮かされているからである。
あっさりとミーネを拘束してしまっているが……、ジェミナって何気に凄いんじゃないだろうか?
「シ、シアも行くじゃない! なんで私だけなのよー!」
シアはジェミナの魔術で持ち上がらないことがバレるのを恐れ、即座にミーネを見捨ててどっかへ逃げた。
「「「いーなー、いーなー」」」
「あは、あはは、いてて、あはは!」
サリスはそんな――、なんだかんだで仲の良さげな様子をにこやかに眺めている。
アエリスとヴィルジオは金銀がベルガミアへ招待されることについて特に気にしてないようだったが――
「リビラさん、ベルガミアでお勧めの料理やお菓子はどんなものがあるのでしょうか?」
「ふむ、お勧めの酒なんかも聞きたいな」
「ニャ……、ニャ……」
なんかリビラにたかっていた。
メイドたちはそれぞれそんな様子で、リビラが貴族の令嬢だったからと特に付き合い方を変えるような素振りは見られなかった。
そのあたりはほっとした。
△◆▽
夕食をすませ、おれは仕事部屋へとひっこむ。
部屋は法衣を作るために仕立屋仕様に模様替えしたままになっていた。
ベルガミアへ向かうのは今日から数えて十一日後の午後、祭りの前日だ。
それまでは大人しく冒険の書の二巻を製作していようと考えていたが、そのためにまず部屋を戻しておきたい。
「まあ明日だな」
今日はもう日が暮れる。
これからメイドたちを駆り出すのもちょっとあれだ。
そんなことを考えていたところ、部屋にリビラがやってきた。
「ニャーさま、お願いがありますニャ」
「お願い? ってそれは……」
リビラが持ってきた物――抱きしめるように抱えている黒い生地を見てちょっと嫌な予感を覚える。
まさか、またか、またなのか。
「この布でニャーの服を仕立ててほしいのニャ」
「まあ待ちなさいお嬢さん。あれか、ベルガミアに行くときに着る服か? それなら向こうが用意してくれるってことだし――」
「違いますニャ。これはニャーが個人的に必要とするものなのニャ」
「個人的?」
「個人的ニャ」
「個人的か」
「「…………」」
話が終わってしまった。
「いやお嬢さん、できれば事情くらいは聞きたいんですけどね」
「ごめんニャ。うまく説明できないニャ」
「うまく説明できない……? いつくらいまでに服がほしいわけ?」
「ベルガミアへ行くまでにニャ」
「もうあと十日くらいしかねえし!」
あのいい加減な聖女の依頼より期限が短いじゃねえか。
「なあなあ、それってどうしても必要なのか?」
「わからないニャ。もしかしたらこの布の服を着られる場面があるかもしれないニャ。曖昧なお願いでごめんニャ」
リビラも無茶をお願いしているのは承知している感じだ。
なにか事情があるのは察せられる――、と言うか、このお嬢さん事情だらけだぞ。
そしてそれを喋らねぇとくる。
「おれが断ったらどうするんだ?」
「なんとか自分で服っぽくするニャ」
「自分? 他に依頼するとかはしないで?」
「生地を買って染めるのに貯まっていたお金を使い果たしてしまったんですニャ。あ、でもタダでお願いするわけじゃないニャ。これからのお給料でお支払いしますニャ。だからなんとかお願いしたいニャ」
リビラは何が何でもベルガミアへ向かう日までに、生地を着られる状態にしたいらしい。
いざとなったら生地の真ん中に穴を開けて貫頭衣にしかねない。
今回のことでリビラは意志が強いと言うか、我が強いと言うか頑固と言うか、とにかくこうと決めたら譲らないお嬢さんだとわかった。
それは生地を抱える手――酷使しズタボロと言ってもいいような状態からもよくわかる。
おそらくは黒騎士を目指した結果の手なのだろう。
獣人の事情でベルガミアはポーションが豊富と聞いた。
伯爵家のお嬢さんが傷を治すポーションすら買えないということはないだろう。
ならばあの手は魔術的な回復を拒んで鍛えた結果だ。
剣を振り回すのが生き甲斐のミーネですら手の甲は綺麗なもの。
リビラほどになるにはいったいどれほどの修練があったか想像もつかない。
そんなリビラがこうして頼みこんでくるのだから、リビラにとっては相当な理由があるのだろう。
「わかった。やってみよう」
「あ、ありがとニャ!」
ぱっとリビラの表情が明るくなる。
「十日か……、きついなぁ」
とは言え迷えるメイドのたってのお願い、主としては叶えないわけにはいかないのである。
「ちょっと生地を見せてくれるか」
「はいニャ」
リビラから受けとった生地を作業台に広げてみる。
「それで、どんな服を作ればいいんだ?」
「希望はとくにないニャ。あ、このメイド服と同じでどうかニャ?」
「それなら……、いけるかー、んー……、ちょっと生地が足りるか微妙なとこだぞ……?」
「ニャニャ!?」
リビラが愕然とした表情になる。
「リビラが着ている夏用メイド服の替えを持ってきてくれ。乱暴だがなにしろ時間がない。それをバラして当てて、足りるかどうか調べる」
「わかったニャ!」
リビラは部屋を飛びだし、夏用メイド服の替えを取りに行った。
飾り気のない夏用のワンピース一着ならなんとかなるかなぁ……。
なんにしろ、またおれの過酷な針仕事の日々が始まるのは確かだ。
※誤字の修正をしました。
2017年1月26日
※誤字を修正しました。
ありがとうございます。
2018/12/11
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/01/22
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/12/23
※表現のおかしいところを修正しました。
ありがとうございます。
2021/04/17




