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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
3章 『百獣国の祝祭』編
177/820

第175話 12歳(夏)…百獣国へのご招待

 惚けてしまったティゼリアはなかなか元に戻ってくれなかったが、アレサの聖女任命式が明後日に迫っている状況でのんびり落ち着くのを待つのもいかがなことかと思い、おれは完成した法衣をたたんで包み、ティゼリアに渡すとそのまま精霊門まで連れていった。


「まだちょっと心の整理がつかないわ……」


 さすがにその頃になるとティゼリアは落ち着きを取りもどしつつあったが、それでもまだ少し困惑しているようだった。

 遊戯の神がひょっこり現れたとき、バートランたちは驚きはしたがここまで調子が狂うほどではなかったのだが……。

 神を敬う気持ちの差だろうか?


「それじゃあまたね。近いうちにアレサもこっちに来させるから」


 ティゼリアはそう言って手を振ると、精霊門をくぐって聖都へと戻っていった。


    △◆▽


 ティゼリアを見送った帰り、おれたちは冒険者ギルド中央支店に向かった。



 《冒険者ギルド・ザナーサリー王国・エイリシェ支店》

 〈ZNS・als・1418―0613―A47〉


 【指名依頼】『新たなる聖女への贈り物』

 《――達成――》



 依頼完了の手続きをしたところ、おれの冒険者レベルが1あがった。

 これにより冒険者レベルは27。

 依頼の難易度と注ぎ込んだ時間を考えれば、レベルの1くらいは納得できるのだが、それでもレベルアップの早さにちょっと不安になる。

 報酬にしてもシアとミーネが受けとった採毛仕事の報酬ほどではないが、かなりの額が用意されていた。


「あ、レイヴァース卿、指名依頼がありますよ」

「は?」


 手続きが終わったところで職員の女性に言われ、おれは間抜けな声をあげた。

 まさかと思ってシアとミーネを見てみたが、二人ともふるふると首を振る。

 こいつらではないらしい。


「指名依頼は全部で四件です」

「四件!?」


 さすがに困惑したが、とにかく詳細を聞く。


「四件中二件は匿名になっています」

「匿名ってことは……」


 基本的に依頼人は名前など情報を公開する必要があるが、場合によっては匿名で依頼を出すこともできる。

 この匿名は依頼人の希望によって伏せられているものであり、その身元は冒険者ギルドによって保証されているので警戒する必要はそれほどない。

 多くの場合、匿名を望むのはやんごとない身分の人物である。


【指名依頼1】…匿名。

『この世に二つとない剣の製作』

 ――詳しくは王宮までお越しください。


 陛下、それは鍛冶屋に頼んでください。

 次。


【指名依頼2】…匿名。

『冒険の書の遊戯会でのGM役・二作目の試遊会でも可』

 ――詳しくは冒険者訓練校までお越しください。


 爺さん! おれ毎日行ってるでしょう!?

 あとこれは依頼として受けると後々とんでもないことになりそうなので却下だ。

 次。


【指名依頼3】…ミリメリア・ザナーサリー。

『ミネヴィア伯爵令嬢とシア男爵令嬢に贈るお祝いの衣装の製作』


 おおぉう……。

 ミリー姉さん……、おれ、過労死してしまいます……。

 お祝いって……、ああ、冒険者になったお祝いか?

 うーん、ひとまず次……。


【指名依頼4】…レフラ・チャップマン。

『娘が大切にしているウサギのぬいぐるみに着せる衣装の製作』


 あ、サリスのお母さんだ。

 サリスにはいつもお世話になってるし、依頼でなくてもそれくらい作るけど……、あー、でもそれだとおれからのプレゼントみたいになっちゃうから形としては依頼を受けた方がいいのか?

 これはちょっとチャップマン家へ行って話を聞いた方がいいな。


「私この依頼を受けたほうがいいと思うわ!」

「ですね! ですね! ご主人さまどうです!?」


 両脇から覗きこんでいた金銀がミリー姉さんの指名依頼をきゃいきゃいと推してくる。


「ぐぐ……」


 ミリー姉さんはメイド学校設立の立役者だからこの依頼は受けないわけにはいかない……、か。


「ミ、ミリメリア姫の依頼を受けます……」

「やたー!」

「ありがとうございまーす」


 人の気も知らず、きゃっきゃと喜ぶ金銀におれは渋い顔で言う。


「待て。待ておまえら。最速では作れないからな? ティゼリアさんの依頼は本当に大至急だったからかなり優先したが、ミリー姉さんの依頼は冒険の書の製作と平行でだからな?」

「むぅ……」

「あー、まあそれは……、そうですね」


 冒険の書をだされては強く言えないようで、ミーネは複雑な表情で押し黙った。

 ミリー姉さんも冒険の書をほったらかしにして依頼を急かしたりはしないだろう。

 優先順位はまず冒険の書二作目。

 空き時間をみてまずサリスのぬいぐるみに着せる衣装、次にミーネが姉に贈るぬいぐるみの製作、それからミリー姉さんの指名依頼だ。

 これはしばらく発明品の企画は中断だな……。


    △◆▽


 冒険者ギルドからチャップマン家へ向かい、サリスの母親から話を聞いてからメイド学校へ戻る。

 すると、サリスが正門前でおれたちの帰りを待ちわびていた。


「ご主人様、ベルガミア王国の大使がお待ちです」

「え? なん――、ああ、ウォシュレット関係か」


 チャップマン商会がベルガミア王国――通称百獣国にウォシュレットの試作品と共に製造権を販売したのがひと月ほど前のこと。

 それこそ国を挙げての量産体制がとられ、おれが針仕事をしていたこのひと月の間に携帯型ばかりとはいえ王都でずいぶんと普及したという報告を受けていた。


「わかった。ありがとう。あ、あとそのうちサリスのウサギのぬいぐるみをちょっと貸してもらえる?」

「ほわ!? ――ど、どうして突然そんな?」

「娘のぬいぐるみに衣装を作ってほしいってレフラさんから指名依頼があったんだ。内緒にしておいたほうがいいか聞いてみたら、そこは娘とよく話し合って決めてくれって言われてさ」

「んな!?」


 母親からのプレゼントにサリスはずいぶんと驚いている。


「それで、どんな感じの服がいいかな? 例えば男の子っぽい服がいいとか、女の子っぽい服がいいとか」

「あ、女の子でお願いします!」


 そうか、あのウサギさんはピョン太くんではなくピョン子ちゃんだったのか。


「じゃあどんな感じがいいとか考えておいてくれる? 漠然とでも決めておいてもらえると描きやすいから」

「わかりました! 考えておきますね!」


 サリスは嬉しそうに言うと、踵を返してそのまま建物の奥へと小走りで駆けていった。


「行っちゃったし……」


 喜んでくれたのはいいんだが、その待っている大使に会うには普通に応接間へ行けばいいのだろうか?


「ひとまず応接間に行ってみるか……」

「私は? 私は?」

「おまえは来る必要ないだろうが。シア、ちょっとミーネの相手を」

「はーい。ミーネさん、ご主人さまは小難しい話をするだけでしょうから、わたしたちは仕立ててもらう服を考えてましょう」

「あ、そうね!」

「いや家族やメイドたちへの贈り物を考えろよ……」


 お気楽な金銀に釘を刺し、それからおれは応接間に向かう。


「っと、すいません、お待たせしました」


 応接間に入ると室内にはタヌキ大使のネフリード、そして猫メイドのリビラが向かい合わせでソファに腰掛けていた。

 大使はさっと立ちあがると、軽く礼をして言う。


「いやいや、こちらこそ、いきなり押しかけて申し訳ない。しかし早急にお伝えしなければならない事がありましてな」

「なにか問題が?」


 大使の隣に座るわけにもいかず、おれはリビラの隣に座る。

 そこで気づいたが、リビラの表情が普段ののんびりとしたものではなく、やや陰鬱なものだった。

 そもそも大使と向かい合わせで座ったままでいたというのはどういう状況なのだろう?


「ご心配なさらず。何か問題が起きたわけではありませんよ。ウォシュレットは順調に普及しています。あれは実に良い物です。長きにわたる獣人の悩みが解消されることも、夢物語ではなくなりました。いやいや、本当によくぞ発明してくれました」

「あー、確かに企画はしましたが、それほど望まれるものであることは知らなかったんですよ。こちらのリビラが指摘してくれなければ日の目を見ないまま破棄されていたかもしれません」


 まあ個人的には作ったとは思うのだが。


「ほう、そうでしたか。それはリビラ嬢のお手柄。そうなるとやはりリビラ嬢もベルガミアへ戻っていただきたいですな」

「……、わかりました。私も国へ戻りましょう」


 あれ?

 リビラさん?

 いつもの「ニャー」がないですよ?

 おれが目をパチクリしていると、リビラは気まずそうに言う。


「少し、整理しましょう。これまで家出娘のリビラとだけ伝えていましたが、私はベルガミア王国貴族、レーデント伯アズアーフの娘、リビラ・レーデントと申します」

「あ、そうなんだ」


 正直に貴族であることを教えてくれたのはいいんだが、おれとしてはニャーなしで喋れたことの方が気になってしまう。

 って、あれ?

 レーデントってどっかで聞いたような……。


「レイヴァース卿は貴族社会に興味がないようですのでご存じないと思いますが、レーデント伯爵家はそれなりに知られた家なのです」

「またまたご謙遜を」


 タヌキ大使は微笑んで言う。


「レーデント伯爵家が国内外に広く知られるようになったのは五年前のスナーク暴争時からですな。アズアーフ殿がバンダースナッチを討伐し、暴争を鎮めたからです」


 あー、ダリスがベルガミアの現状を説明しているとき聞いたな。


「我がベルガミアの英雄なわけですよ」


 誇らしげに大使が言う。


「それはまたすごい親父さんだな」

「…………」


 リビラは複雑な表情で黙っている。

 家出してきたわけだからなぁ……、きっと事情があるのだろう。


「ところで国に戻るって話だけど、つまりこれは家出中のリビラがメイド見習いをやめて帰るかどうかっていう話し合いなの?」

「いえ、国へは一旦戻るだけで、メイド学校を辞めるつもりはありません。……今のところは」

「うん?」


 よくわからないんだが……。

 おれが困惑していると、タヌキ大使はぽんと手を打つ。


「おっと申し訳ない。肝心なことをまだ伝えておりませんでした。実はですね……、あまり大きな声では言えないのですがベルガミアではウォシュレットが大変もてはやされておりまして――」


 まあ、やたらもてはやされる理由は大きな声では言えんわな。


「そのおかげで、五年前のスナークの暴争からなにかと沈みがちだった民衆が若干ですが明るくなりましてね、陛下はそれに合わせて一つの祭りを計画し、準備を進めておられます」

「祭りですか」

「はい、実に七年ぶりとなるベルガミア大武闘祭。大勢の参加者たちが王都を舞台に戦いを繰り広げる賑やかな祭りです」


 なんて物騒な祭りなんだろう。

 完全に奇祭の類だ。

 まあ元の世界にもわけのわからん祭りはあるからな。

 トマトやらオレンジやら投げ合ったり、命かけて牛追ったりと。


「あの……、もしかしてその祭りに参加しませんかって話ですか?」

「え? ああいや、そうではありません。陛下はその祭りを観戦して楽しんでもらおうと考えておられるのです。もちろんレイヴァース卿が参加を希望されるなら――」

「けっこうです」


 即座に断った。

 そんな物騒な祭りに参加できるか。


「では陛下はぼくに祭りを見学してもらおうと?」

「はい。ウォシュレットの発明にいたく感激した陛下が、ぜひレイヴァース卿をベルガミアに招待したいと申され、今日はそのお誘いにうかがったのです」


※誤字の修正をしました。

 2017年1月26日

※脱字と文章を少し修正しました。

 ありがとうございます。

 2019/01/22

※さらに誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2021/09/15


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