第174話 12歳(夏)…封印
「ねーねー、これ着ると善神を呼べるの?」
唐突に騒ぎ出したティゼリアをびっくりして眺めていたミーネだったが、やっと話が飲み込めたのかそう尋ねてきた。
「ああ、呼べるような感じがする」
「着ていい?」
「ダメ。それはアレサさんのために仕立てた法衣だからな。おまえだって自分のために仕立てた服を、ちょっと試しに――、なんて知らない子に着られたら嫌だろう?」
「むー、ちょっと会ってみたかったのに……」
共感できるところもあったのだろう、ミーネはしぶしぶ法衣を着るのを諦めたか、不満そうに口を尖らせた。
「着なくても、触れていたら召喚できたりしませんかね?」
「あ、じゃあちょっとやってみるね」
「ちょちょちょちょ!?」
神に対してわりとおれ寄りな感覚の金銀は善神の召喚に乗り気だ。
それをティゼリアはあたふたと止めようとする。
とそのとき、バーンと部屋の扉が開き――
「はぁー……」
ため息をつきながら誰かが入室してきた――と思ったらパンツの神だった。
闖入者の出現におれたちが唖然とするなか、パンツ神はつかつかとやってきて法衣に向かって両手を突きだした。
「装衣の神ヴァンツの名においてこの法衣を――」
パチンとな。
「ぐわぁぁぁぁ!」
法衣に何かしそうだったので、とりあえず雷撃をぶちかましてみた。
「何をする!?」
「何をするじゃねえ! さりげなくやって来て人がようやく完成させた法衣になにするつもりだこら! 今回はこれまでみたいな問題はない普通の服だろ!?」
「どこが普通だ! そりゃあ摂理に異常をきたすような以前のものと比べればかなりまともだ! ああ認めるさ! その努力は認めてやるともさ! ――だが! 神を召喚できる服とかどう考えてもおかしいだろうが!」
「はあ? おまえこれで三回来てるし、似たようなもんだろ?」
「それとこれとは話が違う! と言うかそもそもそれがおかしい! 普通お前のような奴が一番関わるのはもっと物騒な神のはずだろ!? 戦神とか闘神とかそういう! なのになんでお前と一番関わってるのが俺なんだ!? わけわかんねえぞ!」
そう叫び、ヴァンツは法衣の両肩に手を置き――
「色々省略して封印!」
強引に封印をほどこしてしまった。
一瞬、カッとまばゆい光が法衣から放たれ、すぐに何事もなかったようにおさまった。
「おま!?」
慌てて〈炯眼〉で確認すると――
【召喚】善神――装衣の神により封印中。
残念、善神の召喚が出来なくなっていた。
「いやホントなんてことすんだよ! 善神が召喚できたら布教活動も捗るし、聖女たちの励みにもなっただろ? あれかおまえ、善神ばっか信奉されるようになると腹立たしいから封じたのか?」
「違うわ馬鹿め! むしろ逆だ! これが他の神ならまあ召喚に応じる応じないはそいつらの判断に任せたかもしれん! だが善神は駄目だ! この封印はこの法衣を身につける聖女のため――、いや、すべての聖女、神官、善神を信奉する敬虔な者たちのためなのだ!」
「……うん?」
なんでこいつ善神がお披露目したらダメなもの、みたいに言うのだろう?
そう言えば……、ロールシャッハ女史は善神のことを「鬱陶しい奴」と蛇蝎のごとく嫌っていた。
シャロ様に至っては「いつか殺す」とまで仰っていたそうな。
「なあなあ、善神っていったいどんな奴なんだ?」
「はあ? も――、ん、んー、あれだ、ここには聖女がいるからな、信奉する神のことをあまり話してしまうのはまずい。まあ基本的には立派だと言っておこうか」
「なにそれうさんくさい……」
ますます善神という神がわからなくなっていく。
「まあ……、今回は封印だけなんだな? 強奪していったりしないんだな?」
「相変わらず失敬な奴だな……、ああ、今回はこれだけだ」
不機嫌そうにヴァンツが言うのを聞いて、おれはほっとする。
そんなおれに寄り添い、ティゼリアが服をつんつん引っぱってきた。
「……ねえ! あの、こちらの方! 本当に……!?」
必死な表情して小声で囁いてくるので、おれはうなずく。
「ああ、前に話したヴァンツの神パンツだ」
「違う! パンツの神ヴァ――、じゃねえ! 装衣の神ヴァンツだ!」
「おまえ来るたびに怒鳴ってるよな」
「誰のせいだ!」
がっと歯を剥くヴァンツだったが、ティゼリアが大慌てで跪くのを見てちょっとびっくりしたような顔になった。
「お、お初にお目にかかります、わたくし、善神の信徒、セントラフロ聖教国にて聖女の位を授かるティゼリアと申します」
「……、あ、ああ」
ヴァンツは目をぱちくりしていたが、ちょっと気まずそうな顔になって言う。
「ティゼリアよ、そうかしこまる必要はない。いや、この状況で敬われるとちょっとやりにくいのだ。神らしく振る舞うのも今更だしな」
「そうですよ、ティゼリアさん。そんな恭しくする必要ないですって」
「貴様が言うな!」
「ねーねー、私、ぬいぐるみ作りたいの。加護ください」
「唐突だなこのお嬢さんは!」
「ください!」
「お嬢さん……、君はまだまともに何か繕ったことないだろう?」
「針で指を刺したことならあるわ!」
「それは胸を張って言うことかなお嬢さん!?」
神すらも愕然とさせるとは……、ミーネはさすがだ。
「……〝いいぞミーネ、今だ、斬りかかれ〟……」
「てめえなにぼそっと呟いてやがる!? その言葉はわかるつっただろうが! あとお嬢さんは剣に伸ばした手を引っこめようか!」
「引っこめたら加護くれる?」
「あげません!」
「むー……」
ミーネがぷくーっと頬を膨らませる。
「あとシア殿、物欲しそうな顔をしておられますが、貴方に加護を与えるのは無理ですからね?」
「あれ!? そうなんですか!?」
「はい、すいません……」
そう言えばシアには暇神と死神からの加護とも祝福とも言えない妙なものがくっついていたが……、あれが邪魔でもするんだろうか?
「……!?」
あ、ティゼリアが愕然とした顔でシアとヴァンツを見てる。
まあ神が謝るとか、そりゃびっくりもするか。
「さて、では私はこれで失礼する。最後にお前、これくらいだ。これくらいがぎりぎりだからな? これ以上は駄目だからな?」
そうヴァンツはおれに念押しするとそのまま普通に扉をくぐって部屋を出ていった。
「あ、ティゼリアさん、もういいですから」
おれは跪いたままぽかんとしているティゼリアに手を貸して立たせる。
「ちょっと善神を召喚は出来なくなってしまいましたが、それを抜きにしても良い物だと思います。どうぞお納めください」
「え、う、うん。……うん?」
ティゼリアは神に会ったのがそんなに衝撃だったのか、まだちょっと放心状態、心ここにあらずと言ったところだった。




