第173話 12歳(夏)…依頼完了
裁縫にかかりきりの日々のなか月が変わり、おれは密かに十二歳になった。
シアだけはおれの誕生日を知っていたので、皆でお祝いをしましょうと言ってきたが、その時間すら惜しく知らせないようにさせた。
それに精神年齢だけならもう三十近いわけで、誕生日を祝われてもどう反応していいものかと困るのだ。
「偏屈すぎです。素直に喜んでください。あとで皆さんに文句を言われても知りませんからね」
結局、誕生日当日もせっせと針仕事に勤しむだけで終わった。
違いと言えば、シアがこそっと「誕生日おめでとうございます」と言いにきたくらいだろう。
△◆▽
アレグレッサの誕生日、正式に聖女と認められる日まであと五日となったその日、ティゼリアがメイド学校に舞いもどった。
なんの知らせもなくいきなり訪問してきたせいでメイドたちはかなり驚いていたが、内心慌てふためきながらも取り繕って聖女をもてなし、なんとかメイドの面目を保とうとしていた。
ティゼリアが到着したとき、おれは追い込みにかかっているところで、完成にはそこから三日を要した。
そしてアレサの誕生日が明後日に迫ったその日、おれはようやく依頼の法衣を仕上げることができた。
仕事部屋にシアとミーネ、そしてティゼリアが集まり、完成した聖女アレグレッサの法衣が胴体だけのマネキン――シア曰くトルソーに飾られている。
「うんうん、いいわね!」
満足してもらえたようで、ティゼリアは法衣の周囲をぐるぐる周りながら観察していた。
「これすごく素敵」
「見事なものですねぇ」
ミーネとシアにも好評だ。
二人もティゼリアみたいに法衣を眺めながらぐるぐる。
そんな公転運動を続ける惑星な三人を眺めながら、ようやく肩の荷がおりたおれは脱力――、いや、疲れ果てて椅子に腰掛けていた。
「ねーねー、私にもまた服作ってよー」
法衣を眺めていたミーネが言う。
おれこの後、おまえが姉に贈るぬいぐるみ作るんだけど……。
「ご主人さまー、わたしもお願いしたいんですけどー。もし依頼したら作ってくれますか?」
シアもミーネと一緒になって言ってくる。
「なあ、それってさ……、べつにおれに頼まなくてもいいんじゃね? おまえら金持ってんだから、どっかで仕立ててもらえばさ」
着心地をヴィルクのような生き布に任せきりなおれの服なんぞより、しっかりと仕上げてくれる仕立屋に依頼した方がいいに決まってる。
しかし――
「あなたが作る服は少し独特だから、それがいいの」
ミーネのその言葉でなんとなくねだる理由が理解できた。
要はおれがまともな仕立屋でないことが原因だ。
別の世界の衣装を盗用してのデザインは、この世界における服の歴史においては異端どころか突然変異のようなもの。
それを気に入ってしまったとなると……、納得できるものを得ようとするなら現時点ではおれに頼むしかなくなるのだ。
だがそれならおれがデザインだけして、あとの仕事はある程度任せるといったことは出来ないだろうか?
おれがデザイナーで、あとそれを形にする人……、名称はわからんがそんな人……、なんて言ったっけな。
メイドたちも針仕事の指導は受けているがおれの仕事を手伝わせるのはなんか違うし、ここはちゃんとそんな人を雇った方がいいだろう。
ふむ、これについては少し考えておいてもいいかもしれない。
ひとまず思考を中断すると、じーっとおれを見つめたままミーネが返答を待っていることに気づいた。
「まあ、そのうちな」
「絶対よ?」
いつか作る。
それがいつの話になるかはお天道様でもわかるめえ。
「……!」
わたしのは!? と目で訴えてくるシアを無視し、ティゼリアに確認をとろうとしたが、シアは惑星軌道から外れておれの前に立ちふさがってきたので無視しきれなくなった。
「わかった。わかったから……」
「はい、お願いしますね!」
やっと仕立て仕事が終わったのに……、つらい!
「で、ではティゼリアさん、依頼の法衣はそれで大丈夫ですか?」
「ええ、もちろんよ。ありがとう。貴方に頼んでよかったわ」
ようやく公転運動をやめて、ティゼリアが満足そうに言う。
「アレサさんの体にちゃんと合うかどうか怪しいですし、着心地についても保証できない代物ですが……、あの生地も少し使いましたからいずれは馴染んで良くなると思います」
「あの生地? ……ああ。――あぁ!? あれを!?」
古代ヴィルクのことだと思い当たり、それからびっくりしてティゼリアは声をあげた。
「少しですから」
「少しと言っても……、いえ、そうね、ありがとう。あの子のために貴重な物を使ってくれて。貴方に善神の祝福がありますように」
もうあります、と言うところだが、今はそれを言うのはちょっと空気が読めてない奴になってしまうので黙っておく。
おれは出来上がりの最終確認として、さりげなく〈炯眼〉で法衣を調べた。
〈アレグレッサの法衣(青)〉
【効果】復元(小)
成長(小)
清浄(小)
破邪(小)
集中(小)
瞑想(小)
活性(小)
幸運(微)
雷撃無効
神撃無効
ヴィルク浸食中……
【召喚】善神
選りすぐりの生地を使ったので効果が色々とついていた。
相変わらずおれ封じの効果もついていたが、それより気になるのは最後の効果である。
なんか善神を召喚できるっぽい。
まあ、神と言ってもこの世界の神は何かあるとひょいひょいやってくるし、そこまで問題ではないだろう。
「ティゼリアさん、アレサさんにこの法衣を贈ったら、ちょっと試してもらいたいことがあるんですが」
「うん? なにかしら?」
「えっと、この法衣なんですけどね、なんか……、善神を召喚できそうな感じがするんですよ。なので試してもらおうかと」
「は?」
さすがにティゼリアは唖然としたが、まあそこは慣れだと思う。
何回か召喚して会っていれば気にならなくなるだろう。
「うちの家族は恩恵を授かってますし、一度お礼をしておきたいんですよ。上手く召喚できるようなら、いずれお礼をするとき――」
「ちょちょちょ!? 待った待った! え!? なに!? なにを召喚できるって!?」
「善神ですけど……」
「なんで!?」
「な、なんでと言われても……、なんか出来るみたいなんで……」
「なんで出来ちゃうの!?」
「ぼくが全力で仕立てると、なんだか妙な効果がついたりするって話したことあったじゃないですか。そんな感じです」
「そんな感じで呼べちゃっていい存在じゃないんだけど!」
やや混乱中のティゼリアの話では、現在の聖都には善神に会ったことのある者は神官、聖女含め、一人もいないらしい。
記録にある、善神に会った最も最近の人物はシャロ様とのこと。
「大神官様でも神託を告げられるだけなのに、聖女になりたての子が呼べちゃってどうするのよ!?」
「え? 皆さんで歓迎しては?」
「いやそういう話じゃなくってね!?」
そう叫び、ティゼリアは頭を抱えてのけぞった。
何をそう荒ぶることがあるのだろう?
「えっとね、いい? よく聞いてね? 貴方はわりと神に会う機会に恵まれたから普通とは感覚がずれちゃってるの。普通は神に会えるなんてことはほぼありえない話なのよ?」
そうか、そういうものなのか。
ただ、その辺りの感覚は一生おれにはわからないだろうな。




