第172話 11歳(夏)…ちくちくちく
食事を堪能したあとようやく頓挫していた生地探しとなり、アリテックに紹介された生地屋へと向かう。
法衣を仕立てるのに必要な生地を選んでもらうため、おれは応対してくれる年老いた店主に法衣のデザインを見せた。
法衣はまず基本となる白のワンピースがあり、その上から青地の生地をメインとした上着を重ねて完成するもの。
ワンピースはわりとシンプルなものだが、上着は金糸や銀糸で刺繍をしたり、飾りを施すなどして立派なものになる――予定。
「……なんかゲーム終盤に出てくる後衛向け装備みたいですね……」
デザイン画を見たシアは小声で言ってきた。
「確かにそうだ。そういうイメージを反映したことも認めよう。でもここってそういう世界だし、ほら、問題ない」
「まあ問題はありませんけど……、ご主人さまがこんな感じの服を作り続けていったら、いずれこういうデザインも広まるかもしれませんね」
「レイヴァース・ブランドってか? そんな――、あ、いや、この話はやめよう。なんか針仕事に忙殺される未来がちらついた」
そんな終盤装備的なデザインを見せたところ、店主は詳しくその完成イメージを尋ねてきた。
やがて納得したか店の奥へ引っ込み、生地を抱えて戻ってくる。
「こちらの青地は青聖石で染めた物です。邪気を払う効果を持つ精霊石は黒水晶が有名ですが、青聖石は黒水晶には劣るものの外からの邪気だけではなく、己の内に溜まる邪気や邪念――、例えば怒り、憎しみ、嫉妬、そして不安、後悔、といった感情を退ける効果を持っています。それは同時に精神を安定させ、冷静な判断を助けるため、高名な魔導師が好む精霊石の一つになっています」
店主が大切そうに出してきた生地を見たとき、その深く鮮やかな青に目を奪われた。
「これにしましょう」
ティゼリアが即決する。
すっかりその青に惚れこんでしまったようで、目がマジになっている。
おれとしても賛成だが、まだ染めるのに使った精霊石の効果を聞いただけでどんな由来の生地とか聞いてないが……、まあいいか。
「ありがとうございます。それでは次に白の生地ですが――」
と、店主は次に白い生地について説明を始めたがこれもティゼリアの即断によりお買い上げが決定。
結局、店主が持ってきた生地にティゼリアが惚れこみ、生地探しは来店して一時間もたたないうちに終わってしまった。
まあ時間をかけたところで、これを越える品でも出されない限りどれを見ようとも同じ結果、時間のムダになるだけだ。
△◆▽
生地を揃えた後、店主に勧められた店で糸やボタンなども買い求め、法衣を作るのに必要な物を用意することが出来た。
「じゃあ私はひと月くらいしたらまた来るから……、お願いね!」
王都エイリシェに戻ると、ティゼリアはそう言い残して世のため人のためなお仕事のため、どこかへと去っていった。
ここからはおれの仕事である。
用意されたのは選りすぐりの品。
総額でどれくらいになってるのかわからないが、変に緊張してもまずいので知らない方がいいのだろう。
おれは仕事部屋を片付け、テーブルを運び込んだりして裁縫に専念できるよう一時的に模様替えをする。
これは金銀やメイドたちにも手伝ってもらった。
そろそろ暑い日が続くようになっていたので、メイドたちは半袖膝丈のワンピースにエプロンドレスを重ねる夏用メイド服に衣替えをしていた。
メイド学校がなんとなく華やいだような気がした。
「……わたしだけ暑苦しいんですけどー……」
そんななか、一人いる長袖長スカートのメイドが不満を漏らしてきた。
「とは言え暑くはないんですけどね、ってか快適なんですけどね、見た目がですね!」
「いやそこは普通の夏用メイド服を用意してもらえばいいだろ」
「まあそうなんですけどね!」
なにやら含みがあるようだったが、今おれには余裕がないのだ。
「しかし初仕事が服作りとはな……」
「いやそれを言うならわたしだってそうですよ。猛獣に突撃されまくりながらの採毛ですよ?」
「おまえはさんざんな感じだったな」
「そうですよもー……」
当初は薬草集めとか動物狩りとか、人手の足りない現場で一働きとか、そんな感じのお仕事を想像していた。
とは言えこれも経験を生かした仕事なので、ありと言えばありなのだが……、なんか釈然としないというかなんというか。
「ひとまずおれはこれから法衣作りに取り組む。おまえらは……、ああ、そう言えば贈り物をどうするかって話があったな」
「あ、うん、私は贈り物を考えないとね」
聖女の登場やら初仕事やらで、ちょっと頭から家族への贈り物の話がすっとんでいたのか、ミーネは思い出したような感じでうなずく。
「お姉さまの贈り物はあのクマのぬいぐるみって決まってるけど……」
「これの後だな、取りかかれるのは」
「そうよね」
さすがに片手間でぬいぐるみを作る余裕はないと理解してくれているようで、ミーネはすんなり納得する。
「ミーネさん、ご主人さまに習って自分でぬいぐるみを作ってみてはどうです? それを贈られたら、わたしなら嬉しいですが」
「私が?」
ふと思いついたようにシアが提案し、ミーネは少し困惑したようだったが、それもありだと考えたのだろう、うん、とうなずく。
「やってみようかしら!」
こうしてミーネは意気揚々と初めての針仕事に取り組もうとしたのだが――
「あいたーッ!」
まず縫い方の練習として布きれに糸を通そうとして、ブスッ、と針を指に突き刺した。
ミーネはものすごいしかめっ面で、ぷくっ、とした指先の血玉を睨む。
そしてそのしかめっ面のまま、つい、とおれを見た。
もう次に何を言いだすのかわかった。
「わかった。おれが作るから。作るから。その砂糖かと思ったら塩だったみたいな顔をやめなさい」
贈り物のクマのぬいぐるみは、遅れはあるものの当初の予定通りおれが製作するということでおさまった。
△◆▽
部屋を整頓したその日の夜からおれは仕立て仕事を開始した。
以後は冒険の書の製作も発明品の企画も中断だ。
聖女からの指名依頼で、新たな聖女のための法衣を仕立てるという仕事内容を聞いた一部のメイドたちは恐れおののき引いていた。
引かなかったのはサリス、ティアウル、ジェミナの三名だ。
「新しく聖女として認められる方の法衣を仕立てる――、これはとても名誉なことなんですよ?」
「聖女さまの服か! あんちゃんすごいな!」
「主。すごい?」
サリスとティアウルは素直に褒めてくれ、ジェミナはよくわかってないだけだった。
「みなさん。今、レイヴァース卿はとても大切な仕事をなさっています。これを影ながら支えるのがメイドというものでしょう」
ティアナ校長がそう言って窘めたのは、間違ってもおれの邪魔にならないようにと気遣うあまり、怖じ気づいていた一部のメイド――リビラ、リオ、アエリス、ヴィルジオの四名である。
でも、邪魔になったらどうしようとビクビクしながら側に控えられていると気になるから、距離を置いてくれたままでよかったよ?
そんな話をやんわりと伝えたところ、メイドたちの話し合いがあり、おれのお世話はしばらくサリスが担当することになった。
ティアウルとジェミナもやる気はあったらしいが、間違いがあってはしゃれにならんと皆に止められたようだ。
失敗しちゃった、ではすまないこの依頼。
おれは念のため安い生地でパーツを切りだし、針でとめて完成像を確認するといった普段はやらない手順も行う。
確認したあと実際の生地からパーツを切り出し、法衣とすべくちくちくと縫っていく。
睡眠時間を削り、捻りだした時間を〈針仕事の向こう側〉を使用して地味に引きのばしつつの作業。
一針一針丁寧に縫っていくが、気合いは込めすぎないようにと心がけた。
なにしろ今回は期限の決まっている依頼なのだ。
これでまた妙な効果がつき、パンツ神に強奪されては目も当てられない事態になる。
まあ祭壇を用意しての聖別はおこなわなかったので、そんな事態にはならないとは思うが、それでも一応念のためだ。
おれは心を落ち着かせ、真摯な気持ちで新たに聖女となるアレサのことを想いながら仕立てていった。
もし叶うなら、出来上がる法衣にはなにかしら、善神の恩恵でもついてくれたらと思う。
聖女というのは大変なお仕事だからな、せめて信奉する神の恩恵を感じられるようなものになればいいと思うのだ。
そんな、おれが針仕事に励んでいる間、ミーネは家族への贈り物をどうするか考える日々を送っていた。
シアはシアで、メイドたちに贈る品を考えていた。
二人は来る日も来る日も贈り物をどうするか悩み、町にいけばなにかあるかもしれないと午後からは町に繰り出していき、そしてめいっぱい遊んで帰って来ては反省し、明日こそはと意気込むことを繰り返していた。
おまえら楽しそうだな……!
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2018/12/11
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/04/17
※さらにさらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/09/15




