第170話 11歳(夏)…依頼書
《冒険者ギルド・ラサロッド王国・カナル支店》
〈LSR・knl・1418―0612―A16〉
『グーニウェス男爵の依頼』
【内容】ヴィルキリーの採毛
【依頼】アリテック・グーニウェス
【場所】ヴィルキリー飼育施設『ヴィルキリーの小屋』
【期間】すべてのヴィルキリーから採毛を終えるまで。
【報酬】
最終的な採毛量から換算された通常の採毛をおこなった場合の日数に採毛者の日当を乗算した金額。
【経験】……
【請負】――指名依頼――
PT『ヴィロック』
(D20)セクロス・レイヴァース
(D20)シア・レイヴァース
(D20)ミネヴィア・クェルアーク
△◆▽
依頼書に名前を書きこんだせいでやや不愉快になったが、それは置いといて二つほど気になるところがあった。
「取得できる経験値が記入されていませんが、これはどうなるんでしょう?」
まず一つ目の気になるところを尋ねると、指摘されることを予想していたのかすぐにジェンスが答える。
「依頼達成による獲得経験値はその難易度からギルドが設定するものなのですが、今回の依頼は非常に特殊なので決定が間に合わなかったんです。やることは簡単ですが、短時間でそれをこなせる人間がこれまで存在しなかった仕事ですから……」
「なるほど……」
ギルドとしてはただの採毛のお仕事として経験値を決めるわけにはいかなかったわけか。
「あのー、特殊とは言え、やることは簡単な仕事なので経験値は普通の採毛仕事よりちょっと多いくらいでかまいませんよ?」
いきなりランクDになっているし、そうがつがつすることもない。
それに楽な仕事でやたら経験値を獲得してしまうのはミーネの教育によろしくない。
普通の冒険者の感覚を理解してもらうためには地味で退屈でしょぼい仕事をたくさんこなさなければならないのだ。
「報酬と同じようにしてはどうだ? 日当のかわりに採毛仕事の経験値を掛ければ。それだけの仕事をしているんだから正当だろう?」
「ああ、そうですね。では経験値もそうしましょうか」
アリテックの助言をうけ、ジェンスがうなずく。
「あの、その報酬についてなんですが……」
とおれは二つめの気になる点について尋ねる。
「まず漠然とでいいのでヴィルキリーの数を教えてもらえませんか?」
ミーネが一体の毛を毟り取ってひと月分とか言っていた。
じゃああの集団全部で何ヶ月分だ?
いや、何年分だ?
「採毛できるもので確か107体ほどいたはずだ」
ってことは107ヶ月分――、約3000日分の日当!?
庶民の年収十年分くらいはいくんじゃね!?
「あ、あのですね、採毛者の日当がいくらかはわかりませんが、一般的な金額だったとしても報酬の金額が大きくなりすぎです。もっと少なくしてください」
そりゃあ貰えたら嬉しいが、どう考えても毛を毟るだけのお仕事で受け取っていい金額ではない。
そしてやっぱりミーネの教育に悪い。
冒険者は楽して大儲けね、なんて言いだすようになってもらっては困る。
「グーニウェスならばもっと出せるだろうと言われるだろうとは思ったが……、まさか減らせと言ってくるとは思わなかったな」
報酬の減額を申し出たところ、アリテックが困惑した。
「君は多いと言うが、これは本来払うべき報酬よりかなり少なくなっているんだ。本当ならこの金額に、採毛者の頭数をさらに掛けたものが正当な報酬なのだからね」
もうそんなの生涯賃金じゃねえか。
「とは言え、当家はそれを払えるほど豊かではないのだ。ヴィルクで大儲けしていると思われがちだが、販売で得た金額のほとんどはこの施設の運営のために消えてしまう」
「では報酬は十分の一くらいにしましょう」
「いやそう言うわけにはいかん。君たちのおかげで予定よりかなり早くヴィルクを作ることが出来る。半世紀分ほどの予約が片付き、その収入によって施設の運営が楽になるんだ。これくらいの報酬は受けとってもらわねば」
「しかし今回いっきに採毛してしまうわけで、しばらく採毛が出来ずヴィルクが作れないわけでしょう? 収入の前借りをしているだけなわけで、後々資金繰りに困るのでは?」
「ん? ああ、それは……、おそらく平気だろう。記録では三年もすれば元通りふさふさになるらしい」
「あー……、そうですか……」
じゃあ毟れるときに毟ってしまうのがいいのか。
本当によくわからん生き物だな!
「つまり今回の君たちの働きは、こちらにとって都合が良いことだけで悪い影響がなにもないのだ。なのでどうか、この報酬を受けとってもらえないかね?」
「わかりました。それではありがたく頂戴いたします」
「うむ、受けとってくれ」
ちょっとほっとしたようにアリテックが笑う。
「おっ金持ちぃ!」
ティゼリアが茶化してきた。
ちょっとイラっとした。
「これは二人の報酬ですから、ぼくがお金持ちになるわけではありませんよ?」
おれは本当に何もしてないからな。
ひとまず気になった二点について話を聞いたところで、ジェンスが確認をしてくる。
「レイヴァース卿、他に気になる点がなければ契約成立とさせてもらいますが、どうですか?」
「他はとくにないです。仕事自体は単純ですし、期間もそう何日もかかるものではないでしょう?」
「二、三日といったところだろうな」
「わかりました。それくらいですね。ではもう大丈夫です」
「はい。指名の依頼と請負を確認しました。では私はさっそくギルドへ戻ってこの内容を登録します」
ジェンスは契約書を取り、丁寧に一礼する。
「それでは皆様、お先に失礼します。あ、レイヴァース卿、ギルド職員一同お待ちしておりますので」
最後に「必ず来てね!」と訴え、ジェンスは退室した。
△◆▽
ジェンスが退室したあと、いったん室内に沈黙がおりた。
そしてその沈黙を破ったのは表情を改めたアリテックだった。
「過去に聖都の大神官がカナルを訪問したことがあった。その際、大神官に向かってヴィルキリーたちが群がり、ちょっと騒動になったという記録がある。なぜそんなことになったのか――、これについて先祖は大神官の身につけていた法衣が邪神誕生以前より受け継がれてきた野生のヴィルキリー由来のヴィルク――、俗に古代ヴィルクと呼ばれるものであることが関係するのでは、と考察していた」
アリテックは真面目な顔で言う。
対するおれはひきつった表情だ。
「率直に尋ねるが……、君は古代ヴィルクを所持しているのかね?」
返答に窮する。
いや、もうそれが答えを言っているようなものだったが、アリテックはおれが答えるのをじっと待っていた。
どうしたものかと思っていると――
「んー、大丈夫よ」
ティゼリアがそっとおれに言う。
聖女の仕事は人の心を見抜くことだし、ティゼリアが大丈夫と言うならアリテックに邪心はないのだろう。
おれは諦め半分で古代ヴィルクを持っていること、そしてどこから入手したかを簡単に説明した。
「ではあの二人が身につけている服は古代ヴィルクの……、いや、一人は大神官の法衣と同じ……、すべて古代ヴィルクの服だと……?」
アリテックはやや放心ぎみで言う。
「まだ古代ヴィルクは残っているのかね?」
「ええ、まあ、多少は……」
なんとなく言われることを予想しながら言う。
が、次にアリテックが言ったことはその予想とは違っていた。
「それを育てさせてもらえないか?」
「育てる……?」
一瞬、言われたことの意味がよくわからなかったが――
「あ、そう言えばヴィルクを他の生地に混ぜて準ヴィルクにするんでしたね。古代ヴィルクで同じ事をするということですか?」
「その通り。ところで君は育て方を知っているかな?」
「いえ、なんとか針仕事が出来る程度で、生地については明るくないんです。育て方となるとさっぱりですね」
「ミネヴィア嬢の服はいわゆる準ヴィルクの服だが、あれはどのようにヴィルクを使用したのかね?」
「服を作ってくれと頼まれたときに、たまたまハンカチとして持っていたヴィルクを適当に縫いこんだだけですが……」
「ハンカチ……? 古代ヴィルクを?」
アリテックがきょとんとしてしまった。
しかしそれは一瞬で、片手で顔を覆ってがっくりとうなだれた。
「……ハ、ハンカチ……?」
「し、知らなかったんですよ! 良い生地としか教えられなかったんでそんなすごいものだとは! 知ったのは生地をもとめに生地屋へ行ったときたまたま生地の種類についての話になったからで!」
今のおれなら、当時のおれに「おまえ何してんの!?」と言うだろうが、知らなかったんだから仕方ないよね。
「い、いや、君が授かったものだからな、それをどう扱おうと君の自由だ。動揺して話の腰を折ってしまったが、要はハンカチ一枚ほどの量のヴィルクをミネヴィア嬢の服に使ったわけだね?」
「ええ、そうです」
「ふむ、準ヴィルクとしてはヴィルクの割合がかなり多いな。時間さえかければヴィルクは一片であっても縫いつけた布を準ヴィルクへと変化させる」
「そんな少しでいいんですか」
「ああ、少しで大丈夫だ。多く使うとそれだけ変化の速度が速まるのだが……、準ヴィルクになるのを急ぐ状況などないからね、ヴィルクを得た人々はじっくりと、何代もかけて準ヴィルクを育てるんだ」
「もしかして、ぼくはもったいないことをしていましたか?」
「それについては発言を控えよう」
もったいない、どころではないらしい。
「それで、話は戻るのだが、私に古代ヴィルクを預けてはもらえないかね? もしハンカチ一枚ほどの量を預けてもらえたら、私は君のためにさまざまな生地を準ヴィルクとして育てよう。そして――、あれだな、できれば育てた準ヴィルクをいくばくか貰えたら……」
ちら、ちら、とアリテックが視線を飛ばしてくる。
やめろ、おっさん。
「そうですね……」
このまま手元に置いていてもただ消費してしまうだけだし、一部を渡して育ててもらうのもいいかもしれない。
「わかりました。お願いします」
申し出を受けることにして、おれは妖精鞄から残りの古代ヴィルクをひっぱりだす。
「レイヴァース卿は良い物を持っていますな」
腰の小さなポーチが妖精鞄だとわかり、アリテックがあきれたように言った。
もう古代ヴィルクがバレているし、こうして生地を渡してしまえば一蓮托生のようなもの、妖精鞄の所持について言いふらすようなことはしないだろう。
残りの古代ヴィルクは黒地がハンカチ程度である。
メイド服のメインの生地だから相当使った。
白地はまだ幅が一で長さ二メートルほどの生地として残っている。
「…………」
黒地のハンカチ、そして折りたたまれた白地の生地をテーブルに置くと、アリテックは興奮気味に深呼吸を繰り返した。
「黒地はもうこれだけなので、このままお渡しします。白地は少し大目にしましょうか」
おれは言い、ハサミを出して白地をジャキジャキ切った。
「ちょちょちょ!? そんな乱暴なー!?」
アリテックは悲鳴をあげた。
※誤字を修正しました。
ありがとうございます。
2018/12/11
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/01/22
※おかしな表現を修正しました。
ありがとうございます。
2021/02/02




