第168話 11歳(夏)…指名依頼
「たすけてー、誰かぁー、たぁーすけてぇー……」
ちょっと泣きそうな声でシアが助けを求めてくる。
この情けない感じからして、命の危機というわけではなさそうだ。
ならそう急ぐこともないだろう。
それに助け出そうにも、雪山みたいに積み重なったヴィルキリーの中からどう引っぱりだせばいいかわからない。
下手なことをして怪我なんてさせたら大問題だ。
「どうしてシアはこんなに好かれているのかしら?」
いつのまにかミーネはしゃがみ込み、一体のヴィルキリーを抱えてもふもふを堪能していた。
ミーネの周りにもヴィルキリーは集まっていたが、シアとは比ぶべくもない。
「これは一体どうしたことだ!?」
驚いた声がしたので振り向くと、身なりの良い男性が愕然とした表情でこちら――、と言うかもふもふに埋まったシアを見つめていた。
「ああ、アリテック様。実は――」
その男性――アリテックにダイロンが事情を説明する。
見学させようとしたらヴィルキリーたちがシアに襲いかかったというだけの話なので説明はすぐ終わった。
「要は原因不明ということか。あ、私はアリテック。ここの領主だ」
ああ、精霊門の管理人やっていたコンテット爺さんが言っていた息子の現当主さんか。
「ひとまず挨拶は置いて、まずはお嬢さんをヴィルキリーの山から助け出すことが先決なのだが……、どうしたものか」
アリテックは渋い顔でヴィルキリーの山を見つめる。
希少生物だから乱暴に追い払うとかは出来ないだろうな……、例えば雷撃を喰らわせるとか、風魔術の衝撃波でふっとばすとか。
どうやってシアを引っぱりだそうか皆で考えているうちにも、飼育場にいるヴィルキリーは集まり、ますます群れていく。
最終的にすべてのヴィルキリーが集まっちまうんじゃないかこれ?
「あ! ああ! ちょ!? これ!? あれぇ!?」
そうこうしているとシアが騒ぎ出した。
「ちょっとどいてもらおうと掴んだら毛がごっそり抜けちゃったんですけども! まずいですかね!? これってまずいですかねぇ!?」
積み重なったヴィルキリーの隙間からずぼっとシアの腕が突き出される。
その手にはもふもふとした毛が鷲掴みにされていた。
「な、なにぃ!?」
アリテックが驚愕に目を剥く。
「…………」
それを見たミーネがおもむろに抱えていたヴィルキリーの毛をぐわしっと握る。
そして――
「あ、私もできたわ」
やすやすとその毛をごっそり毟り取った。
「馬鹿な!?」
さらに驚くアリテック。
ミーネは毟った毛を不思議そうに眺めていたが、やがてアリテックに渡そうと差しだす。
「はいこれ」
「はいって!? ――ちょ、ちょっとそのまま! 握ったままでいてくれ! う、器! 器と採毛箱を早く! あと手の空いている者――、いや、手が空いて無くても何人か連れてきてくれ! 大至急!」
「わかりました!」
男爵に言われ、ダイロンが大急ぎでどこかへすっ飛んでいく。
「あのー! わたしはまだこのままなのでしょうかー!」
「すまんがもう少し待ってくれないか!」
シアは訴え、アリテックは懇願を返す。
「これは……、今日は生地を探すのは無理かもしれないわねぇ……」
いきなり混沌とし始めた場を見守っていたティゼリアが呟く。
シアを救出して「じゃ、さようなら」ってわけにはいかないだろうし、これは無理かもしれないなぁ……。
「お待たせしました!」
やがてダイロンが同じくダークエルフの飼育員を二人連れて戻ってきた。
一人は黒塗りのつるんとしたボールみたいな器を、もう一人はやはり黒塗りの弁当箱みたいな箱を持っている。
「えっと、埋もれているお嬢さん! 今から手を器に入った水につけるからゆっくり手を開いてくれ!」
「よくわかりませんがわかりましたー!」
埋もれてるからな、シアは何が何だかわからないだろう。
そしてアリテック主導の元、一人の飼育員が慎重に突き出されたシアの手を器に入った水に浸す。次にもう一人の飼育員が菜箸っぽい棒でもって器用に水に浮いた毛を丁寧に集め、それを箱に移していく。
なるほど、毛の一本でも貴重な代物。
散ってしまわないようまずは水につけてから集めるわけか。
器や箱の色が黒いのは見落とさないようにという理由だろうな。
シアの毟った毛を慎重に集めた後、次はミーネに移る。
ただミーネはさらに採毛できるか試すことになり、ぐわしぐわしと抱えたヴィルキリーからそのもふもふを毟り取った。
そして現れたのはカピバラのようなウサギと言うか、ウサギくらいのカピバラと言うか、そんな生き物だった。
「初めてまともに姿を見たぞ……!」
「私もですよ……!?」
茫然としてアリテックとダイロンが言う。
飼育員二人も同じような表情だ。
「あなた、とぼけた顔をしてるのね」
鼻をひくつかせるヴィルキリーと睨めっこしながらミーネが言う。
長い毛を毟り取られ、伸びきっていない短毛だけになったヴィルキリーはどこか機嫌良さげな感じだ。
「ふーむ、確かに記録に残っている姿だな……」
ヴィルキリーがミーネと仲良くしているのを見て、アリテックも触ってみようとそっと手を伸ばす。
そして指をガブッと噛まれた。
「あいたたたぁ!」
仰け反るアリテックだったが、そこはさすが、手は振りはらったりせず噛まれるままに任せている。
こいつら噛まないんじゃなかったのか?
「噛んだりしたら駄目よ? よしよし」
ミーネが囁きかけ、その背中を撫でてやるとヴィルキリーはアリテックの指を囓るのをやめ、またひくひく鼻を動かして心地よさそうに落ち着いた。
「君にはよく懐いているな……、少し自信をなくすよ」
ちょっと落ち込んだ顔でアリテックが言う。
「あの! そろそろ! そろそろわたしを助けていただけると!」
懐いているどころではないシアが訴えてくる。
とは言え、まだ元気そうだし平気だろう。
アリテックはヴィルキリーを撫でるのは諦め、噛まれた指をさすりながら採毛した毛を確認しているダイロンの所へ。
「採毛の量はどれくらいになった?」
「ひと月分といったところですね」
アリテックが尋ね、ダイロンが答える。
そして二人は顔を見合わせ、うん、とうなずき合った。
アリテックはすぐにヴィルキリーの鼻をつついているミーネのところまでくると、真面目な表情で言う。
「なあ君たち、よければ採毛の仕事を頼まれてくれないだろうか?」
「採毛の仕事……?」
ミーネはきょとんとして、それからハッとしたように言う。
「あ、なら依頼して! 私、冒険者だから!」
「ほう? ……よし、わかった。ではすぐに指名依頼をだそう」
アリテックは承諾し、ふり返るとダイロンに指示をする。
「大仕事になるぞ。すぐに人をかき集めろ。私は冒険者ギルドへ行って依頼を出してくるから、準備が整ったら採毛を始めてくれ」
「わかりました」
「頼むぞ」
厳しい表情で言い残し、アリテックはダッシュで去っていった。
「採毛でもなんでもするんで、本当にそろそろ助けていただきたいんですけどー!」
シアの声がけっこう必死になってきた。
その後、ダイロンの機転により、いつもより早めに餌を用意し、ヴィルキリーがそっちに群がっているうちにシアは脱出。
急いで飼育場から逃げ出すことで事なきをえた。
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/01/22




