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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
3章 『百獣国の祝祭』編
169/820

第167話 11歳(夏)…もふもふ

 カナルの精霊門は前もってシャロ様が設置してくれるという話があったため、気合いを入れて用意された場所だったらしい。


「町から離れてしまってるけど、本当にここでいいの?」


 設置した場所に対してはそんなシャロ様の言葉が伝わっている――、そう御者の男性が少し笑いながら話してくれた。

 馬車はのんびりと町へと向かっており、御者はおれたちが退屈しないようにとカナルについてのお話などをしてくれる。

 なんとなくバスツアーに参加しているような気分になった。


「カナルは歴史のある都市なんですよ。なにしろ邪神の誕生以前からありますからね」


 つまり千四百年以上も昔からここにあるわけか。

 そりゃ相当だ。


「もともとは野生のヴィルキリーを飼い慣らし、飼育することを目的とした研究者たちの集落だったそうです」


 邪神の討滅後の世界では野生のヴィルキリーは絶滅。

 生き残ったのはここで飼育されていたヴィルキリーだけになってしまい、しばらくの間は世間から隠れてひっそりと育てられていたようだ。


「カナルという名前は今ではもう使われていない言葉、『採毛』を意味する古い言葉がなまったものなんです。『取る』という意味の『クー』と『毛』という意味の『アナル』で『クー・アナル』だったものが『クァナル』になり、最後は『カナル』になったんです」

「「…………」」


 おれとシアは沈黙した。

 まあ……、あれだ。

 あるよね、こういう、ある言葉が別の国ではぜんぜん違うものを意味していることって。

 アナール学派関連の書籍を店員に尋ねたら、アナル全書とかそんなんばっかあるコーナーに案内されちゃうとか、あるよね。


「へー、うちと同じ感じなのね」

「「え」」


 ふとミーネが呟き、おれとシアが固まる。

 ちょっと待て。

 クェルアーク家もなんか辟易するような単語で構成されたものだったりするのか?


「クー・ウェルア・ア・アーク。まず『クー』が『取る』とか『狩る』とかでしょ、それで『ウェルア』が『悪いもの』とかそんな感じで、『ア』が『の』で、『アーク』が『剣』なの。それがくっついてクェルアークよ。破邪の剣ってことになるらしいわ」

「まともだな」

「まともですね」


 よかった。

 クェルアークと言いづらくなるようなことにはならなかった。


「ご先祖さまが自分の剣にその名前をつけていて、導名を得たときにそれを家名にしたのよ」


 ちょっと自慢げにミーネが言う。


「ほほう、いいことを聞きました。次からはカナルの由来と一緒にクェルアーク伯爵家の由来についても話すことにしましょう」


 御者が嬉しそうに言う。

 話すネタが増えるのはいいことだしな。


「世界の混乱が落ち着き始めた頃、ここでヴィルキリーが飼育されていることが知られ始め、貴重なヴィルクを求めて人々が集まり始めました。そういった人々は当然裕福な人たちで、そんな人たちを目当てに生地屋や腕の良い仕立屋も集まるようになり、このカナルは布の都として発展していったんです」


 ふむふむ、とミーネは御者の話を興味深そうに聞いている。

 意外と歴史とか好きなのかな。


「ヴィルクは貴重なものです。お金を積もうと買えるものではないので、当然ながらそれを狙う者たちも現れました。それは盗賊のような者たちをはじめ、社会的な地位を持つ者――、大商人や貴族、はては外国、それどころかこの国自体まで。さまざまな圧力や懐柔がありました。しかしこの地を治めるグーニウェス男爵家はあの手この手でそれらをはねのけ、平等にヴィルクを分配するようにしたのです。まあ、欲を出した者がいたら、こんな輩がいると予約している方々に話をするだけですんでしまうんですがね」


 まあそりゃそうだ。

 世界中の王侯貴族が歯軋りしながら順番待ちをしているところに横入りしようもんなら総攻撃で蒸発するわな。


「でも警備が少なくない? 精霊門のところとかもっと警備の兵とかいたほうがいいんじゃないの?」


 おれも考えていたことをミーネが尋ねる。


「精霊門でこのカナルへくるにはかなり厳密な審査が必要になりますから、怪しい者がやってくることはほぼありません。あとカナルの精霊門を守っているのはランクB以上の冒険者だった方々なんですよ。全盛期よりは衰えているものの、その力は未だ健在です。それにヴィルキリーの飼育場はより強力な者たちが飼育員兼警備員として働いていますから。――あ、そうそう」


 と御者は思い出したように言い、肩越しにこちらを振り返る。


「どうでしょう、よろしければヴィルキリーを見学なさいますか? コンテット様から許可はいただいていますが」

「見たい!」


 即座にミーネが声をあげる。

 まあ当然だろう。

 これでべつに見たくないとか言いだしたら、それはきっとミーネの姿をした魔物かなにかだ。

 もしくは病気なので引き返してベッドで安静にさせなければならない。


「かしこまりました。では、まずヴィルキリーの飼育場へと向かいましょう」


    △◆▽


 ヴィルキリーの飼育場は円形のかなり巨大な建物だった。

 見た目は飼育場というより要塞だ。

 名前は『ヴィルキリーの小屋』と言うらしい。

 どこが小屋だ。


「では手続きをしてきますので、しばしお待ちを」


 御者はそう言い、おれたちを残して飼育施設の受付へと向かう。

 少し待つと、閉まっていた施設正面の扉が開き、現れた一人の男性が御者と少し会話し始めた。


「あれ? あの人って……、ダークエルフ?」


 男性の特徴――尖った耳と褐色の肌の色を見てミーネが呟く。


「そう、ここはダークエルフの人がけっこう働いているの。要はせっかくヴィルキリーを懐かせるなら寿命の長い種族の人がいいってことね」

「普通のエルフの人は?」

「エルフは産まれた森の加護を受けた者だから、定期的に森に帰る必要があるの。あんまり長く森の外にはいられないのよ」


 まあそれもエルフ基準の長くだから何十年単位の話だけど、とティゼリアは笑う。


「ダークエルフは森の加護を受けずに生きるエルフ。肌の白いエルフは森の加護を受けているからその影響で白いの。加護がなくなると魔素が変化して肌の色が褐色になるらしいわ。あんまりいい表現じゃないんだけど森エルフと野エルフって言われたりするわね」

「へぇー……」


 ちょっとしたエルフの話をしていたところ、ダークエルフの男は御者との話を終えてこちらへとやってきた。


「ようこそ。私はこの飼育場の責任者でダイロンと申します。本日は――……」


 と責任者のダイロンは何か言おうとして、動きが止まる。

 怪訝な顔で眺めているのはシア。

 いや、シアの着ているメイド服か。


「……?」


 次にミーネの服を見て、ますます困惑顔になる。

 いかん……。

 この人ってヴィルクの専門家だもんな。

 そりゃあヴィルクの服を着てりゃあ気づくか。


「――あ、ど、どうも初めまして。私は聖女をしているティゼリアと申します。本日は特別にヴィルキリーを見学させてもらいにまいりました。よろしくお願いします」


 ティゼリアも服のことに気づき、なんとか話を戻そうとする。

 話しかけられたダイロンはハッとし、まだ気にはなっているようだがひとまず案内をすることにしたようだ。


「ああ失礼、少しぼうっとしてしまいました。それでは中へご案内します」


 ダイロンに続いて建物の中へ入り、奥へと向かう。

 ヴィルキリーが飼育されているのは建物の中心部らしく、辿り着くまでにダイロンがヴィルキリーについて簡単に説明をしてくれた。

 おれが知っていることは生地屋のラマテックに聞いたことだけである。

 ヴィルキリーは全身を毛で覆われた魔物であり、その獣毛は超高級毛織物であるヴィルクになる。

 性格は温厚で攻撃性は低い。

 そして好奇心旺盛だが、びっくりさせると死ぬ。

 死なせるとその毛も駄目になってしまうので、採毛は生きているヴィルキリーからおこなわなければならない。


「専用の櫛がありましてな、それでくしけずり、取れたわずかな毛を集めてヴィルクにするのです。それも普段から世話をして、信頼関係を築いた者がおこなわなければなりません。要は安心して心地よい気分でいるとよく採毛できるわけです。まあ驚くと死んでしまうような魔物ですから、毛の抜ける抜けないも気分に左右されるわけです。そんなわけで刈り取ることはできません。毛を刈り取られるのを嫌うので、その影響で毛の質が落ちてしまうんですよ」


 聞けば聞くほどふざけた生態だった。


    △◆▽


「あれ? 外?」


 建物の中心へと辿り着いたところで、ミーネがきょとんとして言った。

 確かに草や木々が生い茂り、飼育場はまるで野外のように緑が溢れている。

 しかしここが建物の中であることは上を見るとわかる。

 高い天井は驚いたことにガラス張りのドームになっており、その広さからなんとなく冒険者訓練校の訓練場くらいはあるのではないかと推測する。

 庭園ほどには整然としておらず、例えるなら放置された植物園といったところ。

 湿度と気温が外よりも高くなっている。


「すいませんね、今はちょうど暑い時期なんです。中旬あたりから気温を調整する魔導具を使用して涼しくするのですが」


 建物自体もそうだが、金かけてるなー……。


「ヴィルキリーはここのどこかにいるの?」


 きょろきょろ辺りを見回しながらミーネが言う。


「ええ。好奇心旺盛なので、すぐこちらに気づいて様子を見に来るでしょう。少し待ちましょうか」


 ダイロンに言われ、おれたちはその場にとどまって少し待つ。

 やがて背の高い草がわさわさと揺れた。

 なんとなくジュラシックな映画を連想したが、ひょっこり現れたのは恐竜ではなく一抱えほどの白いもふもふとした生き物だった。

 よかった。


「わ、来たっ、来たっ」

「これはまた見事なもふもふ……!」


 現れたヴィルキリーを見て、ミーネとシアは喜んでいる。

 アンゴラウサギの毛の多い個体でも鼻先くらいは覗かせているものだが、ヴィルキリーは完全にもふもふとした毛で全身が覆われているため本体がまったく見えない。

 本体の大きさはどれくらいなんだろう。

 子犬くらいはあるのだろうか?


「あ、集まってきた。集まってきたわ!」

「お、おぉ!? これまた多いですね!」


 現れた一体を観察していたら、遅れて次々とヴィルキリーが集まってきてみっちりと固まった集団になった。

 さっきまで草むらだったその場所は、すっかりヴィルキリーに占拠されて白いふわふわ絨毯みたいになっている。


「集まってきましたね。ではゆっくり近づいて、そっと撫でてみてください。噛んだり引っ掻いたりしてくることはないのでそこはご安心を」


 ダイロンに促され、ミーネとシアがはやる気を堪えながらそろそろと近づいていく。

 と思ったら、一体のヴィルキリーが砲弾みたいに飛びだした。

 ドゴッ――


「おごっ!?」


 その一体はシアに突撃。

 温厚な魔物だからと油断していたシアの腹にぶちかましを喰らわせた。

 するとそれを皮切りに、集まっていたヴィルキリーが次々とシアに襲いかかる。


「ちょちょちょ、ちょ、ちょぉ――ッ!? も、もふもふ! もふもふが襲って――ッ!?」


 そしてシアはヴィルキリーに埋もれて見えなくなった。

 ニホンミツバチって襲ってきたスズメバチを集団で包みこんで熱で殺すらしいけど、これもそんな感じなんだろうか?


※誤字の修正をしました。

 2017年1月26日

※誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2018/12/11

※文章の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/01/22

※誤字脱字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/05/09


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