第166話 11歳(夏)…布の都カナル
王都の正面大通りを城までいかず、途中で右にそれて進んだ先に精霊門のある堅牢な建物へと到着する。
「もともとここは公園でね、シャーロット様が公園入り口のアーチがちょうどいいってことで精霊門にしてしまったの。その後、国が大慌てでここに砦を築いたって話ね」
精霊門は各国首都のほか、重要な都市や場所に設置されている。
これは世界中を移動していたシャロ様がまた来る必要のある場所にと拵えたからだ。
精霊門はくぐった者を以前くぐったことのある別の精霊門へと転移させる機能を持っている。
そのため、おれみたいに精霊門を使ったことのない者はそこをくぐったところで反対側に通り抜けるだけで、どこかへすっ飛ばされるといったことはない。
ただ別の門へと向かう者についていくことは出来るようなので、今回は置いてきぼりになることはなさそうだ。
精霊門は誰でも使えるが、勝手に使用してよい代物ではなく、各国はそれぞれの門を厳重に管理している。一応、身元が確かで、高額の使用料を支払いさえすれば一般の者も使用が許可されるらしい。
精霊門は主に平和的――、かどうかは不明だが、そこそこ穏便な国家間の取り組みのために活用される。
侵略に使用されたことはまだない。
いざとなれば門は閉ざすことも出来るようだし、そもそも精霊門を使用しての侵略行為は諸刃なのだ。そんなことしようものなら即座に自国が世界中から攻められて滅ぶだけなのである。
「設置したのは聖女シャーロット様だし、厳密には門は聖都から貸し出されているってことになってるの。その関係で聖都の上位聖職者はけっこう気軽に使えるのよね。もちろんそれはお仕事のためで、今回はちょっと私用なんだけど……、新しい聖女のためなわけだし、いいわよね! ね!」
「いやぼくに同意を求められましてもね? なんですか、なんか問題になったらぼくも賛同してくれたからとか言うんですか?」
「あ、もしそうなったら言っていい?」
「ダメです。そもそもぼくが賛同したからって言い訳にすらならないでしょう?」
「あら、そうでもないわよ? シャーロット様ゆかりのレイヴァース家の子だし、善神の祝福を授かっているんだから並の神官よりは影響力も発言力もあるわよ?」
「ならよけいダメです」
「えー」
「いや、えー、でなくてですね……」
この人、何気に使えるものは使い倒そうとするからな、気をつけねば……。
△◆▽
元公園だった場所には砦のような堅牢な建物があった。
現在は開きっぱなしになっている砦正面の大門までくると、警備をしていた騎士が小走りで駆けよって来る。
「これはこれは、聖女様」
「こんにちは。聖都の聖女を務めていますティゼリアと申します」
聖女を騙るアホはときどき現れるので、念のためにティゼリアは冒険者証を提示する。
色は金……、ランクAだ。
戦闘能力だけでなく、そうと認められるだけの社会貢献がなければなることのできない特別なランクである。
「うおぉー、金色だー……」
ミーネが目をきらきらさせてそんな冒険者証を見つめる。
「はい。確かに確認しました。本日はどちらへ赴かれるのでしょうか? この記録だけは残しておかなければならないので……」
騎士は少し申し訳なさそうに言う。
おそらく本来の手続きはもっと面倒なのだろう。
「ラサロッドのカナルに向かいます。この子たちと」
「ん……? もしかしてレイヴァース男爵家とクェルアーク伯爵家の?」
「そうそう、ご存じでしたか」
「なにかと話題に事欠かない方たちですから。日陰者たちの間にも黒と金と銀の三人組には手を出すなとおふれが出ているくらいです」
なにその危険物扱い。
「ではどうぞこちらへ」
騎士に先導されながら砦の内部へと入り、通路を進んで大広間に出るとそこには教会っぽい石造りの建物があった。
日光や雨風にさらされなかった化粧石はいまだつるつるすべすべで、建物は建築当時の姿をそのまま残している。
「ちょっとちょっと、上を見て、上」
真上を見あげたままミーネが言うので、おれとシアも天井を見あげてみる。
この大広間の上部はドーム状になっており、そこには見事な天井画が描かれていた。
「おー、これはすごいですねー」
「あれって……、シャーロットと仲間たちじゃないか? んでもって反対にいる黒いのが魔王」
「あ、そっか。じゃあ……、あの剣を持ってるのがご先祖様かしら」
「あの天井画は収穫祭――シャーロット生誕祭と呼ばれる方が多いのですが、そのときに一般にも公開されます。大賑わいで警備も大変ですよ」
おれたち三人が天井画を見あげていると、騎士がそう教えてくれる。
「ごめんなさいねー、じっくり見学させてあげたいんだけど……」
ティゼリアが申し訳なさそうに言う。
まあ今日はゆっくりしていられないからな。
「よし、じゃあ行くぞ。ほれ。おーい。帰りのときによく見せてもらえばいいから」
シアとミーネに呼びかけるも、上を見あげたままなので仕方なくその手をとって引っぱっていく。
二人は頑なに上を見あげたままだったが、教会っぽい建物まで連れていったところでようやく顔を下ろす。
観念したのではなく、さらに興味をひくもの――精霊門がそこにあったからだ。
「あれが精霊門ね!」
「門自体はわりと……、あ、もともとは公園のアーチ門でしたね」
興奮するミーネと一人で納得しているシア。
精霊門は三メートルほどの高さがある大きな石のアーチ門。
門は向こう側が普通に見通せたが、その面は油の膜がはった水面みたいにうにょうにょしていた。
「はーい、それじゃあ行くわよ。念のためまとまってね。まあ置いてっちゃってもすぐ戻ればいいだけなんだけど」
ティゼリアはおれたちを近寄らせ、そして精霊門をくぐる。
△◆▽
精霊門をくぐると、さっきまでとはまったく違う建物の内部にいた。
整然と並ぶ石の柱が天井を支え、壁は無く明確に外と内がわけられていないのでずいぶん開放的な感じがする。
内部に壁がないことを除けば、ギリシアの神殿っぽい。
「ほわー、すごいこれ……」
「本当に別の場所ですねー」
ミーネとシアがぽかんとしているが、その気持ちはよくわかる。
精霊門をくぐったとたん、まったく知らない別の場所。
ふり返って精霊門を覗いても、そこにさっきまでの景色が映っているようなことはない。
そこにあるのは美しい彫刻を施された扉のない門だけだ。
「ちょっと混乱するな、これは」
そういうものと知ってはいても、感覚では納得しきれていないところがあって混乱する。
「ふふっ、そのうち慣れるわよ」
動揺しているおれたちを見て、ティゼリアは微笑んでいた。
そんなおれたちに話しかけてくる老人が一人。
「おお、聖女様ですな」
精霊門のそばに丸いテーブルがあり、それをお年寄りたちが囲んでいる――、ってよく見たら冒険の書で遊んでいた。
他にも長椅子で居眠りしている爺さまや、読書をしている婆さまなどもいる。
このお年寄りたちがここの管理人なのだろうか……、ちょっとのどかすぎるだろう……、いくらなんでも。
話しかけてきた爺さんは席を立ち、いそいそとこちらへやって来た。
「ようこそ布の都カナルに。儂はコンテット・グーニウェス。このカナルを治めるグーニウェス男爵家の元当主、今は家督を息子にゆずってのんびりしておるただの老人です」
おおう、ただの管理人のお爺ちゃんというわけではなかった。
「初めまして。ティゼリアと申します。こちらの子はレイヴァース家のご令息です。実は彼、導名を目指しているのでシャーロット様にあやかって名を口にすること、されることをなるべく避けています。どうかご理解くださいますよう」
「――ッ!?」
なんかティゼリアがすごい作り話ぶちかました!
いかん……、おれも他でつい使ってしまいそうだ。
名前広めないといけないのに……!
「お? おお! 冒険の書の!」
コンテットは一瞬きょとんとしたが、すぐに驚きの表情になっておれの手を取るとにこにこ微笑みを浮かべ始めた。
「これはこれは、ようこそカナルへ! 冒険の書は楽しませてもらってますぞ!」
「た、楽しんでいただければ幸いです」
ザナーサリーから遠く離れた場所にまでこうして波及しているのは冒険者ギルドのおかげだろう。
ありがたいことだ。
「そしてこの子がレイヴァース家の養女のシア嬢、こっちの子はクェルアーク家のミネヴィア嬢です」
「おやおや、クェルアーク伯爵家の方まで」
いまいち実感はわかないが、おれやミーネの家は超名家ってことになってるからな、コンテットが目を丸くするのも当然なのか。
「どうしましょう、まずは当家でひと休みされますかな?」
と、コンテットは手でそっと離れた場所に見える屋敷を示した。
「あ、せっかくですが、今日はちょっと生地を探しにきただけですから……」
「おや、聖女様が生地をとなると……、新たに聖女となられる方へ贈られる法衣のためですな。これはめでたい」
めでたい、めでたい、とコンテットは微笑んでうなずく。
「それでは町を案内する者と、馬車を用意しましょう。どうぞこちらへ」
コンテットに先導されて建物の端まで来ると、カナルの町が一望できた。
ザナーサリーとは違い、ここは都市から離れた高台に作られた場所のようだった。
「しばしお待ちを」
そう言うと、コンテットは出てすぐの場所にあった、こぢんまりとした建物に入っていく。
カナルの町を眺めながら待つと、建物の裏手から馬車が現れた。
馬車は小さめだが装飾の施された立派なものだ。
おれは馬車と聞くと幌付きのものや、小部屋のようになっていて内部に乗りこむものを想像するが、これはオープンカーのように開放的な作りになっている。前方に御者の席があり、後部にソファーのような立派な席、日よけのための開閉式フードもついていた。
旅をするための馬車ではなく、観光とか催しのための馬車っぽい。
「どうぞこちらで。あとで息子にもご挨拶にうかがわせますので」
戻ってきたコンテットに促され、おれたちは用意された馬車に乗りこむ。
おれたちが乗りこむと、御者が馬を歩ませ、馬車はカナルへと通じる道をゆっくりと進み始めた。
※文章の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/01/22
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/17
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/04/15




