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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
3章 『百獣国の祝祭』編
165/820

第163話 11歳(夏)…聖女

「ぬいぐるみに使う生地はわたしが選ぶわ!」


 ミーネが張りきってしまって仕方ないので、メイド学校へ帰る前に生地屋へ向かうことになった。

 生地屋『ヴィルキリナ』。

 一昨年、王都に訪問したときミーネに服を作ってくれとせがまれて立ち寄ったお店である。

 って今回もほぼ同じじゃねーか。


「あれ……、どっかで見た人がいる……」

「いますね……」

「ふぇ?」


 おれとシアが囁きあうのを聞いてミーネがきょとんする。

 この世界では珍しい正面ガラス張りの立派な店舗に到着したのはいいのだが……、店主のラマテックは二十歳くらいの女性と話し合っており、おれたちの到着に気づく余裕もないほど超ぺこぺこと対応していた。

 立派なローブ――法衣を纏い、深い紺色の髪を束ねて後頭部でまとめている背の高い女性の名はティゼリアと言う。

 善神を祭る祭政一致の国家、セントラフロ聖教国において聖女という特殊な教導職に就いている女性である。


「……ご主人さまー、どうします……?」


 小声でシアが聞いてくる。

 暗に「見なかったことにして帰りますか?」と言っている。

 どうしたものか。

 ティゼリアは良い人だ。

 これは間違いない。

 ただ関わると少し面倒が……。

 例えるならそれは、気づいたら一緒にボランティア活動をせざるを得ないような状況になっている、といった感じである。

 要は勢いに乗せられていつのまにか振り回される事になるのだ。

 実際、おれとシアは成り行きで仕事を手伝うことになり、訓練校の入学式に遅刻した。


「ティゼリアさんがまだこっちにいるってことは、あの事件が全部片付いてないんですかね……?」

「どうだろうな、別件かもしれないぞ?」


 おれとシアは店の入り口でひそひそ話し合う。


「あら? 貴方たち……」


 そこでティゼリアがおれたちに気づいた。

 まあそそくさ逃げるとか超失礼だしな……。


「こんにちは、ティゼリアさん」

「お久しぶりですー」

「あらあらあら!」


 挨拶をすると、ティゼリアは両手を広げたまま足早にやってきて、まずはおれをがっつりと抱擁、次にシアもがっつりと。


「久しぶりね! あ、こちらのお嬢さんはどなたかしら?」

「クェルアーク家のお嬢さんですよ」

「ああ! 貴方がそうなのね! 初めまして、私は聖都で聖女を務めているティゼリアよ」

「聖女さま!?」


 ようやくティゼリアが何者か知り、ミーネが驚く。

 その表情には純粋な驚きと、有名人に会った子供のような憧憬があった。


「貴方のことはミリメリア様から少し――、いえ、あれは少しではないわね……、うん、かなりうかがったわ。そっかー、貴方があのミーネちゃんなのね。なるほどなるほど、会って納得ね」


 そう言って、ティゼリアはミーネをぎゅーっと抱擁する。

 ミーネも負けじとぎゅーっと抱擁返しをした。


「ねえ聖女さま、私、聖女さまのこと詳しく知らないんだけど、聖女さまってどんなことをする人なの?」


 抱きついたまま、真上を見あげるようにしてミーネが言う。


「あら、私のお仕事? そうねえ、簡単に言うなら、悪いことをする人を捕まえて心を入れかえさせることね」


 ティゼリアは本当に簡単に説明した。

 まああんまり詳しく説明すると心証があれだしな……。

 実際、聖女がなんなのかと言うと、それは警官と裁判官と軍特殊部隊員と巡回説教者をまとめたような存在だ。

 あり得ない話だが、ミーネが『ジャッジ・ドレッド』という映画を知っていればその一言ですむ。

 要は国家間を股にかけ、重大犯罪の捜査、捕縛した犯罪者をその場で断罪することのできる権限を持った存在だ。

 善神の使徒でもあり、犯罪者であれば王侯貴族であろうが関係なしで断罪する。

 それ故、富裕層の悪しき者は特に彼女たちを恐れており、その存在は為政者による悪行への強烈な抑止力になっていた。


「実は明日くらいに訓練校へ貴方たちの様子を見にいこうと思っていたの。訓練校はどうかしら? 貴方たちだと退屈じゃない?」


 ティゼリアはミーネを抱きしめたまま笑顔でそう尋ねてきた。


「あ、実は十日ほど前に卒業しまして、今ぼくは訓練校の臨時教師をやっています」

「……うん?」


 ティゼリアは困惑顔になって、ひとまずミーネを解放する。


「卒業って、貴方ってまだ入学して二ヶ月くらいよね? それに臨時教師ってどういうこと? お姉さん、よくわからないわ」

「色々ありまして。実は今、冒険者証を受けとってきた帰りなんですよ。これです」


 と、おれは受けとったばかりの冒険者証をティゼリアに見せる。


「ど、どうしていきなりランクDなのよ……、なにがどうなったらそんなことになるか、お姉さんわけがわからないわ……」

「簡単に説明しますと、ひと月ほど前に遠征訓練がありまして、そこで王種率いるコボルトの群れに遭遇、それを討伐したらこうなりました」

「…………」


 ティゼリアはうつむき、指で眉間をもみもみする。

 しばらくもみもみした後、長いため息をつきながら顔をあげた。


「んー……、うん、なるほど。わかったわ。私はまだ貴方を過小評価していたのね」


 感心しているのか、あきれているのか、判断しづらい微妙な反応をもらった。


「あー、いえ、ぼくだけの活躍でなくて……、と言うより、ぼくはおまけみたいなもので、実際は群れを殲滅したのがミーネ、王種を討伐したのはシアです。二人も一緒に冒険者になりました」

「え……、シアちゃんが強いのは知ってるけど……、群れをまとめてって、ミーネちゃんってそんなに凄いの?」

「うん、魔術でどーんってまとめてやっつけたのよ」

「どーんって……」


 ティゼリアはくったくなく笑うミーネをぽかんと見つめていたが、やがて困ったような笑顔になって言う。


「ねえ、よかったら訓練校に入学してから今日までどんなことがあったか、聞かせてもらえないかしら?」

「それはかまいませんが……、長くなるかもしれませんからどこか別の場所に移動してからですね」


 ひとまずティゼリアもこの生地屋に用があるようだし、お互い用件をすませてからメイド学校に向かえばいいんじゃないかな。

 聖女の訪問とか、メイドたちはかなり緊張するだろうけど。


「そうね、じゃあ――」


 と、ティゼリアが賛同しようとしたところ、それまでおれたちの会話が終わるのをじっと待っていた店主のラマテックが割りこむ。


「いえいえいえ、そこはお気になさらずとも! よろしければあちらでお掛けになって、ゆっくりなさってください! ――あ、喉が渇くかもしれませんね! すぐにお茶を用意いたします!」


 そう言い残し、ラマテックはなにやら嬉しそうに店の奥へすっとんでいってしまった。


「あら。……せっかくだし、そうさせてもらいましょうか」


 ティゼリアは嬉しそうに言う。

 ではまあ……、ご厚意に甘えるとしようかな。


※誤字の修正をしました。

 2017年1月26日

※文章の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/01/22

※さらに誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/03/15


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