第161話 11歳(夏)…星の首飾り
「もうこの剣は嬢ちゃん専用になっとる。嬢ちゃん以外が使おうとしたところで手紙開けくらいにしかならんわ」
「どゆこと?」
ぽかんとしっぱなしのミーネが尋ねると、クォルズは渋い表情で答える。
「嬢ちゃんの家にあるじゃろ、たいそうな剣が。あれと同じじゃ」
「たいそうな剣って……、ご先祖さまのクェルアーク? あれと同じって……、その剣も魔綱化したの!?」
「魔綱化だけじゃったら儂でも使えるわ。ただの剣としてじゃがな。しかしこれは……、うーん、どう説明したらいいか……」
お髭をがしがしいじりながらクォルズは言う。
持ち主の魔力が剣に宿り魔綱化していくと、いずれはその持ち主と子孫しか使えない剣になる。ただこれは剣に宿った特性や効果を発揮できるかどうかの話で、単純な剣としては使用できる。
しかし――
「最終段階というもんがある。もうその血筋以外には剣としても使うことが出来なくなるほど専用化した段階じゃ。魔剣の種類で言えば家宝魔剣という奴じゃな。長く続く家にはあるもんじゃ。受け継ぎながら魔綱化を進行させてゆく、まあそういう意味でも家宝魔剣なんじゃが、流石は勇者と言うべきか、嬢ちゃんの先祖はこれを一代で遣り遂げた」
「じゃあ、私の剣ってその家宝の魔剣になったの?」
「そういうことじゃが……、その様子じゃとまったく事の重大さがわかっとらんな……。いいか嬢ちゃん、ご先祖の勇者ですらそこまで育てるのに時間がかかっとるんじゃ。それがじゃ、一昨年はさっぱり魔綱化もしていなかった剣がいきなり魔剣にまで育っとるんじゃぞ?」
「うん? なにか駄目なの? 確かに斬れすぎてちょっと困ってるんだけど……」
「あの、ちょっとミーネさん? そんな状態でわたしを練習試合に誘っていたんですか?」
「あ。……、いや、うん、シアはちゃんと避けてくれるし……」
「もしもの事ってのがあるんですよ?」
「ご、ごめん……」
にこやかなシアに屈し、ミーネは大人しく謝った。
なにやら大ごとっぽくなってきたので、果たしてミーネの剣はどんなことになっているのか、ちょっと〈炯眼〉で確認してみる。
〈ミネヴィアの剣〉
【効果】復元(小)。
成長(小)。
《適合判定》
否…存在希釈。
合…強靱化(小)。
鋭刃化(小・魔力制御不安定…凶刃化)
魔技効果上昇(中)。
魔術効果上昇・火(小)。
魔術効果上昇・水(小)。
魔術効果上昇・風(小)。
魔術効果上昇・土(小)。
…………。
ミーネはシアにもっと謝ったほうがいいな。
「斬れすぎる、か……、嬢ちゃんが扱いきれておらんと言うことじゃな。それはそれで問題じゃが、そこはバートランの奴の管轄じゃろうから儂が言うことはない。では儂が何を心配しとるかと言うと、ただの剣が一気に魔剣にまで成長した原因についてじゃ」
じっとクォルズに見つめられ、はて、と考えこんだミーネだったが早々に首を捻って諦めた。
「何かしら?」
「坊主から針もらって埋めこんだじゃろ!?」
「あ? ――ああ! すっかり忘れてたわ!」
「忘れとったんか!」
「だ、だって、それまでなんのかわりもなかったし……」
ミーネがばつが悪そうに呟く。
まったく変化がなかったならば、まあ、忘れもするか。
「とにかくじゃな、この変化はあれが原因で間違いないじゃろう。と言うことはじゃ、あの針を刺しとけば、きっかけさえあればどんな剣でも一気に家宝魔剣まで成長させられるわけじゃ。こんな話が広まったらどうなると思う?」
クォルズはおれを見て尋ねた。
「すごく面倒くさいことになりそうですね」
「なるじゃろうな。ま、案外簡単な話……、いや、別のややこしい事態になりかねんな……」
「どういうことです?」
「話が広まれば最終的には強い武器を必要とする星芒六カ国が坊主を独占することになるじゃろう。まあそうなれば坊主は重要人物として保護されながら、どうにか針を光らせて供給してやればいい」
「供給って……、そんなにすぐには出来ないんですが……」
「じゃろ? となると、まずどこがその針を受けとるかどうかで喧嘩になる。そうじゃの、最初に魔導の研究に貪欲なバロットがあるメルナルディアが優先権を主張するじゃろうな。武器だけでなく防具や道具に使った場合どうなるか、それを研究し成果を上げた暁には他の五カ国にも技術を提供するとかなんとかでな」
バロット……、邪神討滅後に現れ始めたスナークを討滅するために結成された組織とかなんとか、一昨年にクォルズから聞いた。
結局、スナークを討滅する方法は見つかってないようだが。
「しかしスナークに対抗するための武器開発に関しては腐れドワーフの吹き溜まりであるヴァイロも熱心じゃ。それこそ儂らに任せろと声をあげるのは間違いない。一応、錬成魔剣というくそったれも作りだしたしの。後は……、ザッファーナの竜皇あたりが文句をつけだして三国で喧嘩じゃろうな。案外聖都も参戦するかもしれんが……」
おれのために喧嘩はやめて、とか言ってる場合じゃねえなそれ。
どうしよう、今日その紛争の種になる物を一本持ってきてるんだけど……、ちょっと言いだせる状況じゃない。
「分け合うには少なすぎるからの、黙っておくのが一番じゃろ。と言うわけでこの件については口外せんように。嬢ちゃんはうっかり口を滑らせんようにな。坊主がどっかに連れてかれかねんぞ」
「私も一緒に行くけど?」
「そういう話じゃないわい!」
まったく、とクォルズはややあきれ気味に唸る。
「それで、坊主の用件はなんじゃった?」
「あ、えっと、武器の絵が溜まったので持ってきたんです」
「おお! そうかそうか、どんなものがあるか楽しみじゃわい」
クォルズは打って変わってにこやかになり、おれから紙の束を受けとる。
「あと一昨年作ってもらった短剣なんですけど、なんか妙な効果があるんですよ」
と、おれは縫牙の効果について説明した。
刺すとおれが抜けろと念じるまで抜けないこと。
貫通させると対象がその場に縫いとめられること。
「また妙な効果を持っとるのう。なんでも縫いとめられるのか?」
「いえ、なんでもと言うわけではないですね。大前提として刺さるもの、それからある程度はまとまっていて固さがあるもの――」
我を取りもどしてからちょっと実験をしてみたのだが、やはりいまいち役に立たないと結論するしかない代物だった。
影に突き刺して影縫い! ――なんて期待したがダメだった。
他にも物体を空中に縫いとめられないだろうかと試したが、これもダメだった。手に持った紙に突き刺し、放したら普通に落下した。
落ちた拍子に紙が不自然に折れ曲がったことから、縫いとめられた対象はある程度外圧に抵抗するが、強い外圧がかかれば影響を受けることもわかった。
もしこれが外圧の影響を受けないのであれば、広げた布に突き刺して即席の盾、なんて活用もできただろうに。
「のう、それは一体なんの役に立つんじゃ?」
「それは……、いや、一応……、命を救われたんですよね」
もし突き刺したのが縫牙でなければ、コボルト王はおれを殺すことも可能だった。
役には立つのだ。
限定的な状況でのみ、ではある……、ん?
なんだろう、ちょっとおかしい。
シアが強化状態で、なおかつ魔技を使ってやっと攻撃が通るような相手をおれごときが貫いた?
突撃して全体重かかった状態だったから……、なのか?
「ふむ、坊主のそれもまた魔剣ということか? そこまでの感じはせんのじゃが……、ようわからんのう。それと、そのよくわからん効果は迷宮や魔境で見つかる魔剣のようじゃな。いや、それでもそこまで妙な効果はそうない……、そもそも武器なのか……?」
クォルズは困惑しっぱなしでお髭をいじる。
作り手が武器かどうか怪しんでしまうレベルでの珍品なのか。
「ま、そこは坊主じゃからな、なんかの拍子に役立つ効果を持つようになるかもしれん。根気よく使ってやれ」
「あ……」
そうか、効果が増えたり変化することも有り得るわけか。
ミーネの剣もただの剣からぶっ殺しの魔剣になったわけだし。
いかんな「こいつ使えねー」で終わらせてしまっていた。
「わかりました。もっと向き合ってみるようにします」
「おう、そうしてやれ。せっかく作ったもんじゃしな。ではそっちの嬢ちゃんの鎌は少し預かるぞ。何日かしたらまた来るといい」
「よろしくお願いします」
「うむ。あとティア」
と、言いながら、クォルズは作業台の小箱に収められていた物を取り出し、ティアウルに渡す。
「もうすぐ誕生日じゃからな。これをやろう。メイド学校に通っていることだし、いずれは女の子らしくなるかもしれんしな」
クォルズからの誕生日プレゼントはシンプルな霊銀の星がついた首飾りだった。
「あら、いいじゃない」
「素敵ですね」
「えへへ、とーちゃんありがと! 大事にするな!」
ペカーッとティアウルは嬉しそうな笑顔をする。
そうか、もうすぐティアウルの誕生日なのか。
そう言えば妹のセレスの誕生日ももうすぐだ。
王都で用意してやりたかったが、さすがに生活が落ち着かずプレゼント探しもままならないだろうと予想していたのでセレスの分は出立前に用意して母さんに預けてある。
実際、王都に来てからというもの滅茶苦茶である。
おれの予想は残念なことに正しかった。
クロアの誕生日はもうしばらく先、九月なので、こっちで何か見つけて送るつもりでいる。
っと、今はティアウルだ。
「なあティアウル、その首飾りちょっと見せてもらっていい?」
「いいぞ!」
おれはティアウルから首飾りを受け取ると、出しそびれていた神鉄の針を霊銀の星にくっつけてみる。
前にミーネが剣に刺して埋めこんでしまったように、やっぱり霊銀の星にもすんなりと埋まっていき、融合したんだかよくわからないが消えてなくなった。
「おれからの贈り物みたいなもんだ。ティアウルがその星に祈っていたらなにかいい効果がつくかもな」
「おお!? もしかして今の針って話にあったあれか!? あんちゃんありがと! ますます大事にするな!」
ティアウルに首飾りを返し、ふとクォルズを見る。
あきれ顔で髭を揉んでいた。
△◆▽
五日ほどして、ウォシュレットの試作品が出来上がった。
携帯式は仕組みが簡単なのでまあわかる。
しかし別置き型、一体型まで試作品を用意したのは驚いた。
シア指導のもと、実際に使用できるレベルの設計図を製作したとはいえ試作品が出来上がってくるのが早すぎる。
ダリスさん、あんたどんだけ職人を酷使したんだ……?
試作品の数は携帯型が多数、別置き型と一体型が五つずつ。
試験運用に選ばれたのはダリスの商会、冒険者ギルド中央支店、冒険者訓練校、メイド学校、そしてベルガミアの大使館の五箇所。
携帯型は各五で配布され、別置き型と一体型は各一で設置。
大使館への設置はリビラの発案で、獣人仲間だからと試作品設置の交渉までやってくれた。
そしてその翌日にはベルガミアの大使がすっ飛んできて、早くウォシュレットを完成させてくれと嘆願してきた。
「やはり一体型がよいですか?」
「そうですな! 携帯型でも用は足ります。しかし! しかし! 一度でも一体型を試してしまうともう携帯型では駄目なのです!」
そう熱く語る大使はネフリード・ゴーダートンと言い、タヌキ耳でタヌキ腹のおっさんだった。
ダリスの思惑通りになってるな……。
「どうか早く完成を!」
「いや、あの、ぼくは仕組みの発案だけでして、製品の完成度についてはチャップマン商会に言ってもらわないと……」
「おおなるほど、そうでしたか! いやはや、お騒がせして申し訳ありませんな!」
そう言い、ネフリードはチャップマン商会へと向かう。
うん、あの感じならウォシュレットは受けいれられそうだな。




