第160話 11歳(夏)…鍛冶屋『のんだくれ』
どうダリスを説得してお尻を洗う道具の販売に協力してもらうかに焦点が絞られると思っていた会議だったが、すでにダリスが販売する気になっていたために早々に終了した。
ダリスはすぐに試作品の製作に取りかかると宣言。
ダリスが商品にして売る、と決めたなら、もう後はお任せするだけである。
おれがやることといったら出来上がった試作品を試してみる被験体としての役割くらいだろう。
メイドたちは試してくれるだろうか……。
試してくれたとしても感想が超聞きにくい、と言うか聞けない。
このあたりのことはきっかけを作ったリビラに任せよう。
それがいい。そうしよう。そうしよう。
△◆▽
ウォシュレット騒動がひとまず落ち着き、平穏な日常が戻った。
その日はすっかりのびのびになっていた鍛冶屋『のんだくれ』へお邪魔することにした。
用件は武器のデザイン画と神鉄化した一本の針を渡すこと、それから珍品ナイフ、縫牙の効果についての報告である。
メイド学校で朝食を取っているとき、おれはその予定を金銀に伝えた。
「もご! もごごおご! もごおもごごごおごご!」
「そうか。じゃあ放課後になったらな」
パンを口に詰めこんだミーネが何を言っているかはわからなかったが、一緒に行くと言っているような気がしたのでそう返事してみたところ、ミーネはぶんぶんうなずいた。
モゴゴ語で意思疎通が出来るようになった瞬間だった。
「わたしも行きます。鎌を見てもらいたいです。ちょっと刃が鈍ってるみたいなんですよー。めっちゃ頑丈な狂犬と戦ったせいで。あと鎌を作っていただいたお礼を言わないと」
そう言えばシアはまだ鍛冶屋『のんだくれ』へ行ったことも、クォルズ親方に会ったこともなかった。
「じゃあちょうどいいな。あと……」
△◆▽
訓練校でのお仕事が終わる頃、いつもの金銀、そしてお迎え初参加のティアウルがやってきた。
せっかくだからと今朝方誘ってみたところ――
「そういえばしばらく帰るの忘れてたな! 行くぞ!」
との返事をもらったのだ。
なんでも二ヶ月ほど戻っていないらしい。
「あんちゃんたちが来てから学校楽しくてな、忘れてた」
そう言ってもらえるのは嬉しかったが、クォルズには申し訳ないような気になった。
まずはいつものように料理店で昼食をとる。
「なんでも頼んでいいのか!?」
「食べられる範囲でな」
普段よりも賑やかな昼食となり、その後、予定通りに鍛冶屋『のんだくれ』へと向かう。
到着してみると、相変わらず受付には誰もおらず、おれたちはずかずかと奥の工房へと進む。
ティアウルがいるので、そのあたりは気を使う必要がなくて助かった。
工房ではドワーフの職人たちが喧しく作業をしている。
「とーちゃーん! とぉーちゃーん!」
ティアウルが大声でクォルズを呼ぶ。
すると近くで作業していたドワーフのおっさんがおれたちに気づいた。もしかしたら若者なのかもしれないが髭もじゃのせいで判断がつかない。
「おう、ティアじゃねえか。ひさしぶりに帰ってきやがったな」
「今日はあんちゃんたちのつきそいな! とーちゃんは?」
「親方は――、ああ、自分の作業室に籠もってるわ。来い来い」
そう言ってドワーフはおれたちを案内しようとする。
「とーちゃんの作業室いっていいのか!? あたい、ここには入っちゃいかんてよく怒られたぞ!」
「普通は怒鳴るがレイヴァースの坊ちゃんは別だ。……たぶん」
「そうか! あんちゃんすごいな!」
すごいのか?
ってかティアウル、よく怒られたって……、一度で懲りろよ。
あと最後に「たぶん」て言われてたけど!
若干の不安を残しながらも、おれたちはドワーフ職人について工房を抜け、外の作業場に出る。
そのまま正面に向かうと一昨年案内された建物だが、今回案内されたのは隅にあるこぢんまりとした小屋だった。
「……どりゃー……! ……おりゃー! もういっちょ……!」
小屋のドアごしにクォルズの大声が聞こえていた。
「とーちゃん仕事中かー」
ティアウルがドアを開ける。
小屋の中はさまざまな道具が用意された、まさに作業場という状態だったが……、そこにいるクォルズの様子がおかしい。
「よいさー! ほいさー! おうるぁー!」
クォルズは上半身裸で、作業台に置かれた金属の固まりに向かって執拗なまでにチョップ、張り手、エルボーと、一心不乱に攻撃をくわえていたのだ。
「はあ、はあ、どうじゃー……、そろそろ言うことをきく気になったんじゃないか? ん? んんー?」
そう言って、クォルズは耳に手を当て、攻撃していた金属にそっと髭モジャの顔を寄せる。
「ふんふん? むう? なんじゃ! まだ懲りとらんのか!」
そう言うと、クォルズは再び金属に攻撃をくわえ始めた。
「「「…………」」」
見てはいけないものを見てしまった気分になった。
黙りこんでいることからして、シアやミーネもおれと似たような気分を味わっているのではなかろうか?
ティアウルは固まっていたが、やがてそっとドアを閉めた。
「あんちゃん、ごめんなー。とうちゃん、いま病気みたいだ」
しょんぼりした顔で申し訳なさそうにティアウルが言う。
すると案内してくれたドワーフが慌てた。
「いやいやいや! ティア違うぞ! あれは素材になる金属の声を聞いているんだ! 親方はああやって素材と対話する! まあかなり変わっているとは思うが、あれをやるからこそ良い作品を作ることができるんだ! ……たぶん」
「そうなのか? とーちゃん病気じゃないのか?」
「大丈夫、病気じゃない」
そう言うと、ドワーフはドアを開けて大声でクォルズに呼びかけた。
「親方ー! 親方ー! ティアとレイヴァースの坊ちゃんたちが来てますよー! 親方ー!」
「なんじゃー!? お! おまえらか! バカ娘は久しぶりに帰ってきおったな!」
「あんちゃんのつきそいな!」
心の病ではないとわかって安心したのだろう、ティアウルは笑顔になってクォルズに言う。
「じゃ、俺は戻るな」
そう言って戻っていくドワーフ職人にお礼を言い、おれたちは作業小屋へとお邪魔した。
「二人は久しぶりじゃな。そしてそっちの嬢ちゃんは初めてか」
「はい。シアと申します。この作っていただいた鎌、大切に使わせていただいてます」
「ああ、嬢ちゃんの鎌じゃったか。どれ、ちょっと見せてみい」
クォルズに言われ、シアは二丁の鎌を渡す。
鎌を少し眺め、クォルズは眉間に皺を寄せた。
「刃が潰れとるな。力まかせになんか硬いんでも斬ったのか?」
「刃の通らないコボルトの王種をちょっと……」
「あー、噂は聞いたな。よしわかった。ちょっと預けとけ。新品同様にしてやるわい」
「よろしくお願いしま――」
「私の剣も見て! 私の剣も!」
シアの言葉を遮り、騒がしくミーネが割りこむ。
「あぁあぁ、わかったわかった。どれ、ふむ……、ふむ?」
クォルズはミーネの剣を抜き放ち調べ始めたが、急に険しい表情になった。
しばらく剣を眺めていたが、何を思ったか、トン、と自分の左腕に剣の刃を置く。
とたんにミーネが慌てて言う。
「だ、駄目よ、その剣いますごく斬れるから!」
「じゃろうな」
だがクォルズは落ち着いたもので、左腕に刃を当てたまま剣を引いて見せた。
出血は――、無い。
「……あれ?」
ミーネがきょとんとする。
どれくらい斬れるのかおれたちにはわからないが、普通の剣であろうと刃を腕に置いて引けば皮膚は裂ける。
しかしクォルズの左腕はまったくの無傷だった。
「やはりか……」
クォルズは少し興奮したように深いため息をついた。
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/05/09




