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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
3章 『百獣国の祝祭』編
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第159話 11歳(夏)…ダリスの計画

 その日、おれは午後からチャップマン商会に向かい、そこでダリスとウォシュレットについての会議をする予定になっていた。

 訓練校が放課後となると、シアとミーネがのこのこやってきて昼食をたかってくる。

 てっきり商会へついてくるのかと思っていたが、ミーネは午後からはシアと模擬戦をするつもりでいた。


「またですか……。そろそろわたくし、きついのですが……」


 コボルト王たちとの戦いを乗りこえたミーネの成長は著しいようで、相手をさせられるシアは露骨に嫌そうな声をだした。

 なんでも、もう訓練校の入学式のときのようにあしらうことが出来なくなっているらしい。


「シアが本気になるくらいにはならないとね!」


 嫌がるシアを引きずって、ミーネは人のいない場所を求めて王都郊外へと旅立っていった。

 そんな二人を見送ったあと、おれは商会へと向かう。

 おれが訓練校にいる間に、サリスは企画書と設計図を持って一足先に商会へ出向き、事の発端をダリスに説明してくれていた。


「ふむ、このウォシュレットなのだがね……」


 チャップマン商会へ到着したおれはそのままダリスの執務室へと案内される。

 そして挨拶もそこそこにウォシュレットの商品化についての話し合いが始まったのだが……、ダリスの表情が険しい。

 机に広げた設計図を睨みながらお髭をつまみ撫でしている。

 おれとしては獣人の問題解決に繋がる品であり、その有用性をしっかりとアピールできたら獣人族がそのまま潜在顧客になりえる可能性を秘めたすごい商品だと思うのだが……。


「お父さま、そんな調子ではレイヴァース卿が不安になります」


 メイド服のまま話し合いに参加するサリスが言う。

 するとダリスはハッと我に返ったように顔をあげ、おれを見て穏やかな表情を見せた。


「すまないね。ちょっと先のことを考えてしまっていた」

「先のこと?」

「ああ。それは順次説明するとして、まず結論を言おう。これは売れる」

「おお、そうですか。商品には、三種類のどれを?」

「すべて商品にする」

「あれ? 三種類とも? でもそうなると携帯用ばかりが売れるようなことになるんじゃないですか? 利益も少ないのでは?」

「確かに別置き型や一体型に比べたらずいぶん価格が安くなるわけだし、まずは試しに、と買い求める者は多いだろう。しかし、これが真に獣人に求められたものたりえるなら、携帯型だけでは満足することはできない。むしろ、携帯型を買った人々はよりよい体験を求めて別置き型が欲しくてたまらなくなるはずだ。そして別置き型を試した者は一体型を、だよ」

「そういうもんなんですか?」

「そういうものなのだ。これはね、実のところ、もう売れる売れないとかそういう話ではない。これは百獣国――、ベルガミアで今まさに求められているものなんだ。これが実際に想定通りの機能を果たすならば、獣人たちが、ではなくベルガミア――、一国の王家が動くだろう」

「王家ですか……、どうしてまた?」


 まずベルガミアで販売してみる、という計画ではあるが、おれの想定ではまずは一般市民に普及し、その評判によって富裕層、そして貴族という感じだった。

 しかしダリスはその逆を想定している。


「これは時期的なものも関係する話でね。君は知っているかな、五年ほど前にベルガミアでスナークの暴争(スタンピード)があったことを」

「騒ぎ出した、くらいの話なら」


 五年前、バートランの爺さんがミーネをレイヴァース家に連れてきたときに聞いた。

 あ、そうか、つまりあのときバートランの爺さんは百獣国に行っていたわけか。


「この暴争はバンダースナッチを撃退したレーデント伯爵を始めとする黒騎士たちにより鎮圧された。しかしこれはおさまったから安心という話ではないのだ。スナークの暴争は魔王出現の前触れ。今、ベルガミアの国民たちはどこよりもその予兆を肌で感じている。もちろん魔王の出現に備えるのは大事だが、暴争から始まった不安は年を追うごとに影響力を増し、ベルガミアの経済活動は鈍ってしまっている。将来の不安から、必需品や備蓄だけに金を出し、それ以外は極力抑える、という状態なのだ」

「……あの、それだと売れないのでは?」


 そんな状況で「お尻を綺麗にする道具! どうですか!」と売り込んだところで売れる気がしないのだが……。


「ふむ、君は獣人の――、その――、うん、あの問題をあまり深刻に捉えていないからそう思うのだろう。この問題はね、本当に獣人全体の問題なんだ。これは魔王の出現とはまた別の……、将来の不安ではなく、日々の生活のなかにある不安と不満。獣人は常日頃これを抱えて生活している。この苦悩を理解してもらうとするとそうだな……、例えば君の名前、ある日それがとある商品を買えば変更できるとなったらどうする?」

「何が何でも買いますね」

「ほら、買うだろう?」


 なるほど、とてつもなくわかりやすい例えだった。


「獣人族にとってウォシュレットを手にいれることは、日々の不安から解放されることを意味する。要は喜びだ。そしてこの喜びは一時的とは言え魔王の出現への不安を払拭することが出来るだろう」


 魔王もまさか自分の恐怖がケツを洗う道具で払拭されるとは思わないだろうなー……。


「そしてその効果を今一番欲しているところはどこか? それはベルガミアの王家だ。国を覆う暗雲をどうすれば取り除けるだろうと頭を悩ましているところにこの発明品、これは食いついてくるぞ」


 ふふっ、とダリスは不敵に笑い、お髭をつまんで弾くを繰り返す。


「ただな、食いつきすぎるかもしれないのだ。うん、実はこれが最初に言いかけたことだったんだ」

「食いつきすぎるとは?」

「ありうる状況を簡単に説明するとね、まず動作を確認した試作品をベルガミアの王家に持っていくだろう? すると『よし、ではまず携帯型だけでもいいので国民すべてに行き渡る数をすぐに用意してくれ』となる」

「無理ですね」

「無理だろう?」


 よくわかった。

 需要が多すぎるわけか。


「王家としては一気に普及させ、国内をこの明るい話題で満たしたいと考えるはずだ。しかしさすがに無理だ。生産が追いつかない」


 この世界では大量生産のための工場なんて存在しないわけで、当然ながら生産は一つ一つ手作業での製作だ。


「そこで私は考えたのだが……、もたもたしていると似たような物を作られてしまうだろう? ならばもう、ここはすっぱりと独占するのを諦めようと思うんだ。そして国全体なんていうとんでもない規模の需要、それに対応できる生産を指揮できるところにウォシュレットを製作する権利を売却してしまおうと思う。もちろん我が商会だけは特例で独自に生産を許可するようにさせてもらうがね」

「ダリスさんがいいなら、ぼくもそれでかまいませんが……」


 たくさん売れるから自分たちで生産できるぶんだけ売ることに専念するのか?

 価格競争とかおきて儲けが薄くなるけどいいんだろうか……。

 それに――


「あの、その生産を指揮できるところとは?」

「そりゃあもちろんベルガミアの王家だよ」


 ああ、なるほど。

 国家規模の需要だから、国家プロジェクトにさせてしまうのか。


「ウォシュレットの仕組みを王家に売却し、生産は王家が許可をだしたベルガミアの商人たちにでもまかせる。なにしろ王家は普及を第一に考えるだろうから、商人たちには主に携帯型を生産するよう働きかけるだろう。さらには国が補填するということで、利益度外視で販売させるかもしれない」

「こちらでも製作する利点がないように思えますが……、結局は王家へ権利を売却しただけの利益で我慢するということですか?」

「いや、要は出来ないことはやらない、儲からないこともやらない、という話だよ。先に言ったが、最初は携帯用しか売れずとも、より快適な体験を求める者はかならず現れる。だから我が商会が本腰をいれて生産するのは一体型。それもただの一体型ではなく、より快適性と利便性を高めた改良品――君の提案にもあった自動式魔導温水洗浄便器、それを作りだして売るんだ」


 ダリスはニッコリおれに微笑みかけた。

 やっと合点がいく。

 王家が主導するベルガミアの商人たちには薄利多売で実用性一辺倒のウォシュレットを普及してもらい、その価値が認知されたところで富裕層相手に利益の多い高級品を売りつけるのか。

 評判になれば他国の貴族からも注文がくるだろう。

 無理して量産ではなく、少数の特別仕様の高級品を作り、それを金持ちに売る。

 いい商売だな。


「元々、今の便器はシャーロットが考案し、祖先が販売を始めたものだ。まさか私の代になってまた新たな進展があるとはな!」


 くっくっく、とダリスが悪そうに笑う。


「すごいことになるぞ……! まずはベルガミアの貴族相手だが、評判が広まればいずれは各国の貴族に……!」


 ダリスが売りまくる気になっている……。

 その売れる改良品を考案するのおれなんだけど……。

 便座や水を温めたり、消臭したり、音楽ながしたり、そんな感じでいいんですかね? おれ元の世界でそんなすごいウォシュレット使ってなかったから、どんなすごいのあるかわからないよ?

 ちょっとダリスを止めて欲しくておれはサリスを見やる。

 フルフルと首を振られた。


※文章を一部変更しました。

 ありがとうございます。

 2019/01/22

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[気になる点] 作者様て某大企業の営業マンだったんですかね?
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