第156話 11歳(夏)…近くば寄って目にも見よ
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冒険の書の進捗を確認した後、そこから先は日が暮れてから一人部屋に籠もって行うことにした。
冒険の書の製作は基本一人で黙々と行う作業であり、ここでそれを始めてしまうとサリスが手持ち無沙汰になるからだ。
かわりにサリスの協力が欠かせない、発明品を考案する仕事にとりかかる。
「仕事に付きあわせてばっかで悪いな」
「いえいえ、ご主人様のお手伝いをすることが私にとって一番大切なお仕事なんです。どうかお気になさらず」
サリスは微笑みながら嬉しいことを言ってくれる。
よくできた娘さんや……。
しっかりした娘さんという印象だったが、目覚めてからは親しみやすくなったというか……、言動からなんとなくおれを気遣って支えようとしてくれているのが感じられる。
そんなサリスに協力してもらいながら、おれは発明品を考案する仕事を開始する。
おれは発明品の考案――、と言うか、この世界で再現できそうな品物をかたっぱしから描き、そこにそれがどんな物であるかという簡単な説明を付け加えてサリスに渡す。
サリスは商人視点でそれをチェック。
疑問や提案などコメントを記入して積んでいく。
そのなかでサリスの琴線にふれた品はさらに詳細を追加して企画書としてダリスに提出、承認されればまずは試作品が作られる。
最初に試作品を作ったのは体重計だった。
メイドたちの健康管理が目的の発明品だったのに、当のメイドたちからは甚だ不評である。
なんか苦悩の箱とか悪魔の箱とか呼ばれてしまっている。
終いには誓いの言葉にすらでてくる始末だ。
「私がこの誓いを破ることがあれば、皆の前でこの箱に乗ることも辞さない!」
ということである。
ふくよかさが豊かさの象徴とされている世界ではあるが、やはり若い娘さんたちにとっては、それはそれ、これはこれ、世界はかわれど同じような食欲と節制の果てしない戦いがあるようだった。
「ニャーさまー、失礼しますニャー」
しばらく仕事をしているとリビラが給仕にやってきた。
「ご主人様、ひと休みいたしましょう」
「してくださいニャー」
気怠げではあるが、リビラはそつなくおれとサリスにお茶を用意してくれる。
「これはまたまた色々と……、ニャーさまの頭のなかはいったいどうなってるニャ……」
リビラがあきれたように言う。
一般視点からの意見をもらうため、ひと休みしている間、給仕に来たメイドには描きあげた発明案を見てもらうことにしていた。
これはなにも難しい意見を述べる必要はなく、欲しい、いらない、面白い、つまらない、といった簡単な感想でかまわない。
「これは売れるものなのかニャ? こっちのはちょっと欲しいニャ」
リビラは発明品の描かれた紙をぱらりぱらりと眺めながら、率直な感想をくれる。
ところが――
「ニャニャ!?」
突然驚いたように声をあげた。
顔が猫缶を開けた音を聞きつけた猫みたいになってる。
「ん? なんか気に――」
「ニャーさま! これ! これ! ちょっとこれ! これについて詳しく聞きたいニャ! これ!」
「お、おおう」
普段のまったりとしたリビラからは想像もできない勢いに思わず押されてしまう。
はて、リビラがそこまで興味を持つようなものを描いた記憶はないのだが……。
ひとまずおれはリビラが差しだす紙に描かれたものを見る。
ウォシュレットだった。
「なんで?」
よりにもよって――、と言うのはおかしいかもしれないが、なぜウォシュレットにここまで食いついてくる?
「これが気になるの?」
「そうニャ! これについて詳しく聞きたいニャ!」
「え、えっとな……」
別世界にきて猫メイドにウォシュレットについて解説する……、なんとわけのわからない状況だろう。
そもそも、これはおれ個人が、あったら嬉しいな、というくらいの気持ちで描いた物。
当然ながら優先度は低め。
サリスのコメントもぶっちゃけ存在が疑問視されている。
痔病を抱える人にはありがたい物になるかもしれない――、というおれの商品説明では無理もないが。
とは言え、リビラが普段のキャラを投げ打ってまで食いついてきているのだから、主人としては説明してやらねばならない。
おれはウォシュレットについて解説し、もし理想的な物に仕上げるならば現代魔道具レベルのすごく高価な便器という使った者にしかその良さを理解してもらえない代物になること、それから、普及目的で安価に仕上げるならポンプ式でレバーかなんかを自分でガコガコして水を噴射させることになるなど、思いついたことを話して聞かせた。
すると――
「すぐに作ってほしいニャ!」
リビラはさらに食いついてくる。
その様子は興味があるとかそんな生やさしいものではなく、まるで今まさにそれが必要なのだと訴えてくるようであった。
「なんでまたそんなにこれ――」
「ご主人様」
尋ねようとしたところサリスに遮られた。
見ると、サリスは少しあきれたような顔でいる。
「駄目ですよ、そんなことを尋ねては。リビラさんにはリビラさんの事情があってこの――、ウォシュレット? を欲しがっているんですから。そこは察してあげないと」
「あ? あ! あー……、すまん」
そうか、言われてみればそうだ。
尋ねるのはあまりに無粋だったな。
リビラは痔か。
「ちょ、ちょっと待つニャ! なんか勘違いしてるニャ!」
おれが反省していると、リビラが眉間に皺を寄せて言った。
ああ、いかん。
おれの察しが悪かったせいでリビラにバレたことがバレた。
だがここは包みこむ優しさでもって誤魔化すべきだろう。
「あ、ああ、そうだな。勘違いしていたようだ」
「その顔は絶対勘違いしたままニャ! 勘違いしたままそれを誤魔化そうとしてるニャ! 違うニャ! そうじゃないニャ! ニャーが必死なのはこれが獣人全体の問題を解決する可能性を秘めているからニャ! ニャー個人の問題じゃないニャ!」
おお、いかんいかん。
リビラがムキになってしまっている。
「獣人族の問題の解決か、なるほど……、これは作らないわけにはいかないな。なあサリス?」
「ええ、そうですね、ご主人様」
おれとサリスは出来るだけ真面目な顔をしてうなずき合う。
「だから勘違いしたまま話を進めようとするんじゃないニャ!」
「いやいや、勘違いなんてしてないさ。なあサリス?」
「ええ、そうですね、ご主人様」
「妙に生暖かい目で言われたところで説得力がないニャ!」
「そんなことはないだろ、なあサリス?」
「ええ、そうですね、ご主人様」
いやサリスさん、気まずいからって……、ほかにも何か言ってくださいよ。
「…………ッ!」
リビラは歯をギリギリ噛みしめていたが、ふとした瞬間に表情が抜け落ちたように真顔になった。
そしてガッとおれの腕を掴む。
「ニャーさま、ちょっと立って欲しいニャ」
「ん? お、おう」
静かな口調ではあったが、有無を言わせぬ妙な気迫があった。
おれが大人しく立ちあがると、リビラはおれの腕を引っぱってそのまま隣にあるおれの寝室へ向かおうとする。
「ど、どうした? なんで寝室に連れていこうとする?」
「……せるニャ」
ぼそり、とリビラが呟く。
「え? なにって?」
よく聞こえず、おれは尋ねた。
結果から言えば、ここで尋ねておいてよかった。
本当によかった。
「見せるニャ」
「見せる?」
「勘違いを改めるつもりがないんなら、もう見せて確かめさせるしかないニャ! ニャーの尻の穴、見せてやるニャァァッ!」
「はいぃぃ!?」
リビラは錯乱していた。
※文章を一部修正しました。
ありがとうございます。
2019/01/21




